都市伝説   作:水無飛沫

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猿夢(後編)

 

 

プシャ。

そんな音がして、俺の顔にべったりとした液体が付着する。

確認しなくてもわかる。血だ。

 

俺のものではない。もちろん、師匠のものでも。

これは前の座席に座る人のものだった。

 

――前の座席?

 

改めてコースターを見回す。

三列シートの最前列の更に前では、例のお猿さんが笑いながらシンバルを鳴らしている。

その他のシートには、いつの間にかゆらゆら蠢く影がシートに座っていた。

 

「なんですか、あれ」

「知らん」

 

『活けづくり~』

まるで歌うような口調で、不穏なアナウンスが繰り返される。

 

ブチュ。と何かが弾ける音がする。

再び俺の顔に血が付着する。

 

最前列のシートに、何か小さなものが包丁を持っているのが見える。

 

「なんですか、あれ」

俺は何から何まで意味が分からなくて、ずっと同じ質問を師匠にしている。

「知らん」

イラついたような、焦ったような師匠の返答。これも何回目だろう。

とにかく答えが欲しかった。このよくわからない空間に対する答えが。

 

「活け造りをしているんだろうよ」

少しして、師匠が答える。

活け造りって……あの活け造り?

魚を生きたまま刺身にするあれを……?

「人間で、な」

師匠が引き攣ったような声を出す。

「ちょっと待ってください、じゃああの影は……」

「正面から見ることにならなくて良かったな」

「全然よくないですよ!!」

 

ピチャピチャと薄っすらと聞こえてくる音に耳を塞ぎたい気持ちになりながら、

(拘束されているので、それすらできない)

俺はただただ恐慌状態に陥っていた。

 

最前列の影がピクンピクンと痙攣し始めた頃、包丁を持った存在はもう見えなくなっていた。

 

『次はえぐり出し~。えぐり出しです。』

 

また妙なアナウンスが聞こえてくる。

今度は一つ前のシートに妙な小人が現れる。

その手にはその小柄な体には不似合いなスプーンが握られている。

 

耳が塞げないのなら、せめて目を閉じてしまいたかった。

 

「ダメだ。よく見ろ。見て考えろ」

 

師匠が現実逃避しかけている俺を叱咤する。

 

「見たってダメですよ。絶望的な状況です」

 

小人が前のシートの影の目を抉り出している。

甲高い悲鳴が脳に直接入り込んでくる。

 

さっき飲んだジュースを吐き出してしまいそうな恐怖と緊張に襲われて、俺は完全にパニックに陥っていた。

 

「落ち着け。これは夢だ」

 

師匠が叫ぶ。

 

「でも綾さんの夢でしょう!!」

 

俺も負けじと叫ぶ。

 

「綾を起こせ!!」

 

師匠がわめく。

 

ここに居ない人を起こせだなんて、師匠も無茶を言う。

きっと二人してパニックになっているのだろう。

 

「綾さーん、綾さーん、たすけてー!!」

 

俺はとにかく叫んだ。

 

小人が目を抉り、鼻を抉り、耳を抉り、内臓を抉り出したころ、次のアナウンスが流れた。

 

『次は挽肉~。挽肉です~』

 

あの不快な声が、俺たちの死にざまを通告する。

どこから持ち出したのか、小人が草刈り機のような機械を持ってにじり寄ってくる。

ウィーンという深いな音が、ほど近いところで聞こえる。

 

「綾を起こせ!!」

 

師匠が半狂乱で叫んでいる。

 

だから、綾さんはここには……。

いや、師匠は『綾を起こせ』と命令しているのだ。

誰に……? ここに綾さんがいないのだから、俺に対して言っているわけではないのか。

そうなると……。

 

「京介さん!!!! 京介さん!!!!」

 

全霊の力で叫ぶ。もしもまだ部屋に残っててくれたら、起こしてもらえるように。

 

「京介さんっ!!」

 

金縛りに遭った時のことを思い出す。どうすれば夢の中じゃなくて、現実で声を出せるか。

簡単だ。声帯を使うのだ。

 

ウィーンと、人をミンチにする機械がすぐ傍に迫っているのを感じる。

夢の中とは言え、綾さんの夢の中でそれをやられてしまっては恐らく死んでしまうだろう。

それだけは避けなきゃいけない。

 

「京介さん!! 助けて!!」

 

眠りの中で人は声帯を使わずに喋る。

その概念をひっくり返せ。

声帯を使って、叫べ!!

 

「京介さん!!!! 起こして!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

「おい」

 

肩をゆすられて目が覚める。

パッと目を開けると、俺はすぐに師匠を叩き起こす。

 

「ハハハ」

寝汗びっしょりで、師匠が乾いた笑いを漏らす。

 

「なんだ?」

京介さんがキョトンとした顔で俺らを眺めている。

 

「ハハハ」

俺も師匠と同じように笑いながら、腰が抜けてしまったように倒れ込んだ。

この疲労感と寝不足感は間違いなく現実のものだ。

 

「京介さん、ありがとうございます」

「あんがとな」

 

俺と師匠からお礼を言われた京介さんは、意味も分からず

「ああ」と照れくさそうに返事をして、そそくさと帰っていった。

多分さっきまでベランダでタバコを吸っていたのだろう。窓が開きっぱなしになっていた。

 

「俺も帰ります」

さすがにこんなところで二度寝はしたくない。

「待て待て。僕も一緒に帰るよ」

綾さんを布団に寝かせてから、俺たちは一緒に帰路に就く。

 

帰り道、師匠が言った。

「今度4人で遊園地でも行くか?」

「バカじゃないですか。一人で行ってください」

イタズラっ子のようにウッシッシと笑う師匠。

どんだけタフなんだ、この人は……。

 

 

後日、本当に遊園地デートを画策したらしくて、綾さんに断られたと師匠が残念そうに報告してくれた。

 

 

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