コヤンスカヤのSS   作:お米うまい

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ぐだお

「くぅっ――」

 

 漏れ出るような声が耳に響いて、私は慌てて牙を離します。

 けれど――

 

コヤンスカヤ

(これはもう、手遅れですわ……)

 

 食い込んだ牙の傷は小さな穴でしかありません。

 これだけなら、どうとでもなったでしょう。

 けれど、牙は喉に穴を開けただけでなく呪いを刻んでいました。

 刻まれた呪いからマスターの魔力と生命力が私へと堰を切ったように流れ込み始めてきます。

 

コヤンスカヤ

「どうして、ですの……」

 

コヤンスカヤ

「あなた達人間は1%でも希望があれば、いえ、例え0.01%の希望すら見えなくても愚かにも都合の良い夢を見るものでしょう……」

 

 確率なんて無視しまくって善人面で正義を語り、夢とロマンを追い掛ける。

 一人を犠牲にすれば99%の確率で他の全員が助かる道があったとしても。

 1%でも全員が助かる道があれば愚かにもそれに挑む。

 

 特にマスターはそういう理想主義な人間の筆頭タイプだった筈でしょうに。

 

コヤンスカヤ

「どうしてよりにもよって今回に限って、堅実な方を取るのですか……」

 

 もし、私の身体が本体で消滅してしまうというのなら、この行動も理解出来ます。

 ですが異聞帯ではスパルタクスを犠牲にしたのでしょう?

 

 どうして今回に限って、そうしないのです。

 

コヤンスカヤ

「一体、あなたは何がしたいんですの……」

 

 地位も名誉も、富さえも。

 何一つ求めないまま、戦い続けて。

 

コヤンスカヤ

「人類史を、人の世界さえ救えれば自分なんてどうでもいいと、本気でそんな事でも言う気ですの……」

 

 こんなにも思い通りになってくれない人間は初めてで――

 もう憎いのかイラついているのか、私自身にさえ解りません。

 

ぐだお

「何がしたかった、かあ……」

 

 私の言葉に焦点の合ってない目でマスターが虚空を眺めた瞬間――

 突然、どこかで見たような光景が頭に浮かんできました。

 

ブーディカ

「はーい、みんな。ご飯出来たよー」

 

アルテラ

「料理は、とても良い文明」

 

ベディヴィエール

「? ブーディカさんはあちらですよ」

 

メディア

「……どんな調理をしようと、ゲイザーを料理とは認められない人も居るのよ」

 

コヤンスカヤ

(これは――)

 

 サーヴァントとマスターは繋がっているパスの影響で夢を共有する事があると聞きます。

 どうやらパスが強くなった事で、寝てもいないのにマスターの想いが流れ込んできたようでした。

 

レオニダス

「筋トレはいいですぞ。大体の事は筋肉で何とかなります」

 

牛若丸

「それが終わったら私と遊びませんか、主殿? 遊びこそ最高の訓練です」

 

アンデルセン

「お前ら、マスターを過労死でもさせたいのか?」

 

 次々と私の頭の中に映し出されたのは本当に何でもない出来事ばかり。

 クリスマスやバレンタインのようなイベントでさえありません。

 

コヤンスカヤ

「こんなのが……願い?」

 

 いつものサーヴァント達との日常じゃないですの。

 

(最強の武力、最高の知識、老若男女問わない選り取り見取りな美形揃いの使い道がこれ……?)

 

 もしこれだけのサーヴァントの力があれば世界を手に入れられたかもしれません。

 あるいはそれが面倒臭く困難ならば、大金持ちになるくらいなら簡単でしょう。

 マスターに少なからず好意を抱くサーヴァントだって多く居たのですから、ハーレムを築く事だって出来なくはなかった筈。

 

 それこそ世界を救った褒賞として望めば、全員とは言わないまでも協力を惜しまないサーヴァントやスタッフは少なからず居たでしょう。

 

コヤンスカヤ

(馬鹿じゃありませんの)

 

 無駄遣いにも程があるってもんじゃありませんわ。

 そんな馬鹿騒ぎがしたいなら、会社や学校に行っている時にでも願えば済む話。

 英霊達に囲まれた今の状態でわざわざ願うようなものではないでしょうに。

 

コヤンスカヤ

(ですが――)

 

 そんなマスターの願いに対して。

 善人面して気持ち悪いなんて私には全く思えませんでした。

 

コヤンスカヤ

(マスターは最初から最後まで、世界の命運も人類も心の底ではどうでも良かったんですわ……)

 

 だって、そもそもマスターはそんな善人気取りの正義感なんて一切持っていなかったんですもの。

 あるのはたった一つの我欲。

 世界も何もかも本当はどうでもよくて、ただ友達と笑い合って過ごしていたかっただけ。

 

 偶々その友達がサーヴァントという英雄達だったから。

 その英雄達と一緒に同じように笑っている為に――

 

 英雄のようになって戦っていくしかなかった。

 上も下もない友達で居る為、同等になる方法なんて他にないのですから。

 

コヤンスカヤ

(そして、世界と友人。二つを天秤に掛ける事さえなく、あっさり後者を選んだのですわね……)

 

 もう解ってしまいました。

 スパルタクスを犠牲にして、私を犠牲に出来なかった理由。

 

 ――確かに痛いのは嫌ですし、疑似的とはいえ滅ぶのはもっと嫌なものですわ

 

 ただ私が嫌だと言っていたから。

 友達に無理強いしてまで自分が生き残りたいなんて選択肢、最初からなかったのですわ。

 

コヤンスカヤ

(とんだ極悪人じゃないですの……)

 

 普通、そのくらいで自分の命や世界を放り出しますか?

