エルデンエムブレム   作:yononaka

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モスティン

「……なんだこりゃ」

 

 オレが呟いたのはその状況だった。

 竜族を二体鎮圧し、将軍格も一瞬で屠った。

 

 ベントを倒した以上、交戦を止めるにしろ、タリスの手伝いにするにしろ構わない状況ではあったが、

 そんな時間はないほどの時間であった。

 

「タリスにあんな強い奴いたのかよ」

「お、お父さま……!」

「は?」

 

 タリス王ってあれだろ?

 なんか、白くて、もさもさしてる……しょぼい爺。

 

「……冗談だろ?」

「レウス様、その」

 

 まあ、状況を知る必要もあるから行くべきなのかもしれないが……。

 

「殺し合いになりかねんぞ、ありゃ……」

 

 オレはああいう爺を知っている。

 狭間の地で戦ったことがある。

 とんでもない強さだった男だ、名をホーラ・ルー。狭間の地の最初の王。

 

 あの爺(ホーラ・ルー)とタリス王は同じだ。

 呼吸一つが熱を帯びているような、

 目線一つが矢のような鋭さと恐ろしさを帯びているような。

 

「私が止めてみせますから」

 

 いいや、逃げるぞとは言えないのは後ろめたさもある。

 理由や状況はどうあれ、シーダを拐われた。

 情報が必要だったとはいえ、時間を掛けたのは事実だ。

 オレは今もアレがタリス王だとは信じられないが、そうであるのなら謝意を見せねばならない。

 

「わかった、……行くか」

 

 ただ、謝意なんて受け入れるんだろうか。

 あんなん「そうか、では命で支払ってもらおうか」みたいなタイプだろう。

 本当に恐れるべきは、シーダの眼の前で父親と死合をぶちかまさなきゃならなくなることだ。

 そうなったら、流石に一旦逃げるしか無い。

 

 他の連中ならまだしも、シーダの眼の前で近しい人間をどうこうできる気にはなれない。

 

 ────────────────────────

 

 おそらくタリス王はこっちに気がついていたのだろう。

 オレたちが目の前に現れるまで、待っていたかのようだった。

 

「お父さま、随分とお元気そうなお姿ですね」

「ああ、シーダよ。我が娘、愛する家族よ

 お前を失うことを恐れるあまり、あのような男に渡したこと許せとは言わぬ」

 

 じろり、なんて甘い感じじゃない。

 ぎぬろ、といった感じでオレに目を向ける。

 

「レウス、儂は貴様を信じていた

 だからこそ戦利品扱いする貴様に歯を噛み締めて預けたのだ

 儂は戦乱を理解している

 この時代は心安らぐような甘い時間は流れぬ

 蛮力こそが全ての鍵となる無法と悪徳の時代に足を踏み入れかけている

 そんな時代であればこそ、貴様に任せた」

「そうかい、見込み違いだったろうよ

 ああ、そうさ、お前が言いたいことはわかってる

 そんな無法の時代に娘を安全な場所に置かず何をしていた、だろう」

「わかっておるならば、よい」

 

 腰から剣を引き抜くタリス王。

 

「その首を落とし、儂の非をここで改めさせてもらおうか」

「悪いな」

 

 オレもグレートソードを取り出す。

 

「まだやってないことがあるんだ、アンタの望みどおりにさせてやることはできん」

「貴様のやっていない事など、その刃で自らを開きにする努力くらいしか思い浮かばんが」

「シーダとはまだ、いちゃこらしてないんでな」

「きィさまァッッ!!!」

 

 お互いの剣が加速しようとする瞬間に

 

「待ってください!!」

 

 シーダがオレたちの間に入り込む。

 ギリギリ、とまでは言わないがオレの剣も、タリス王の剣も彼女を掠めることもなかった。

 

「何考えてやがんだ!」

 

 オレはグレートソードを投げ捨ててシーダへと走る。

 

「危ない真似をしてくれるな、我が娘よ!!!」

 

 歩み寄ったのはほぼ同時。

 

「……」

「……」

 

 再びの睨み合い。

 

「お願いですから、戦わないでください

 私はこの通り、今も無事ですから」

「だが、シーダよ」

 

 タリス王が何かを言おうとするも

 

「お父さま、彼は私を助けに来たのです

 そして見事救ってくださいました」

「それは、……うむ、そうではあるが」

「レウス様、お父さまはここまで体を仕上げて戦いを挑んだのです

 タリスを守り、私を取り返すために」

「そりゃあ……並々ならん努力だったろうが」

 

 バツが悪い。

 オレだけでなく、タリス王も同様らしい。

 

「レウス、貴様に問う」

「なんだよ」

「シーダをどうするつもりだ」

「そりゃあ」

「これからも戦利品(もの)扱いするのか」

「……」

 

 オレは狭間の地から降り立ったここでは自由に生きようと考えていた。

 彼女を奪うようにしたのも、いっそのこと今までやれなかった多くの無法を試してみるのもいい、

 そんな気持ちだった。

 

 彼女が王女ではなく戦利品として扱われ、

 その尊厳を侵されようとも、オレ自身に自らの希望を見出したからこそ共に進むことを選んだ。

 

 彼女を奪われ、頭が怒りで沸騰した。

 目論見は色々あった、彼女であれば達成してくれるだろうと思い、未来の布石にしようと考えてもいた。

 ただ、結果だけを見ればオレが手を離したが故に起こったことでもある。

 怒りはなにもグラやレフカンディ、サムスーフなどにばかり向けられたものではない。

 誰よりもオレはオレに怒りを覚えた。

 

 オレは奪い、奪われの道を辿り、シーダに対して自分が何を考えているかを十分に理解している。

 

