――ドゴォ
目を背けたくなるような音を響かせて、師匠の放った渾身の右ストレートにクロスカウンターが炸裂する。
しかし、お互いのリーチは互角。痛み分けといったところだろう。
倒れこんだふたりが、今度はマウントを取り合おうと、もしくは寝技や関節を決めてやろうとフローリングの上でくんずほぐれつしている。
僕のカラカラに乾いた喉が、ごくりと鳴る。
(これがキャットファイト……)
師匠と、師匠を模した化け物がくんずほぐれつしている。
あまりにも暴力的で美しい光景に、僕は恍惚として見入ってしまっていた。
師匠から聞いた話だ。
師匠にお昼をごちそうになって、コタツでゴロゴロしていると
「そういえばお前、嫌いなものはあるか?」
夕飯の話ですか?
そう問いかけると
「違う違う。苦手なものとか、嫌いなものとか、なんでもいいんだ」
「そうですねぇ……貧乏、ですかね」
築何年になるのかわからない、ボロアパートの天井を見つめながらそう答えた。
「師匠は?」
この人に怖いものなんてないか、聞いてから我ながら愚問だったなとひとりで苦笑していると
「ショタが怖い」
師匠が真面目なトーンでそう言った。
「ショタって……小さい男の子のことですか?」
意外だ。
人付き合いグランプリ(略してP-1)なんて大会があったら、簡単に王者に輝いてそうなこの人が子供嫌いだったなんて。
これは僕たちの将来設計も見直さなきゃいけないな。
「屁理屈こねるガキと、理屈の通らないガキがどうにも苦手でな」
なんだか正反対の属性にも聞こえるが、つまりはクソガキ全般が苦手と言うことなのだろう。
まぁ気持ちはわからないでもない。
それきり師匠は黙り込んでしまって、部屋には師匠が台所で水を流す音と、食器を洗うカチャカチャと言う音が響いた。
「ある小学校の話だ」
コタツに戻ってくるなり、師匠が話し始めた。
いつもの怪談話だろうと思い、昼下がりの眠気に抗いながら耳を傾ける。
「七不思議のひとつに、深夜に図書室に行くと妖怪に出会うと言うものがある。
それがまた不思議なもので、その人の一番恐れているものが現れるのだという」
「それはまた……ありがちなやつですね」
「怖い先生だったり、怒ってる父親だったり、近所で有名な変態だったりと、色々な目撃情報が伝わっている。
その頃世間を騒がせていた殺人鬼を想像してしまった子は……」
師匠が言葉を切って、首を切るジェスチャーをする。
「まぁそんなおっかない怪異なんだけど、ちゃんと逃げ道がある」
「あぁ、ポマードとか直角に逃げるみたいな?」
子どもは想像力豊かだから、自らの妄想に殺されてしまいかねない。
そのため、こういう怪談には逃げ道があることが多い。
師匠がにぃっと笑う。
「饅頭怖いって必死になって願えば、饅頭になってくれるらしい」
ゆえに、怪異の名前は『饅頭怖い』とのこと。
「落語というよりは、狸と和尚の化かし合いみたいですね」
ここからが本題、と師匠が顔を寄せてくる。
「その学校は廃校になって通う生徒もいなくなってしまったが、その妖怪はまだそこにいるらしい」
「まじですか」
「会ってみたくないか?」
「いいですね。行きましょ行きましょ」
今更言えた義理じゃないが、この頃の僕は師匠ほどじゃないにしても相当狂っていたんだと思うよ。
(5話程度になる予定です)