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遠い昔。
それは私がまだケダモノでしかなかった頃――
人間A
「よし、これで五匹目。今日は調子がいいな」
私はまだまだ非力で人に狩られる側の存在でしかなく、仲間が狩られるのを尻目に逃げ隠れする毎日を送っていました。
生きる為、弱者が強者を喰らい命を繋いでいく。
私だってそうして生きてきましたし、それに文句を言う気はありません。
それが自然の摂理というもの。
死んでしまうものは弱さと運が悪いだけの話でしょう。
人間B
「おいおい、これ以上獲ってどうする気だよ」
人間A
「構いやしないさ。ケダモノなんて狩っても狩っても減りゃしない。喰う分以上取れれば売る。売れ残ったら捨てりゃあいいだけさ」
けれど、既に多少の知恵を身に付け始めていた私は人間がそんな摂理だけで生きていない事を理解していました。
どこか嘲りを含んだ会話と下卑た笑い声が教えてくれましたもの。
食べる為でもなく暮らしの為でもなく――
ただ戯れに命が弄ばれている場合もあるのだという事を。
人間A
「何より狩りなんてのは肉や毛皮が手に入るのもいいが、こうして獲物を追い回すだけでも楽しいもんだろう」
人間B
「確かにな。こうやって必死で逃げる獲物を追い詰めて上手く仕留められた時ってのは気持ちいいもんだ」
人間A
「ああ。特にこう、逃げ切ったと思ったところをズドンってやるのが最高だよな」
人間B
「俺はこう罠にハマって動けないみたいな感じのところを仕留める方が好みだな」
人間A
「それも渋くていいねえ」
絶対的ともいえる狩る側と狩られる側。
生まれた時点で既に存在や立場に、絶対的な上下関係がありました。
劣等種は上位種の気のみ気ままに弄ばれ、おもちゃになるしかないのでしょう。
――その時、ある事に気付いてぞくりと背筋が震えたのを覚えていますわ。
劣等種は上位種のおもちゃになるしかない?
それなら、もし人間より上位種の存在がいるのなら?
人間A
「へへ、おい、見ろよ。足怪我しているってのにまだ逃げようって気みたいだぜ?」
人間B
「ったく、いくら大漁だからって遊び過ぎだろ。そこまできたら一思いに殺そうぜ?」
よく知らないケダモノが追い回され、殺されそうになっている光景が私の目に映っている。
このケダモノと人間の立場が逆になるのだとしたら?
――ああ。
それは想像するだけで、とてもとても楽しそうだと思いませんか?
〇 〇
1
それは私がカルデアに召喚され、数日後の事でした。
コヤンスカヤ
「あらぁ、ヒナコさんじゃあ、ありませんか」
虞美人
「げっ……」
見知った顔を見付けた私は嬉しさのあまり声を掛けたというのに――。
相手はそんな私の気持ちなんて知った事かとばかりに嫌な顔を隠そうともしません。
コヤンスカヤ
「酷い反応。コヤンスカヤ傷付いちゃうぞっ☆」
繊細な私の心はもうボロボロ。
少しくらい構って欲しいと可愛らしくアピール。
虞美人
「ああ、そう。それはよかったわね」
コヤンスカヤ
「釣れない反応で悲しい。人間達の間では恋人が出来ると女の友情なんて呆気なく崩れると言いますが、真祖の間でも有効とは思いませんでしたわ」
だというのに私のアピールなんて、どこ吹く風。
あまりにも冷たい反応に、よよよ、と私の身体が崩れ落ちそうになります。
涙も零れてしまいそう。
いや、まあ、本当に零れたりはしませんけど。
虞美人
「お前なんかが私と項羽様の事を口にするな。穢れるでしょう」
虞美人
