紅魔館に住み込みで働くことになりました。そして咲夜さんの先輩メイドです! 作:ライドウ
―――目が覚める。
小鳥のさえずりが、心地よい朝を知らせており、数少ない窓から見える中庭を覗けば、中庭にある低木から朝露の光が反射しており、朝咲きの花々が穏やかな風に揺られて、窓を開ければその風が頬を撫で、私の髪を揺らす。
「……いい朝だ。」
思わず、そうポツリとつぶやいてしまう程のいい天気。
さて、今日も今日とて、あの大掃除だ。私はそう思いながらも、壁に掛けてあるメイド服に手を掛ける。
最初は着用しても、その違和感に中々なれなかったが……今では、メイド服でなければしっくりこないほどに着馴染んだものだ。
流石に補修ではごまかしきれなくなったら、新しいメイド服を着ているが……しかし、もう私は、このメイド服以外の服装の方が違和感があると感じてしまう。
(……変わったな、私も。)
かつての
……いや、かつての私は無口で何も感じることのできない冷たい骸のような奴だ。おそらく、何も言わずに殺しにかかる事だろう。
過去の自分を思い返すと、なぜか少し顔が熱くなる。これが、メイド長が言っていた隠しておきたい恥ずかしい過去……中二病と言うやつなのだろうか。よし、思い出すのはやめておこう。
そうこうしているうちにメイド服を着終える。
姿見でどこかおかしなところが無いか確認し、背中のエプロンの結び目もおかしくないか見る。
「……よし。」
これが、メイドとしての私、”ブラウ”の姿だ。
僅かな手荷物とハンカチ、そして最後にショートソードを腰脇に装備して部屋の外に出る。
出来ることなら、今日も平和であってほしいものだ。
~~~~~
プリムが矢を射る、ノワールが魔術を放つ―――
プリムとノワールは攻撃を続けながら、距離を開けようとするも、
即座に
ガッと鈍い音が響き、拳を叩き込まれた衝撃で、
その隙を逃さず、プリムとノワールが即座に追撃を行い、左右から矢の嵐と、魔術が襲い掛かる。
「……」
ショートソードが構え直され、同時にレミリア、プリム、ノワールも構えを直す。
「ここまでやって、あの程度……やっぱり、強すぎない?」
「多くの人間に恐れられ、しかもそれを研鑽していたのだ……当然の強さだ、お嬢様。」
「本当にキツイはここからですよ、レミリアお嬢様っ。」
~~~~~
朝礼が始まる。
玄関ホールに私を含めたメイドたちが並び、総括メイド長のマリアの言葉を待っている。
「みんな、おはよう。昨日はよく眠れたかしら?」
その言葉に、メイドたちは静かに頷く。
中には少し、文字通りの夜更かしをしたのか少しだけ眠そうなメイドもいるが……それでも仕事に意識を向けているようで、マリアの言葉を待っている。
「さて、今日も特に連絡事項は無くて、特にこれと言った大切なこともないわ。しいて言うのなら、レミリアお嬢様が朝方に私の部屋に寝ぼけながら来たぐらいね。
つまり、今日もいつも通りの一日、テキパキと怪我の無いようにお仕事を済ませて、のんびり羽を伸ばしましょう?」
と、マリアの言葉にくすくすと笑みがこぼれた後、元気よく「はい」と言葉が響き、メイドたちがゾロゾロとそれぞれの仕事場に向かってゆく。
朝の朝礼がスムーズに終わった後、私は他のメイド長たちに話しかけに行く。
「うへぇ~……今日ぐらいのいい天気の日は、仕事なんてせず一日中昼寝してたいっす~。」
「そうそう……まあ、アタシはこれからベットに寝に行くんすけどね~。」
「こら、アンナ!アンタたちはそう言ってこの前、提出期限ぎりぎりの書類を忘れてマリアさんに怒られてたでしょ!?」
ぐで~と、前かがみになっている二人のアンナを、プリムが叱る。
怒られたアンナたちは、「うきゃぁ」とわざとらしい悲鳴を上げ、「許してほしいっす~」とプリムに泣きついていた。
「アンタらねぇ~……」と、頬を引きつらせ、拳を握る手に血管を浮かばせながらもプリムは呆れており、いつも通りのやりとりにクスリと笑みがこぼれる。
「ほう、珍しいなブラウ。キミが笑うなんて。」
「マズいね、これはお昼から雨が降るかも。」
「ノワール、ルージュ……私でも笑うことはあるぞ?」
笑ったところを見られ、ノワールとルージュにからかわれる。
……かつては、彼女たちとは仲が悪くて、特にノワールとは殺し合いに発展するほどだったが……今では冗談を言い合い、たまに愚痴をこぼし合う仲にまで発展している。かつての私からしてみれば、ありえない事だろう。
しかし、この
「あらあら、メイド長たちが一堂に集まって、雑談だなんて珍しいこともあるモノね。」
最後にマリアがやってきて、私たちの雑談の輪に加わる。
メイド長に伝えるべき連絡があるのか?と身構えたものの、すぐに手をかざし、特にそう言った連絡もない事を教えてくれる。
そしてメイド長はわざとらしい怒りの表情を浮かべて、二人のアンナにそれを向ける。
「そ~れ~で~?アンナたちは、今度は提出期限をしっかりと守ってくれるのかしら?」
「もっ、もももっ、もちろんっすよ!」
「今度こそ、今度こそはしっかりと守るっすよ!」
ダメそうなアンナの様子に、私は肩をすくめ……ルージュもノワールも、プリムもそれぞれ「やれやれ」と言った感じに思い思いの反応をする。
そのあと、いくつかのくだらない話をした後……プリムがアイーダに呼ばれたことを発端に、それぞれの仕事に向かうことになった。
~~~~~
キィン! カァン! ズドン!!
