紅魔館に住み込みで働くことになりました。そして咲夜さんの先輩メイドです! 作:ライドウ
―――神器の強化は、神話や伝承にしか載らない偉業。
それは、鍛冶師において当たり前の常識であり、鍛冶師であれば誰しもが一度は憧れるものだ。
しかし、神器は普通に生きている限り、”奇跡”が起きない限りは見かけることすらできない代物……誰しもが、夢のまま諦める、鍛冶師にとっての大偉業であった。
……しかし、今日。
第4層の先導を続けているヘスティーナは、その大偉業に挑もうとしていた。
ヘスティーナは自分の記憶を頼りに進みながらも、その数時間前の事を思い出していた。
―――――
数時間前、
―――――
重苦しい雰囲気の漂うレミリアの執務室。
机に肘を乗せ顔の前で手を組み、目をつむるレミリアとソファーに座り不安げな表情を浮かべるフラン。
それに、
全員が集まり、レミリアの命令で全員を集めた妖精メイドが頭を下げて退出すると、レミリアは目を開き、紅く輝く瞳のまま、全員に話し始めた。
「まず、私の呼びかけにすぐに集まってくれたこと……感謝するわ。」
その言葉に、誰も言葉を返さず、静かに頷く。
「ありがとう……さっそくだけれど、本題に入るわ。
―――これから、ブラウ奪還作戦の説明をするわ。」
力強く宣言されたその言葉……一瞬、誰もが、その表情を歪めるものの……すぐに表情を戻し、真剣な表情でレミリアを見た。
「まず、大前提としてブラウの強さはみんな知っていると思うわ。
……ハッキリ言って、”デタラメ”、”インチキ”、”バケモノ”。その言葉がふさわしいほどの、圧倒的な強さ……かつての戦争において、必ず先陣を切り、敵軍のど真ん中に飛び込み、そのメイド服に返り血の一つも付けずに帰還する
コトリと、レミリアの執務机の上に広がっていた、チェスの駒……青いクイーンの駒を取り、盤上にたった一つの青色の駒として置いた。
それに相対するは、紅いチェスの駒たち。一見すれば、圧倒的に紅い駒たちの有利な盤面だが……青いクイーンがブラウでなければ、その理論が正しく通っていただろう。
―――必勝必殺。強すぎるからこそ、容易に切れない最後の手札。何物をも粉砕する無法の一手。
それが、ブラウこと、
「……ハッキリ言って、これから私は、アナタたちに無謀な命令をするわ。
でも、話は最後まで聞いて行ってから、話に乗るか、乗らないかを判断して……いいわね?」
レミリアの真剣なまなざしに、全員が頷いた。
「まず、第1段階として、
これは、パメラを
だから、死なないように全力で抵抗しつつ苦戦してほしいの。」
レミリアが放った言葉に、執務室の空気が少し冷えたような気がする。
だが、誰も、何も言わず、レミリアの次の言葉を待っていた。
「第1段階の裏側で、私、フラン、ヘスティーナ、フォリアとクエス、選抜の狼女たちが、ヘスティーナの先導の元、ヘスティーナの旧工房に向かい……グングニルとレーヴァテインの強化を行う。
誰一人失わずに、ブラウを取り戻すには、グングニルとレーヴァテインの強化は必須よ。グングニルだけでもダメ、レーヴァテインだけでもダメ………グングニルとレーヴァテイン、双方の強化成功こそがこの作戦のスタート位置よ。
強化をするのは、もちろんヘスティーナ……フォリアとクエス、そして選抜の狼女たちは、ヘスティーナの護衛、そしてグングニルとレーヴァテインを強化している間の私たちの護衛よ。
それから――――――……」
続けられた言葉が耳に入らないほど、ヘスティーナは驚いていた。
―――神器の強化。それは、今世になってその話を知り、他の鍛冶師と同じように夢に見た大偉業。
……レミリアとフランの持つ、グングニルとレーヴァテインは、何度もこの目で見て来たものの……彼女の前世では、名前でしかない存在であったそれらを始めて見た時、ヘスティーナは衝撃を受けたのを思い出していた。
ヘスティーナが、グングニルとレーヴァテインを始めて見た時、驚いたのはその性質であった。
きっかけは、武器の点検日の事、これも武器でしょ?とレミリアとフランが持ってきたそれを見て触れた時、ヘスティーナは、こう感じたのである。
―――『あまりに完成されている』と。
他人が手を加えることを考えていない、完璧なまでの構造。
初めからそうであると言わんばかりの、完全完璧な手を付けることのできない武器。それが、グングニルとレーヴァテイン……否、神器だった。
レミリアとフランに断りを入れ、強化を一度だけ、一度だけ試みたことがあった。しかし、ヘスティーナの金槌は……振るえなかったのである。
「これを、どう強化すればいい。」神器が完全完璧だからこその迷いが、ヘスティーナの金槌に重く圧し掛かり、持ち上げることすら叶わなかったのだ。
