で、ジェットコースター乗り場に着いたわけだけど
「なんだよ、これ」
師匠が憮然とした表情を浮かべている。
「ずいぶんと可愛らしいジェットコースターですね」
師匠の納得してない表情を見て、思わずニヤついてしまう。
ピンク色の列車を模した愛くるしいコースターだ。
とてもスピードを出して左右上下乱高下する乗り物には見えない。
それもそうだ。よくよく考えてみればこんな田舎の遊園地に、師匠の期待しているようなジェットコースターがあるわけがない。
もしあるとしたら多少なりとも話題になっていたことだろう。
俺はほっと胸を撫でおろした。
「で、乗るんですか?」
「まぁ他のよりはマシだろ」
そう言って師匠が座席の最後部に乗り込む。
その光景はメルヘンな乗り物に、とても似つかわしくない。
「師匠……かわいいですよ」ブフォ、と吹き出しながら俺は師匠に声をかける。
「うるせぇよ。お前も早く乗れ」
「はいはい」
俺が座るや否や、プシュウと音がして全ての座席に落下防止のための安全バーが降りてくる。
可愛らしい乗り物とはいえ、上空を滑空するのだ。
ひとまず、しっかりと固定されたことに安心する。
それにしても、不思議だ。
スタッフの姿が見えないのに、どうやって動いているのだろう。
それこそ本当にメルヘンみたいな世界だった。
ガタンと音がして、ゆっくりとコースターが動き始める。
乗り場を離れ、コースターは空中を散歩する。
――これが本当に散歩するようなスピードだったのだ。
上空からキョロキョロと周囲を見渡して、誰もいないことを再度確認する。
師匠の方に顔を向けると、引き攣った表情をしていた。
(なんだ、この人もジェットコースターが怖いんじゃないか)
一瞬そう思いはしたが、そんなわけはない。
……この程度のメルヘンな乗り物のスピードや高度で師匠が恐怖を感じるわけがない。
「おい」
師匠が聞き取れるか聞き取れないかぐらいの小さな声を出す。
「なんで僕たちは最後尾に座ったんだ」
途端、夏の熱気が消え去ったかのように、寒気が全身を襲った。
乗客は当たり前だけど俺たち二人だけだ。
<前が見えるのが>怖いから後ろに座るというならわかる。
けれど、こんな愛くるしい乗り物で前が見たくないなんて考えるわけがない。
だとしたら結論は一つだ。
<前に座るのが>怖かったのだ。
それは無意識だったのかもしれないし、自己防衛本能だったのかもしれない。
心臓を鷲掴みにするような恐怖が、俺を暴力的に支配した。
「師匠」
半ば絶叫するように師匠に呼びかける。
「まずいことになった」
師匠が安全バーを力づくで外そうと藻掻いている。
俺もせめて体の自由だけは確保したいと安全バーを全力で持ち上げようと頑張ってみる。
……ダメだ。ビクともしない。
『ご搭乗ありがとうございます』
その時、コースターにアナウンスが流れた。
どこかにスピーカーでも付いているのだろうか。
まるでヘリウムガスを飲んでから喋ったかのような、やけに耳障りな声だ。
『これから皆様には、大変恐ろしい死に方をしていただきます』
なんて?
「師匠……」
身体は固定具でがっちり固定されていて、動くこともままならない。
首を師匠の方へ曲げるのがやっとだ。
その時、ガシャンと金属を叩き合わせたような音が前方から聞こえた。
そしてコースターの一番前には、お猿さんがこちらを向いて座っていた。
おさるのポッケのような人形だった。
そいつは両手に付けた小さなシンバルを嬉しそうにガシャガシャと鳴らしている。
そのテンションに押されてなのか、ジェットコースターの速度がぐんぐんと上がっていく。
「なんですか、これ!!」
俺は半ば絶叫するように師匠に問いかける。
「知らん!!」
師匠も俺と同じくらいの声を上げる。
珍しく焦っている師匠に、俺の不安が加速度的に上昇していく。
『最初は活けづくり~。活けづくりです~』
気色の悪い声が、不思議なことを言う。
活けづくり……あのお刺身とかの?
余りにも突拍子のないアナウンスに、現実感が遠のいていって、なんだこれは夢だったんじゃないかと思い至る。
そうだ。これは夢だったんだ。
この遊園地も、お猿さんの人形も、ジェットコースターも、隣にいる師匠も。
全部全部、俺が勝手に作り出した夢だったんだ。そこに綾さんの影響はない。
そんなことを考えた俺は、この後メチャクチャ後悔することになる。