「問題は二人とも口下手って事ね。デートプランは慎重に練らなければ」
「爪を見せて下さい。相手は意外と手先を見て来ますよ。ポラン、ヤスリを取って」
「それから絶対『ヘイムダル』禁止です」
お茶会メンバーノスリ家三人に囲まれて、あれこれ構われるシルフィス。
「こ、こんな事をする必要があるのか?」
「好感度は積み重ねだけれど嫌われるのは一瞬です。その一瞬のハードルを上げておく作業を怠ってはなりません」
「自分の為に慣れない事をしてくれただけで、女の子はキュンとなるんです」
「だから何でそれを執務室でやるのよ!」
丸机ごと隅に追いやられて悲鳴を上げるリリ。
「だって極秘だもの。ここでそんな策略をやっているなんて、誰も思わないでしょ」
「もぉっ、ホルズさん、何とか言って下さい!」
「ぁん~~?」
椅子に寄っかかって、愉しそうに眺めていたホルズ。
「すまんすまん、面白かったからつい。おぉいお前ら、それ、いつまでかかる? ぼちぼち切り上げろ、シルフィスだって仕事があるんだ」
「「はぁい」」
(まったく……)と、仕事に戻りかけるリリの傍らに、コトンとお茶のカップが置かれる。
「すみませんでした」
小声で謝るのは、ノスリ家の、確かポランという娘。
「こんな事滅多になくて、羽目をはずしてしまいました。これからは気を付けます」
「い、いえ、善意でやってるのは分かるから。でも仕事場だし、一応、ね」
言いながらお茶をすするリリ。
何これおいしい……
「そうですね、私達、お勤めした事がないので、仕事場という物にちょっと憧れていました」
「え、そういう物なの?」
「はい、そういう物です」
「貴女達が朝早くから家族の為にやっている水の仕事や火のお仕事も、あたしは掛け替えのないお勤めだと思っているんだけれど…… 変かな」
ポランは目をパチパチと瞬いた。
「変じゃないと思います」
***
さて、ピルカ達が道具をまとめて帰りかけた時、執務室の入り口がそっと開いて、小花帽子と大きな瞳が覗いた。
「プリムラ?」
今回の作戦はノスリ家一員のプリムラにも共有されていたが、彼女は最近執務室で思いっきりそそうをしたので、来るのを遠慮していた。
今も罰悪そうに、小声でピルカを手招きする。
「帰る所だった?」
「うん。どうしたの?」
「あの、サザについて、ちょっと気になる噂をパティとペギーが喋っていたので。伝えに来た方がいいかなと」
ピルカは眉を動かした。
口が軽いパティとペギーには今回の事を話していないが、あの二人はお行儀が悪い分、自分達には知り得ないアングラな情報を拾って来たりする。
「そう、じゃあ、帰る道々、小声で教えて」
「ちょっと待て! 今、サザの名前を口にしたか?」
部屋の奥から、耳敏いシルフィス。
「まぁ、聞いておいた方がいいんじゃないかぁ?」
両手を頭の後ろで組んで、ニヤニヤしながらリリを見るホルズ。
「い、いいわよ、ここでどうぞ」
興味ない素振りをしながら、髪をかきあげて耳を出すリリ。
***
「何からどう話していいか分からないけれど…… えっとまず、結論から言っちゃうと、サザには今、お父さんが強く推している縁談があります」
畏まって話を始めるプリムラ。
「あらまぁ」
「年頃の娘がいる家なら、縁談の一つや二つ普通に転がっているわ。先を続けて」
執務室の真ん中に車座になって、娘四人は額を突き合わせる。
後ろでソワソワするシルフィス。
仕事をしながら聞き耳を立てるホルズとリリ。
「それが中々複雑で。縁談相手は、お父さん・・『編み家』の頭領様ね・・の、大のお気に入りの義弟。昔、外部から頭領の妹に婿入りしたヒトで、今は妻に先立たれて子供もいない独り身。それでは体裁が悪いので、頭領は自分の娘を与えて、本家の系譜に連ねてやりたいと」
