後日、僕は修行僧の面持ちで再び例の廃校舎を訪れた。
もちろん師匠には内緒で、だ。
あれから数日、文字通り僕は修行の日々を送っていた。
自らの妄想を完璧なものにするため、僕は大学にも行かず、師匠からの呼び出しも無視して引きこもっていた。
――すべてはこの日のために!
図書室の前で大きく深呼吸。
そしてここが正念場とばかりに自分の頬をぴしゃりと叩いて、頭の中にしっかりと映像をイメージする。
ここ数日こんこんと築き上げた”完璧な”イメージを。
この図書館に住み着いた化け物は、確かに恐ろしい。
が、無害な饅頭にもなってしまうあたり、明確な自我があるわけではない。
いわば恐ろしく強い悪意、もしくは呪いのようなものなのだろう。
「怖い」と言った者の脳内のイメージを拾い上げ、具現化する。
いったいどうしたらこんな現実離れの技が成立するかなんて知らないが、僕には確信があった。
――本心から怖いと思っているわけではない饅頭を召喚できたこと。
それはこの怪異の名前から薄々わかっていたことだけど、僕が試したいのはさらに先のことだった。
どくんどくんと心臓が高鳴る。
期待と興奮で、自分が心霊スポットにいるといことすら忘れてしまいそうになる。
引き戸に手をかける。
音を立てないよう、ゆっくりと戸を開く。
一歩図書室に入ると、じっとりとした暗闇が僕を包み込む。
視界の隅で闇が蠢くようにうねる。その程度で僕のイメージを恐怖で塗り替えることなんてできない。
暗闇は僕の脳内を観察でもしているのだろうか。
他人の恐怖がなければ存在できない。ある種の憐れさを感じながらも、僕は口を開く。
「えっちなお姉さんが怖い!!!!」
大声で、そう告げた。
翌朝、僕は師匠のボロアパートを訪ねた。
「師匠、大変です」
「なんだよ、朝っぱらから」
そんな僕を師匠が面倒くさそうに応対する。
「あの廃校舎の図書室のやつ、いなくなってます」
師匠は何かを探るように僕を見ると、明後日の方向を向きながら
「あんな危険なやつ、いないほうがいいだろ」とつぶやくように言う。
その口ぶりに僕は何かを察する。
「もしかして師匠、祓っちゃったんですか」
なんてことしてくれたんだ、この人……。
ウキウキで深夜の廃校舎を訪れた僕の純真を返してほしい。
「あー、祓ったというか、なんというか」
目の前が真っ白になり崩れ落ちる僕を見ようともせず、師匠は師匠で歯切れが悪い。
うん? あれ、この人、まさか……。
「喰った」さらに小さい声で師匠が言う。
「……喰った?」
「どんな味がするか気になってしょうがなかったんだよ」
子どもみたいな言い訳をする師匠。
「なにしてくれてんですか!!」
「なんだよ、そんなに怒ることないだろ」
僕は僕で動機が不純なだけに、これ以上師匠に怒りをぶつけても墓穴を掘りかねない。
行き場のなくなった僕のやるせない気持ちは、大きなため息となって排出された。
それを師匠が何を勘違いしたのか、僕の肩をバシバシと叩いてきた。
「あ、お前も喰いたかったのか? 食いしん坊だなあ」
否定も肯定もする気になれず、僕は再びため息を吐いた。
「悪かった悪かった。けど、お前も誘ったのに無視したじゃないか」
あぁ、僕が引きこもっている間の連絡はそれだったのか。
「まぁそう気落ちするな。たいして美味くなかったから」
師匠が僕を部屋に招き入れる。
「口直しだ。うまいぞ」と、小川さんから貰ったというお饅頭の箱と熱々のお茶を出してくれた。
笑顔でお饅頭を頬張る師匠に、僕が数日の間で作り上げたイメージが瓦解していく。
(敵わないな、この人には)
放っておくと一人で全部食べてしまいかねなかったので、僕も並べられたお饅頭に手を伸ばした。
どうして本物の師匠を見分けられたのかって?
野暮なことを聞くね、君は。
それはね、僕の想像した師匠の方が……いや、この話はやめておこう。