そしてレミリアの攻撃に手いっぱいなところを、プリムとノワールは的確に追撃を行う。
無表情で固定されていた
「だいぶ、攻撃が当たるようになってきたわね。」
「……これが、強化されたグングニルの力なのか?」
「ノワール、余計な考えは終わった後にしてくれない?それ、アンタの悪い癖よ。」
「すまない……つい、な。」
強化グングニルを持つレミリアが、正面から立ち向かい……プリムとノワールが、矢と魔術で左右や背後から攻撃をくわえて、意識を向けさせた直後に、レミリアがまた追撃を加える。
そして
~~~~~
今日の仕事も、昼食時のちょっと前にはつつがなく終わらせることができた。
「みんな、今日も無事に怪我無く清掃が終わった。各々、やるべきことを終わらせて、休憩に入ってくれ。」
私の言葉で、清掃メイド隊のメイドたちが肩の力を抜き私に一斉に頭を下げてから、各々のやるべきことを終わらせに向かった。
ネペタも今日は、友達の妖精メイドと遊ぶ予定があったのか、副メイド長の仕事をテキパキと終わらせて、どこかへ行ってしまった。
さて、今日はどうしようか……と、考えていると、ノワールが私にイタズラしようと気配を消して忍び寄っていることに感づく。
……仕方ないので、ノワールのイタズラに付き合ってあげることにする。
「さーて、今日は鍛錬と言う気分でもないし……どうするべきか―――」
「―――だーれだ。」
「わぁ。」
わざとらしく声を高く変え、ノワールは私の視界を防ぐ。
驚いたふりをしようと驚いた声を出すが、自分でもよく分かる程の棒読みが出てしまい、思わず私は吹き出し、ノワールも私からそんな声が出るとは思わず、視界を塞ぐ手を外して吹き出してしまう。
「くっ……くくくっ、ブラウ、なんだその棒読みはっ……くっ、くくくっ!」
「ふふっ、ふふふっ……仕方ないだろうッ……ふふっ、思わず出たんだっ!」
私たち二人が笑い出したことに、周囲のメイドたちの視線を集めてしまう。しかし、それが私たちのふざけ合いだとわかると、微笑ましい笑みを浮かべてそれぞれの用事に戻っていった。
しばらく笑いあった後、お互いに息を整えつつ、出て来た涙を指で払いつつ、本題に入る。
「それで、ノワール……私のもとに来るなんて珍しいじゃないか、何か重要な用があるのか?」
そう聞けば、ノワールは首を横に振った。
「昼食を一緒に、と思ったのだよ。私とキミの仲じゃないか。」
「……ノワールからランチの誘いは珍しいな、なんだ?魔術の実験台に付き合ってほしいのか?」
「むぅ……たまには私の事を素直に信じてくれても良いのではないか?」
ジト目と頬を膨らませ、らしくない拗ね方を見せるノワール。
……いや、ノワールも私と同じで、ここでの生活でかつて経験できなかった何かを得ているのだろう。
そう、だな。
「疑って悪かった……今日のランチは奢るから、それで許してくれ。」
「ふむ……それなら許そう。ただし、デザートのケーキも付けてもらうぞ!」
「ふふっ、ああ。」
~~~~~
炎、水、雷、風……4つの魔術が、
「きゃぁっ!?」
「レミリアお嬢様ッ!?……はっ、ノワールッ!!」
プリムの悲鳴が洞窟に響き、ノワールを助けようと弓に矢を番え放とうとするものの、軌道を逸らされた風の魔術が暴風を生み出し、プリムの体勢を崩させた。
魔術師の致命的な距離……近距離まで距離を詰めた
絶体絶命のノワールだが、反撃の手段が無いわけではなかった。しかし、相手は
ノワールは初めて、自分が死ぬという恐怖に襲われる。ノワールはこれまで、その窮地に立たされたことはなかったのだ。
普通のそう言った手合いに関しては、何も考えることはできず、パニックのまま死んでいっただろう。だが、そこはノワール。自分の死が近づこうと、レミリアへの勝利のために……それ以上に、友であるブラウのために、自らその恐怖を振り払ったのである。
「舐めるなよ、
ノワールは天秤を逆手に持つと、そのままの勢いで振り上げる。
天秤の台座が、ちょうど
