白い手綱 赤い手綱   作:西風 そら

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白い手綱 赤い手綱

   

 

 

 里を出発して安定して飛び始めると、鶏小屋みたいだった矯声も聞こえなくなった。

 置いてけぼりになった娘がいたかもしれないが、そこはまぁ。

 

 高空の経験の無い娘ばかりとの事なので、落葉松に引っ掛からない程度の低い場所をゆるゆると飛ぶ。

 シルフィスの後ろの数騎はきちんと隊列を組めているが、後は団子だ。

 

 ピルカがいれば先頭を任せ、シルフィスはしんがりから全体を見守る予定だったが。

(……さて)

 先頭を任せられる騎馬を見定めなければならない。

 

 振り向くと、隊列を組めているのは七騎。すぐ後ろの三騎は並みの部類だ。

 他に比べればマシだが、まだ馬に乗せられている感がある。

 その後ろに幼い者が三騎。いかにも経験が足りておらず危なっかしい。

 

 そしてその後ろ。幼い者達を見守るように、手綱を抑えてゆっくり飛んでいる一騎。

 馬の鼻面が垂直にスッと下がり、騎馬全体の姿が抜きん出て美しい。

(この娘だな)

 

「白の手綱の者」

 呼ばれて娘はキョロキョロし、白い手綱が自分だけだと気付くと目を丸くして「はい」と返事をした。

 

「名は」

 

「サザです。まだ成人の名を貰っていません」

 

 蒼の一族は成人と認められて初めて長に名前を貰う。

 それまではその家系で使い回している幼名で呼ばれる。

 しかし同年代の他の娘達は結構成人の名で呼び合っているのに、一番乗馬が達者なこの娘が未成人な事が、シルフィスには不思議だった。

(そういえばリリも幼名だと言っていた。家庭によって基準が違うのかもしれないな)

 

「先導に任命する。前へ」

 

 「えっ」という顔は、彼女ではなくその後ろ辺りを固まって飛んでいた娘達だ。

「その子まだ成人じゃないのに」

 などの声を背に、サザは表情を動かさずにシルフィスの隣まで駆けて来た。

 列を離れる動きも他の馬を驚かさず、流れるように無駄がない。よし、大丈夫だ。

 

「僕は最後尾で全体を見る。君はこの速さと高度を保ちつつ、あの山の窪みに向いて真っ直ぐに飛んでいてくれ」

 

「はい」

 

 最短の言葉で答えるこの娘は、他の娘に比べると表情が乏しい。

 蒼の里の娘にしては珍しいな、と思った。

 だが腕は確かだ。言葉は短くとも信頼を預けていい者だと読み取れた。

 

「後方三騎」

 

「は、はい」

 ちょっとだけ複雑な表情で口を結んでいたすぐ後ろの三人が、慌てて返事をした。

 

「隊列の規範に任命する。先導と協力して隊列を維持し、全体の指標となれ。行けるな」

 

「はい、承りました」

「はいっ、うわぁ……」

 三人は口々に返事をし、緊張しながらも、少し嬉しそうに手綱を握り直した。地味にコツコツ真面目な事は、普段認められる機会が少ないのだ。

 

「任せた」

 言ってシルフィスは、皆の頭を越えてしんがりまで一気に飛んだ。

 

 前の方のやり取りが聞こえていた娘達は、バラバラに飛ぶのをやめて不細工ながらも列を組んだ。

 声を掛けられるどころか一瞥もされなかったので、さすがに焦ったのだ。

 

 シルフィスは最後尾の五、六騎のかたまりの所まで飛んだ。

 最初から気になっていたのだが、そんなに未熟にも見えないのに、何故か随分離れてしまっている。

 今の先頭でのやり取りも聞こえていなかったろう。

 

 さっき試しに先頭の速度を少し落としてみたが、離れたまま速度を落とし、何だか意地でも追い付いて来ようとしない。多分停止しても離れたまま停止するのだろう。

 

(何の理由があるのか。リリなら明快に解説してくれるのだろうが)

 

 その集団に馬を寄せると、娘達は目を輝かせて口を開いた。

「遅くてごめんなさいぃ」

「鐙が合わなくてぇ」

「この子可哀想なのよ鐙が合わなくて」

「ごめんなさいいぃ」

 

 シルフィスの頭に、出立前にピルカの姉に言われた言葉が思い出された。

 だから返した言葉は「どうする? 着いて来られないのなら戻るか?」だった。

 

 娘達は笑顔のまま固まった。

 

「今なら里とそう離れていない。旅行に出るのは隊列が組めるようになってからにした方がいい」

 

 シレッと言い放つと、

「い、いいえ飛べます」

「鐙さえ直せば飛べます」

「飛べます、着いて行けます」

 と娘達は慌てた。

 

「なら今すぐ追い付いて隊列に入れ」

 

 言ってシルフィスは上空に上がった。

 ドッと疲れたので、離れて見守りながら頭を冷やす事にしたのだ。

 

 最後尾の娘達が馬を駆って、前の集団に追い付いている。

 ふにゃふにゃしているが列も組んだ。

(出来るのになぜ出来ないふりをする……)

 皆と違う事をやって気に掛けられたい理屈は分かるが、他者への迷惑はお構いなしなど、まるで幼児ではないか。

 

 ともかく風波では、女性だけで目立った行動をとる事はない。

 馬で集団で旅行に出るなんてあり得ない事だ。

 やはり女性は秩序立った行動は向かない生き物なのだろうか。

 

「帰ったらリリに聞いてみよう」

 ユゥジーン先輩にも聞いてみたいな。

 あの素直なヒトならまた違った答えを返してくれるかもしれない。

 

 

「リリに何を聞くんですか」

 

 思いきり気を抜いている時に声を掛けられ、さすがにシルフィスでもビクンと揺れた。

 後ろに、さっきの後尾集団にいた娘が一人、着いて来ている。

 

「隊列に戻れ」

 

「一言いいかしら」

 

「何だ」

 

「貴方が最初に『速い者は後ろに』って言ったから、私は一番後ろにいたの。あんな娘達と十把一絡げにされたら悔しい」

 

「あ、ああ」

 確かにさっきヒヨコみたいにさえずっていた娘達の最後尾で、この娘だけは無言だった。

「そうだな、済まなかった」

 

 あっさり謝まられて、娘は継ごうとしていた文句の続きを止めて口端を結んだ。

 

「君は飛ぶのに自信があるのか」

 

「あの中では、ってだけです。リリさん程じゃない」

 

 頬を赤くして膨らませる娘を、シルフィスはじっと見た。

 サザのように目を見張る騎乗姿ではないが、堂々と胸を張り、騎座が吸い付くようだ。

 そしてこの娘の馬は、抜きん出て逞しい。

 草の馬は主の資質に沿って成長するというが、彼女の気の強さを体現しているのだろうか。

 見落として邪険にしてしまったのを、素直に申し訳なく思った。

 

「では正式に最後尾を任命する。真面目に飛ばない者がいたら尻を叩いていいぞ」

 

「え、あら、はい、分かりました」

 娘は少し笑顔を見せた。

 前列の娘達に比べて服の刺繍はシンプルだ。

 活発そうだし、手芸ガチ勢ではなく旅行楽しみたい組なんだろう。

 

「名前は?」

 

「プリムラです」

 

 小花模様の帽子の娘は、赤い手綱を駆って下降して行った。

 

 

 

 

 




挿し絵:プリムラ
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