「大体ね、私とお前の間に友情なんて最初からないわよ」
そんな悲しみなんて知った事かとばかりに追い打ちの言葉が飛んできて。
飴細工のように崩れやすい私の心はもうボロボロです。
コヤンスカヤ
「取り付く島もないと言ったところで、コヤンスカヤ寂しいです」
コヤンスカヤ
「これでも同じ人外、同じ人間嫌い同士。仲良く出来ればと心の底から思っていますのに」
あまりの悲しさに、ついつい嫌味のような言葉が口をついて出てしまいました。
コヤンスカヤ反省。
虞美人
「冗談でもやめて。仲良くなんてしたくもないし、お前と私が同じなんて虫唾が走るわ」
コヤンスカヤ
「おやあ? 私の言葉にどこか間違いがありましたか?」
コヤンスカヤ
「まさか自分が人間で人間大好きと、気が狂ったような事でも仰るつもりで?」
虞美人
「……言葉だけ見れば間違いはないのかもしれないわ。でも、表面上の言葉が同じなだけで本質的な意味はまるで別物でしょう?」
コヤンスカヤ
「えー、難しい事コヤンスカヤわかんなーい」
実際、他人が何考えているかなんて解りっこありません。
まあ予想自体は出来なくもないですが
虞美人
「白々しい。なら言ってあげるわ」
虞美人
「人間嫌いだなんてアンタは言うけど、本当に嫌いなら近寄りたくもないものでしょう?」
虞美人
「ゴキブリを心底嫌いな人間がわざわざほじくり出してまで付き合おうとする? わざわざ殺し合わせた挙句、見世物にまでしたいと思う?」
虞美人
「けどお前は違う。わざわざ自分から近付いていった挙句、悪趣味にも弄り回して嬲った上で滅ぼす」
虞美人
「見るのも嫌。悍ましい。自分の視界に入る事無く知らない場所で絶滅してほしいと願うのが本当に嫌いって事でしょう。違う?」
捲くし立てるように彼女は次々と言葉をぶつけてきます。
淀みなく語られるそれは、きっと常日頃から考え続けている彼女の本音。
コヤンスカヤ
「うわあ。さすがにこれには人間嫌いを自認する私でもドン引きです」
これにはさすがの私も本気で、心の底からドン引きしてました。
いや、まあ、言い分は確かに解らなくもありませんわ。
確かに人間は悍ましいという表現がお似合いの下等な生き物。
表面上はどれだけ綺麗に取り繕うとも、実際はどうしようもなく愚かで醜い。
見ているだけで吐き気がするなんて気持ちも、解らなくもありません。
コヤンスカヤ
(でも、その惨めさこそが愛らしいものでしょうに)
そんな劣等種だからこそ、何よりも愛らしいんじゃありませんか。
どれだけ聖人面しようと、どれだけ人間として偉かろうと――
所詮、人間はどこまでいっても人間。
ほんの少し手なり口なり出すだけですぐに化けの皮は剥がれて――
哀れにも同族同士で殺し合って自滅していく。
コヤンスカヤ
(その良さが解らないなんて可哀そうな方だこと……)
そうして私の言葉に踊り狂う人間達の愛らしさときたら。
それはもう堪らなく可愛いらしいというのに勿体ない。
それはそれとして――
コヤンスカヤ
「つまりあなたにとって人間はゴミ以下の害しか及ぼさない生物で嫌悪の情以外抱かない」
コヤンスカヤ
「だから視界に入ってほしくもないし関わってほしくもない、と?」
コヤンスカヤ
「結果的とはいえ想い人との逢瀬も楽しめるようになったのも、その人間のお陰でしょうに。それはさすがにどうかと思いますが……」
何の恩すらない私ですら愛らしさを覚える程度には価値を感じているというのに。
恩の一つもあるのにその態度はさすがにどうかと思います。
虞美人
「物の例えよ! 別に全ての人間がそうだとは言ってないでしょう!