ノワールが転移魔術で、
「―――ノワール、避けなさい!!」
レミリアの悲鳴に似た警告が、ノワールの耳に届いた時にはもう遅く―――
無茶苦茶な体制で放たれた飛ぶ斬撃は、洞窟の岩壁を鏡面のように切り裂いたほどの威力はないにしろ……魔術師特化で体が多少貧弱なノワールにとっては、致命傷には変わらず……。
――――――天秤は砕け、鮮血がノワールの黒髪を汚した
~~~~~
「……うん?珍しい組み合わせね、ブラウとノワールが連れ立って歩くなんて。」
ブラウとノワールが従者用の食堂に向かっている最中、偶々プリムとバッタリ会う。
書類作業が終わりたてなのか、ノワールの作った目が疲れないメガネ型魔導具もかけっぱなしで、手からはインクのにおいが多少漂っていた。
「プリムまでそんな事を言うのか?まったく、私のイメージを何だと思っているのだ。」
「珍しい事には変わりはないだろう?……ところで、プリムもこれから昼食か?」
「ええ、まあ。
まだ書類が山積みだけれど、ハンコを適当に押すだけの簡単な奴だし、キリがいいからね~。」
そう言いながらプリムは右肩をグリグリと回し、コキコキと肩の骨を鳴らす。
魔導具のおかげで目は疲れなくとも、身体に疲労は貯まるようで、うんーと背伸びをしているプリムを見つめてみる。
「……なによ。」
「いや、プリムもここにきて変わったな、と」
「ああ、確かに。」
「……まあ、私自身も変わったなぁ~とは思うけれど、そんなに?」
「ああ、以前のプリムなら開口一番に皮肉だったからな。」
「とにかく相手を下に見て『ざぁこ、ざぁこ』と、甘い声色で言っていたな。」
「む、昔の話を蒸し返すのはや~め~て~!みんなに聞かれたら、ここでのイメージが崩れるじゃない!
というか、今のノワールの声どっから出してんのよ!?アンタそんな声質じゃないでしょうにっ!」
プリムの顔がりんごのように真っ赤に染まり、まくし立てるようにツッコミが入る。
その様子に、私は思わずクスリと笑うと、プリムはキッと猫の目のようになった目でにらみつけてくる。
話を切り出した私が悪いのか、プリムはすっかり拗ねてしまっている。
「フーンだ。こうなったら、ブラウのあの時の様子をアイーダに話しちゃうもんね~。」
「それだけはやめてくれ……昼食を奢るから、な?」
「ふふん、言質はとったわ!それと、デザートのケーキも忘れないでね!」
「プリムもか……。」
私もケーキは好きだが、たしかルージュもケーキが好きと言っていた。
……私たち全員ケーキ好きという共通点は、ここにきて仲良くなってから知った。
本当に、あの時と比べ……私たちはいい方向に変わっているのだろう。
~~~~~
「よくも、ノワールをッ!!」
ノワールが仰向けに倒れ、砕けた天秤がパラパラとその上に降り注ぐ中、プリムは激昂し、30本もの矢を束ねて放ち、プリム自体も高速移動で
「プリム、ダメッ!」
「…………。」
咄嗟にレミリアが制止をかけるも、激高したプリムにその声は届いておらず、その動きを止めることはなかった。
……
「あぁぁあっ!?」
「プリム!!」
プリムが足を折られた痛みで叫び声をあげた直後、
ズガドン!!とものすごいととともに、グチャリと嫌な音が響く。
しばらく、プリムを地面にたたきつけた体制のまま
ようやく、
「……ここまでやって、勝てないの?」
レミリアは、強化グングニルを抱えながら、その場にぺたんと座り込んでしまう。
明らかに戦意喪失した様子のレミリアに、
そこに、一つの声が聞こえてくる。
『あぁ、レミリア、私のかわいい娘……アナタの絶望の表情は、何度見てもかわいいわ。』
「パメラ、スカーレット。」
……この状況を創り出したといっても、過言ではない黒幕、パメラ・スカーレット。
その声色はずいぶんと愉悦の色が混ざっており、レミリアの計画が、作戦が、思いが、すべて折れたことを知り、楽し気に声を出しているのである。
『大丈夫よ、レミリア……
「くぐ、つ? ブラウは、お前に、操られて……?」
