ようやく異聞帯から帰ってきた私は一人、溜息を吐き出していました。
コヤンスカヤ
(よく今までやってこれましたわね……)
どうもカルデアのメンバーは甘ちゃん揃いなのか。
それとも過去の戦いの時とはサポート体制が大きく変わってしまったのか。
暗殺や騙し討ちといったものへの対応が鈍く、随分と骨が折れる思いをしましたわ。
コヤンスカヤ
(まさか本当に折れてしまうとは思いませんでしたけれどね……)
サーヴァントとはいえ、受肉している以上は血も出れば骨も折れるというもの。
正直、もう少しスマートに対応したかったのですが、ああも形振り構わず来られてしまうとこちらも捨て身にならざるを得ませんわ。
コヤンスカヤ
(まあ、マスターの首さえ取ってしまえば、それで詰みなのです。執拗に狙うのは当然といえば当然ですわよね)
防いだと思った瞬間、二段三段構えの罠に奇襲のオンパレード。
いくら警戒を強めたところで盾の子だけでは手が回らなくなるのも仕方ない事でしょう。
コヤンスカヤ
(それにしてもまあ、マスターはサーヴァントを何だと思っているのですかね?)
私が襲撃を防ぐ度に、コヤンスカヤが居てくれてよかった。
ありがとう、なんて安心した顔で囁くのです。
コヤンスカヤ
(サーヴァントなんて道具のようなものでしょうに。一々礼なんて言う人間なんて初めて見ましたわよ)
ただ、意外と言いますか。
存外それは不快ではありませんでしたわ。
コヤンスカヤ
(マスターの事は今でも好きになんてなれませんが、頼りにされるのは気分がいいものですわね)
私って尽くし系の素養があったんですかね?
ただでさえ高スペックな上に尽くし属性まで増えてしまっては――
このままだとカルデア貢献度NO1サーヴァントになってしまうんじゃありませんの?
ダ・ヴィンチちゃん
「やあ、呼び出して申し訳ないね」
なんて自画自賛してしまうくらい活躍していますのに。
何故か私は一人、呼び出しを喰らっていました。
コヤンスカヤ
「何なのです? こう見えて私、色々忙しい身なのですけれど――」
正直、今回骨まで折る羽目になったのにはさすがに堪えました。
ですので不本意ではありますが、真面目に呪符などの事前準備に勤しもうとしていたのですが。
ダ・ヴィンチちゃん
「ホームズは放っておけって言うんだけど、どうしても確認したい事があってさ」
コヤンスカヤ
「はあ……」
一体何でしょう?
同行中の話を知りたいのなら、あの探偵が放っておけなんて言う訳ないでしょうし。
ダヴィンチちゃん
「今回、随分と活躍していたね」
ダヴィンチちゃん
「同行していたのが君でなかったら、マスターは今頃死んでいたかもしれない」
コヤンスカヤ
「ええ。それで何です? 報奨金でも頂けっちゃたりするんでしょうか?」
コヤンスカヤ
「むしろ頂けないなら請求したいくらいですけれど」
後はいくら回復するからと言って治療費は別に欲しいものですねえ。
ダヴィンチちゃん
「ああ。勿論それは望むなら出すさ、と言いたいところだけれど――」
ダヴィンチちゃん
「残念ながら今は少々物資も資金も乏しくてね。食堂でサービスでも付けてもらえるよう頼んでおこう」
コヤンスカヤ
「働きに比べて随分と侘しい御褒美だことで……」
事情は理解していますが、さすがに文句の一つや二つは言いたくなる待遇です。
アレだけ痛い想いしてほんのちょっぴり食事が豪華になるだけとか、とんだブラックですわ。
ダヴィンチちゃん
「じゃあツケという事で。落ち着いて払える目途でも出来たら払うよ」
ダヴィンチちゃん
「食堂のサービスの方は利息とでも思って別に受け取ってもらっていいかな?」
コヤンスカヤ
「そうですわね。払って頂けるかも解らないですし、遠慮なく頂かせてもらいますわ」
無い袖は振れないでしょうし、ここ等辺が落としどころでしょうね。
癪ですが、やけ食いでもさせて頂くとしましょう。
ダヴィンチちゃん
「話を戻して――」
ダヴィンチちゃん