虞美人
「……確かにまあ、そういうどうしようもない人間ばかりなのは否定しないわ」
虞美人
「自分達を世界の中心か何かと勘違いして、理解出来ないものを排斥し、物の道理を捻じ曲げ他の者たちに際限なく迷惑を掛ける」
虞美人
「そんな人間とは関わりたくないし、知らないところで勝手に滅べとは本気で思うわよ」
虞美人
「けど別にアイツはそこまで嫌う程でもないわ」
虞美人
「そもそもアイツには他の道理を捻じ曲げられる程の力もないもの」
虞美人
「異聞帯での事は今でも許しては居ないけど、それとは別に――」
虞美人
「アイツ個人の事なら、非力は非力なりによくやっているって、少しくらいなら認めてもいいかもしれないわね」
コヤンスカヤ
「そういうものですかねえ。人間なんて結局、一皮剥けば本性はどれも似たり寄ったりの醜くも浅ましいものだと私は思いますが」
むしろそうでない人間の方が吐き気がするくらい悍ましい。
ただ周りに合わせて生きていく為に自分の欲を隠しているだけで、心の底では利己的で欲に塗れているのが人間というものでしょう。
そうでない人間が居るなら、それはもう何かが狂っていて――
人という生き物の体をなしているだけの気持ち悪い何かでしかありませんわ。
虞美人
「……それで何の用? 他に英霊なんていくらでも居るのに、わざわざ私に話し掛けてくるなんて」
コヤンスカヤ
「おやおや、まあまあ……」
突然、予想外の言葉が飛んできて言葉を上手く返せませんでした。
虞美人
「何、その顔……」
コヤンスカヤ
「いえいえ。私とは世間話すらしたくないかと思っていたので、まさかそちらから会話を振ってくださるとは思いませんで」
虞美人
「そりゃまあ、確かにお前とは話すのも嫌よ。顔も見たくないわ」
コヤンスカヤ
「そこは否定なさらないんですのね」
虞美人
「事実だもの」
虞美人
「ただ私もアンタもカルデアと敵対してた訳だし、特にお前は召喚されて契約結んだからって信用されるものじゃないでしょう」
コヤンスカヤ
「つまり私が一人で肩身が狭い思いをしていないか心配して下さっている、と?」
虞美人
「違う! 誰がお前なぞ心配するか!」
虞美人
「ただ、放っておくのもどうかと思っただけよ」
それを心配していると言うんではないでしょうか?
このツンデレさんめ。
コヤンスカヤ
「そうですか。それはどうも、お気遣い感謝ですわ」
なんて思いつつ、それをわざわざ口に出して指摘なんてしませんわ。
クリプター時代のサボテンもビックリなトゲトゲしていた頃のヒナコさんならともかく、今の彼女をからかっても面白くもなんともありませんもの。
コヤンスカヤ
「ですが心配には及びませんわ。ただ知り合いを見付けて懐かしくなったので声を掛けさせて頂いただけの事」
コヤンスカヤ
「特に用はありませんわ」
虞美人
「ならいいけど……」
コヤンスカヤ
「それより、どこかに行くところだったのではありませんか?」
虞美人
「ああ、そうよ。按摩の予約をしてたんだったわ。急がないと――」
コヤンスカヤ
「按摩って……。真祖のあなたに必要なのです? 身体の再生なんてお手のものでしょうに」
虞美人
「これでも色々あるのよ」
コヤンスカヤ
「はあ、そうですか。では引き留めても仕方ありませんし、行ってらっしゃいまし」
虞美人
「ええ。お前も変な事しないようにね」
最後に私に釘を刺すと、いそいそと彼女は立ち去っていきました。
コヤンスカヤ
「……随分とまあ、お優しくなられた事で」
かつての彼女なら、すぐにでも話を切り上げて私の前から姿を消していたでしょう。
あるいは嫌悪感剥き出しで激情のままに言葉をぶつけ合う事は出来ても、会話にはならなかった。
少なくとも私を気遣う余裕なんてなかった筈。
コヤンスカヤ
「色恋というのはあそこまで人を変えてしまうものなのでしょうかねえ……」
あんな風に腑抜けてしまうのなら。
私は恋も愛も縁がないものでいたいですわね。