アラームが鳴り止まない。
それも当然だろう。
だって、この衛星砲の動力炉をメルトダウンさせたのだから。
『姉さん……!』
「ごめんね、ほーきちゃん。私はここを守らないと」
『そんな事……! もうメルトダウンは始まった! 姉さんが残る理由は無い筈だ!』
『ダメだよ、ほーきちゃん』
現にメルトダウンを止めようと、外部からのアクセスが止まない。
間に合うかどうかは賭けだが、ここで手を緩めれば最悪の未来が待っている。
――ねえ、篠原ちゃん。篠原ちゃんの夢は綺麗だよね
掛け値無しに自分の夢を認めてくれた。
碌に理解も出来てないのに、自分の夢を綺麗だと褒めてくれた。
諦めていた光がそこにあった。
だから、
『束さん! 早く脱出を!』
「いっくん、強く曲がらず生きてね」
『束さん! ……六組は、六組の皆は待ってるんだ!』
「うん、ごめんね」
あの日見た光は太陽より眩しくて、向日葵みたいに鮮やかで、本当に綺麗だった。
まるで、宝石の様な日々。暖かな日差しの様な人達。
消えかけたキャンバスに、もう一度色を着けてくれた人達。
それは見る者によっては見るに耐えない落書きみたいな絵。でも何よりもかけがえの無い一枚の絵。
求めた光はそこにあった。
だから、あの光は消させない。
「皆にごめんねって伝えて」
『束さん……!』
さっきからひっきりなしに来る通信は、確実に六組のものだろう。
しかし、それに出る訳にはいかない。
本音を言えば、今すぐ出て声を聞きたい。だが、出てしまえば決意が揺らいでしまう。
辛い、苦しい、こんな酷い嘘を吐きたくなかった。
でも、それももうすぐ終わる。
地球から見る今の宇宙は、一体どんな風に見えるのだろう。皆は今、どんな
気付けば、抜け駆けみたいな形で一人だけで宇宙に来てしまった。
思い描いたそれとは違うのに、それでも少しの嬉さとたくさんの寂しさがある。
「……やっぱり、皆と来たかったな。でも、それももう終わりだ。…… ちゃん」
「何かな? 篠原ちゃん」
「え……?」
顔を見上げれば、見慣れたダークグリーンの重装甲が背後に立っていた。
「お前……」
「辛いのはもう終わり? ははは、篠原ちゃんは結構ジョークが上手いよね?」
硬く、重い足音と共に が距離を詰める。
だが、
「来ないで!」
拒絶の言葉がその足を止めた。
「なんで……、なんで来たんだよ?! お前みたいな雑魚がどうにか出来る話じゃないんだ!」
「雑魚、言ってくれるよね? でも、逆に聞くよ。篠原ちゃんだけにどうにか出来る話なのかな?」
「当たり前だろ。私は天災なんだ。私以外にどうにか出来る話じゃない」
「おかしいね? なら、なんで君はそんなに泣きそうなのかな?」
笠の様なヘルメットと、首周りの装甲で顔がよく見えない はそんな事を問う。
自分で自分の顔は見えない。だが、恐らく自分の顔は歪んでいる。
彼女の言う通り、今にも泣き出しそうに歪んでいるだろう。
「これは……、これはつまらない世界とおさらばするから嬉しくて泣いてるんだ!」
「嬉しくて泣いてる? おかしいね? 私は泣く時は悲しくて泣くよ。嬉しい時は笑うものだよね」
「うるさい、嬉し涙だよ」
「嬉し涙、それにしてはあまり嬉しそうには見えないね?」
「うるさい!」
どうして、お前なんだ。
どうして、大切な人が自分の為にこんな場所に居るんだ。
どうして、お前は平然としていられるんだ。
「ねえ、篠原ちゃん」
「うるさい、うるさいうるさいうるさい! もういいよ! 私の事は放っといてよ……!」
「うん、君が本当にそれを望むなら、私はそうするよ。だけどね、私はちょーっとだけ怒ってるんだよ」
笠の様なヘルメットを片手で押し上げ、はっきりと顔を見せる。
その顔は初めて見る色をしていた。
「ねえ、篠原ちゃん。……君は確かに〝天才〟なのかもしれない」
