悪巧みは大成功だった。
バレていたところで防ぐのが難しい手、
それはアカネイアの降将たちが使った『地下通路を利用した不意打ち』である。
これをやるために、乱戦になるであろう位置を後方指揮によって調整し、
出現を気取られないようにヒムラーとその騎兵隊によって死線を正面や足元ではなく、手槍が降る上へと意識を集中させた。
(さあて、わしの仕事はここからが本領だ)
ジューコフの仕事はサムトーがいる場所への誘導である。
こちらの動きが察せるような場所に彼を配置している。
レウスに向けてどう切り抜けようかと考えているならばジューコフの出現に気が付き、
それがレウスへと向かうための道に繋がることも理解できるだろう、と。
事前の話し合いはなくとも、ラングが送り出しているのであればどうあれ
ラングからすれば人材を消費してでもこの戦いを泥沼にしたいのだ。
泥沼になればなるほど五大侯がパレスを占拠する大義名分が立ち、その際に戦闘になったとしても一蹴できるほどに弱体化しているであろうからだ。
ラングの目論見に気がついている以上、おめおめと従う気もない。
ジューコフはそれとなく道を作るように兵とともに抜け道のある、穴の空いた包囲を作っていった。
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あの火竜はレウスにとってよほど大切なのだろう、とボーゼンは理解した。
おそらく、聖王国の、或いはレウスの攻めの起点になるもの。
であればここであまり戦いへの苦手意識を植え付けるのは『美味しくない』なと考えた。
主を担ぐのであれば優れた人物が良い。
ボーゼンの考えは一貫しており、そのためにはまずは容赦される必要がある。
やりすぎてはいけない。
火竜はおそらくまだ火のブレスを試してくるだろう。
次はボルガノンの威力を弱め、押し込めそうだと考えさせるべきだ。
この成功体験を引きずって他の魔道士にやり込められないようにするなどは、もしも自分が彼らに従うことができるのならばその時に教えればよいだけだ。
(予定通りにお前たちには犠牲になってもらおう、増援兵の諸君)
どうせこの地は穀倉地帯にされるのだ。
その堆肥にされるのであれば、ここで死ぬのも後で死ぬのも変わらない。
それに自分が含まれている可能性も大いにある。
この覇王がどこまで行くのかを見たいと思うのは自分だけではない。
ジューコフもヒムラーも同じ考えだ。
その為に誰かを犠牲にせねばならないのならば、喜んでしよう。
戦乱の軍人とは冷徹で冷酷にあらねばならない。
そうでなければ本当に大切な者を守れない、そして、得られもしない事をベテランたる彼らは知っている。
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聞きしに勝る戦術手腕、小戦での立ち回りの優秀さ。
ヒムラーはジューコフから聞いていたミネルバの評をむしろ否定したいと考えた。
彼の評よりも遥かに優れている。
単騎の強さだけで言えば及ぶべくもないが、小戦に対するセンスはカミュと並びかねない。
もしも自分がこれからもグルニア軍人でいるつもりであるなら、ここで確実に摘み取らねばならない芽である。
だが、彼の目的はボーゼンとジューコフと同じ。
新たな主を戴くことである。
それが駄目であればそれもよい。
命をチップにした賭けなのだから。
であっても、やるべき事はある。
この戦いで、この敵味方で分かれているこの状況でしか本当の意味での経験値を与えることはできない。
縦横無尽に動き、距離を取りながら戦う厄介な騎兵。
後ろには守らねばならない兵団。
解決策が提示されない詰将棋を解かせることがヒムラーがこの場で成さねばならぬ事だった。
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「エレミヤさん、チャンスかも」
「ああ、グルニアの将軍様たちが道を作ってくださっているのですね」
「俺は行きます」
「エスコートしていただけますか?」
「へへ、美人のエスコートならお金を払いたいくらい」
「ふふふ……」
機を見るに敏、とサムトーが動く。
エレミヤもその背を追いながら、腰に吊っていた魔道書を準備する。
「戦うつもりなんすか?」
「どうでしょう
貴方とレウス閣下次第ではありますね」
彼女が取り出した魔道書をサムトーは見覚えがなかった。
(闘技場じゃ色々見たが、あれは何だろうな……随分と禍々しいというか、おぞましいというか)
サムトーは剣士としても傭兵としても一流とは言えない。
だがそれでもラングがこの任務に抜擢するのには理由があった。
それは彼の生存能力と、それによって培われた戦闘に関わる多くの知識だ。
魔道士ではないというのに、アカネイア大陸にある多くの──勿論一点ものや闘技場では使われないようなものは除くが──魔道書の存在を、戦闘での体感という形で理解している。
(俺が知らないものっていうと戦争に時々持ち込まれる超長距離系の魔道書……ではないよな、だったら接近して撃つ意味がない
……じゃあ、なんだ?)
サムトーが知るはずもない魔道書である。
いや、大賢者ガトーも、カダイン魔道学院の長ガーネフですら知り得ない魔道書なのだ。
この世界に一冊しか存在しないそれは、ミロアが作り方を考案しながらも現実化することのない切り札だった。
いつか来るかもしれないガトーとの決別の時に用意し、
存在が露見することを恐れて聖娼エレミヤに預けたペーパープランの『それ』には名は無い。
ただ、出自を元にしてあえて名を付けるとするならば、
オーラから作り出されながらその逆位相に存在する故に、
『
その呼称こそが相応しいだろう。