エルデンエムブレム   作:yononaka

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獣性

「それだあ、それだよお、我が愛バルグラム

 死のルーンを解放するんじゃない……

 私は獣の貴様を愛しているんだあ……わかってくれえ……わかってくれるだろう?」

 

 祈祷を使えっていいたいのかよ。

 今の手元に聖印(触媒)はねえんだが……。

 

 いや……、オレはあのとき、

 獣騎士になっていたときにどうやってアレを使っていた?

 

「集中しろォ、くくく、あははは!!!声が聞こえる!!!声が声が聞こえこえる!!!!

 うるさいうるさい!!!アアアアアアアアアア!!!!」

 

 頭を抱え、振り乱し、狂乱するシャロン。

 

「我らを思い出しええええェェェアアああまれええ、黙れ黙れ、黙れ!!

 わ、私はディール侯爵シャロンだぞ、貴様なぞに、アアア、グ、ウウウ獣、獣めえ……」

 

 シャロンは弓を地面に叩きつけ、砕く。

 割れて鋭利になった『弓だったも』のを一切の躊躇なく自らの手の甲に突き刺した。

 オレは、この光景を知っている。

 状況は違えど、

 

「だま、れええ……

 ……ば、バルグラム

 あれは、お前の記憶だ、それに気がついているものはいない、私を除いてな……

 私が知り得たのも偶然にすぎない……」

 

 獣だ。

 その行いにマリケスと呼ばれた獣の剣士を想起する。

 

 灰のオーブにシャロンは力を込める。

 みしみしと音を立てるとヒビがオーブ全体に走っていく。

 

「私はお前の力を得て、五大侯を食らいつくし、アカネイア王国を打倒する……

 朱く腐れたこの大陸の歴史を破壊するために、誰もがもうおぞましいものを見る必要のないために」

 

 オーブを頭の上に掲げ、最後の一息で砕く。

 シャロンは大口をあけて中から溢れる灰を含んでいく。

 

「ウウ、あああ、ああああああ!!!!我が愛!我が愛バルグラムよ!!!

 愛し合おう!!!獣のように!!

 ウウウウウ、流れ込む!我が愛バルグラムよ、貴様が私に流れ込むゥゥ!!!」

 

 その動きは洗練こそされていないが、死のルーンの番人(黒き剣士マリケス)の動きに酷似していた。

 

 狭間の地で最も苦戦した相手。気が狂いそうなほど──いや、何度か狂い自殺を敢行したほどの回数だけ戦いを挑んだ相手。

 オレが対人は苦手だがボスならと言ったのはマリケスを倒したことでそう言えるようになった、冷静に戦いを見ることを知れた相手だった。……気がつくのに遅すぎたきらいはあるけどな。

 さておき、だ。

 

 マリケスを知るはずもないシャロンが何故それができる。

 灰を食らったから?

 ……戦灰()を……?

 

 オレは思考を中断する。

 再び増速したシャロン相手にこれ以上はただの自殺だ。

 

 武器を振るう暇などない。

 回避。

 回避、回避。

 ひたすら回避をするしかない。

 

 武器を振るえないなら、獣じみたシャロンに通じる攻撃を打つのなら、──同じ速度しかない。

 

 聖印はない。

 だが、獣騎士のときのオレは発動させた。

 獣の司祭(グラング)はどうやって発動させていた?

 ……答えは決まっている。

 

「ああああああああああァアァァァア!!!!」

 

 叫ぶ。

 理性が吹き飛ぶくらいに、オレは全力で叫ぶ。

 

 獣騎士だから獣の祈祷を使用できたわけじゃない。

 あれは己自身こそが聖印だったのだ。

 

 オレの奥深くにある原始的な欲求に触れる。

 

 ──これだ。

 

 理性も人間性も損なわれていった狭間の地からではなく、

 この地、アカネイア大陸という理性も人間性も担保された世界だからこそ、オレはオレの獣性を理解した。

 オレの原始的欲求こそが、祈祷の根源(触媒)となる。

 

