「兵を前に押し上げるか?」
怒号を上げて敵兵がこちらへと進むのを見ながら、ミネルバが問う。
オレは「いや」と断り、
「ナギ、頼めるか」
「ああ、私のかっこういいところをよく見ているといい
ミネルバ、お前もだ」
ナギとて自分がどのように見られているか理解しないでもない。
ミネルバの自分に向けるものが他の人間たちと同じく、崇敬にも似たものであるのはわかっているようだ。
「二人とも大きく離れていてくれ」
火竜石を取り出すと、それが朱く朱く輝く。
熱波と蒸気を以て、ナギは火竜へと転じていく。
だが、それは──
「な、わ、……私の知る火竜よりも二回りは大きい!」
「██████████████ーーーーーーーッッッ!!!!」
巨大な咆哮を上げる。
先陣を切っていた兵士たちはその雄たけびに短い悲鳴を上げ、それは伝播していく。
空気が破裂するような音と共に、前列の兵士たちが耳や目から出血して倒れていった。
似たものを知っている。
狭間の地でも最も巨大な存在と言っていいだろうそれと比べればサイズは遥かに劣る。
だが、その叫びは彼の地の竜の多くを凌ぐような恐るべき力を発している。
特に発生した力の操作は見たこともない技術だった。
叫びは聞こえるが、耳が潰れるほどではない。
破壊力そのもの一つ一つに指向性を操り、見えざる槍の如くにして敵兵を殺した。
ファーストブラッドの時にナギがどうなるか、なんて言っていたが、笑ってしまう。
そんなものは杞憂だ。
ナギは人間の尺度が通じない所に存在している。
神竜、神なる竜。
向けるべき相手への慈悲を思考し、向けるべき相手への無慈悲を指向する。
それでも恐れを知らぬ兵士たちが邁進する。
呼吸を一つ飲むようにしてから、ナギはその口から赤い霧のようなものを吐く。
それが兵士に触れた瞬間に爆発するような炎へと変わった。
咆哮が鳴ると眼の前の仲間が血を吹いて死ぬ。
赤い霧が吹き、触れると爆発して死ぬ。
兵士たちも逃げたいと思いはしているのか、後ろに向くものもいるが、殺到する友軍を逆流して進むなど不可能であり、前に進むしかないと走る。
そうして待っているのはナギの前脚による横に振るわれた
「これがナギ様、これが……神竜族」
圧倒的な力にミネルバは惚けるような声を上げた。
オレは彼女の腰をパンと叩く。
「オレたちも仕事をするぞ」
「あ、ああ……そうだな」
意識を戻したようにミネルバは呼吸を整えてから、
風の大斧を構え、掲げる。
「たった一度きりの戦列を共にした同胞よ!
次なる戦いを望むのならば、我が斧に従え!!」
ミネルバの力の込められた声が響く。
同時にフードを目深に被った戦列混成部隊が雄叫びと武器を上げる。
赤毛の王女が号令を発する。
「神竜の加護ぞあるッ!!
──突撃ッッ!!」
圧倒的な力に震えたのはオレやミネルバだけではない。
むしろ、兵士たちにこそその姿の威力は指先に至るまで届いていた。
ミネルバが戦姫と謡われるのは立場によるものではない。
必要な時に、必要な状況を見て、必要な言葉を見つけ、それを使って味方を鼓舞する。
その一声で戦いを決着するだけの力を兵士から引きずり出す、風靡の才が彼女にはあった。
ミネルバの突撃に負けていられないと、後方に居たはずの兵士たちは既にミネルバの横に付いて、或いは追い抜いた。
「赤毛殿、お先に!」
「聖王国の武威とその栄光を見よ!」
「聖王よ!神竜よ!赤き戦乙女よ!我らが死闘をご照覧あれ!!」
兵士たちが口々に叫び、突撃する。
異常なほどに高い戦意が攻めているはずの敵を押し戻し始める。
「オレも負けてられんか」
獣人の曲刀を抜くと、ナギに近付いたものから切り裂いていく。
「死にたい奴から掛かってこい!
死にたくない奴はうずくまれ!後でオレが一人ひとり首を落としてやる!!」
オレの叫びがダメ押しになったのか、前列の敵兵が一歩引き下がるが、哀れにもそれが自らの死、
つまりは彼らの仲間の突撃に巻き込まれ、踏み潰されて轢き殺されたのだった。
戦いは激化していく。
もはや止めようもない。勿論、止める気もない。