エルデンエムブレム   作:yononaka

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えのころ

 正門に近づく前にレウスは振り返る。

 後ろで行われている凄惨な戦い(ワンサイドゲーム)を見ても、傀儡を戻す気はしなかった。

 グルニアもレフカンディもどうなろうと興味がない。

 生かしておく理由もない。

 

 再び正門へと向き直り、歩こうとしたが、正門に兵士たちが立ち塞がっているのに気が付いた。

 止まる気もない。

 止まる理由もない。

 

「お前たちのために文言を考えるのすら、オレは意味を持てない

 だから繰り返す

 逃げたければ逃げろ

 守りたければオレの前に集え」

 

 一歩歩く。

 

「どうあれ殺す」

 

 グレートソードを一度振り、肩に担ぐ。

 

(ことごと)くに殺す

 お前たちが触れたものが何かを、他のものに伝えるために」

 

 その瞳を見た正門を守る兵士が膝を突いてげえげえと吐き出す。

 戦乱であっても、レウスの目や体から漂う『死』そのものを感じてしまえば常人であれば耐えきれないもの。

 レフカンディの指揮官がおかしな投降をしたのもまた、それ()を受け取ってしまったからだ。

 

 だが、全員が耐えれないものではない。

 アカネイアの地は心が強いものは少なくない。

 

「と……止まりなさい!」

 

 それは少女の声だった。

 凛とした、よく通る声だった。

 

 レウスがどろりとした瞳を向け、それでも尚、後退しなかったのは彼女だけであった。

 

 ────────────────────────

 

 轢き潰すことしか考えていなかったオレに思考の猶予が生まれた。

 

「止まる気はない」

 

 のしのしと歩いて、少女の前に立つ。

 それとほぼ同時に彼女は槍を構えようとする。

 

 オレの後ろじゃあ殺戮が行われていて、いやでもその風景は見えてしまっているだろう。

 少女の手が震えている。

 オレは彼女の首を掴むと、持ち上げた。

 

 彼女を守る兵はとうの昔に誰もいなくなっていた。

 

「勇気は認める、名前は?」

「かっ……ぇ゛……」

 

 槍を落とし、足をばたばたとさせて首を掴む手を振りほどこうとしている。

 締めすぎて喋れないのか。

 

 仕方なしに、乱暴に彼女を投げ捨てる。

 げほげほと咽び、それでもオレに目を向けながらも槍を掴む。

 

「グラの王女……シーマ」

 

 記憶にある原作の姿を思い出そうとするが、随分と幼い。

 ……当然か。

 彼女が登場するのは何年かあとの物語だものな。

 

「ここに、グラに何の用だ!」

「シーダを知っているか」

「……シーダ?」

「青い髪を長く伸ばした女だ、年の頃はお前と同じくらいだ

 背はさほど高くはない、すらりとした体型をしている」

 

 将来的には相当成長するみたいだが、今の時点じゃスレンダーという表現が適している。

 

「シーダとは、シーダ王女のことか?

 タリスの、あの?」

「そうだ、そして今はオレの戦利品(もの)でもある」

 

 一国の王女に対して何を言っているのか、という顔だ。

 だがそれもすぐに表情を戻す。

 

「ここにはいない」

「国境近くにある街を襲った時に拐ったはずだ」

「あの街にタリスの王女が……?

 いや、そもそもそれはレフカンディの者の暴走だと聞いている、我らはむしろ被害者──かはっ」

 

 成長すれば装甲騎士(ジェネラル)となる彼女も今は重装甲を纏えない槍兵に過ぎない。

 それでも最低限の防具は身につけていたので拳を軽く打ち付けた。

 

「じゃあ何故あっちでレフカンディの兵がここを守る」

「それ……は、暴走した事に対する、埋め合わせとして、兵を……出してくださっているのだ」

 

 今度は首ではなく、服を掴み、強引に立ち上がらせる。

 

「何も知らないのか」

「何もとは、何をだ?」

「あの街はレフカンディとグラが共謀してやったことだ、もしかしたらグルニアもな

 大方グラの城に出せるものがなかったから街を生贄に捧げたのだろうさ」

 

 さあっと顔色が青くなるシーマ。

 

「あ、ありえない……」

「ありえます、って顔色のようだが」

 

 グラの王ジオルは暗君であるということを知っている。

 ドルーアが戦いを始めた頃に同盟国であるアリティアを早々に裏切った。

 コーネリアスを突き殺したのもアリティアを背後から襲ったグラであったはずだ。

 

「お前の父親は自分のためであれば同盟国を売る、

 国家を左右する問題を身の保身第一に考えた男が

 自領の街一つを売らないと何故言い張れる?」

 

 反論しようとして、しかし、言葉を見つけられない。

 何とかオレの手から逃れ、睨みつけてくる。

 

「だ、黙りなさい……父への侮辱は、グラへの侮辱です」

「ドルーアやアカネイアの犬の国、そこの王女も所詮は犬か」

「ッ」

 

 彼女はオレの悪罵に耐えかねたのか、涙をぽろぽろと流す。

 それをぐいと袖で拭い、槍を構えた。

 

 気骨がある。

 

「武器を構えるな、死ぬことになるぞ」

「わたしの血に名誉がないというのは、そうだと思う

 父が名誉を売り払ったからと言われれば否定もない」

 

 彼女が恐怖から来ていた震えを、自らの意思で止めた。

 橙色の瞳がまっすぐにオレを見つめ、「でも、」と続けた。

 

「ここで道を開けたら、私は一生……汚れた野犬のままだ!」

 

 殺すのを惜しみそうになる。

 しかしオレに考える暇は与えられなかった。

 

 矢がオレに向けて放たれた。

 それを避けはするが、射ってきた方向を見るとかなりの規模の兵団が現れている。

 騎馬兵(ベンソン)斧使い(ハイマン)はどうやらやられてしまったらしい。

 それだけの数が襲ってきたわけだ。

 相当な数を向けられていたことに気がつく。

 

 騎馬弓兵が矢を打ちながらこちらへと突き進む。

 

「シャロン様!」

 

 20そこそこの年齢だろうか、鋭い雰囲気の男がシーマとオレの間を割るように現れた。

 

「誰だ、お前」

「ディール侯爵家、当代のシャロン

 そしてシーマの許嫁でもある」

 

 知識にない人間だと思う。

 ディールってのが『五大侯』の一つであるのはわかるけど……。

 

「貴様こそ何者か!」

「聖王レウス様だ、覚えなくていい」

 

 シーマがその言葉にはっとしたように、

 

「聖王……!

 アリティアの現人神の……!?」

 

 流石は元同盟のグラ。

 アリティアの情報はよく存じ上げているってわけだ。

 

「リーザがそう扱ってるだけだ」

 

 こちらにシャロンとやらの兵団が近づいてきた。

 長話していたら、囲まれて虐殺しか打つ手がなくなりそうだ。

 このまま、思う様に武器を振るってもいいが……オレが求めている情報に行き着くにはそれよりも別の手段が有効だろう。

 

「先の気迫は悪くなかった

 お前が犬ころかどうかは次にあった時に決めるとする」

 

 オレはシーマやシャロン、そして彼の兵団とは別の方向に走り、トレントを呼び出して撤退した。

 情報を得るための光明を得た。

 さて、そのためにはどう動いたものか……。


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