エルデンエムブレム   作:yononaka

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三本指

「長話に突き合わせてしまったな」

「アンタが悼んでいるのは」

「あり得たかも知れぬ、辺境にあったかもしれぬ未来たちを」

 

 ガーネフは酷く疲れたような声で続けた。

 

「わしがメディウスを呼び覚まして戦争は起こった。

 ドルーアが引き起こした戦争によって多くのものが死んでいく中で何を言っているのかと思われような」

 

 闇のオーブは人の悪感情を増幅し、精神を犯し破壊するものだという。

 だが、もしかしたなら闇のオーブはそれらの悪感情によって自らを崩壊させまいとする機能があるのではなかろうかとも思う。

 今のガーネフは罪に押しつぶされそうな、哀れな老紳士でしかない。

 闇のオーブこそが彼を支え続けたのだろうか、と。

 

 シーダが悼んでいると見抜いたものは

 オレが考えるものよりも遥かに大きかったのだけは確かだ。

 

「いや、暗くなってしまったか。

 申し訳ないのう、老人の話はだから嫌われる

 ……さて、レウス殿のお話を聞かせていただけるかな

 まずは、わしの条件を飲むかどうか、ではあるが」

 

「オレの話か」

「外しましょうか」

 

 エルレーンが言う

 オレは「リーザに聞いておいてもらいたい、彼女も連れてきてくれ」とエルレーンにリーザを連れてきてもらった。

 彼女にはオレの過去をガーネフのことや今からオレの過去の事を話すことを説明する。

 エルレーンは退室するべきかと聞いてきたが、今後も知恵を借りることを考えて、同席を頼んだ。

 

「オレはこの世界の人間ではない」

 

 ガーネフを含めて、そうだろうな、そうでしょうね、と口々に反応する。

 まあ……驚いてほしかったわけじゃないけどさ。

 

「そのような世界や渡るという現象があるのはガトーを知っていればわかること

 お主のその力の説明はもらえるのかな」

「オレが元居た世界は狭間の地と呼ばれる場所だった

 どんな場所かってのは……説明が難しい」

 

 何せ話半分未満で突き進んだ世界のことだ。

 

「その世界には半神(デミゴッド)と呼ばれてる半神半人の存在たちが世界の覇権を目論んでいた

 オレはその世界獲得レースに偶然巻き込まれたんだ

 戦いの日々、オレは一柱、また一柱とデミゴッドを倒していき、やがてその世界を支配する王と呼ばれるものをも倒し、世界を支配できる権利を得た」

「そこでアカネイアへと転移してきたの?」

 

 リーザの言葉にオレはいいや、と答えた。

 

「この世界に飛ばされたというより、オレが飛ばされることを選んだ、が正しい

 勿論飛ばされる世界がどこかまではわかってなかったが、

 狭間の地ではない場所であればそれでいいと思っていた」

 

 説明が難しいのはルーンのことだ。

 この辺りはそれらしいウソで進むしかない。

 

「狭間の地で王になったものには力が与えられる

 本来であれば狭間の地を望む形に支配するためのものだが、

 オレはそれをこっちの世界に持ち込んでしまった

 それをオレはエムブレムと呼び、或いはその機能の一部を以て『死のルーン』と呼ぶこともある

 死のルーンの力はあらゆるものを灰に換えていくもの」

「世界を支配するほどの力によって、しかし方向性を定めぬものであるが故に、

 莫大な可能性を持っていた、ということか」

 

 ガーネフがひとりごちるように納得している。

 ウソではあるが、結果としてアウトプットされるものが同じであれば後々の問題は多くはない、

 ……と願っている。

 

「狭間の地で手に入れたものを全て持ち込めているわけではない

 それと、オレが使う魔道……狭間の地では魔術、祈祷と呼ばれている力だったんだが、

 この世界における魔道書と同じで、触媒をもとに力を発揮する」

 

 大雑把な説明をすることにした。

 オレが話したのは以下のことだ。

 

 オレが持つ戦闘に関わる力は『戦灰』と呼ばれるものを武器に封じることで任意に発動できる。

 流麗で複雑なものでも、封じれたら熟達したかのように扱える。

 

 魔法は武器ではなく自分自身に封じたものを触媒を通じて発動する。

 

 霊呼びの鈴と霊馬の指笛に関しては今は省略した。

 

「レウス様はあの剣を呼び出すもの以外にも魔法を扱えるのですか?」

「あー……そうだな、使えなくはない

 ただ、その力の本質は死のルーンと同じもの、使用したとき、どんな影響がアカネイアにもたらされるかがわからない以上は迂闊に使用できない」

 

