都市伝説   作:水無飛沫

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家譲ります(中編その4)

 

 

三日目の朝。

「なんだ、今日は早いんだな」

朝食を作っていると、師匠が起きてきた。

「ええ、毎日師匠の手料理ってのもありがたいんですが、後が怖いので」

スクランブルエッグとトーストですが、と付け加えて、卓上に配膳していく。

「お前……」師匠が僕の顔をじっと見つめる。

「なんですか」僕はドキリとして師匠から目を逸らす。

「まぁいいか」

それきり興味をなくしたようで、ガツガツと朝食を平らげると、師匠がそのまま居間で化粧を始める。

食器を下げながら、僕は師匠の珍しい姿を盗み見する。

「今日は昼寝でもしておけ」

師匠はスーツを着込むと、そう言って出かけてしまった。

 

ガラガラと戸が閉められると、張り詰めていたものが一気に抜けていく。

疲労のためか、ずいぶんと体がだるい。

結局、夜中聞こえてくる物音のせいで、昨晩もほとんど眠れていない。

あんな化け物が這いずっている中で眠れる、師匠の神経の図太さがちょっぴり羨ましい。

 

お言葉に甘えて少し眠ろう。

「昼過ぎまで……」

そう呟いて布団に入った瞬間、意識が泥のように溶けていくのがわかった。

 

夢を見た。

僕は自分が眠っている姿を上から眺めている。

しばらくすると、あのブヨブヨの化け物が家屋の中に入ってきた。

僕はぐっすりと眠っていて、その存在に気付かない。

そいつは僕の枕元に来ると、僕をじっと見つめている。

一切の感情が浮かばず、僕はその光景を俯瞰的に眺める。

ぎゃお、と化け物は一鳴きすると踵を返して森に戻っていく。

僕はまだ目覚めない。

僕はまだ目覚めない。

ああ、そういえば僕はもう死んでいたんだったな。

師匠ももう……。

 

 

 

「おい、いつまで寝てんだ」

ゲシゲシと師匠に足蹴にされて目が覚める。ありがとうございます。

「おはようございます」

「もう夕方だぞ、バカ」

目をこすって欠伸をしていると、すでに私服に着替えた師匠と目が合う。

「顔色はよくなったみたいだな」

「おかげさまで」

言ってから、師匠からほのかにアルコールの香りが漂っているのに気づく。

「……師匠も、機嫌よさそうですね」

昼から酒を飲んできたことに対する嫌味でもあったのだが、それには気づかずに

「収穫があった」と師匠がニヤリと笑みを浮かべた。

 

夕飯を終えて食器を片づけていると、師匠がそこを開けてみろと、台所のガスコンロ下の収納棚を指さした。

言われた通り開けてみるが、フライパンや鍋が並んでいるだけで、これと言って特別なものはない。

「なんです?」と師匠の方を振り返るが、腕組みをしたまま微動だにしない。

仕方なしに再び棚の中を見る。調理器具以外になにかあるはずだ……。

「あ……」

棚の奥にある柱にそれは刻まれていた。

赤黒い文字で何やら意味深な漢字が羅列されている。

封印だの結解だのという文字が見られるので、この家に何かが封印されている、ということになりそうだ。

「師匠、これって……」

「これと同じものが家主の寝室と、大きい方の居間、それと玄関にある柱に刻まれていたよ」

驚いた。僕が寝ている間に、師匠はそれらすべてを見つけていたのだ。

「あの化け物が家に入って来られないのは、この家に結解が張ってあるからだ。

まぁ、これは依頼人の話からも想像できるな。

改修なんかも自由にしていいなんて言われてたことからも、この家の軸の部分にそれが刻まれているのは想像に難くない。

問題は、それが何のための結解か、ということだ」

居間に戻って、お茶を啜りながら師匠が『収穫』について語り始める。

「封印って書かれてましたけど」

「何を、どこに封印したのか。それが問題だ」

師匠が人差し指をピンと立てて、神妙な顔つきをする。

「あの化け物が欲しがるようなものを、この家に封印した……?」

チッチッチと指を左右に振る師匠。

「もう一つあるだろう。この家にまつわるやばいものが」

あっ……。

「井戸……」

人差し指がこちらに向けられる。

「正解だ」

 

師匠が言うには、あれらは化け物から井戸を守るための封印だと言う。

そして封印そのものを守るためにも、家そのものにも結解を張っているのだそうだ。

「そんな複雑な結解だ。何年何十年も継続して張るには動力が必要になる」

師匠が言葉を切って、僕の目をじっと見る。

僕にはなんとなく、思い当たる点があった。

「ここに住む人間の生命力だ」

 

 

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