「君があんなにも活躍してくれるとは思ってなくて、どうにも不思議でね」
コヤンスカヤ
「私が敵と通じているとでも仰りたいので?」
本当に訳が解らない、といった感じで首を傾げるこの方に私は少々楽しい気分になってきました。
疑われるのは癪ですが、無条件に信じられる方が何考えているか解らなくて気持ち悪いんですもの。
カルデアの職員は甘ちゃんばかりで辟易していただけに、こういう疑いの目は逆に慣れ親しんだものを思い出して心地良いくらいです。
だというのに――
ダヴィンチちゃん
「ああ。そんな心配はしてないさ」
ダヴィンチちゃん
「誤解させてしまったなら申し訳ないね」
コヤンスカヤ
「自分で言うのもどうかと思いますが、お人好しが過ぎませんこと?」
そんな私の期待をぶち壊すようにあっさり謝るのだから堪りません。
コヤンスカヤ
「私、これでもついこの間まで敵でしたのよ?」
さっきも思いましたが、このカルデアの面々はどいつもこいつも、生ぬるいを通り越して甘ったるい方ばかり。
少なくともこの方とあの探偵はもう少し冷徹さを持ち合わせていると思っていましたが買い被りでしたかねえ。
ダヴィンチちゃん
「んー、殊更悪人ぶる気はないけれど、善人ぶる気もないさ」
ダヴィンチちゃん
「敵と通じているなら、そもそも助けずに見殺しにしていれば終わっていた場面が何度もあったからね」
ダヴィンチちゃん
「無理やり疑う気がないだけさ」
コヤンスカヤ
「そういう事ですか」
要は今回は疑う理由がないだけ、という話であって私自身を信用している訳ではないという事ですのね。
ダヴィンチちゃん
「こちらとの通信が途絶えていた時、傍に居るのが君だけだと知った時は肝を冷やしたけどね」
ダヴィンチちゃん
「それが何もなかったどころか、ボロボロになるまで頑張ってくれたみたいで心底驚いたよ」
コヤンスカヤ
「よよよ。こんなに頑張りましたのに信用してもらえてなかったなんて、コヤンスカヤ悲しいですわ」
ダヴィンチちゃん
「うん、ごめんね」
コヤンスカヤ
(やっぱり食えない方ですわね)
この方の謝罪は今まで私を疑っていた事へのものではありません。
これからも信用せず疑い続けるけどごめんね、と言っているのです。
ダヴィンチちゃん
「それで君はどうして自分の身を呈してまでマスターを守ってくれたんだい?」
ダヴィンチちゃん
「私にはそれが納得出来なくてさ」
ほら、ごらんなさい。
普通なら今まで疑っていて悪かった、なんて言うところでしょうに。
むしろ裏で何考えているんだと言わんばかりに探りを入れてくるのです。
コヤンスカヤ
「あら、敵だったとはいえ今は私、マスターのサーヴァントですのよ?」
コヤンスカヤ
「身を呈して守る事のどこに、おかしな部分がおありで?」
……正直、言っている自分自身、胡散臭いにも程があると思いますわ。
契約分は働きますけど、それ以上はスルー。
痛い思いするくらいならマスターなんて見殺しにするのがいつもの私ですもの。
ダヴィンチちゃん
「君がそんな忠誠心なんかで、そこまで頑張る玉かい?」
ダヴィンチちゃん
「むしろ適当に程々に頑張ってくれてたなら、信用出来たけれど」
ダヴィンチちゃん
「はっきり言って今の君は何考えているか解らなくて困るなあ」
コヤンスカヤ
「うわー、ないですわー」
コヤンスカヤ
「身を粉にして頑張った上に成果まで上げてきたというのに自分が理解出来ないから評価下がるとか、無能管理職待ったなしの査定じゃありません事?」
なまじ大体は当たっているだけに癪ですが。
それでも成果に見合った待遇をしてくれても罰は当たらないのでなくて?
ダヴィンチちゃん
「いやあ、だって君だしねえ」
ダヴィンチちゃん
「報酬とか約束以上に頑張るとか、そういうキャラじゃないよね?」
コヤンスカヤ
「確かにそうですが……」
サービス残業も業務外労働も糞くらえですわ。
行動には見合った対価が必要なのは当然でしょう?