『意思のある状態なら、難しかったけれど……
ウフフ、アハハと、パメラの小さな笑い声が聞こえてくる。
ようやく、ようやくレミリアに勝てたのを、喜んでいるのである。
ザッと、操られた
「ぐっ……がぁっ……ぶ、ら……うっ、」
『さあ、レミリア……しばらくの間おやすみなさい。目覚めたころには、もっと良い日々が、あなたを待っているわ。』
レミリアは何とか抵抗し続けるものの、
空気が足りず、レミリアの意識が徐々に薄れ、勝ちを確信したパメラは、未来を見るのをやめ、録音魔術を閉じる。
レミリアは薄れゆく意識の中……キラキラと光が落ちるのを、見た。
~~~~~~
ふと、私は足を止めた。
私がいきなり足を止めたことで、プリムのノワールが不思議そうに私を見つめだす。
「……どうしたのだ、ブラウ。いきなり足を止めて……まさか、奢るのはやっぱりなしでとかいうつもりなのか!?」
「ちょっと!? それは許さないわよっ、まさかブラウは約束も守れないおこちゃま妖精なのかしら?」
「あ……あぁ、イヤ……その、だな。」
何故だろう、今の私は……私であって、私ではないような気がする。
今見ている景色は本物なのだろうか、今見ている二人は本人なのだろうか、今見ている
「その、もし……もしもの話だ。私が、レミリアお嬢様を裏切って、レミリアお嬢様を傷つけたら……二人は、どうする?」
私は、それを二人に聞かずにはいられなかった。
友達だからこそ、私の過去を知るからこそ、どうしても、聞かずにはいられなかった。
「なんだ、そんな事か……もちろん、『止めに入る』さ。」
「ええ、もちろん私もよ。例え、死んだってアンタがレミリアお嬢様を傷つけるのを止めるわ。」
「……私を、殺さないのか?」
私が恐る恐るそう聞き返すと、プリムとノワールはきょとんと、ハトが豆鉄砲を喰らったような表情を浮かべる。
そして、二人はチラリとお互いを見つめだす。
……何か、変な質問をしたのであろうか。私は、裏切り者の以上……殺害は必須。
「くっ、くくくっ、くはははははっ!」
「あはっ、あはははっ、あははははははっ!」
と、プリムとノワールはそれぞれお腹を抱えて大笑いをしだした。
よほど私の質問がおかしいのか、それはそれは大声で……私は顔が熱くなるのを感じながらも、二人を問い詰める。
「な、なにがおかしいっ!」
「くはははっ……いやぁ、すまない。しかし、なぁ?」
「あはっ、あはははっ……えぇ、ちょっとね。」
「ブラウ、お前が裏切る時は敵に操られる時ぐらいだろう?」
「そうそう、恩や義理人情に篤くてクソ真面目で一番性格が変わったアンタが、そのきっかけを与えてくれたレミリアお嬢様を裏切るだなんて、そんな事しかありえないじゃない。」
「「だから、私たちは何としてでも
プリムとノワールが、見たことない子供っぽい笑顔で、私にそう宣言する。
あぁ……そうか。かつての私が、知らなかったもの。今の私が、知っているもの。
自分の意思で考え、選び、行い、そして紡いできたもの。
「……頼んで、いいか?」
「もちろん。」
「当たり前じゃない。」
~~~~~~~~~~
「……た……す……け……て。」
レミリアは、見た。
意志のない瞳だというのに、ボロボロとこぼれる大粒の涙。
そして、聞いた。
消えそうなほど、か細く小さな、ブラウの声。
そして、待っていたのだ。
ブラウが、本気で救われたいと願うことを。
「プリム、ノワールッ!!」
「……この瞬間を―――」
「―――待っていたっ!」
死んだふりをしていたプリムとノワールが、
「「レミリアお嬢様!」」
「「ブラウを、救ってください。」」
「―――ええ、任せなさい。」
レミリアは、強化グングニルを、
~~~~~~~~~~~~
酷く、惨く、臭くて、寂しい。
それが、レミリアのその空間の感想だった。
そこは、見るに耐えない地獄であった。
人妖を問わずに死体が積み重なっている。どれも、黒く変色し、デキモノがいくつか潰れているのか嫌な臭いを放っている。
