結婚演説。
それは熱狂の渦であった。
アリティア国民はグルニアを恐れていた。
黒騎士団という最強の騎馬兵団に、倒しても減らないとまで言われた軍事力があるからだ。
彼らの恐怖は今や、自分たちと共に歩くものとなり、頼もしい家族となった。
グルニア国民はアリティアを恐れていた。
急速に拡大し、しかし綻びのない奇跡が目の当たりに広がったからだ。
彼らの恐怖は今や、自分たちにも与えられた恩寵であり、素晴らしい加護となった。
演説を聞くアリティアの老人たちがユミナの服装を見て、
まだ遠くを見れる老人は、ユミナが纏ったドレスがリーザの纏ったものと同じだと気がつくと、それを口にし、やがてその言葉はどんどんと広がっていった。
それこそがアリティアにとってグルニアが家族と思えた始まりであった。
黒騎士団の恐怖が消えたことの安堵を上回る歓喜が広がり、国民からもまた新たな聖后の誕生を喜ぶ声で満たされる。
今のアリティアの繁栄がリーザの手腕によるものであるからこそ、
彼女がリーザのドレスを纏うことはわかりやすくアリティアとグルニアの繁栄を思わせる兆しだと民草は受け取った。
東がアカネイア連合、西はグルニア王国の両面を相手にした東西決戦。
ここに一旦の幕が閉じる。
だが、グルニアをその手に収めたアリティアを西とし、
オレルアンとアカネイアを東とした本当の『東西決戦』が始まろうとしていることは、考えるまでもなく明らかであった。
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「メリナ、聞きたいのだが」
「私も貴方から聞きたいことがあるけれど、そちらからどうぞ」
「この大陸の状況が知りたい」
こうして後方で腕組して見ているにしても状況を知っていたほうが身が入るというものだろう、と。
「状況……って、一から十までだったら日が暮れるけれど」
「ここは上がる陽や下がる陽はなさそうだが」
「そういうことを言いたいんじゃ……はあ……わかった、説明する
私も整理したかったし」
グルニアとの戦いが落ち着いたことで、敵はオレルアン、アカネイア、そしてガトーに絞られた
円卓で見れる風景は何もかもが見れるわけではない。
主に見れるのはレウスが見聞きするものであるが、時々まるで違う土地や違う人物の姿が見えたりもする。
条件は不明だが、メリナは「ニーナ辺りなんかは存在感あるから」程度に思っていた。
「──つまり、オレルアンとアカネイアが次に決着をつけるべき相手、か」
「ただ、嫌な予感を感じてもいてね」
メリナの顔付きは真面目、というよりも冷たい、氷のような表情だった。
それはラニのような冷たさの中にある美しさを呈しているというよりも、殺意が大いに高まった結果、それ以外の感情が失せたかのようなものである。
ラニもマリケスも狭間の地の住人であるからこそその表情も感情も推察はできる。
「狂い火の気配を感じた、この大陸のどこかで」
「ふむ……だが、指はこの世界にはいない
それは間違いはない」
メリナもラニがそこまで断言するのであれば、そうなのであろうと思う。
何せ彼女は指を殺した女なのだから。
レウスがそれを理解していなくとも、メリナはそれを知っていた。
「つまり、狂い火を渡すものはいない」
「この世界に
「狂うことはできても、世界を犯す炎までは作れない
……人が人を焼くような狂気の炎は別かもしれないが」
どうあれ、世界の有り様を大きく変質させる狂い火は存在しない。
ラニはメリナを安心させるため、というだけでなく、学術的な理解の上でそれを断言した。
「でも、狂い火のようなものが現れたとして、それは何を焼いたのか
それは興味があるな」
「死のルーンの如く、何かを変質させるように狂気を使い焼き切った……なんてのは考え過ぎかしら」
二人の言葉にマリケスは「ふむ」と吐息を漏らして、
「……まったくない、とは言えまいな
あのガトーという男が魔将だの聖戦士だのという褪せ人もどきを作っている以上、この世界の法則もまた狭間の地の理念に近いところに進ませているような気もする
となれば、」
死のルーンを知るマリケスの言葉にメリナが
「火を継ぐようにして、呪いを焼き切ろうとするものもいる……か
確かに前例はレウスが見せているのなら、突拍子がないわけでもないと言えるものね」
「とはいえ、ここで答えが出るものでもない
ラニ殿に説明の続きをするべきであろうな」
いつのまにやら卓上に用意されたのは手作りの地図、いや、ジオラマといっていいものだった。
円卓を拡張していく中でDIYの楽しさに目覚めたメリナ、
実直な性格でコツコツとしたことを続けることができるマリケス、
手先が器用で多くのものを作り上げてしまうラニ、
三人は有り余る円卓の中の時間を使ってノンスケールのアカネイア大陸のジオラマを完成させていた。
彼らとてこの大陸の全てを知るわけではない。
しかし、レウスを通して得ている知識を、レウスよりも優れた知性と人生経験を持つ三人が絞り出した戦局図。
これはアリティア、アカネイア、オレルアンの三国が持つ情報よりも高い精度を有するものすら存在していた。
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アリティアが新たに東に向ける戦力は黒騎士、レナ、そしてレウスである。
リーザを始めとした妻たちはアリティアでの治世と子育てを託す。
そもそも、急速に拡大しているドルーア地方、グルニア地方の両方を安定させるのにかなりの人数を割かねばならない状況であるのは変わらず、。
一方で、オレルアンはハーディンとロシェを除く狼騎士団たち。
オレルアン王ブレナスクがマリーシアを使って動かすことに成功した複数のゴーレムがあり、
ボアのもとに戻っていないのならばマリクもまたブレナスクのもとに、
マリーシアは生きていれば東のどこかで傷を癒やしているか、復讐の火を燃やしているか、或いは本来の目的……つまり『王子様』のために何かを企てているはずである。
アカネイアはボアとエッツェルが差配する疑剣ファルシオンを握らせた部隊。
そして鬼神ミディアとホルス。
明確に従っているかはさておいて、赤獅子騎士オウガも存在する。
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「チェイニー殿」
「やあ、エルレーン殿
どうしたんだい」
「報告にあったセラの村だが、人っ子一人いなかったそうだ
しかし生活の後はあった
可能な限り足跡を探り、わかったことは東の方向へ向かったことくらいだった」
「そっか……手数掛けちゃったね」
東西決戦。
再始動の鼓動が鳴り始めていた。