ダヴィンチちゃん
「それともあれかな? 命懸けになっていいくらいマスターに惚れたのかい?」
コヤンスカヤ
「はあ? 冗談でもやめてくださいます?」
コヤンスカヤ
「あれに惚れるとかないですわ。気持ち悪い……」
ダヴィンチちゃん
「ほら。そんな反応するのに納得しろってのが無理だと思わないかい?」
ダヴィンチちゃん
「今回の活躍には感謝しているよ。うん、それは間違いない」
ダヴィンチちゃん
「けど、腹の底で何考えているか解らない相手をマスターの傍に置くのも危険過ぎる」
ダヴィンチちゃん
「だから次の旅からは君の同行を制限してほしいなって思ってさ」
コヤンスカヤ
「それは困りますわね」
何の為に私が骨まで折ってやったと思っているんですの。
それこそ、これから更に窮地が増えるでしょうしマスターの化けの皮が剥がれていく機会も出るでしょうに。
ここで引いたのでは骨折り損のくたびれ儲けもいいとこではありませんか。
ダヴィンチちゃん
「それじゃあ取引しないかな?」
コヤンスカヤ
「取引ですの?」
商談は望むところではありますが、それはこちらが得する算段がある時に限ります。
こういう形で相手から持ち掛けてくる取引は、あまり好きではありませんわね。
ダヴィンチちゃん
「場合にもよるけど君が同行するのを止めないし、協力は惜しまずする」
ダヴィンチちゃん
「代わりに君が何を考えているか、私に聴かせてくれないかい?」
コヤンスカヤ
「何だか私ばかり損する取引ですわねえ」
内心まで語らされた挙句、きりきり労働に励む権利を上げようなんて無茶苦茶じゃありませんの?
が、同行出来なくなるのはそれはそれで困りもの。
コヤンスカヤ
「逆ならいいですわよ」
とりあえず引っ掛けだけは外させてもらいましょうかね。
ダヴィンチちゃん
「逆と言うと?」
コヤンスカヤ
「私がマスターに同行したい理由を、心の底から本心で語ってあげますわ」
コヤンスカヤ
「その代わり私がマスターに同行したい場合は何があっても邪魔しない事と同行したくない場合や協力したくない場合、命令しない事が条件です」
コヤンスカヤ
「それならいいですわよ」
ダヴィンチちゃん
「そんなに違いのある取引かな?」
コヤンスカヤ
「大有りじゃないですの」
コヤンスカヤ
「そちらの取引だと聞くだけ聞いて、やっぱ信用出来ないから同行は無しだと言われても契約上は問題ありませんもの」
コヤンスカヤ
「場合にもよるって、そういう事でしょう?」
ダヴィンチちゃん
「うーん、やっぱり騙されてはくれないか」
参ったね、といった感じで渋い顔を見せます。
本当に油断も何もあったものではありませんわね。
ダヴィンチちゃん
「しょうがない。それでヘソ曲げられて知らないところで付きまとわれたりするよりは、こっちで動き把握していた方がいいものね」
ダヴィンチちゃん
「それで、どうして君はあんなにも頑張ってくれたんだい?」
コヤンスカヤ
「そんなの決まっているじゃありませんの」
コヤンスカヤ
「暗殺とか騙し討ちで突然死なんてしたら面白くないでしょう?」
ダヴィンチちゃん
「面白くない?」
コヤンスカヤ
「ええ」
コヤンスカヤ
「自分が殺された事にも気付かないまま死んでいくなんて、ちーっとも楽しくありません」
ダヴィンチちゃん
「それじゃあ楽しい死に方ってどういうものなのさ」
コヤンスカヤ
「そうですわねえ……」
コヤンスカヤ
「理想としてはですね。善人面して助けたつもりになっていましたが実は誰よりも相手を傷付けていて」
コヤンスカヤ
「復讐されて死にそうになるも、自分が生き残りたいが為に相手と殺し合う」
コヤンスカヤ
「余裕がある時はそうやって助けたつもりになって良い気分になっていたのに」
コヤンスカヤ
「いざ自分の命が掛かれば偽善者面した建前なんて捨てて必死で殺し合う」
コヤンスカヤ
