聖王レウス率いるオレルアンによるアカネイア攻略軍への
アリティア主城の客室は賑わっていた。
シーダはその感激に涙を浮かべている。
貿易商として大陸中を旅している商人であるアンナがアリティアに顔を出したのだ。
「アンナ、シーダから話は聞いている
気を回してくれていたんだな」
「こっちこそ、何もできなくてごめんね
自信満々にあの娘を預かったのに……」
といった謝罪の交換をした後にオレは彼女に問う。
「でも、商人のアンナがただ遊びにきたってわけじゃあないんだろ?」
オレは期待していた。
何せ秘密の店のアンナ、原作じゃノーヒント同然で隠されている場所に特定のアイテムを持った状態で立ち止まらないと入れない場所。
品揃えはゲーム中でも個数限定でしか手に入らないものが目白押し。
そのアンナが来たんだから期待しないほうが失礼というものだ。
「ふっふっふ
そりゃあ当然、アンナさんが何も持たずに来るわけないでしょう?」
そうして並べたのは銀の武器たちだった。
高額であることもそうだが、戦乱の影響もあってか流通数が極端に少なくなっている。
戦いが始まっても銀を武器として戦うことができるほどの物資を持つ軍はそう多くない。
「勉強しますよ~」とアンナ。
財政の担当者を呼んでの交渉となる。
おそらく持ち込んだものを見たものから四侠が情報を仕入れたらしく、ここに来るまでの間に財政担当は「なにがあっても全部買え」と言われていたのだろう。
一つ残さずそれらを購入することになる。
この程度で財政破綻などするわけもないが、それでも急な出費は担当の顔を青くするには十分だった。
それとも、よほどの剣幕で四侠に詰められたのかもしれない。
後々酒か飯でも奢るとしよう。ああ、勿論オレの自腹で。
「さて、こっからが本題」
アンナは兵士に運ばせた大きな箱を指差す。
「これは私の手柄じゃないって先に言っておくね」
「ん?ああ」
「じゃあ中身確認よろしく」
言われるままに箱を開くと緩衝材に埋もれた中から武器が一振り現れる。
「おい、これって……」
うねるような刀身、尖りもう一つの刀身をなしているナックルガード、
柄の先端もまた鋭利に削られている。
素材は金属質のようであるが、実態はわからない。
光沢は薄く、錆びのような色合いが暴力的なデザインによく馴染んでいる。
これは──
「獣人の曲刀!?」
オレは叫ぶ。
「そ、漂流物だよ」
「売ってくれ!」
「それは無理かな」
「そこを、そこをなんとか!アンナ様!商売の女神!」
「褒められて悪い気はしないけどね~
それ、売れないってのはレウス宛、正確にはシーダ宛の贈り物なんだよ」
「私、ですか?」
「ほら、あの街でさ……──」
オレがアリティアへ向かった後、シーダは約束を果たすべく商人としての活動に力を注いだらしい。
その甲斐もあって各地の商人や好事家たちとパイプを得ていた。
特にそのコネクションの中でも五大侯はアドリア侯の家に連なる分家の人間との関係であった。
ラングと大喧嘩をしてアドリア領が保持していた
財を得た人物だそうでアンナが秘密の店で並べる商品の卸の一端も担っているらしい。
貴族社会のブラックマーケットを取り仕切っているなどという噂もあるらしいが、真相は不明。
その女主人はシーダをいたく気に入ったらしく、彼女の望みを一つ叶えてもいいと約束した。
シーダが願ったことは
「レウス様は漂流物の武器を探している、何か見つけたら売って欲しい」であった。
それをよこせではなく売れという態度もまた気に入ったらしく、
転がり込んできた漂流物を贈答する事を決め、アンナに運搬を任せたらしい。
オレが考えていた、
というか、予想していた商人へのネットワークとはちょっと違ったが、喜びは大きかった。
「レウス様、よかったですね」
そう微笑むシーダを抱きしめ、オレの喜びがどれほど大きいものかを伝えるのだった。
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グレートソードが霧となって消える。
