都市伝説   作:水無飛沫

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だら

師匠から聞いた話だ。

 

大学二回生の夏だった。

もう何回目になるんだかわからない「大そうめん祭り」を繰り広げ、満腹になったお腹をさすっていた時、

「だらを見に行くぞ」

と師匠が言った。

「なんですか、それ」

問いかけてみたが、師匠はいそいそと準備をしていて、まともに答えてくれない。

仕方なしに僕も重い腰を上げる。

「何が必要ですか」と聞くと「長袖長ズボン、それに懐中電灯だ」と答えが返ってくる。

自転車で一旦家に帰ってから、再び師匠のボロアパートを訪ねた。

 

師匠の運転するボロの軽トラに揺られること数時間。

稲川淳二の怪談に変なところで爆笑する師匠を横目に、僕たちはどんどん山の奥深くへと進んでいく。

既に日も落ちて、辺りは真っ暗になっている。

テープが切れるタイミングを狙って、僕は師匠にどこへ向かっているのか聞いてみる。

「やっとわかったんだよ。だらの居場所が」

少し興奮気味に師匠が答える。

「だから『だら』ってなんです」

負けじと、僕も師匠に何度目かの質問を繰り返した。

師匠もいい加減うんざりしたのか、

「見たら死ぬって言われてる化け物の名前さ」とさらっととんでもないことを白状した。

さすがに誇張しすぎでしょう、と聞くと

「大マジのマジだ」師匠の顔に意味深な笑いが浮かぶ。

この人がそう言うのなら、本当にそうなのだろう。

「帰りましょうよ」

別に怖気づいたわけじゃないけど、と付け加えると

「大丈夫大丈夫。見なきゃいいんだから」

と師匠が呑気そうに言った。

この人にそんな選択肢、あるわけがないのに。

 

目的地が近づいてやっと口が軽くなって来たのか、師匠がさらに説明を続ける。

師匠曰く、『だら』は余りにも強すぎる呪力を持つため、定期的に封印場所を変えているとのこと。

封印の管理も、日本全国由緒正しい呪術師が数年おきに持ち回りで行っているのだとか。。

「で、ようやっとわたしの知り合いの番になったってわけさ」

何が嬉しいのか、くっくと声を立てて師匠が笑う。

この人は相変わらず謎に人脈が広い。

由緒正しい呪術師がおいそれとそんな危険な情報を師匠に流してしまうあたり、本当に人たらしである。

どこに知らないライバルがいるかわかったものじゃない。

これ以上は勘弁してくれ、と僕の口から思わずため息が出てしまう。

「どうした?」

「いえ、人をたぶらかす天才だな、と思いまして」

嫌味で言ったつもりだったんだが、師匠はふと真面目な表情を見せると

「お前は……その目つきと捻くれた性格を直さないと、わたしみたいにはなれないぞ」と言った。

「余計なお世話ですよ」

ふてくされて師匠から顔を背けて外を眺める。

ガタガタと揺れる軽トラの外は真っ暗の山道で、普通なら恐ろしく感じる光景だろう。

だというのに僕は……ドキドキしていた。

一体どれだけ、この人とこんな風に夜の闇を走ってきただろう。

この人と経験する全てが、自分にとっては新しいことだらけだったのだ。

この先にあるものもドキドキすることだと本能が知ってしまっている。

恋とか興奮とか、そんな言葉では表しきれない感情がそこ確かにあった。

 

「それ、着いたぞ」

師匠がそう言って、山奥の一区画に車を止める。

「うわあ」

思わず声が出てしまう。

目の前には背の丈以上の高さのフェンスが張り巡らされていて、有刺鉄線まで巻かれている。

至る所にお札やら紙垂やらが貼られていて、明らかに尋常じゃない雰囲気だ。

「本当にここに入るんですか」

そう言いながら、僕は上着を羽織って懐中電灯を手にする。

「当たり前だろ。ほら、お前も早くしろ」

すでにフェンスに手をかけて登り始めた師匠が僕を急かす。

リンリンとけたたましく鈴がなる。

暗闇でわからなかったが、近づくとフェンスには数えきれないほどの鈴が下げられていることがわかる。

魔よけの意味合いなのだろう。

もちろん外部からの侵入を警戒しているのではない。

内部から『それ』が外に出ることを警戒してのことだろう。

師匠が向こう側に降りる。

「大丈夫。今回は不法侵入じゃないから」

明るい声音で師匠が言うが、僕の心配がそこじゃないことは言っても無駄だろう。

「入口とかないんですか」

最後の抵抗とばかりに聞いてみたが

「そんなもの、あるわけないだろう」と師匠の答えが返ってくる。

仕方なしに僕もその明らかにヤバそうなフェンスに手をかけた。

 