 使命感も目的意識も何もあったものじゃありません。

 

コヤンスカヤ

(ですが、それがマスターだったのですわね)

 

 ただ友達と一緒に笑い合っていたいという我欲の為だけに世界を救う戦いに身を投じ続けた人間。

 無駄に他人を助け続けたのも、単に見捨てれば寝覚めが悪かっただけでしかないのですわ。

 

 きっと命を失おうとする今になってさえ、自分がどれ程重要な役割を持った存在だったのか一ミリだって解ってない。

 

コヤンスカヤ

(まるでコインの表と裏のようですわ)

 

 それは奇しくも私に初めてマスターへの親近感を抱かせました。

 私がただ戯れに国を崩壊させてきたように。

 この人も、ただ友達と笑い合っていたいが為だけに、こんな途方もない戦いを続けてきたのだと心の底から納得出来てしまったから。

 

コヤンスカヤ

(その根底にあったのが善と呼ばれるものだったか、悪と呼ばれるものだったのか)

 

 きっと、私達の違いなんてそんなものなのでしょう。

 私が損得抜きで自分が楽しいと思うままに人を誑かし、時に見逃し、そして殺すように。

 この人もただ自分が楽しいと思うままに人と笑い、時に切り捨て、そして救ってきたのでしょう。

 

 ただ自分が気持ちよく生きる為に。

 

コヤンスカヤ

(ですが――)

 

 ですが、スケールが違い過ぎますわよ……。

 

コヤンスカヤ

(私は精々、人を弄び国を滅ぼした程度でしかありません)

 

コヤンスカヤ

(過去から現代、枝分かれした人類史全てが掛かった状態で惑わされずに自分の思うままになんて生きられませんの……)

 

 どんな人間も、どんな化け物も。

 神々でさえ、そこまでの事は出来ませんわよ……。

 

コヤンスカヤ

(こんな方を自分の思い通りに動かそうだなんて、あまりにも思い上がっていましたわ)

 

 人間如きが自分より上の筈がない。

 どうしても認められなくて、自分より下に引きずり落としたかった。

 

 そして、それが出来なかったからこそ自分はこの方を苦手に感じていたのだと、今はっきりと理解しました。

 

コヤンスカヤ

(さっさと認めてしまっていればよかったのです)

 

 この方は自分より上の存在なのだと。

 だからこそ自分の思い通りになんてならなかったのだと。

 

コヤンスカヤ

(この方こそ、私が身も心も捧げたかった――)

 

ぐだお

「かふっ」

 

コヤンスカヤ

「御主人様!」

 

 咳き込んで血を吐く音に私は白昼夢から醒めて御主人様へと目を向けました。

 

コヤンスカヤ

「いけません、このままでは……」

 

 呪いの影響で生命力も魔力も私が搾り取り続けています。

 もう長くはもちません。

 

コヤンスカヤ

(ですが、まだ生きています)

 

 何もしなければ、もっても数分の命。

 しかし数分も時間があります。

 

コヤンスカヤ

(死なせません! 死なせませんわよ!)

 

 すぐに私は必要な処置へと取り掛かります。

 

コヤンスカヤ

(呪いは……解いている暇がありません)

 

 令呪の力によって刻まれた呪いは強く深いもの。

 解いている間に先にマスターの命が尽きてしまうでしょう。

 

コヤンスカヤ

(まずは最低限の回復からですわ)

 

 既に死へと歩み始めている身体を、少なくとも止めなければなりません。

 私は素早く呪法の陣を敷き始めます。

 

コヤンスカヤ

(初めてですわね。マトモな治癒に挑戦するのは……)

 

 限界以上に力を引き出す代わりに数分後に死亡する。

 一時的に思考を高速化させる代わりに廃人になる。

 

 私が高度に使いこなせる治癒に関する呪法なんてそういうものばかりで、副作用も後遺症もない高度なものなど使った事もありません。

 今の今まで、そこまでして助けたい人なんて居なかったのですから。

 

 ですが――

 

コヤンスカヤ

(それがどうしたというのです!)

 

 使った事がなかろうと、術式なんて知らなかろうと。

 出来なければ御主人様が死ぬというのなら、今この場で一から創り出すまでですわ!

