エルデンエムブレム   作:yononaka

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人道と魔道

 わしはガトーの徒弟であった。

 彼はわしの才覚を認め、魔道を教えた。

 自分で言うのも、とは思うが、覚えのいい生徒であった。

 魔道がアカネイア大陸の光となると考え、理想に燃えていた、毎日毎夜と勉学に励み、やがてわしはガトーの求める学習基準を超えた。

 

 他にも幾人かの徒弟はいたが、ガトーの覚えがよかったのはわしと、もう一人。

 後にアカネイアの司祭長の椅子を得た男、ミロアだった。

 

 魔道の学習をする中でわしとミロアは共に切磋琢磨した。

 その内に与えられる範囲だけでなく、その応用研究も始めた。

 

 ガトーの求める答えは──彼がどう考えていたかまではわからないが──人の身では叶わないほど長い時間がなければ達成できないものばかりだった。

 受け取った学識を応用し、結果を出すことで何とか基準を満たしていった。

 

 ガトーは自らの後継者となるべき人間を探していた。

 神秘を晒さず、魔道は特権階級だけが持ち、ガトー曰くするところの真の支配者たるナーガの、

 その心を煩わせぬための管理機構としての魔道士。

 その育成こそがガトーの目的であったのだろうと今のわしは考えている。

 当時か?そんな事、忙しさにかまけて想像すらせなんだ。

 

 わしは元より、魔道学は広く扱われるものであると願う立場にあった。

 魔道を()く扱えれば、その生が報われぬことが決まっている者や、そうした土地に根ざしたものにも救済や光明を与えられると考えていたからだ。

 

 だが、ガトーはあくまで魔道の全ては特権的であるべきだと考えていた。

 アカネイアの貴族社会に生きたミロアも、それに同意する立場だった。

 

 ガトーは自らの後継者、その証としてオーラの魔道書をミロアへと授けた。

 やむを得まい、わしはそう思っていた。

 

 後継者になれなくばそれで全てが終わるわけ、そういうわけでもない。

 研究は続けられるだろうし、いつかわしの理想を分かち合えるものが現れるとも思っていた。

 

 ────────────────────────

 

「ば、馬鹿な……研究費用は一切出さぬ、そう言うのかミロアよ」

「全てはカダインの決定だ」

「待ってくれ、ミロア

 もう少しだけ、半年……いや、二ヶ月で成果を出して見せる

 それができたならレストの杖をより安価で、より多く作り出す技術を確立でき──」

「それを許さんと言っているのだ」

「な……なぜだ」

 

 ガーネフは狼狽と困惑を隠すこともできない様子だ。

 

「レストの力が広まればどうなる」

「病に倒れ死ぬものが減る、例えそれが辺境であっても命を繋ぐものが増える

 報われぬものたちの光明になるであろう!」

「そうだな」

「ではなぜだ、なぜ……!」

「それは我ら魔道士や司祭の権能であるべきで、神の奇跡として存在するものであるべきだからだ

 レストが普遍のものとなれば、やがて人々はそれが当然のものと考えるだろう

 奇跡として神を称えることを人は忘れてしまう」

「何を……言っている?」

「カダインは、ガトー様は、そして私もまた奇跡を普遍化させる気はないのだよ

 奇跡は限定されるから奇跡でいられるのだ、ガーネフ」

 

「それにな」とミロアは続ける。

 

「神の威光なくしてこのアカネイアは成り立たぬ。

 私はアカネイアに戻り、司祭長を目指す

 ガトー様も去られた今、この学院はごく一部の学生を魔道士にする程度の機能に落ち着くことになるだろう

 どちらにせよ、もう研究費用など用意できんのだ」

「い、いや、そんなはずはない……留学に当たって各国や貴族、門閥が拠出した資産の総額はアカネイアの軍事費を上回るほどになっているのを知っているぞ

 それだけの巨額がそう簡単に尽きるはずが」

 

 ガーネフの表情は信じたくないことに気がついたような、そんな表情に変わった。

 

「ま、まさかミロア……お主、司祭長の椅子を」

「ガーネフ、我ら魔道士の役割は既存の特権階級を維持し、

 偉大なる神であるナーガ様の名を永遠に残すことだ

 いつか大いなる闇が訪れたときに、再びナーガ様のご寵愛を受けられるようにな」

 

 ミロアはガーネフから離れていく。

 ガーネフは待て、と手を伸ばすも、声は出せなかった。

 全てに裏切られたような気がした。

 師に、学友に、故国に、歴史に。或いは自らの全てを否定された気すらした。

 全ての意気は刺されたかのように消沈し、故に声は出せなかった。

 

 その後、カダインからミロアの姿は消え、一年としない間にアカネイアには新たな司祭長が立つことになった。

 

 優れた学識に加え、神竜ナーガの象徴たる『光』に由来するオーラを持つミロアは徹底した貴族社会であるアカネイアにおいてすら、特権階級を得ることとなった。

 

 ────────────────────────

 

 研究費用なくては先へは進めない。

 やがて一人、また一人と学院を去っていった。

 カダインの火を消さぬために学生への授業をするために教師陣もまた爪に火をともすような生活を強いられていた。

 元よりカダインは魔道以外には金に換えられるようなものはない。

 

 わしの弟子の一人が病に倒れたとき、それを治癒するためのレストの杖は一振りとて残っていなかった。

 苦しみの中、弟子は死に、そこでわしの魔道学者としての意志も折れてしまった。

 

 行き場のない怒りがわしを無軌道な道へと走らせた。

 知識を持ち、ガトーすら認めた才覚で行ったことは封じられていたオーブの簒奪だった。

 オーブから力を得られれば、何か新た道を得られるかもしれないと短絡的に考えてしまった。

 

 だが、手にした闇のオーブが与えたのは無軌道な道を加速させることと、その後に残る後悔だけだった。

 

 闇のオーブの囁きに従い、メディウスたちの眠りを晴らし、彼らの始めた戦争に協力し、

 ミロアや多くのものを手にかけた。

 

 その中で『灰』を手に入れたわしは、それによって闇のオーブの量産ができる可能性に気が付いた。

 久しぶりに行った研究ではあったが目論見通りにいった。

 闇のオーブに近い力を発揮し、そうして……わしは多くの魔道士や魔道学者の未来を、自我を奪うことで閉ざしてしまった。

 

 灰の研究が進むにつれてわかった力が一つある。

 それは消去であった。

 

 魔法によって発生した持続する影響を打ち消す、ある意味でレストの上位互換であったもの。

 闇のオーブの呪縛を晴らしたとき、『闇』は自らの増殖を望んでいることを理解した。

 

 その分身として灰のオーブはうってつけであった。

 

 消去するという法則は自らにも半ば作用しており、あらゆる魔力の受け皿となった。

 闇のオーブの影響をある手段で与えたなら、灰のオーブは他の性質を消去し、闇のオーブの性質だけを残す。

 研究は進み、やがて灰によって闇のオーブの『増殖欲求』のようなものを中和することができた。

 

 だが、研究(やるべき事)はまだ残っている。

 闇のオーブが『増殖したもの』となった灰のオーブから持ち主を救う研究は完全ではない。

 わしには灰と、力と、時間……何より奇跡が必要だった。


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