コヤンスカヤのSS   作:お米うまい

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 そうして、それから少しばかり時間は流れ――

 何度目かになる異聞帯の戦いへと同行した日の事でした。

 

コヤンスカヤ

(予想より随分と長く掛かったものですわ……)

 

 平凡どころか魔術師として見れば劣等、いえ、魔術師と言うにはあまりに貧相な魔術回路。

 殺し合いには程遠い甘過ぎて吐き気のするような性格。

 

 すぐにでも絶体絶命の窮地に陥り、余裕を失って化けの皮が剥がれると思っていた私の予想は大外れ。

 なんだかんだと問題は起きつつも、旅は続いておりました。

 

コヤンスカヤ

(面白い事もないままカルデア側の勝利で幕を下ろす、まあそれも悪くはないのですかねえ――)

 

 なんて思っていたのですが、やはりそう甘くはないもの。

 ついにその時がやってきたのです。

 

ぐだお

「ごめん、コヤンスカヤ……」

 

コヤンスカヤ

「喋らないで下さいまし。舌を噛みますわ」

 

 私は傷付いて動けなくなったマスターを抱え、全力で逃げていました。

 

コヤンスカヤ

(こんな限界まで追い詰められるとは、さすがに思っていませんでしたわ)

 

 同行してきた他のサーヴァントは全て倒され、盾の子さえも外装を砕かれ戦線離脱。

 シャドウボーダーも襲撃され、サポートどころか自分達が生き延びる事に手一杯。

 現地に居た英霊すら敵側に付いてしまった今、都合よく援軍が来る事も期待出来ないでしょう。

 

コヤンスカヤ

(そして私も逃げるだけで手一杯。逆転の目なんて一つもありませんわ)

 

 私自身も身体はボロボロ。

 魔力もほとんど使い果たし、マスターからの魔力供給だけでは足りなさ過ぎて霊基を保つだけで精一杯。

 戦闘にはとても耐えられません。

 

コヤンスカヤ

(正真正銘、絶体絶命の窮地というやつですわね)

 

 普通なら絶望に怯え、途方に暮れるのか。

 あるいは主義や意地を貫き通す為、負けると解っていても無謀に挑み散っていくのでしょう。

 

 ――ですが私は歓喜で笑い出すのを堪えるのに必死でした。

 

コヤンスカヤ

(ああ、これですわ! これ程完璧なシチュエーションが揃うなんて!)

 

 何故なら、この状況こそ私が欲していたものなのです。

 あまりに理想的で都合良過ぎて、想像すらしてなかった程にパーフェクトです。

 

コヤンスカヤ

(今までだって、窮地自体はいくらでもありました)

 

 いつだって強敵難敵、劣悪な状況ばかり。

 楽な戦いなんて一つだってなかったでしょう。

 

コヤンスカヤ

(ですが、それでもマスターの化けの皮が剥がれなかった最大の理由――)

 

 それは周りに頼れる仲間がいた事。

 決して一人きりにならなかった事に他なりません。

 

コヤンスカヤ

(自分だけなら無理でも誰かと一緒なら何とかなる、そういう余裕があったからこそ善人面して振る舞えていただけでしかありませんの)

 

 人は群れる事により強くもなれば残酷にもなり、個人としての本性さえも薄れさせていく生き物。

 時に見栄を張り、時に周囲に同調し――

 自分自身でさえ騙して、本音を隠して生きていく。

 

 周りに何もなくなった時にこそ、その人間の本性というものが見えるのですわ。

 

コヤンスカヤ

(ああ。この状況の前には多少の痛みさえ、御褒美前の投資にさえ感じてきます)

 

 私は表情が緩みそうになるのを必死で抑え――

 旅の最中、密かに目星を付けておいたセーフハウスへとマスターを連れ込みました。

 

コヤンスカヤ

「結界を張りました。暫くは安心ですわ」

 

 なんて言いはしたものの――

 なけなしの魔力で張られたそれは、隠蔽の力こそあれど大したものではありません。

 本当に一時しのぎにしかならないでしょう。

 

 体制を整えて反撃なんて夢のまた夢。

 何もしなければ、遅かれ早かれ我々は滅ぼされるのでしょう。

 

 コヤンスカヤ

「マスター、お話がありますの」

 

