夜、ディール邸。
寝ていたオレを起こすノックがあった。
褪せ人の恩恵なのか、睡眠と覚醒のスパンは長く、睡眠そのものもそれほど重要ではない。
ノックに直ぐに対応できたオレは扉を開く。
カンテラを持った使用人だ。
「シャロン様がお呼びです、シーマ様のことで話がおありとのことです」
「わかった」
先日の件もある。
不意打ちにしろ包囲にしろ、対策できるようにしておくべきだろう。
大暴れするならグレートソードが望ましいが、室内か……。
キルソードか、ダガーか……。
どうあれ抜き打ちできるよう準備だけはしておこうか。
邸に入り、地下へ。
「こんな人気のないところに?」
「ここの牢屋は見せかけのようなものですから」
その牢の一つに入ると、備え付けられたベッドを押し込む。
がちり、と何かが噛み合うような音がして、壁が内向きに開いた。
「隠し扉か」
「代々のシャロン様はこうした設計を好みまして」
「そうかい」
ってことは、代々後ろめたい事をするのが趣味だったのか?
ということを口から漏れ出そうになるのをなんとか止める。
通路の先には階段があり、更に下へと続いていた。
やがて古めかしい扉の前へと至る。
扉には竜の刻印のようなものが刻まれていた。
「隠し扉の先にあるにしてはなんとも」
「随分と昔の遺跡を流用していると伺っています、私も知識にはないのですが何かの教団の跡地だったとか」
「竜が関わるような教団、ね」
「さて、お静かに……この先にシャロン様がおられます」
恭しく使用人が扉を開ける。
オレもバルグラムへと意識を切り替えた。
光がぶわ、と流れ込んでくる。
目が馴染む。
室内の広さは相当のものだ。
おそらくその『教団』が祭儀などで使っていたのだろう。
扉の逆の位置には玉座が備え付けられており、そこにシャロンが座っている。
部屋の中心には石台が置かれており、それを囲むように椅子が円形にずらりと並ぶ。
その椅子には余すことなく不気味な仮面を付けた人間が座っていた。
石台には手枷と足枷、それに猿轡を噛まされた薄布を纏ったシーマが繋がれているのを確認した。
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一歩、部屋に入る。
シャロンは手を叩き、オレの登場を労う。
「ようこそ、我が殿堂へ!!」
「……これは、一体?
……いや、ここは、と問うべきでしょうか」
「ここはかつて、
それが何かまでは興味もないから調べてもいないがね
だが、ここが神聖な場所であるということだけは事実であろうし、
私は正しく、この場所を神聖な場所として使っているのだよ!」
熱に浮かされたようなテンションだ。
「……シーマ様は、これは一体?」
距離が遠すぎる、何をするにしても歩み寄らねば。
警戒されないよう、自然な演技で……だ。
表情が見える。
シーマは恐怖と困惑を顔色に出していた。
「ようやく準備が整ったのだよ、バルグラム
下賤なものの魂から少しずつ練習と準備を繰り返し……
ようやく私も苦しみや悲しみをいかにして封じるかのやり方を掴んだ!」
シャロンは懐から灰褐色の宝玉を取り出す。
禍々しい気配を幽かに漂わせている。
以前、モーゼスから頂戴した魔竜石にも似た雰囲気だ。まるで、何かを封じているような。
そう考えれば苦しみだの悲しみだのを封じる石であるのだろうか。
「バルグラム、シーマには手を出していないのか?
私はあれだけ貴様に機会も隙も与えたつもりだったが、趣味ではなかったかな?」
「……」
趣味かどうかで言われたら、難しいところだ。
庇護するべき対象と見ていたのを余人からそう捉えられると説明の仕様がない。
「だが、今こそ機会だ
我々に見られていることなど気にせずに存分にシーマで遊ぶといいだろう」
「ーーーっ!?ーーーー!!」
シーマが声にならない声を上げている。
信じていたシャロンが私に何を言うのか、そんなところだろう。
枷を嵌められ、薄布だけを纏わされた理由もわからず、
その上で周囲にいる仮面の男も、愛していてくれていたと思っていたシャロンすらシーマを生贄の牛か豚程度にしか自分を見ていない。
「……私が、手を出したあと……私とシーマ様はどうなるのです?」
「貴様が望むのならば我がディール家の家族として迎えよう
グラを手に入れた暁には将軍の地位を約束してもいいぞ」
自らの寛大な言葉に酔いしれるように笑い、
「シーマはお前のあともまだまだ仕事がある、数日はここからは出られないだろう」
仮面の連中もシーマの尊厳奪い隊の隊員ってことか。
あんな娘が数日も持つか?
「その目はシーマを心配しているのか、まったく優しい男よ、バルグラム
安心するがいい!
心が壊れることこそが目的、それによって我が灰のオーブが力を備える!
カダインの連中には肉体さえくれてやれば文句も言うまいし、それに連中と次に会うのはグラだ
流石の魔道が達者なカダインだろうと城を得たディールの精兵に勝てるわけもないッ」
ひとしきり笑い、シャロンは言う。
「さあ、バルグラム
好きなようにシーマを蹂躙するといい
それで私たちと貴様は家族になれるんだ!」