 狭間の地においての使い方とは違う力……つまり獣性に触れることで使用可能になる祈祷もあるが、

 それも一旦は置いておこう。

 

「つまるところ、オレの力は灰を通じて発揮されるってわけだ

 灰のオーブにマフーが宿るのではなく、マフーを灰のオーブに宿らせているってのがわかりやすい証左じゃないかと思う」

 

 ふむ、と考えるような素振りをする。

 

「レウス殿の能力については理解した

 では別の話を伺いたい」

「ああ、どうぞ」

「お主は魔道についてどう思う、いや、魔道をどのように扱うつもりか」

「そりゃ個人として聞かれているわけではない、ってことだよな」

「無論」

「戦乱の現在においてはアリティア聖王国の主力兵科として備えたいと思っている

 騎馬においてはグルニアに負け、装甲兵と弓兵においてはアカネイアに負け、

 騎馬と弓の扱いでオレルアンに劣り、飛兵においてはマケドニアに勝てる要素がない

 だが、魔道を兵科として整えることができれば連中が持ち得ない戦術で戦えるようになる」

「魔道を明確な兵器の一つとして扱う、と?」

「ああ、そうだ

 今までは兵科としてではなく、助っ人程度の扱いだったものを、だ。

 その過程で魔道は貴族や一部の才能に優れた者に限定されたものではなく、多少でも素養があれば使える技術にしていく

 目が良いものが弓兵の素質がある、体幹に優れたものが騎兵の素養がある、魔道士、いや、魔道兵をそうした所に落とし込む」

「既に発達した技術を、例えば騎兵などを傭兵などで補填するのでは駄目なのかね」

「ああ、駄目だ」

「何故だね」

「これは戦乱を乗り越え、オレがアカネイアの支配者になってから必要になる事だからだ」

 

 続きを求めるようにガーネフは小さく頷く。

 

「戦乱の中でできるだけ多くの魔道兵を育て、オレの治世下でそれらを魔道士として扱い、新たな生活基盤を作る

 火や風や、氷や雷を操り、そして杖の力があればアカネイアはより安定的に発展することができるはずだ

 オレがパッと考えた事なんか鼻で笑われるくらいに便利な使い方を考える奴が兵士から生まれる

 それも一人や二人じゃない

 何十、何百……もしかしたらそれ以上の改革者が必ず現れる

 それを成し遂げるために、魔道士を兵科としなければならない」

「既存の権力機構、貴族や高い地位にある魔道士は反発すると思うが」

「その為の戦乱だろ」

「それは」

 

 ガーネフはどういう意味だ、と言いたげに

 

「アカネイア全土を巻き込んだ戦いで、オレは邪魔になる連中は片っ端から始末する

 王道なんざ歩く気もない

 オレが目指すのは覇道のみ」

「反発を受けぬほどに、それを持つものを倒すというのか」

「ああ、そうだ」

「血に塗れ、狂わぬと言えるのか」

「狂わぬ、じゃない

 オレはもう狂い飽いてんだよ、狭間の地でな」

 

 指を二つ畳み、三本だけ立たせたそれを見ながらオレは続ける。

 

「あっちの世界の法則はこっちと違う。死んだ所でまた蘇るのさ、オレの意思とは関係なくな

 狂って死んで、でもあっちじゃあ死は復活の前段階に過ぎないからまた死んで、死んで、死んで……

 狂気が底を尽きて、オレは正気に戻って、また狂って……

 そのオレがアカネイアの戦乱如きで狂う訳がないんだよ、ガーネフ殿」

「は、ははは……死の向こう側を見て、ぐるりと大陸を回る旅のように狂気から正気へと戻ったと語り……まるで絵物語の魔王のような口振りよな」

「覇王で魔王でも構わない、オレが目指すのは王であることだけだ」

 

 ガーネフは苦笑を浮かべる。

 オレの言葉を嘘と思わぬからこそ、そういう表情になるのだろう。アレは一種の憐れみだ。

 

「レウス殿の考えは開派と呼ばれるものだ、魔道の技術や知識を広く開示し、より高次元の魔道を目指すもの

 ガトーやミロア、そして多くの者の思想である閉派とは逆のもの」

「だが、ガーネフ殿は開派なのだろ」

「……ああ、そうであるよ

 わしは魔道を知った日から、人のために、いつか報われぬものたちに届くものになって貰いたいと、願っていた……」

「そいつを、その願いを過去形にしていいのか、譲れなかったから『そうなった』のではないのか、ガーネフ殿」

 

(求めていた奇跡が此処にいる、確かに此処に……)

 

「レウス殿、聞きたいことは終わりだ

 ──……次の交渉に入りたいのだが、よろしいかな」


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