「そうだよ。私は〝天災〟なんだ。だから……」
「でも、それは私達には関係ないね」
普段とは違う怒りや悲しみの激しい色、今まで見せなかった色だ。
「いいかな? 篠原ちゃん。私達は君が篠ノ之・束だと気付いていなかったんだよね。つまり、君は私達にとってはただの篠原ちゃんでしかないんだよ」
「でも、私は〝天災〟に変わりない」
「でも、君は篠原ちゃんでしかないんだよ」
「でも、私は〝篠ノ之・束〟だ」
「でも、君は篠原ちゃんだ」
機体のプライベートチャンネルから流れる二人のそんなやり取りを、箒と一夏は固唾を飲んで見守る。
「箒……」
「ああ、ここが分水嶺。天災と凡人の境界線上だ」
果ての無い宇宙に浮かぶちっぽけな人工衛星の中で、これまでとこれからの決着が始まった。
「ねえ、篠原ちゃん。君は誰かな?」
「私は篠ノ之・束だ」
「ねえ、篠原ちゃん。君は天才かな?」
「そうだよ。私は天災だ」
「なら、篠原ちゃん。君はなんでも出来るかな?」
「そうだよ。私はなんでも出来る」
「じゃあ、篠原ちゃん。どうして君は私達から離れるのかな?」
一瞬、言葉が詰まった。
「……私は天災だから、他に誰も要らないんだ」
「なら、なんで私はここに来たのかな?」
「お前の、お前達の勘違いだろ」
「うん、勘違い。そうかもね? だけど、私は確信してここに来たよ」
「なら、それが勘違いだよ。凡人がよく見る夢だ」
「確かに凡人は夢をよく見るね。でも、天才だって夢を見るから天才だよね」
夢が人の目標となる。
如何に天才だろうが、それだけは凡人と変わらない。違うのは夢を夢で終わらせるか否かだ。
「君は天才だから夢を見るよね」
「そうだよ。私は天災だから夢を見る」
「私は凡人だから夢を見るよね」
「そうだよ。お前は凡人だから夢を見るだけだ」
「私に夢は叶えられないかな?」
「そうだよ。凡人の夢は叶わないから凡人なんだ」
「そうだね。でも、篠原ちゃんは私の夢を知ってるのかな?」
「普通に生きたいだろ? つまらない、凡人のありふれた夢だ」
「つまらないありふれた夢でもさ、夢に上下はないよね」
「いや、あるよ。価値ある夢とそうでない夢がある」
「でも、篠原ちゃん。私の夢には君も居るんだよ?」
「本当にバカかよ。お前の夢は叶わない夢想だ。吹けば消える砂の城でしかない」
「でも、その砂の城には君も居るし、皆も居るよ」
それに、
「篠原ちゃん。君は私の夢を嗤わなかったよね」
「っ……!!」
「欲が無い、もう少し年相応に夢を見ろと言われた私の事を君は嗤わなかった。皆も嗤わなかった」
「それは……」
「ねえ、篠原ちゃん。私達は君の助けにはなれないのかな?」
鳴り止まぬ警報、時間はあまり残されていない。
しかし は焦る事無く、篠原に向けて機体を部分解除した生身の右手を差し出し、プライベートチャンネルを機体のスピーカーに繋ぐ。
『あ! やっと繋がった!』
『リーダー! しのぴーは?!』
『え、リーダーマジ宇宙?! 抜け駆けじゃん!!』
『つーか、しのっち無事なん?!』
『篠原ちゃーん! 聞こえてるなら返事ー!!』
一気にぶちまけられる声の奔流、しかしそこには非難の色は無く、ただ二人を呼ぶ声だけがあった。
「ねえ、篠原ちゃん。私達は君の側には居られないかな?」
「私は……、私は天災なんだよ? 他人とは違うんだ! 誰も私の側に……」
「じゃあさ、側には居られないなら、こっちに来なよ」
差し出された右手は、真っ直ぐにこちらに向けられている。
選択肢は二つ、この手を取るか取らないか。
「篠原ちゃん。私達はバカだから、難しい事なんてまるで分からない。だからさ、君が一緒に居てくれたら私達は嬉しいよ」
その答えはもう、決まっていた。
「……私は天災だよ」
「うん、知ってる」