 ですが、それは何もしなければの話です。

 ここから一発逆転のプランを提示出来るのが――

 この超敏腕美人サーヴァント、コヤンスカヤなのですわ。

 

コヤンスカヤ

「このままでは敗北は時間の問題。今更話し合いなんて許される筈もなく、我々は殺されるでしょう」

 

ぐだお

「……うん、そうだね」

 

 とはいえ、時間がないのは事実。

 私は軽口を叩きたくなるのを抑え、手短に言葉を紡いでいきます。

 

コヤンスカヤ

「そこで提案なのですが、異聞帯での蘭陵王の最期を覚えていらっしゃいますか?」

 

ぐだお

「? 覚えてる、けど――」

 

コヤンスカヤ

「覚えていらっしゃるのなら話は早いですわ」

 

コヤンスカヤ

「私の霊基を取り込むのです、マスター」

 

コヤンスカヤ

「そうすれば魔力も回復するどころか大幅に増加し、身体能力も大きく強化されます」

 

コヤンスカヤ

「新しいサーヴァントを呼び出して一度引き、体制を立て直す事も不可能ではないでしょう」

 

ぐだお

「いや、その。そもそも人間だから、そんな事出来ないんだけど……」

 

コヤンスカヤ

「マスターは何もなさらなくて大丈夫ですわ」

 

コヤンスカヤ

「英霊として召喚された身ではありますが、真祖としての力を全て使えなくなった訳ではありません」

 

コヤンスカヤ

「奪う事が可能なら与える事も出来なくはありませんのよ」

 

コヤンスカヤ

「少々この霊基では厳しくはありますが、令呪の後押しはして頂きたくはありますけれどね」

 

 こういう事をアサシンよりもキャスターの方が向いているもの。

 とはいえ、仮にキャスターとして現界していても令呪の後押しなしでは難しかったでしょうけれど。

 

ぐだお

「でも、出来たとしてもそれじゃあコヤンスカヤは……」

 

コヤンスカヤ

「御心配して下さるのは嬉しいですが、あくまでこの身体は仮初の器でしかありません」

 

コヤンスカヤ

「今ここで消滅しても座に還るだけですわ」

 

 もしも私が英霊でなく生身の身体で、座に還る事もなく完全に消滅するのだとしたら。

 私はこんな事はしなかったでしょう。

 

 マスターを殺してでも生き残る為、最後まで悪あがきした筈です。

 

コヤンスカヤ

(ですが、そんな安全圏に身を置いた状態では、この人間の化けの皮はどうしても剥げないようです)

 

 平和ボケしてそうな顔にすっかり忘れがちだが、こう見えて人理修復の立役者。

 その本性を生半可な方法で見ようというのが甘過ぎたのですわ。

 

コヤンスカヤ

(このくらいのチップは払いませんとね)

 

 長い長い、それこそ気の遠くなるような時間生きてきたのです。

 偶にはこういう事もあるでしょう。

 

ぐだお

「でも……」

 

コヤンスカヤ

「こうして迷っている間にも時間はなくなっていきます」

 

コヤンスカヤ

「このままでは今までの戦いは全て無駄になってしまうのです」

 

コヤンスカヤ

「他に生き残る道はありません。御決断を、マスター」

 

ぐだお

「…………」

 

コヤンスカヤ

「それとも――」

 

コヤンスカヤ

「それとも、私がマスターを取り込みますか?」

 

コヤンスカヤ

「私が真祖の力を用いれば、令呪も契約も命も。マスターの全てを奪い去り、引き継ぐ事も可能でしょう」

 

 かつて、極東の地で起きた聖杯戦争。

 そこでサーヴァントがサーヴァントを召還するという事象が観測された事をライブラリで確認しています。

 令呪と契約さえあるのなら、私でもサーヴァントを召還出来る筈ですわ。

 

コヤンスカヤ

(私に従うサーヴァントが居るのかどうかは置いときますけど)

 

コヤンスカヤ

「私だけでしたら、逃げる事はそう難しくありません」

 

コヤンスカヤ

「回復に努め、反撃の機会を伺う事も容易です」

 

コヤンスカヤ

「ここでマスターを無理に生かすよりも、カルデア側が勝利する可能性は高いと言えるかもしれませんわね」

 