 いかに速く動こうと『()』を取り込んだものをオレの眼(獣の瞳)が見逃すことはない。

 動きを捉えることができたなら、あとはシンプルな殺し方で十分だ。

 

 オレは手を鈎のようにし、乱暴に横薙ぎにする。

 

 獣爪

 

 飾り気のない名前だが、相手を殺すためだけの力に洒落た名を付けるなんて獣のすることじゃない。

 

 オレを通り過ぎるかのようにシャロンが通過する。

 血液ではなく、狭間の地の存在のように霧のようなものをはらわたから吐き出しながら。

 

 壁に激突し、ようやく止まったシャロンへと近づく。

 

「思考が……透き通っている……なるほど、敗北、いや……完敗か

 灰のオーブによって意思を染められても、私はこの程度が限界というわけだ」

 

 シャロンは自嘲気味に笑う。

 

「お前は何をしたかったんだ、シャロン」

「……言ったはずだ、私はアカネイアを壊したかったのだよ……

 くだらん権力争いの果てに砕かれた王国

 いや、我が一族とて権力争いという意味では滅びに加担した……だから、父を殺した」

 

 五大侯の中でもアカネイア防衛をしなかった貴族があるって話だったが、ディール侯爵はどうだったか。

 オレがパッと覚えているのはラングくらいだ。

 そのラングもドルーアとの戦いでは出てきた覚えがない。

 恐らくはシャロンの言う所の権力争いの結果として見て見ぬふりでアカネイアの滅びに加担したのだろう。

 

「我が家が他の家と手を取り合えばアカネイアは滅びなかったかもしれない、

 だが父上は汚れた家だと言ってラングたちを糾弾した……それこそが連中の狙いだったかもしれないが……細かいことなど興味もなかろう?」

 

 オレは返答しなかった。

 興味がないわけでもないが、それは別の機会に、他の誰かから聞けるようなことだろうと考えたからだ。

 

「どうあれ、政治的な軋轢さえなければ、アカネイアは今も維持されていたかもしれない

 私は朱く、腐敗したこの大陸を正したかった、おぞましいものから民を遠ざけたいと思っていた……

 だが、やがて、私如きの力で大事を成そうなどできないことを知り……」

「そこをカダインにつけ込まれた、か

 いつからだ?」

「最初は単純な武力の供与などを餌にされていただけだ、グラを、国を手に入れて自分の理想の場所にすればいいとね……」

「そんなんになっちまったのはヨーデルが来てからってことか」

「どうだろうな……本当に狂わされたのは貴様を見たからかもしれんよ」

「我が愛ってか」

「ああ、そうとも……

 貴様のように、権力など知らぬと言う獣のような瞳を持つものがアカネイアに一人でもいたなら……私の側に居てくれたら、そう思えば、そういう存在がいると知れば、憧れに身を焼くことになる」

「冗談はよしてくれよ」

「死に際に冗談を言えるほど、ぐ、ごほ」

 

 血の代わりに吐かれたのは鈍く光る霧。

 苦く笑うシャロン。

 その生命ももうじき尽きるのだろう。

 

「獣性の(あるじ)

 バルグラムよ

 貴様が王であるなら、貴様のようなものこそがアカネイアの王であれば……

 私は、貴様にこそ仕えたかった……」

 

 手を伸ばす。

 オレにではなく、シャロンが幻視()た理想の王へと。

 

「王に……──、そして、アカネイアを……──」

 

 言葉の全てを尽くす前に、シャロンは霧となり、霧散する。

 灰のオーブもまるで役目を追えたかのようにこぼしたものも風に浚われるようにして、或いは霧のように立ち消えていった。

 

「悲しいな、シャロン」

 

 血統という糸に絡まって死んだ、或いはカダインの駒として死んだシャロンを哀れんだからなのか、

 自由を知らぬままに死んだ一人の男を悼んだからなのか、

 オレはまだ自らに浮上してきた悲しいという感情に追いつけず、ただ言葉として吐き出すことしかできなかった。


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