「すごく迷惑かけるよ」
「うん、今更だよね」
「いっぱい嫌な事言うよ」
「うん、それが友達だからね」
「勝手に宇宙に連れてくよ?」
「宇宙に行くのは決定だからね」
「一緒に来てくれる?」
「皆も一緒だよ」
だからさ、
「こっちに来なよ。そっちは危ないよ」
「うん……」
差し出された右手を繋ぐと、確かな力で引き寄せられる。
右手と抱き寄せられた体から伝わる体温と、装甲の冷たさは幻覚ではない現実で、求め続けてついぞ得られなかったものだ。
「こんな面倒な私でも、一緒に居てくれる?」
「私の夢はそれだからね。篠原ちゃんや、皆で叶えようよ。でも、それは嫌かな」
「え……?」
「ずっと一緒じゃないと嫌だよね」
顔は近く、ふとすれば触れ合いそうな距離にある。
しかし、二人の距離は縮まらない。縮める必要は無い。
求めたのは、そうではない。
「じゃあ、帰ろうか。これから忙しくなるよ」
「うん。あ、でもこれ……」
指差して示すそれは、赤く染まった液晶画面だった。
「……ねえ、篠原ちゃん。なんか、制限時間的な何かが表示されてるね」
「……うん、残りは二分だよ」
「篠原ちゃん。ここから出るのに、何分掛かるかな?」
「お前の機動技術と機体性能だと、三分は余裕に掛かるよ」
「………」
「………」
「「ヤバい……!!」」
抱き合って、もう一度顔を見合せると、二人は大慌てで動力炉から離れる。
「篠原ちゃん篠原ちゃん! 何か手はないのかな?!」
「無いよ! いくら私でもメルトダウンが最終段階に入った炉心は止められない!」
「無理矢理ぶち抜いて逃げるよ!」
機体のスラスターを全開にし、重装甲と武装の火力任せに隔壁を撃ち破り脱出を計る。
「つか、お前はどうやって来たのさ!」
「ははは、色々取引紛いの事をして紛れ込んだんだよね!」
「それダメじゃん! ちーちゃんキレるやつじゃん!」
「篠原ちゃん。……一緒だよ?」
「今それ言う?!」
間違いなく、致命的な危機的状況にも関わらず、二人は何故か笑っていた。
何故だろう。間違いなくどうにもならない状況なのに、何故かどうにか出来ると思えてしまう。
「私が補佐するから、お前はその通りに動いて」
「分かったよ。篠原ちゃん」
が姫抱きにする篠原が手持ちのデバイスを機体に繋げた瞬間だった。
明らかに機動が自分のものではないものに変わる。
圧倒的に効率化され、しかし負荷の無い動き。
ラファールという機体はこう動くのだと、教本を越えた理想の動きで、入り組んだ衛星砲内部者を突き進んでいく。
「お前はとにかくスラスターを吹かして。私がなんとかするから」
「流石だね。篠原ちゃん」
残り時間は一分弱、脱出成功まで同様の時間が掛かる。
だが、自分は天災だ。
凡人に出来ない事を可能にするから、天災と謳われるのだ。
「外! 見えたよ!」
「一気に吹かして!」
「あ、でも篠原ちゃん外は宇宙だよ!?」
「このデバイスとお前の機体の保護機能で安全は確保済み!」
「流石だね。篠原ちゃん!」
残り十秒、その瞬間に二人は衛星砲から飛び出す。
そして、限界まで吹かしたスラスターの出力任せに、無限に広がる宇宙で、二人は目映い光の爆発を背にした。
「……うーわ、あれってあんな風に爆発するんだね」
「凡人が作った出来損ないにしては、なかなか壮観じゃん」
「ははは、篠原ちゃんも言うね」
流星の如く燃え尽きる破片を眺めながら、二人は暢気にそんな事を言っていた。
「というか、篠原ちゃん。君、抜け駆けだからね?」
「お前もじゃん」
「あれ? そう言われればそうだね」
「どうする?」
「皆には夏休みのお楽しみって事にしよう」
「私達は下見?」
「宇宙に下見は贅沢だね?」
漆黒の果てない宇宙、遠くからいくつかの光が近付いてくるそこで、二人は互いに額を寄せ合って笑った。