 口で何と言おうと、オレはシーダをこれ以上、ただの戦利品(もの)扱いなどできないことを。

 

「……できない」

 

 シーダの顔が少し曇る。

 言葉にせずともわかる、私を捨てるのかという表情だ。

 

「ものではないのならば、どうするというのだ

 アリティア聖王国、その現人神にして最高位に立ちし者──聖王レウスよ」

「オレの目的はこのアカネイア大陸の王になることだ」

「ほう、大きく出たものよ」

「そうでもないさ、大陸の王なら一度なっている」

 

 いや、正確なところで言えば律を選んでいない以上はそうではないのか。

 が、それを説明する意味はない。

 

「その最初の一歩として、オレはアリティアで妻を娶った

 タリス王、あんたは言ったよな

 この地は、この時代は無法と悪徳ってやつに片足突っ込んでるって」

「ああ、同様の意は語った」

「だったら、オレが何人と結婚しようと関係ねえよな、

 それだってアカネイア大陸じゃ悪徳の一つだろう

 オレはシーダとも結ばれる、大陸の王に近づくためなら他の女とも結婚する」

 

 タリス王の目線が再び、「何を言っている」と言いたげに鋭くなる。

 だが、オレは続けた。

 

戦利品(もの)扱いはできねえが、オレの周りの誰がどうとか順番も付けねえ

 この時代が無法と悪徳だってなら、オレがオレの都合がいいように法を作る立場にのし上がる

 一番ってのを決めなきゃいけないなんてルールはオレには適用されないような、

 そんな(世界)を作ってやる!」

「なんと……クク、なんと低俗で最低な男かッ!!!」

 

 くく、と笑い、そして大声で笑い出すタリス王。

 

「それを成し遂げられると本当に思っているのか」

「思ってねえならシーダを助けに来ると思うか?

 シーダも何もかもをオレが抱きかかえて、この大陸の新たな律になる」

 

 律、という言葉に反応してか、

 それともオレがルールを作ると思ったことに反応してか、

 オレの背にエムブレム(ルーン)が浮かび上がる。

 王になっていないオレはこれをどうにか使うことなどできないし、使う気もないが、それが浮かび上がるほどの意志力があることを自身で把握できた。

 

 揺らめくオレの背に浮かんだものを見て、タリス王は「炎の紋章……」と小さく呟いたのを聞く。

 

「いいか、タリス王

 こいつは夢でも妄想でもない、叶えられる範囲のことを目的っていうんだぜ」

「改めて問うぞ

 大陸の王となるなどという大業、成し遂げられると本気で思っているのか」

 

 ぐい、とオレはシーダを抱き寄せる。

 シーダは小さな声を上げてオレに体重を預けた。

 

「成し遂げてやるよ

 アンタが老衰でぽっくり逝く前に『アカネイア大陸覇王の嫁シーダ』って石像をタリスに……

 いいや、大量生産して大陸中に配置してやる」

「なんと」

 

 馬鹿げたことを打ち出すが、それくらいの勢いがあるってことを言いたいだけだ。

 目まぐるしい展開にシーダは目を回している様子だ。

 だが、オレは構わずに告げるべきことを告げる。

 確かにこのことを言う前にしては馬鹿な事を語ったなとは思うが、いいさ、下手に格好がつかないくらいがオレらしい。

 

「シーダ、オレの嫁に来いッ!」

「え、あ、──は……はい!」

 

 勢いに負けただけかもしれないが、それでも断られなかったことに安堵した。

 

「聞こえたか、タリス王!

 同意が得れた以上、もう親父が出しゃばる話じゃなくなったんだよ!!」

「ハハ、ハハハ……ハハハハハ!!

 いいだろう、蛮地を支配した王の娘、その夫には相応しい傲慢さだ!!

 認めてやろうぞ、レウス

 今日からタリスの王女シーダはお前の妻よ!!

 だが、シーダが実家に帰ってきて泣こうものなら、儂はいつでも貴様の首を引き抜きに行くことを忘れるでないぞッッ!!!」

「上等だ、そんなこた起こらないのは確実だがそうなったら首でも手足でも好きに引っこ抜け!!」

 

 売り言葉に買い言葉をした後に、タリス王はゆっくりとオレに歩み寄る。

 

「儂はモスティン、義父の名くらいは覚えておけ

 ……シーダを頼むぞ」

 

 その手が肩に置かれる。

 わかっている。

 それが自らの命よりも大切な娘を託したと、オレに告げていることが。

 

 オレはその手を掴み、除けるようにする。

 そうしてからオレはモスティンの手の前に握った拳を見せる。

 ふむ、とモスティンもそれを真似する。

 オレは拳同士を打ち付けて、

 

「約束するさ、義父(おやじ)

 

 オレの言葉が終わる頃に、ひいひいと少年の息が上がった声がする。

 

「な、なんだかわかりませんが、終わったのですね」

「残念であるなら今からでも角力(すもう)で白黒を付け直してもよいが、やるか、レウス」

「勘弁してくれ」

 

 っていうか、相撲あるんだ……。

 

「す、スモー?」

 

 あのエルレーンが知らないとか、タリス独自の文化なのか……。

 

「全盛期には及ばぬにしても、ここまで戻したのだ

 折角ならば腕試しの一つでもしたいのだがな」

「お父さま、レウス様を困らせないで」

 

 シーダが止めてくれている間にオレはエルレーンの方へと向きなおる。

 

「随分時間がかかったな、エルレーン」

「魔道士の運動能力と体力の低さを舐めているんですか、レウス様……はあ、ふう……」

 

 額の汗を拭うようにしてから、

 エルレーンは「おや」となにかに気が付いたかのように声を出す。

 

 その目線の先にあったのは、エルレーンと同様に遅れて現れたオグマだった。

 


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