斬り捨てられた数多の死体が転がっている。どれも、
死体を燃やした黒い煙が、もうもうと空に昇り、黒く厚い、イヤな雲が空を覆いつくしている。
(……ここが、ブラウの……
レミリアは、強化されたグングニルのおかげで、ここへと侵入を果たした。
その目的は、ブラウの本当の思いを知るため……ただ救うだけではなく、心の底からの救済を与える為であった。
(……ブラウは、この先にいる。)
レミリアは、そう感じて、死体だらけの悍ましい場所を進み始めた。
進む、進む、進む。
その場所を進めば進むほど、死体の山は積み重なっている。
進めば進むほど、見るに耐えない死体が増え……同時に、死体の向きが一定になり始める。
レミリアの進む方向に、死体たちは倒れている。いや……手を伸ばそうとしている。
レミリアが進み続けると……やがて、一か所だけ、黒くて厚いイヤな雲が途切れて、光が差し込む場所が見える。
そこに、ブラウの気配を感じる。
レミリアは感じたままに足早に向かい……死体たちが道を阻もうとしたので、強化グングニルで斬り払う。
ボトリ、ボトリと死体が積み重なった山から這いだし、レミリアをブラウのもとに向かわせないよう、立ち向かってくる。
「……貴様たちは、ブラウが、
ぽつりとレミリアがつぶやくと、帰ってくるはずのない返事が返ってくる
《当たり前だ!俺たちを殺したアイツが、どうして幸せになっていいと思っていやがる!!》
《私たちだって平和に暮らしていたのに!アイツが生まれたから、私も、私の家族も、私の子供も、みんな死んでいった!!》
《人を殺して何も感じない化け物が、今更”救い”なんて求めるのが間違ってんだよ!!》
《そもそも、その救いは私たち人間のものだ!化け物に与えられるべきものじゃない!!》
……かつて、ブラウが、
本人の預かり知らぬところで死んだとしても、病であれば、彼女たちに擦り付けられ、恨まれ、怒りを向けられ、そして殺そうと刃を向け、そして殺される。
本人が、そう産まれてしまったばかりに押し付けられた、”運命”。
「ふざけるなッ!!」
レミリアは、怒りを抑えきれなかった。
……メディーの話によれば、かつての人間の国々でペストが流行った原因は、排泄物を適切に処理しなかったために起きたものだった。
古代ローマの時代には既に下水道は存在しており、排泄物を処理できる環境を整えなかったのは、戦争にかまけた人間たち自身……ペストやその他の伝染病が流行るのは、人間たちの怠慢でしかなかったのだ。
つまり、この人間たちの主張する怒りの向けどころは、人間たちの病死への恐怖で生まれた
レミリアはそう、怒りのままに口にした。
レミリアの言葉に、怨嗟の声がどよめきだす。
ざわざわ、ざわざわと……レミリアが口にした言葉に、怨みたちは言葉をなくしていた。
その様子に、レミリアは再び怒りがこみ上げる。
「私に言い負かされた程度で迷う……その程度の怒りで、私の大切な家族を苦しめるなッ!!」
魔力を怒りのままに開放し、開放された魔力が立ちふさがった死体を消し飛ばす。
……追加の死体は、出てこなかった。
レミリアは、静かにゆっくりと、光の挿し込む場所に近づく。
……そこは、荒れ果てた
光のもとでは、草花が円形に生え、小さな青い髪の妖精がその中心に植わる木に寄りかかり、眠っている。
レミリアが草地に足を踏み入れると、その小さな青髪の妖精が目を覚まし、入ってきたレミリアに視線を向ける。
……レミリアは一瞬、その少女がブラウその物と考えたのだが……その少女の瞳をじっと見つめて、その少女がブラウではないということを察する。
この小さな少女が……この小さな青い髪の妖精こそが、
そして、ブラウは、
きっと、
「……!」
「……ありがとう。」
「……?」
「今まで、ブラウをこの怨嗟から守ってくれたのは、あなたでしょう?」
「…………。」
コクリと