フェンスの内部は明らかに雰囲気が違っていた。

おびただしい量のお札やなんやが貼られて断絶された空間に入ったという、心理的な錯覚も影響しているのかもしれない。

とにかくヤバい。そうとしか言えない雰囲気だ。

師匠の後ろを着いていきながら、ガサガサと茂みが音を立てるたびに懐中電灯をそちらに向けながら歩く。

風はない。ならば動物だろうと自分に言い聞かせる。

動物であってくれ。見るだけで取り殺される化け物とかシャレになってない。

これだけ厳重に封印しているのだ。限りなく信憑性の高い情報だと思っていいだろう。

 

しばらく森を進んでいくと注連縄の張られている場所に辿り着いた。

そこにも紙垂や鈴がふんだんに括り付けられている。

ためらいもなく潜る師匠を追いかけて行くと、そこは少し開けた場所になっていた。

中央には明らかに人工物と思われる何かが置かれている。

近づいてみると、祠のようだ。

「さて、やるか」

師匠がリュックからガサゴソと中身を外に出す。

塩、ロープ、紙パックの酒、なにやら文字の書かれたお札が数枚。

「今からここに結界を作る」

師匠が祝詞のようなものを唱えながら祠をロープで囲み、塩や酒を巻く。

その間、ずっと森の中をガサゴソと何者かが蠢いているような音がする。

蒸し暑い夏の夜だというのに、恐ろしく寒い。

やがて準備が終わったのか

「じゃあ呼ぶぞ」と師匠が言う。

師匠も緊張しているようで、その声にいつもの余裕はなさそうだった。

師匠が祠の裏にある格子を開け、中を覗き込む。

僕も恐る恐る中を覗いてみたが、箱が置かれているだけだった。

その箱というのも見た目が普通じゃなくて、サビだらけの鉄製の箱に白い墨のようなもので、様々な紋様を幾重にも書き重ねているといったようなものだった。

「なんですか、これ」

恐る恐る僕が尋ねると

「鍵みたいなものだ」

そう言って師匠が箱に手をかけた。

ゆっくりと箱の側面を開けると、内部には四隅に小さな瓶が置かれていた。

その瓶に囲まれるようにして、棒が数本何かの形を作っていた。

「死にたくなければ目をつむっていろ」

師匠が爛々とした目で棒を眺めながら、僕に言う。

僕は彼女の言う通りに目をつむった。

「それと、結界から絶対に外に出るなよ。死にたくなければな」

その言葉は最後まで聞こえなかった。

注連縄に吊るされた鈴が一斉に鳴り始めたからだ。

「師匠」

問いかけるも師匠の気配はすでにここにはない。

暗闇。手にしているはずの懐中電灯でさえ、閉ざした目の内側は照らしてくれない。

不安に押しつぶされそうになりながらも、僕はひたすらに立ちすくむ。

ともすれば目を開けたくなってしまう衝動に駆られながら、僕は師匠の言葉をひたすらに反芻していた。

「目をつむっていろ」「外に出るな」

ふと気づく。

じゃあ師匠はどうなった。

あの人のことだ、目を閉じているわけがない。ここから動いてないわけがない。

『だら』と呼ばれる化け物と対峙して、今頃殺されているのだとしたら。

嫌な想像が不安をより一層大きいものとする。

闇だ。闇だ。

目を開ければ死。目を閉じれば闇。

師匠を喪ってしまっても、僕にとってそれは闇でしかない。

突然人生が閉ざされてしまったような錯覚に陥って、僕は目を開けようと決意した。

「もういいぞ」と師匠の声が聞こえたのはちょうどそんなタイミングだった。

目を開けると師匠は目を閉じた時と同じ場所に居た。

()()()()()()()()()()()()()()()()()。暗闇の中で手を伸ばしたのだから間違いない。

 

無言で帰路を歩き、車に乗り込む。

車のライトがフェンスを照らしたが、そこに来た時と同じようなおぞましさは感じなかった。

ここから無事に帰れるという安堵のせいだろうか。

「何をしたんですか」

ふと疑問に思ったことを口にしてみる。

すると師匠は『だら』の由来を教えてくれた。

 