 むしろサーヴァントさえ私に従うのなら勝利は確実でしょう。

 補助があるとはいえ、マスターの貧相な魔力供給でもこれだけサーヴァントは戦えているのです。

 十分な魔力供給が出来るなら、これだけのサーヴァントが居て敗北する方が難しいでしょう。

 

コヤンスカヤ

「ですが、それで戦いに勝利したとしても、そこにマスターは居ませんのよ?」

 

コヤンスカヤ

「富も地位も、それどころか命さえ残りません」

 

コヤンスカヤ

「それだけではありませんわ。人は薄情なもの」

 

コヤンスカヤ

「ここまで戦い続けたのは他ならぬマスターだというのに、志半ばで倒れてしまえば記憶に残さないでしょう」

 

コヤンスカヤ

「ここで倒れてはあなたの苦労も手柄も、全て別の誰かに奪われてお仕舞いですのよ」

 

 正直、いまだマスターの望みは解りません。

 ですが手当たり次第全て失うこの状態なら、さすがに何かしらの反応を示すでしょう。

 

ぐだお

「コヤンスカヤはそれでいいの?」

 

コヤンスカヤ

「私? 私ですか?」

 

 ……この期に及んで私の目を気にするとは。

 よくよく図太い神経をしているようで。

 

コヤンスカヤ

「確かに痛いのは嫌ですし、疑似的とはいえ滅ぶのはもっと嫌なものですわ」

 

コヤンスカヤ

「ですが先程も言ったように、私はこの身体が消滅しても座に還るだけですの」

 

コヤンスカヤ

「何を迷う事がありますか?」

 

コヤンスカヤ

「マスターはただ一言、私に命じて下さればいいのです」

 

コヤンスカヤ

「その身を捧げよ、と」

 

コヤンスカヤ

「そうすればマスターは、またやり直す事が出来ますわ」

 

 そして戦うだけ戦って――

 そのまま死に果てるのですわ。

 

コヤンスカヤ

(当たり前ですわよねえ)

 

 霊基を魔力や生命力に変え譲渡するのは可能でしょうし、そこに嘘はありません。

 ですが、それは人の身に余る膨大過ぎる力。

 どれだけ調整を施したところで、一週間が限度でしょう。

 

コヤンスカヤ

(ましてマスターは魔術師としては平凡以下)

 

 一週間さえ持たないかもしれませんが――

 それでも急げば生きている間に勝利する事も可能でしょう。

 その後で死んでしまっても私の知った事ではありません。

 

コヤンスカヤ

(でも、何もせずに滅びていくよりは大分マシですわよねえ)

 

 何の代償もなくタダで奇跡の大逆転なんて美味しい話はないもの。

 敗北して無駄死にから、命一つでそこまでの可能性を提供出来るのですから安いものですわ。

 

コヤンスカヤ

(その時、マスターは何を思いどのような表情をするのでしょうか……)

 

 騙されたと恨み節でも言うのでしょうか。

 訊いてないと激昂するのでしょうか。

 死にたくないと泣き叫ぶのでしょうか。

 

コヤンスカヤ

(ああ、ああ。本当に楽しみですわ……)

 

 ですがまだ表情に出してはいけません。

 私は口元が歪みそうになるのを、必死で堪えます。

 

ぐだお

「そっか。それしか方法はないんだね」

 

 私が未来を想像し、必死で笑いを堪えていた時間は僅か数秒。

 その間にマスターは覚悟を決めたようでした。

 

コヤンスカヤ

「ええ。後は起こりもしない奇跡を信じるか、何もしない神にでも祈るくらいですわ」

 

ぐだお

「そっか……」

 

ぐだお

「じゃあ、仕方ないね……」

 

 さすがにマスターも観念したようでした。

 令呪を使う決意をしたのでしょう。

 魔力の高まりを感じます。

 

ぐだお

「令呪を持って命ずる――」

 

コヤンスカヤ

(ああ、ようやくこの瞬間が来ましたわ――)

 

ぐだお

「生きて、コヤンスカヤ」

 

コヤンスカヤ

(はい?)

 

 その命令の意味を理解するよりも早く―― 

 私の牙がマスターの首筋に喰らい付いていた。

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