「そうしてお互い潰し合い、身も心もボロボロになって死ぬ瞬間――」
コヤンスカヤ
「その一瞬の時を切り取って、お相手諸共、仲良く剥製にしてあげるとか最高と思いません?」
ダヴィンチちゃん
「うわ、趣味悪っ!」
コヤンスカヤ
「他人の趣味にどうこう言わないでもらえると嬉しいですわね」
コヤンスカヤ
「人間だって仕留めた獲物を剥製にして飾るでしょうに」
ダヴィンチちゃん
「ああ、確かに。そもそも違う種族に人間の感性を当て嵌めようと思う方がズレているね」
コヤンスカヤ
「理解が早くて助かりますわ」
コヤンスカヤ
「そういう訳ですので――」
コヤンスカヤ
「私、マスターが窮地に陥りそうなら出来るだけ傍に居たいんですのよ」
コヤンスカヤ
「剥製ってその場での処理が大事ですし」
コヤンスカヤ
「どんな悍ましい本性を隠しているのか直に見るのが楽しみで楽しみで」
それだけの為に契約し、戦っていると言っても過言ではありませんですしね。
ダヴィンチちゃん
「なるほどねー」
ダヴィンチちゃん
「確認するけど、死んだら何でもいいから剥製にしたいって訳じゃないんだよね」
コヤンスカヤ
「当たり前ですわ。あんな偽善者をそのまま剥製にするとか怖気がします」
コヤンスカヤ
「今のマスターを剥製にするくらいなら、それこそバリバリと頭から食べて、この世から塵一つ残さず消滅させた方がマシというもの」
それこそあんな馬鹿面が永遠に残るとか、何の冗談ですの。
ダヴィンチちゃん
「なるほど。つまり化けの皮が剥がれる前に死んだら困るから今回の旅では全力で助けた、と?」
コヤンスカヤ
「ええ、そうですわよ。正確には困るでなく面白くない、ですけれどね」
ここまで苦労して付き合っているのです。
精々、愉快な死に様を見せてくれないと割に合いませんわ。
ダヴィンチちゃん
「な―んだ、心配して損した」
私の言葉に納得したのか。
大きく息でも吐くように告げると満面の笑みを向けてきます。
ダヴィンチちゃん
「うん、解った。そういう事なら同行したいなら止めないし、なるべく協力すると約束するよ」
ダヴィンチちゃん
「むしろ君みたいに私達と違う考えを持っているサーヴァントが傍に居てくれた方が、気付き難い事にも気付いてくれるだろうし安心だ」
ダヴィンチちゃん
「存分に励んでくれたまえよ」
そして今まで渋っていたのは何だったのか。
まるで全幅の信頼でも寄せるように私の同行を勧めてくるではありませんの。
コヤンスカヤ
「あら、いいんですの? 私、その瞬間が来たら助けるどころか煽りますし、トドメだって刺しますわよ?」
そして邪魔をしようというのなら、あなた達にだって牙を剥くでしょう。
これだけはサーヴァントになろうと譲れません。
ダヴィンチちゃん
「いいよいいよ。そんな瞬間が来るなら好きにすればいいさ」
そんな私の心を知ってか知らずか。
随分と軽く返事をされてしまいました。
コヤンスカヤ
「おや、よろしいので? 私、徹底的にやってしまいますわよ?」
想像外の反応に思わず聞き返してしまいます。
この方はもし私がマスターに害する可能性があるとすれば契約破棄すら躊躇わずに行うと思っていたので。
ダヴィンチちゃん
「うん、だってそんな時なんて来ないだろうからね」
私の言葉にまるで当たり前のように答えたかと思うと――
ダヴィンチちゃん
「あー、もう。心配して損した。ホームズの言う通り放っておけばよかったなあ」
なんて言いながら、まるで話している私の事でも忘れてしまったみたいに。
自然な足取りで立ち去って行きました。
コヤンスカヤ
「……呼び出しておいて、勝手に満足して帰るとかどういう事ですの」
コヤンスカヤ
(それもこれも元をただせば全部マスターのせいですわ……)
突然放置プレイでもされたような何とも言えない気分にさせられ――
私は意地でもマスターの情けない死に様を拝まなければと決意を固くしたのでしたわ。