人目のない深夜を狙って、僕たちは出発する。
目的の小学校は山奥にあるらしい。
山道の途中に車を停めてから、その学校までは歩いて行った。
「こんな山奥の学校じゃ、そりゃ過疎って閉校になるでしょうよ」
悪態をつきながら、懐中電灯片手にアスファルトで舗装された山道を登る。
歩いてすぐだと言う師匠に騙される形で、すでに15分ほど歩いているので僕の息は絶え絶えだった。
そんな僕を白い目で眺めながら
「廃校の原因は他にある」呼吸の乱れていない師匠が言う。
「その原因って……」
「本当に殺人事件が起きたんだよ」
食い気味に師匠が言い放つ。
汗を掻いている背中に寒いものが降りてくる。
雪こそまだ降っていないものの、落ち着くためにゆっくりと吐いた息が白い蒸気となって漂っては消える。
――犯人不明のままお蔵入りらしい。
まるでいつもの怪談でも語る調子で、師匠がぽつりぽつりと言葉を紡ぐ。
肝試しに訪れた子どもが、図書室で惨殺されたということ。
それは当時ニュースを騒がせた連続殺人鬼に手口が似ていたこと。
この連続殺人鬼はすでに逮捕されていたため、模倣犯には違いなかったが、手がかりも証拠も見つからず、未だに犯人は捕まっていないということ。
「事件のあった場所が場所だけに、教師や保護者たちも怖がってしまってな。
転校が相次いで、もともと児童数が少なかったのも相まって、通う子供がいなくなったって話だ」
「それはずいぶんと……」
すんなり言葉が出てこない。
「ヤバいですね」
やっとのことで出てきた安直な感想が寒空に掻き消えていく。
ちょっとした物見遊山の気分で来たのが間違いだった。
『饅頭怖い』だなんてふざけたネーミングの怪談が、現実の事件に繋がってくるとさすがに笑えない。
「ヤバいだろ?」
弾むような調子の声に、懐中電灯で彼女の顔を照らすまでもなく、師匠が嬉しそうに笑っているのがわかった。
それから歩くこと数分、やっとのことで廃校にたどり着いた僕らは錆びた校門をよじ登って、難なく敷地内の侵入に成功する。
山奥にあるため、別の施設として再利用される価値もなかったのだろう。
校庭には雑草が伸び切っていて、ボロボロの飼育小屋には生物のいた形跡すら見られない。
外から眺める校舎はところどころガラスが割られ、荒れ放題の建物はまさに廃校舎といった様相を呈していた。
埃とガレキだらけの昇降口に入り、周囲を懐中電灯で照らすと、時を刻むことをやめてしまった古びた柱時計の隣に間取り図が貼られているのを見つけた。
「図書室は……っと。あった、2階の一番奥ですね」
埃を被った図面から、かろうじて図書室という文字を読み取れたので、師匠と連れ立って階段を上る。
長い廊下には埃と割れたガラス片とともに、取り残されていった用具たちが眠っている。
どことなくノスタルジーを感じて、太ももくらいの高さまでしかない手洗い場の蛇口を試しにひねってみるが、当たり前だけど水は出てこない。
師匠が振り向いて、腰をかがめた姿勢の僕を見る。
「何してんだ」
「いや、僕も大きくなったもんだな、と」
少しだけ昔を思い出す。あの頃もこうやって小学校で……。
「
師匠のつぶやきで現実に戻される。
感情の込められていないその言葉が、僕の胸に小さなわだかまりを生んだ。
こうして大人になってみると、校舎なんてものはたいした大きさではない。
ほどなくして僕たちは『図書館』とプレートの掲げられた部屋にたどり着く。
師匠がなんのためらいもなく入り口の引き戸を引くと、暗闇が待ち構えていた。
懐中電灯で照らすと、教室二つ分くらいの広さの部屋にいくつも空っぽの棚が当時の設置状況のまま放置されていた。
閉めきられていたためか、あまり埃っぽい感じもしない。
静寂のあまり、気圧が変わったかのように耳がキーンとなる。
首筋から左腕にかけてブワっと鳥肌が立つ。
(……なにか、いる)
半ば確信しながら、その『なにか』について考える。
先ほど師匠から聞いた殺人鬼の話がどうしても思考の片隅から消えてくれない。
思い浮かべてはいけない。別のことを考えなくては――
焦れば焦るほどに、僕の中で殺人鬼の像が具体性をもって頭の中に描かれていく。
もしかして師匠は僕にそれを想像させるために直前であの殺人鬼の話をしたのか?
暗闇の奥で形成されていく化け物を見たくなくて、僕は目を閉じる。
「きゃーっ、ショタ怖いよー♪」
突然師匠が妙に高い声音で叫び出す。
何言ってるんだ、この人は。
師匠の迫真の演技(?)になんだか馬鹿らしくなってしまって目を開ける。
いや、そうだ。所詮は小学生の作った七不思議のひとつ。
話に尾ひれがつくことは往々にしてあるだろう。
七不思議が原因で実際に事件が起こって廃校にまでなるだなんて、そんな話があるわけがないのだ。
僕は師匠を懐中電灯で照らして
「師匠、帰りま――」言いかけた言葉が途中で止まる。
師匠を照らした光の先に、もうひとつ影が見えた。