「『与える』って随分ねぇ」
「お父さんの妹のお相手じゃ、結構年が離れているんじゃない?」
「頭領より二つ三つ下な感じ」
「あらら」
「今まで何度も縁談は上がったんだけれど、みんなポシャッたって」
「……何か問題のある殿方なの?」
「さあ。とにかく頭領の依怙贔屓がスゴいって噂。あと、……えっと、髪の毛とお腹まわりが随分と…… 頼りない、らしい」
プリムラは歯に衣を着せたが、パティやペギーは『ハゲでデブ』と言ったんだろう。
「ちょっと待って、先が想像出来ちゃうんだけれど」
ピルカが片手を上げてこめかみを押さえた。
「多分想像通りよ。サザは今、かなり切羽詰まっている。名前が欲しいからなんて大嘘。だってあそこのコミューンは押し並べて名前が遅くて、あの子の親友だってまだ幼名だもの」
「えぇ、それは……気持ちは分かるけれど、せめて最初に打ち明けなきゃ……」
優しげなポランですら眉をひそめた。
四人は一斉にシルフィスを見た。
「という事よ」
「どういう事なのだ」
「あの子、親に迫られているオジサンとの縁談が嫌で、貴方に嘘を吐いて利用しようと……」
プリムラの言い様に、もうちょっとソフトな表現でと、ポランが慌てて止めた。
「利用……」
さっきまで呑気にラブラブ作戦なんて言っていた面々が、シンと静まってしまった。
そりゃ確かにフェイクを頼んだのはこちらで、利用はお互い様だ。
しかし隠し事の内容がマズ過ぎる。
そんな状況で挨拶に行ったら、思いっ切りアウェイで、親族になぶり者にされかねない。
ホルズは黙っている。
執務室は基本、馬事係に逆らわない。個人的には味方になってやりたいが、相手が悪すぎる。
リリも黙っている。
柄にもなく片想いなんて可愛い所を見せたと思ったら、なんて厄介な娘に引っ掛かってんのよ。
「では」
シルフィスが閉じていた目を開いた。
「折角計画を練って貰ったが、デートプランは中止だ」
娘達は痛々しい顔で青年を見上げる。
純粋な分、付いた傷も深かろう。
「すっ飛ばして、即、頭領殿に挨拶に行こう」
「え、ちょっと待って、聞いていました? サザは貴方を謀っていたんですよ」
「些細な事だ。何の問題もない」
「でも……」
「そんな事より、一刻も早く挨拶に行かねば。こうしている間にも、サザが不本意な縁談に押し潰されて苦しんでいる。泣いているかもしれない。彼女にはノスリ家の君達のように頼もしい味方はいないのだ」
海色の髪の青年は、真っ直ぐな瞳で娘達を見る。少しの曇りも無い。
「分かったわ」
ピルカが口を開いた。
***
ピルカの号令で娘達が走った。
信じられない神速だった。
嫁いだ元ノスリ家娘達のネットワークが電撃のように走り、あっと言う間に、頭領に物が言える親方の一人に辿り着いた。
頭領殿は、その夜の訪問の約束を、あれよあれよと取り付けさせられた。
当のサザも驚いていたらしい。
仕事から帰ったシルフィスを、針と糸を持った娘達が待ち構えていた。
「情報ではこの装束が、あの家での好感度が高いらしいわ。うちの父方の親戚が保管してた」
「古っ、男物でこんな大量にビーズが使われてる衣装、初めて見た!」
「灰汁で拭き上げたからカビ臭さは抜けていると思います」
「いいから針を動かして! ブカブカなのに丈がまったく足りていないんだから!」
それらの作業は当然のように執務室で行われた。
もうリリは怒る気にもならず、隅で仕事をしながら、みるみる出来上がる古式ゆかしい風俗に、口をあんぐり開けている。
(あれだけ装備して貰えれば、幾らシルフィスでもちゃんとやれるでしょう、幾らシルフィスでも)