「ねえねえ、せんせー。なんでリーダー持ってかれたの?」
「お? おー、私の話をよく聞いてたな。次の小テストでちょっとおまけしてやる」
「やった! どれくらい?」
「✕を△くらいだな」
「ホントにちょっとだー」
こいつらは本当に人の話を聞いてない様で聞いてたりするから質が悪い。
本当に質が悪い奴らだよ。私はな、最初にお前らの受け持ちになった時、正直に言うと仕事辞めようかと思った。
「いいか、全員よく聞け。連中の狙いは篠原だ。なのに、何故あいつを連れていったか。それは、篠原に言う事をきかせたいからだ」
「えーと、つまり?」
「お前らって人質と、篠原が唯一言う事をきくあいつが欲しいって事だ」
「いや、私はあいつの部下じゃないから」
「あーしらもリーダーの部下じゃないぞー」
そう言うな。お前らの認識はどうあれ、連中にはそう見えてんだ。
連中の狙いは人質、篠原という篠ノ之束をコントロール出来る外付けの良心回路であるあいつとこいつら。
それをあいつを人質にして自分達に利権を、ってのが連中の狙いだろう。
細かいところは違うかもしれない。だが、このタイミングで飛び込んできた会談と行動から、これが一番可能性が高い。
なにせ、この私が教師を辞めようかと思うくらいに、こいつらは頭が悪い。
「いいか、お前らや私にとって篠原は篠原だが、連中は篠ノ之束だって認識だ。つまり……」
「それをどうにかすればいい…ってこと……!?」
「そういう事だ」
本当にこいつらは頭が悪い癖に、妙なところで勘がいい。
ISの基礎理論はおろか普通科目すら危うい癖に、何故か誰かが泣いてたりすると、どこからともなくやってくる。
おかげさまで教師の一番デリケートで面倒な仕事が減って助かる。
「でも、どうやって? 篠原ちゃんは篠原ちゃんで篠ノ之束? あえ??」
「いきなりアホになるな。つまり、篠原と篠ノ之束を同時に存在させりゃいい」
「分、裂……???」
「いくら私が天災でも分裂は無理だぞ」
「はっ! んな高尚な手段は要らん。もっと単純な話だ」
これもあいつが理事長と立てた策なんだよな。
まったく、学校の勉強はからきしなのにこういう知恵は回る。
まあ、そうでもなければ泣いてる誰か一人の為に、世界を相手取るなんて真似は出来んか。
「おい、準備は?」
「機体はオッケー、でもこれでなにすんの?」
「決まってる。一世一代の猿芝居だよ」
「猿芝居? 猿居ないよ?」
「そうじゃねえよ」
まったく、こいつらは本当に頭が悪い。
教師を辞めようかと思った、今すぐ全部放り出して逃げようと思った、バカ丸出しで極限にお人好しで人を疑うって事も知らん大バカ共。
髪色とか弄ってたが、篠ノ之束が教室に居た時は本当に辞めたくなったし、そいつが篠原とか名乗ってた時は逃げ出したくなった。
本気だぞ? でもな、それでもこいつらは変わらなかった。
人の夢を嗤わず、ただ手を差し伸べるじゃなくて、手を取り合って七転八倒しながら、一緒に前へ向かっていく。
ああ、そうさ。羨ましくなった。そして、それ以上にこのバカ共をちゃんと送り出してやりたくなった。
くだらない大人が自分勝手に描いた未来図じゃなくて、こいつらが好き勝手に描いた未来図に。
しっかりとそこに行ける様に、たとえ現実を知っても迷ったり転んだり、泣いたり怒ったりしながら、それでも喜んで楽しんで前へ行ける様に。
このバカ共を送り出す。
その為には、勝手に持っていかれたバカ共の頭を取り戻す。
「覚悟しろよ世界。他人の為に動くバカは手がつけられんぞ」
「やあ、初めましてかな?」
「いや、初めましてではないわ」
「おや、そうだったかな? 申し訳ないね」
さて、どうしようかな?
初めましてと思った相手が初めましてじゃなくて、会った事があるみたいだね。やけに派手な化粧といかにもお高そうなスーツ。髪型も派手で威嚇されてる気分だね。
でも、何時会ったのか思い出せないから、実質初めましてでいいんじゃないかな?
あと、この部屋暗くないかな? 窓もカーテン閉めきってるし。あ、でも椅子はすごいね。理事長の椅子みたいにふよんふよんだね。
「あの日、君達が本当にやり遂げるとは思ってもみなかった」
「あの日? もしかして衛星砲かな?」
「その通り。正解よ」
さてさて、どうしようかな。
このスーツの人は多分お偉いさんだね。しかも、あの衛星砲の事を知ってるから、かなりのお偉いさんだね。
「あの日から世界は変わろうとしている。行方不明だった天災の所在が明らかになり、その天災をコントロール出来る存在が現れた」
「……帰らせてもらっていいかな? 篠原ちゃんは篠原ちゃんで、篠ノ之束ではないよ」
「それは君達の認識よ。世界、我々は違うわ。彼女は間違いなく〝天災〟篠ノ之束、何も知らない子供が関わっていい存在ではないの」
「何も知らないのはそっちじゃないかな? 彼女は篠原ちゃんだ」
いけないね。この流れはちょっといけない。
完全に向こうに主導権があるね。しかも、話を逸らそうとしても戻されるねこれは。
さあ、どうしようかな。難しい話は分からないんだけどね。
「……ふむ、そうだね。取引をしないかしら?」
「取引?」
「ああ、君達にとっても悪くはない取引になるわ。その前に、軽くお茶にしましょう」
スーツの人が言うなり、お高そうなカップとグラス、ついでにティーポットとオレンジ色が入ったピッチャーを持って、お付きの人が来たね。
んー、多分だけどこのお付きの人はISパイロットだね。榊原先生や織斑先生と同じ感じがするよ。
「紅茶やコーヒーより、ジュースの方がいいかと思って、勝手に用意させてもらったわ」
「わあ、オレンジジュース。嬉しいね」
『おい、何があった?!』
『おや、篠原ちゃん。どうしたのかな?』
『どうもなにも、お前のナノマシンから薬物警報出たんだよ!』
『あ、じゃあこのオレンジジュースかな?』
『なに飲んでんだバカー!』
「……もしかして、ジュースはお嫌いだったかしら」
「いやいや、オレンジジュースは大好きだよ? 毎日飲むくらいにはね」
「それはよかった」
すごい濃いオレンジジュースだね。これはきっとお高いやつだよ。そう言えば、さっきからお高いって言ってる様な気がするね。
まあ、今はそれより篠原ちゃんが言ってた薬物警報だよね。
取引を持ち掛けてからのお薬だから、えーと、自白剤じゃない。なんか、こう……、頭フワフワするタイプのお薬かな?