この時のヘスティーナは、『ダマスカス鋼』、『ヒヒイロカネ』、『オリハルコン』や『アダマント』といった伝説の金属の作製すらできる状態だった……だというのに、神器の強化をすることはできなかったのである。
しかし、ヘスティーナは燃えていた。
かつては、何もできなかった神器を相手に、どう強化するかのイメージがうっすらと浮かんでいた。
それが果たして、正気か、狂気か―――ヘスティーナは、今でもその判別は付いていない。
―――――
現在 庭園迷宮第4層・ヘスティーナの旧工房
―――――
ギィイイ……と、扉がきしみながら開き。
少し埃被った工房が、ヘスティーナたちを迎え、ヘスティーナは静かに工房の心臓……炉に近づく。
そして、炉の鉄扉を開き、さっそく工房内に積んである石炭を炉に放り込んでゆく。
「……ヘスティ、時間との勝負よ。どれぐらいかかりそう?」
「火を入れるのにはそう掛からねぇが、火の温度を高めるのに時間がかかる。ましてや神器だ、ドンぐらいの熱で溶けるかなんてわかんねぇ……っと、すみません、うっかり敬語を」
「この緊急時よ、そんなのどうでもいいわ。」
「そりゃ、助かるぜ……。」
いくつかの石炭を放り込んだ後、ヘスティーナは持ってきたマッチで火をおこし、炉に放り込んだ後、鞴を動かし、炉の火付けを開始する。
それを見ていたレミリアは、すぐさま二人の狼女に指示し、ヘスティーナと変わらせる。
「一定の間隔で送ってくれ、焦るんじゃねぇぞ。」
「……はいっ!」
「任せてくださいっ!」
二人の狼女に鞴を任せ、ヘスティーナは炉の前に立つ。
狼女の息の合った鞴の操作で、炉の中に適切な風力の風が一定の間隔で送られ、種火が石炭を燃やし、火が大きくなり始める。火の粉が炉の中で舞い始め、開け放たれている鉄扉から熱風がヘスティーナを襲う。
人間ならば熱がる熱風を受けても、慣れているヘスティーナは動じない……むしろ、涼しさを感じるそよ風のように思っていた。
だからこそなのだろう、ヘスティーナはすぐさま炉に石炭を追加で入れてゆく。狼女の何人かが手伝おうと動こうとするも、レミリアは今度は止めた。
……温度の管理は、ヘスティーナの間隔でなければならない。なんとなく、レミリアはそう感じたからの判断であったが、炉に追加の石炭を入れつつも、ヘスティーナはレミリアに感謝していた。
かなりの量の石炭が放り込まれ、炉がかなりの高温を放っている。
慣れたヘスティーナでさえ、汗が身体中からダラダラとこぼれるほどの高温……しかし、ヘスティーナは石炭を放り込む手を止めない。
この程度の温度では、神器を金槌で叩けるほど熱することはできない。ヘスティーナは鍛冶師としての直感で、感じ取っていた。
(まだだ、まだ足りない!アレを、グングニルとレーヴァテインを叩ける程度に熱するのには、このぐらいの熱だと…………ぐっ。)
グラリと、ヘスティーナがよろめく。狼女が救助しようと駆け寄ろうとするも、レミリアが片手で制す。
あまりの高温に、しかし神器を溶かすほどではない熱に長時間晒されていたため、体の水分が抜けてゆき、体温が危険域にまで突入し、意識が落ちかけたのである。
しかし、ヘスティーナは奥歯をグッとかみしめ、意識が失うのをこらえ、また石炭を放り込む作業を再開する。
もう少し、もう少しで、神器を溶かすほどの熱に届く、ヘスティーナはもはや気合いと狂気だけで体を動かしていた。
その様子をみたフランは、両手をグッと握りこみヘスティーナの無事を願い始める。どうか、ヘスティーナが無事に何事もなく、作業を終えれるように。
やがて、炉を構成する耐火レンガが赤熱化するほどの温度に到達し、ヘスティーナはレミリアに視線を送る。
レミリアはその意図に気付き、すぐさまグングニルを手元に呼び寄せる……すぐさまレーヴァテインが、レミリアの手元に現れ、眩い赤い光を放っている。
「……ヘスティーナ、あなたの思う、私にふさわしいグングニルにして……
「あぁ……任せろッ!」
レミリアからグングニルを受けており、丁寧に炉の業火の中に入れ、気合いのハチマキ代わりにタオルを頭に巻き、金槌と火箸を手に、金床の前に立つ。
そして、大きな深呼吸を何度か繰り返し……目をつむり、精神を集中させる。
一度きり、ぶっつけ本番の、一度始めれば手を止めてはいけない、危険な作業。おそらく、一度でもミスを犯せば、
(……でも、どうしてだろうな。
神器の強化と言われると、胸が高鳴るぜ……。)
前世では空想だからこそ考えもせず、今世でも”奇跡”でも起きない限り見ることすらできないはずの神器……その強化をレミリアから任され、ヘスティーナは胸が高鳴っていたのである。
(本当は、じっくりゆっくり、神器の強化をしたいところだったが……だが、そんな時間はねぇ!)
