都市伝説   作:水無飛沫

11 / 27
家譲ります(中編その2)

 

 

バスタオルだけを引っ付かみ、濡れた体のまま居間に飛び込む。

キョトンとしている加奈子さんに

「やばいやばいやばい、あれ絶対ヤバいやつですって!!」

と泣きつく。

 

最初はキョトンとしていた師匠だが、状況を察したのか

「じゃあ見に行ってみるか」と荷物の中から懐中電灯を取り出した。

 

てっきりお風呂場に向かうのだと思っていたけど、師匠は玄関へと向かっていく。

 

「ちょ……」

 

追いかけていこうにも、先ほど味わった恐怖のため動くことができない。

それに

 

「まずは服を着ろ、バカ」

 

振り返りもせずに言うと、師匠がガラガラと音を立てて外に出て行ってしまった。

 

羞恥心が湧き上がって、僕は慌てて体を拭いて服を着る。

けど、ひとりで暗闇の中師匠を追いかける気にもなれず、居間で師匠の帰りを待った。

 

そう時間はかからなかったと思う。

師匠がなんとも言えない表情で戻ってきた。

 

「どうでした?」

「……寝る」

 

僕の質問には答えずに、師匠が客間へ直行する。

引き留める間もなく、ぴしゃりと襖の閉まる音が聞こえた。

 

仕方なしに、僕も広い方の居間に布団を敷いて寝ることにした。

 

寝ることにしたんだけど……先ほどの体験のせいだろう。

ガサガサと外の物音がやたらと気になってしまう。

風の音だと自分に言い聞かせて目をつむっても、先ほど見たものが脳裏に浮かび上がる。

ブヨブヨとした、大きな塊。

実物を見たことはないけど、溺死した人間を水中で放置するとあのように体中が膨らむという。

 

近くの水場か……それとも井戸か……。

 

家主が無事に生きているのだ。

きっとあいつはこの家の中には入ってこない。

そう信じて、僕は耳を塞いで無理やり眠ろうと努めた。

 

 

翌朝。

パンを齧りながら朝のニュースを見ている師匠に挨拶をすると、師匠がコーヒーを淹れてくれる。

 

「どうした。顔色が悪いぞ」

「外の音が気になって、あんまり眠れませんでしたよ」

 

お礼を言って師匠からコーヒーを受け取って、僕もパンを齧る。

 

「それで、あのブヨブヨの幽霊はなんなんですか?」

「あれは家の中には入って来ない」

 

師匠が家の中に視線をめぐらせながら「色々と調べる必要がありそうだ」と言った。

僕と対称的に師匠は元気そうで、昨晩の不機嫌そうな様子ももう見られなかった。

 

師匠はこの案件をどうにかするつもりだろうか。

 

「とりあえず図書館に行ってみるつもりだが、お前はどうする?」

 

「僕も行きます」

 

いくら昼間で、安全とはいえ、この家に一人で残っていたくなかった。

 

朝食の片づけをしてから、外に出る。

図書館に行くなら本来であれば車に乗り込むはずなのだが、師匠は家の裏手へと回り込む。

昨晩のあの幽霊の痕跡でも探すのだろうか。あれだけの塊がガサガサと動いていたはずなのに、雑草はまっすぐに立っている。

 

師匠は井戸の方へと歩いていく。

陽の光を浴びていてなお、その井戸は禍々しい雰囲気を纏っている。

井戸の上に張り付けられた板を取り外して、師匠が中を覗き込む。

僕も釣られて、そっと中を見る。

 

どこまでも底のない闇だった。

ぐわんぐわんと耳鳴りがする。

あぁ、あの感覚だ。

井戸の穴が、まるで自分を飲み込んでしまうような錯覚に陥る。

まるで底のない悪意が、井戸の内側に溢れ返っているようだ。

夏の昼間だと思えないくらいに周囲が暗くなったように感じる。

全身から熱を奪われたように寒い。

ガタガタと歯を鳴らす僕を尻目に、師匠が再び蓋をした。

 

「こんなものの、どこがいいんだか」

 

つぶやくと、師匠がさっと踵を返す。

どっと汗が噴き出す。遅れて蝉の声が聞こえてきた。

小走りに師匠を追いかけて、もうエンジンのかかっている車の助手席に乗り込んだ。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。