オレが持つ武器はどこの由来とも関係なく、オレの所持物となった時点で手放す意思を持たない限りは手から離れたそれは霧となってオレの
オレの利き手には『獣人の曲刀』、逆の手には
バックラーは狭間の地のものではない。
不人気な装備故にアリティア聖王国の城下町で
「不可思議な手段で、不可思議な装備へと切り替えたか」
アストリアはその様子に驚いた風な事を言うも、油断も隙も感情の動きも感じさせずに反応した。
「ぼちぼち、オレも対人ができるってところを見せつけていかないとな」
この後はこうした強者との戦いはどんどん避けられなくなるだろう。
考えたくはないが
それこそ眼の前にいるアストリアもまた
この世界の優れた武器の厄介なところは一点ものの貴重品の癖に、
それを持つに相応しい武人が持ち、戦場で気兼ねなく振り回してくるところにある。
優れた武芸に優れた武器を持つ相手が増えていくならば、こっちも対軍ではなく対個を意識していくべきだろう。
獣人の曲刀はそのオレの考えにぴったりと嵌ったものだ。
着地位置に滑り込んだオレは無遠慮に獣人の曲刀を振るう。
アストリアは睨むようにしながら斬撃を浴びる。
流石に致命打には程遠いが、その表情は武芸において格下だと思っていた相手にしてやられた怒りが滲む。
アストリアは斬撃を受けながらも着地と同時にオレへと刃を振るいながらバックステップで後ろへと飛び跳ねる。
ナバールのような精妙さというよりも、この男の力は勝利に必要な総合的な数値を全て高次元で備えているように感じた。
恐らくは今までオレが戦った猛者たちとはそれぞれの能力単体でみれば少し見劣りするかもしれないが、
それら全ての要素をそのようにして持っていて、それを過不足無く扱える判断力があるとするなら、なるほどこの男がアカネイア最強の勇者であると言われる理由も納得できる。
「どうしたよアカネイアの勇者さんよ、随分と憤慨されてるみたいじゃないか
ああー、もしかしてオレがデカい武器しか振るえないと思いこんでたわけか」
「……」
一度は睨むも、平時の表情へと戻る。
「ふ、挑発には乗らんよ」
「そうかよッ!」
オレは踏み込み、斬りかかる。
アストリアはそれに盾で応じ、宝剣メリクルソードでオレの頭をかち割わらんと振り下ろす。
甘いんだよ、アストリア。
オレの斬撃が『遅れながら重なるように』発生する。
盾を掠めるようにしながら、二人から放たれた刃の如くして発生したそれがアストリアの体を切り裂いた。
その上で、オレはたった一瞬でもう一振りの一撃を放つ。
アストリアが振り下ろした剣はやや勢いを失う。
それを小盾で
「ぐ、ごぼ、ごふ、……な、なにをした!?」
致命傷ではないにしろ、時間の問題だ。
「知り得たか、獣人の刃を
──とは言えないか、その感じだとまるで知り得てないものな」
この獣人の曲刀には戦灰が備わっていなかった。
つまり、ただの武器。
振るうには使いやすい武器だが、隠し玉的なものはない。
──と思っていた。
これがいかにして漂流していたのか、その結果でどのようにして得たのかはわからないが、
狭間の地にはない、別の力が備わっていた。
『追撃』、そして『突撃』。
追撃はオレの斬撃を送らせてもう一つを生み出す技。
突撃は本来引きずられるはずの物理的に『そうなるはず』の挙動を無視して自分の意思通りの斬撃を打ち出す技。
元はこの地にかつて存在したものたちの技であったろうそれが、武器に刻まれるようにして保持されているとオレは感じた。
何故、どうしてなんて事を聞ける相手はいない。
であればオレにできるのは技術のタイムカプセルをありがたく頂戴するだけだ。
手負いというか、死に体の勇者を殺してアイテム漁りのお時間に進ませてもらおう。
アストリアが持つ宝剣『メリクルソード』はそれそのものが権威の象徴足りうる武器だ。
大義も名分も物理的に用意できるならそれは多ければ多いに越したことはない。
「さーて、お腰に下げたメリクルソード、一つ私にくださいな、っと」
今は抜刀しているから正確にはお腰にはないけど、細かいことはいいだろ。