カッと目を見開き、十分に熱されたグングニルを火箸で引きずりだし、金床の上に置き、金槌を振り上げる。
(オレは、グングニルを、レミリアお嬢にふさわしい、最高の神器にする!!)
カァン! カァン! カァン!
ヘスティーナは、金槌をグングニルに振り下ろす。
一定のリズム、一定の角度、一定の力で、金槌を振るい、グングニルを鍛える。
―――神器とは、一種の概念兵装に近い側面がある。
人が、人外たちが、神話や伝承で語り継いだからこそ、魔力が集まり、その力が宿る道具……神器が形を成す。
だからこそ、神器は、既存の金属では強化ができない。神器を鍛えるには、人や人外の、思いの力が必要なのだ。
今、ヘスティーナは、グングニルを「レミリアにふさわしい強い紅槍」というイメージのままに、金槌を振るっている。
だが、仮にも、神器……その強化の代償として、ヘスティーナには膨大な負担がかかっていた。
「うっ……[ガリィッ!]フゥーッ!フゥーッ!!」
カァン! カァン! カァン! カァン! カァン! カァン! カァン! カァン!
グラリ、またヘスティーナが斃れそうになる。
しかし、奥歯をかみ砕きながらも耐え、金槌を振るうリズムを維持する。
鼻からダラリと鼻血がこぼれ目からも、血涙がボタボタとこぼれだす。
神器の強化には人や人外の思いの力が必要なのは正しい、しかし忘れてはならないのは、神器は人や人外の語り継いできた思いを帯びた魔力の塊だ。
その強化には当然、鍛冶師の魔力と、元の願いを歪めるほどの鍛冶師の願いを支える精神力が必要なのだ。
一振りごとに、膨大な量の魔力がグングニルに吸われ、膨大な精神負荷がヘスティーナを襲う。
けれど、ヘスティーナは金槌を振るう手を止めない、止めるつもりはなかった。
「より、紅く……より、鋭く……より、運命に抗える、力を゛ッ!!
カァン! カァン! カァン! カァン! カァン! カァン!!
最後の1回、振り下ろした金槌が大きな音を鳴らした後、ヘスティーナはフッと笑い……そのまま、後ろ向きに倒れる。
すぐさま、レミリアとフラン、狼女たちが駆け寄り、フランがヘスティーナの安否を確かめる。
目から血涙を長し、鼻血を零し、口の端から血を流すヘスティーナだが、荒く息を吸い、満足げな表情をしており、グッとレミリアに向けて親指を立てた。
「できた……ぜ…………れみ、りあ……おじょう。」
「ありがとうヘスティ……しばらくゆっくり休んで」
「そうも……言ってられねぇよ。次は、フランお嬢の……レーヴァテイ―――」
そう言いながら、フランの腕から何とか立ち上がるヘスティーナだが―――
「レミリアお嬢!あぶねぇッ!!!」
「ヘスティ―――――――」
焦った表情のヘスティーナが、レミリアにとびかかりそのまま押し倒し―――
―――直後、
「っ……イタタッ……こ、の一撃は……はっ、ヘスティ!ヘスティ、怪我は……あぁ、そんなっ!?」
ブラウの、
おそらく、交戦中の誰かを狙って放ったその一撃は、道中の岩盤をも切り裂き、レミリアたちを襲い―――
「しんぱい、するなっ……かすり……キズ……だっ」
「め、メディー!!」
「っ、急患だな!!」
レミリアのもう一つの能力で、医者であるメディーを呼び寄せた。
メディーも、レミリアの焦りようから、事態を把握し即座にヘスティーナの怪我の様子を診た。
「……レミリアお嬢、大丈夫だ。肉を少し斬られてるが、神経や骨は無傷だ!」
「うる、せぇ……この程度、怪我のうちに入んねぇよ。」
「バカやろう!動こうとすんじゃねぇ!お前、ただでさえ出血して、その怪我も負って、動いてみろ!!すぐに出血多量で死ぬぞ!!?」
フランのレーヴァテインを強化しようと、ヘスティーナは動こうとするものの、それをメディーに取り押さえられ、メディーの指示でさらに狼女たちに取り押さえられる。
動こうとするヘスティーナは抵抗しようとするものの、怪我が原因でか、うまく力を出せずにいる。結局そのまま、メディーの応急処置が始まってしまい、ヘスティーナは大人しくなり始める。
「パチェ、パチェっ!聞こえる!?ヘスティが負傷したわ!!」
《なんですって!?》
混乱のさなか、レミリアがパチェにそう伝える。
当然、通信魔術はつなげている相手全員に、その声を伝達する魔術であるため―――
――――――
庭園迷宮第4層
――――――
《パチェ、パチェっ!聞こえる!?ヘスティが負傷したわ!!》
《なんですって!?》
「……
――――――は?」
それを聞いた一人の竜妖精が、キレた。