 

コヤンスカヤ

(無理のない生命力の補充。生きる事以外に必要な身体機能以外の一時的な停止――)

 

 いくら御主人様が偉大でも人間の身体は弱く繊細。

 壊してしまわないよう、飴細工でも扱うような気持ちで慎重に呪法を調整します。

 

コヤンスカヤ

(ミスは許されません)

 

 やり直している時間どころか、間に合うかどうかの瀬戸際。

 全力以上の力で私は式を構築していきます。

 

コヤンスカヤ

(第一陣構築完了。第二陣――)

 

 何重にも連なっていく魔術陣。

 長い生涯の中で、最も速く構築された筈のそれは同時に――

 一寸の狂いもなく正確さをもって展開されていきます。

 

 ほんの数秒。

 けれど私の神経が焼き切れそうな程の酷使の果てに――

 

コヤンスカヤ

(間に合いましたわ)

 

 初めての術式だと自分でも信じられない完成度。

 長い研究と練磨の果てにしか生み出されない程の美しさを持って陣が完成します。

 

コヤンスカヤ

(今お助けしますわ、御主人様!)

 

 完全な回復こそ出来ないかもしれません。

 ですが少なくとも仮死状態くらいにはもっていける筈です。

 

コヤンスカヤ

(術式起動!)

 

 これで少なくとも命は助かる筈。

 確信と共に魔力を陣へと流し込もうとした瞬間でした。

 

ぐだお

「ゴフォッ――」

 

 突然、御主人様が盛大に血を吐き出しました。

 回復するどころか一気に生命力は失われ、もうじき死に絶えるでしょう。

 

コヤンスカヤ

「どう、して……」

 

 術式に誤りはありません。

 いいえ。

 仮にあったとしても、突然血を吐くような事になんてなる訳がありません。

 それなのに、何故――

 

コヤンスカヤ

「しまった、呪いによる魔術パス……」

 

 瀕死の人間を最低限とはいえ蘇生させる程の魔術です。

 想像以上に膨大な魔力を必要とするのは当然の事。

 

 そしてその魔力を、パスが繋がっている御主人様から吸い上げる事も必然。

 同時に生命力さえ根こそぎ奪うのも自然な流れでした。

 

コヤンスカヤ

(先に呪いを解いていれば――)

 

 解いていれば、どうなったというのです?

 

 呪いを解くのにも膨大な魔力が必要。

 結果は変わらないでしょう。

 仮に首尾よく解けたとしても、その時には時間切れ。

 

コヤンスカヤ

(もしも他の方に助けを呼びに行っていたら?)

 

 誰に? どこに?

 こちらのサーヴァントが全て倒された今となっては――

 呪いを解ける方も回復出来る方も居ません。

 

コヤンスカヤ

(私が令呪に抗えず、御主人様を噛んでしまった時点で既にどうしようもなかったのですわ……)

 

 今更になって、そんな事に気付いて。

 

コヤンスカヤ

(――いえ。きっとどう頑張ったところで手遅れだなんて事は、本当はどこかで解ってましたわ……)

 

 首筋に刻まれた呪いを見た時、もうどうしようもないなんて解っていたのです。

 

コヤンスカヤ

「御主人様、御主人様……」

 

 それでも。

 それでも願わずには居られなかった。

 何もせずになんて居られなかった。

 

コヤンスカヤ

「私を遺して、死なないで下さいまし……」

 

 だって座に還ったところで、この方は居ない。

 この方の居ない世界で私はもう生きていられる自信なんてありません。

 いいえ、生きている意味を見い出せません。

 

 不可能と解っていても挑まないでは居られませんでした。

 

コヤンスカヤ

「返事をして下さいまし……」

 

 ぼろぼろと涙が流れていくのを感じます。

 出来もしない希望を抱いて、叶わずに絶望する。

 無様にも無力さに涙する。

 

 人間みたいに惨めで愚かだと感じているのに。

 それでも止める事が出来ません。

 

コヤンスカヤ

「せめて私に何か御言葉を――」

 

 せめて恨みの言葉が欲しかった。

 そうすれば一緒に死ぬる事も出来た。

 

 後の事は任せたと命令して欲しかった。

 そうすればこの身が朽ちるまでカルデアの為に戦えた。

 

 悪い子だと叱って欲しかった。

 役立たずと罵って欲しかった。

 無力だと嘲笑って欲しかった。

 

 けれど――

 

ぐだお

(――泣かせてごめん。コヤンスカヤ。)

 

 繋がっているパスの影響か。

 もう口すら動かせなくなった御主人様から音もなく届いた言葉は――

 私が望んでいたどんな言葉とも違って。

 

コヤンスカヤ

「御主人……様?」

 

 音にならなかった言葉を最後に。

 プツン、と御主人様との繋がりが消えたのを感じた。

 

コヤンスカヤ

「あ、あ、あ……」

 

 どんどん冷たくなっていく御主人様の身体。

 反比例するように私の身体は火照り、令呪が浮かび上がっていく。

 

 そして――

 完全に御主人様の命の火は消え失せた。

 

コヤンスカヤ

「ああああああああ――――」

 

 最後の最期まで。

 私の欲しい言葉を一つもくれないままに。

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