「『だら』とは蛇に法螺貝の螺と書いて『蛇螺(だら)』と読む。

 この名前は蛇がとぐろを巻く様子を表しているのだとか。

 漢字の通り、蛇螺の正体は大蛇だ」

その昔、人を喰らう大蛇が山に巣くっていたという。

困った村人は神の血を引くという巫女の一族に大蛇の退治を依頼した。

そこから派遣されてきたのが当代一の力を持つと言われていた巫女だった。

巫女は人の身でありながら大蛇と互角に戦う。

死闘の末、巫女は両足を失う代わりに大蛇の頭を落とした。

「話がここで終わってればめでたしめでたしだったんだが」

師匠が話を続ける。

頭を喪った蛇が村人たちに語り掛ける。

その巫女の両腕を切り落とせ。そうすればもう人を喰わない、と。

頭を切り落とされてもなお衰えない大蛇の力を前に、村人たちは巫女が勝てないと悟り、大蛇の言葉に従って巫女が休んでいる隙をついて巫女の両手を切り落とした。

巫女は村人を責めることもせず、大蛇に向かっていったそうだ。

そうして両手両足を失った巫女は大蛇に取り込まれ、大蛇の失った頭部をまかなうことになった。

蛇螺の上半身は巫女、下半身は蛇の姿になったのだという。

 

「なんだか後味の悪い話ですね」

ガタンガタンとシートを揺らしながら走る車の中で、なんともスッキリしない話を聞いてしまった。

「そのあとの話が傑作でな」

師匠が意味深に笑う。

そうだ。この人がそんな可哀そうなだけの巫女の話で満足するわけがなかった。

もしも師匠が巫女の立場だったら、その場で村人に復讐しかねない。思わず身震いしてしまう。

「大蛇が約束を破って村人を全員食べたとか」

師匠が首を振る。

「巫女を取り込んだ結果、大蛇は神通力を得たのさ。

全ての村人を喰らうよりもよっぽど価値がある。その結果」

一呼吸おいてから、師匠が言葉を続ける。

「巫女を裏切った村の人たちは、呪いによってほとんど死んでしまったのさ」

蛇に取り込まれた巫女が報復としてそうしたのか、或いは蛇が巫女に同情でもしたのかはわからない。

辛うじて生き残った人々が、古今東西様々な呪法を使って大蛇を結界に封じ込めることに成功した。

その際、大蛇は抵抗しなかったそうだ。

大蛇にしてみれば村人を全員喰らっても得られなかった力を得たのだから、喜ばしいことだったろう。

檻に閉じ込められることになったとしても。

「巫女を取り込み神の力を得た蛇。ゆえに巫神蛇螺(かんかんだら)と呼ばれるようになったのさ」

 

「ちなみに」と師匠が続ける。

「巫神蛇螺にはふたつの姿があってな。

 巫女の姿に出会えれば死ぬようなことはない。

 しかし、蛇螺の姿を見てしまうと……」

もったいぶるように言葉を切る。しびれを切らした僕が

「どうなるんですか」と聞くと、

「呪いが身に降りかかって死ぬ」師匠が脅すような口調で言った。

あの時目を開けなくてよかった。

車はすでに山を降り、国道を走っている。

対向車や街灯の明かりに、知らず肩に入っていた力が抜けるのを感じた。

「あれに伝えてやりたかったのさ。

 もうこの世に大蛇なんていないし、人々が化け物に脅かされることもない。

 彼女が戦った意味を」

開け放たれた窓から、師匠の言葉が夜の闇へと溶けていった。

 

翌日、呪われてないか心配になって師匠のボロアパートへ行くと、師匠は台所でなにやら料理を作っていた。

とりあえず呪い殺されてなくて一安心だ。

「なにしてるんですか」と聞くと、

「夏のムニエル大祭りだ」不敵な顔をして師匠が答えた。

扇風機で涼みながら師匠の様子を盗み見ると、師匠はキノコやら山菜やらを大量に下ごしらえしていた。

「どうしたんですか、これ」まさかとは思いながら聞いてみると

「昨日山に行ったじゃないか」と当たり前のような顔をして師匠が言う。

いつの間に……っていうか

「これ大丈夫なキノコなんでしょうね」

「多分大丈夫だろ」

ちゃんと図鑑で確認した、と続ける師匠だったがキクラゲは海の生き物だと思ってる人間だ。信用ならない。

「それで、結局師匠はどっちを見たんですか」

昨日話を聞いてからずっと考えていたことだった。

師匠はちらっと僕の方を見てから

「ハズレの方だよ」とつぶやいて鼻歌を歌い始める。

なるほど。それで今日もピンピンしてるわけか。

「お陰で昨晩は霊が一体も近寄ってこなかったよ」

唖然とする僕を尻目に、師匠ができたてのムニエルを頬ばる。

うへっと顔をしかめて一言。

「苦いな、これ」

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