都市伝説   作:水無飛沫

10 / 27
家譲ります(中編)

 

 

山をいくつも越えてたどり着いたその村は閑散としていて、そこかしこに田んぼが見られる。

いかにも山間の田舎、という感じだ。

 

「お、あれだ」

 

手持ちのメモと風景を何度も見比べてから、師匠が言った。

その目線を辿ると、道路から少し登ったところに木造の家屋がぽつんと佇んでいた。

 

「なんというか、貫禄がありますね」

 

それに付近に他に家は見られない。

これじゃ万が一何かがあっても、誰にも気づかれないんじゃないだろうか。

僕は少し怖気づく。

 

「田舎ならそんなもんだろ」

 

そんな僕の気持ちを知ってか知らずか、師匠が興味なさげにつぶやいた。

 

家屋の傍に車を停めると、師匠が玄関前でごそごそと何かを探っている。

 

「お、あったあった」

 

花壇に隠されていた鍵を取り出すと、その鍵で引き戸を開錠した。

 

「あれ、家主の方は……」

 

師匠の背中越しに呼びかけると、「もう出かけてるってさ」と言って師匠がガラガラと音を立てて戸を開けた。

ちらりと中を覗き見ると、特段おかしな感じはしない。普通の田舎の家って感じだ。

 

「とりあえず荷物入れちまおう」

「はい」

 

車の荷台から自分の荷物を取ったところで、未だ玄関前にいる師匠と目が合う。

 

「か弱い女の子に、重い荷物を持たせる気?」

 

しなしなと身をくねらせている。なんだよ、かわいいじゃねーか。

仕方なしに師匠の荷物も一緒に肩にかけた。

 

「お邪魔しまーす」

 

誰にともなく言うと、僕はこれから一週間師匠と住むことになる家に上がる。

上がって正面にある居間に荷物を置くと、僕たちはまず家の中を探索する。

 

今いる居間は修学旅行生でも使えそうなくらいの広さで、そこから廊下を挟んでもう一つ小さめの居間がある。

こちらには大きな座卓やテレビ一式が置かれていて、どうやらこちらがメインで使われているようだ。

 

その居間を囲むように左手から台所、客間、寝室、風呂場、トイレというよう順で配置されている。

家の物は勝手に使っていいとのことだったので、お茶を淹れてしばしくつろぐ。

冷蔵庫は調味料やドレッシング以外は入ってなかったので、僕たちは日が落ちる前に近くにスーパーに買いものに行くことにした。

 

ああだこうだと言い合いながら買いものをする様子は、同棲したてのカップルみたいでちょっと楽しかった。

気持ち多めに酒を買って帰宅すると、師匠が夕飯を作ってくれる。

普段の質素な料理(素麺やムニエル)とは違って、サラダや炒め物が食卓に並べられるところを見るに、

どうも今回は前金としてそこそこ貰っているらしい。

上機嫌な師匠と缶ビールで乾杯して、僕は温かい料理を頬張った。

 

しばらくはテレビに茶々を入れたり、田舎にまつわる怪談なんかをお互い喋りながら時間を潰す。

 

「先にシャワーもらうぞ」

師匠がそう言うものだから、思わず「どうぞ」と上ずった声での返答になってしまう。

 

師匠が客間に着替えを取りに行く。

寝室はさすがに依頼主の私物が多いということで、師匠が客間、僕が広い方の居間で寝泊まりすることにしたのだった。

そわそわと落ち着かない気持ちでテレビを眺める。

シャワーのサーッという音が聞こえてくると、どうしても変な想像をしてしまいそうになる。

頭を振って、僕は冷静に今後のことを考えようと思考を巡らせることにした。

 

未だ何も気配を感じないけど、この家に起こる現象とはどんなものなのだろうか。

このまま一週間過ごすだけなら楽勝じゃないか。

師匠に告白するなら早い方がいいだろうか。

断られると一週間地獄を見る羽目になるのだから、やっぱり最終日にしようか。

いや、決して臆病になってるわけじゃなくてさ。

ああ、でももし上手くことが運んだら……。

結婚はいつ頃にしようか。やっぱり働いてから数年はお金を貯めた方がいいんだろうなぁ。

師匠は貯蓄するタイプじゃないし、僕がちゃんと稼がないとなぁ。

子供を……師匠は欲しがるだろうか。どうせ結婚するのなら、僕は欲しいなぁ。

どうせなら賑やかな方がいい。大家族を目指して、たくさん作りたいなぁ。

息子とキャッチボール? いいね。

でもどうせなら、9人で……。

 

「おーい、聞いてるのか?」

「はいっ!! 野球がしたいです!!」

 

露骨に「何言ってるんだ?」という顔をする師匠。

 

「お前も早いとこシャワー浴びてこい」

 

バスタオルで髪を拭く師匠を横目に、僕は着替えを取ってから風呂場へと向かった。

 

古い家の風呂場ということで、どんなものかと少し緊張していたのだけど、リフォーム済のようで小綺麗な浴室だった。

そういえばトイレも時代を感じさせないものだったから、家主は綺麗好きなのかもしれない。

 

慣れない最新の給湯器を操作してシャワーを浴びながら、僕は明日は浴槽を掃除してお湯を張ってもいいな、なんて考える。

そうだ。ここで出来る男っぷりを発揮して師匠の気を引くのもいい。

 

それに、だ。僕は拳をぐっと握る。

邪悪な笑みが浮かび上がるのが自分でもわかる。

 

加奈子さんの入浴シーンを覗く輩が出てきても困る。今後の参考にと、換気用の窓から死角を探して外を眺める。

あくまでも、覗き防止対策だ。もしかしたら窓を閉め忘れちゃうかもしれないけど、不可抗力というやつだ。

窓からは家の裏側にある荒れた庭と、その向こうには山が見える。

そして……何もない庭の中央にぽつんと井戸が存在していた。

 

ぞわり、と全身が総毛だつ。

この家に来てから初めての感覚だ。あれはまともな井戸ではないと本能が告げてくる。

そういえば来る途中、師匠が井戸のことを話していた。なんだったか。

とにかく「ヤバい」という感情が強くなってしまって、まともな思考ができなくなっている。

だというのに、目線は井戸から外れてくれない。

動物は本能的に危機を感じた時に、その対象から目を外そうとしないのだという。

……外せば襲われるから。

体が硬直してしまい、逃げるに逃げられない状況の中、

シャーと出しっぱなしにしていたシャワーの音に混じって、何かが聞こえる。

 

がさり、がさり。

 

何者かが家の周辺を歩いている。

 

がさり、がさり。

 

徐々に近づいてくる物音。

動かない井戸よりも、動く何者の方が恐怖が強かったのだろう。

僕の目線がその音のする方向へと動く。

 

がさり、がさり。

 

風呂場の明かりが、その姿を照らし出す。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。