映画で見た事あるね。
「……それで、取引の内容は?」
「単純な話です。私達と協同しないかしら?」
「協同?」
「ええ、そちらに居る篠ノ之束を貴女がコントロールし、新たな技術を開発。それを私達のルートで販売する。これから先、進路の不安も無くなるわ」
進路の不安、確かにあるね。
私達は頭が悪いからね。就職も進学も難しいだろうね。私なんて、最初から就職に有利だからIS学園に入ったからね。
でもそれは、皆と篠原ちゃんに出会う前の話だよ。
「進路の不安、確かにあるね」
「ええ、そうでしょうね。誰だって抱える悩みよ」
「だけど、その不安は貴女のであって私達のものではないね」
「何が言いたいのかしら?」
なんか妙に焦ってるのかな? お付きの人がちょっと目を見開いたよ?
あれかな、ジュースに入れたお薬がそろそろ効きだす頃なのに、平気で居るからかな?
いやはや、篠原ちゃんには感謝だね。帰ったらお菓子パーティーといこうじゃないか。
「私はね、普通の人生を望んだんだ。普通に就職して、午前はバリバリ午後はそれなり。定時に帰って、夜はダラダラ過ごして、休日はゆったり。そんな普通にある普通の何処にでも転がってる人生だよ」
でもね。
「ある日、出会ったんだよね。意地っ張りのいばりんぼで頭が良くて運動だって凄い。でも寂しがりで一人ぼっちで夢を見ていた子にね」
「だから、それがどうしたと?」
「解らないかな? 解らないね? 君達には解らないね。あの日、私は、私達は見たし聞いたよ。あの子の夢を、キラキラのお星様みたいな綺麗な夢を」
そうだよね、篠原ちゃん。あの日、君の夢を教えてくれた日から、実は私の夢は変わったんだよ。
普通の何処にでも転がってる普通の夢から、君が目の前で描いてくれたキラキラの星空の夢に。
真夏の太陽みたいに遠慮なく照らす、眩しくて仕方ない夢に、私もそこに居たいって思ったんだよ。
もう私達は決めたからね。篠原ちゃんとずっと一緒に居るって。
だから、私は揺るがないよ。
「君が語ったのはただの現実だよ。大人が自分勝手に押し付けてくる現実。でも、私達は決めたんだよね」
「一体何を決めたと?」
「夢を見る。いや、叶える。私の様な凡人でも、ずっと一緒に居てくれる子達が居る。その子達と夢を叶える。そこに君達が押し付けてくる現実が入る場所は無いよ」
「そんなもの、すぐに覚めて消える幻よ」
「そうだろうね。君達の様に夢を見る事すら、もう諦めて辞めてしまった人達には幻でしかないね」
「……ガキが調子に乗るなよ」
「おや、随分沸点が低いね? まさか図星だったかな?」
さてさて、どうするのかな?
お薬は効かず、交渉しようにも私達とは見ているものが違い過ぎる。
となると、残る手段は古来より人類に伝わる万国共通言語。
「こいつを黙らせなさい」
「はっ」
見れば部分展開されたラファールの腕に拳銃が握られているね。拳銃は拳銃でも、IS用の拳銃だから手足が吹き飛ぶのは確実だね。
「……」
「安心しなさい。殺したりはしないわ。ええ、死にはしない」
困ったね。ポンコツ号も無いし、私に出来るのはやる気の無い命乞いと逃げるだけだね。
銃口が向いたね。さあ、窓に向かってダッシュだよ。もしかしたら外れた弾が窓を割ってくれるかも知れないからね。
ああ、でも、もしダメだったとしても、最期は篠原ちゃんが側に居てくれたらいいな。
『伏せろ』
頭の中に響いた篠原ちゃんの声に、ほぼ転ぶ様にして伏せる。というか、普通に転んだね。で、それと同時に銃声と窓が割れる音。
そして、やけに重たくて硬いものが軽くて小さなものを弾く音が聞こえて、そしたら聞き覚えがあって、頼りにしてる人の声も聞こえたよ。
「よう、アホ共。私の生徒に要らんちょっかいかけてくれたなぁ……」
打鉄に乗った榊原先生が今まで見た事が無いブチギレ顔で、両手にデカイハンマー持って現れたよ。
「あの、織斑先生」
「なんだ? 山田先生」
「榊原先生、ですよねあれ……?」
「ああ、榊原だな」
「あのハンマー、現役時代のやつですよね」
「ああ、現役時代のやつだ」
「キレてますよね」
「ああ、キレてるな。マジギレだ」