どうしてブラウが、これほどまでの怨嗟を抱えて、狂いをしなかったのか……歩いている最中で、レミリアはそれが引っ掛かっていた。
その答えは、
……どうして、
「……アナタも、報われる時が来たの。ううん……私が、あなたを報いに来たの。」
「…………?」
「ええ、これからは
甘いお菓子を一杯食べていい、友達とおひさまの下でかけっこしてもいい、心地いい場所でいくらでもお昼寝していい、誰かに甘えて生きてもいい、もう戦わなくてもいいのよ?」
「………………!」
うるうると
……きっと
戦いの中でいき、戦う事しか知らず……それ以外、何も知らず、教えられず……だから、何も感じないように意志を殺して、何も感じないように振る舞って……そして、いつしか自分が甘えたりない幼い妖精と言うことを忘れ、今のブラウとして生きていた。
そして、今回……ブラウはその幸せを守りたくて、力を少し使いすぎてしまった。そのせいで、この怨嗟を思い出し、救われることを諦め、
けれど、
「……もし、もしあなたがいいのなら。」
「……?」
「私のもとで、ブラウ・ペイルライダーとして生きてみない?」
「!」
「いいのって?……もちろん、私が救うだけ救って放置の、無責任な女に見える?」
「……」
幼いブラウがレミリアに抱き着くと、心象風景が徐々に白み始める。
……レミリアは、時間が来たと察し……最後に幼いブラウを抱きしめ返す。
~~~~~~~~~
庭園迷宮第4層……そこの一部分にとどまっていた、病の気配が徐々に、徐々に消えてゆく。
死骸もまた、次々と崩れ落ち……やがて、
「……戻ってきたわ。」
「レミリアお嬢様っ、ブラウ……ブラウはッ!?」
「しっかり、しっかりしなさいよ!ブラウ!!」
「……二人とも、私の膝にブラウの頭を乗せてほしいわ。」
一瞬、ノワールとプリムは困惑するが、地面に座ったレミリアを見てすぐに指示に従った。
レミリアの膝に、ブラウの頭を乗せ……しばらくすると、ブラウが目を覚ます。
「……レミリア、お嬢様。」
「……おはよう、ブラウ。気分はどうかしら?」
「…………ああ、とても、清々しい。そして、少し眠い。」
「っ、ブラウ!バカなことを言うな!お前の帰りを待っている奴らがいるんだぞ!?」
「バカ、バカバカバカッ!死ぬんじゃないわよ、この馬鹿ッ!!」
おそらく、ブラウの体は……
「……ねえ、レミリアお嬢さま。」
「……何かしら、ブラウ。」
「…………わたしは、まだ、あなたのために、戦いたい。」
「あなたが望むなら、いつでもいいわ。けれど、今は……」
「ああ…………ゆっくり、休みたい。
……れみりあ、さま」
「……なぁに?」
「――――――幼い私を、頼む。」
その言葉をきっかけに、ブラウの体が光の粒となって消えてゆく。
「おい……ブラ、ウ……冗談は、冗談はよせ!」
「い、行かないで……いかないでよ!!」
「……ええ、任されたわ。」
そっと、ブラウの手を握ると……ブラウは満足そうに笑みを浮かべて瞼を降ろし……やがてブラウの体がすべて、光の粒になってしまう。
その光の粒は、ゆっくりと再構成を始め……いつの間にか、レミリアの膝に頭を預ける水色髪の幼い妖精がすぅすぅと、穏やかな寝息を立てていた。
「……れみりあ、さま……これは?」
「……この子が、本来のブラウよ。そして、
「この子が、アイツ……?」
レミリアは、ポツリポツリと二人に語る。
ブラウと言う木陰と、木陰を産む木を守る
そして、本当のブラウ。
「つまり、ブラウは……完全に死んだわけじゃ、ないのか?」
「ええ、今は少しゆっくりする時間が必要なだけ、その必要な時間がどれほどかは、私も分からないけれど……それでも、ブラウはまた帰ってくるわ。」
「ううっ……心配させんじゃないわよ……ぐすっ。」
……こうして、パメラ事件最大の戦いは、終わりをつげ……幼くなったブラウは、レミリアに抱かれながら、
ブラウさんは死んだわけではなく、少し眠りに行っただけです。
ですので、その内目を覚まし、クールで少し天然なブラウさんが戻ってくるでしょう。