都市伝説   作:水無飛沫

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赤い服の女

大学一回生の夏のことだ。

僕はオカルト道の師匠に連れられて、とある大都市に来ていた。

 

なんでも待ち合わせスポットに幽霊が出るのだという。

人でごった返す休日の昼間。

冷房もろくに効かない車内から解放されて、自販機で買ったコーラを師匠と並んで飲む。

商業施設の地下というだけあって、一息つくには打ってつけの空調具合だ。

人の往来する中央に鎮座する大きな池を眺めていると

「ほら、あれだ」

師匠が赤い服を着た女を指さす。

「あれは普通の待ち合わせ中の女の子じゃないんですか?」

あまりにも風景に馴染んでいるので、思わずそう師匠にこぼす。

師匠は大げさにため息を吐くと、くいっと眼鏡を外すようなジェスチャーをする。

僕はしぶしぶかけていた眼鏡をずらす。

「……マジっすか」

視界補助を失ってぼやけた視界の中でも、赤い女の姿がはっきりと浮かび上がっている。

 

こんな昼間の人ごみの中でもあそこまで姿が見えるなんて、相当強い霊なんじゃないか。

そう師匠に聞くと「お前が気づいてないだけで、人ごみの中だって幽霊は普通にその辺にいるぞ」などと言ってくる。

また一つ、常識が嫌な音を立てて崩れていく。

 

「なぁ、ちょっと聞いて来いよ」

コーラの缶を弄びながら、師匠がそんなバカげたことを提案する。

「なんでですか。怖いですよ」

そもそも何を聞くというのだ。

「決まってるだろ。ここで何を待っているのか、だよ」

師匠の表情がまるで悪役のように歪む。

「ええー、幽霊と話すなんて嫌ですよ」

「ナンパみたいなもんだろ。うまく行けばアレと付き合えるかもしれないぞ」

「憑かれたくはないですねえ」

「せっかくここまで出てきたんだ、幽霊見るだけで帰るなんてもったいないだろ」

結局そう言った師匠の謎理論に負けて、僕は嫌々ながら彼女に近づいていく。

後ろで師匠が見ているのだ。ここで逃げ出したら、この先ずっと今日のことを弄られるだろう。

幽霊に呪われることと師匠に一生からかわれること。天秤にかけてみると後者の方が怖かった。というか、面倒くさそうだった。

最悪の事態になっても、師匠ならなんとかしてくれるだろうという打算もあった。

 

「あのー」

赤い服の女に語り掛ける。

恐ろしい幽霊と言うには小柄で、サラサラと流れるような長髪に思わず目が行く。

「えっ?」

うつむいていた女が顔を上げる。

同い年ぐらいの女の子だった。悪くない。何がってことはないけど。

「誰か待ってたりする?」

最悪。これじゃあ本当にナンパしてるみたいじゃないか。

「ごめんなさい」

そして振られた。

いやいやいや、両手で大きく手を振って誤解を解く。

「ずっとここにいるみたいだしさ。どうしてかなって」

「待ってるんです」

「誰を待ってるか、教えてもらっても?」

「なんでですか?」

「なんでだろうなぁ」

詰んだ……。

それでなくてもこういう会話は苦手なのに、相手が幽霊となったら言わずもがなだ。

「あの……用がないなら……」

少女の視線が外されてしまったので、慌てた僕は最後の手段を使うことにした。

「待ち人は来ない」

 

――だって君は幽霊だから

 

口に出してはっきりとそう告げる。

「わかってます」

少女の反応は淡白で、顔がわずかに俯く程度のものだった。

「死んだか逃げたか。わからないですけど、彼が来ることはもうないのでしょう」

「じゃあ」

「けど、私はここに縛られてるんです」

もうお話することはありません。そう言って彼女は僕から顔を背けた。

明確な拒絶だった。

 

「っていうことらしいですよ。師匠」

僕は師匠のもとに戻り、ことの顛末を伝えた。

「成仏させてあげられないでしょうか。ちょっとかわいそうです」

最後にそう付け足した僕の言葉を、師匠が一笑に付した。

「成仏して何になる。そこに彼女の幸福はあるのか?」

幸福? 何を言ってるんだ、この人は。

「それこそ、ここにいたって……」

「彼女は全てわかってるんだよ。大好きな男に騙されて、絶望して、自殺したんだ。

それでもここは思い出の場所だ。彼を待つ時間も、きっと素敵な思い出なんだろう」

だから、成仏するよりも幸福な体験を繰り返しているとでも言うのだろうか。

なおも反論しようとする僕に

「待つ人がいるのは、悪いことじゃないだろ」聞こえるか聞こえないかぐらいの声量でそう言うと、師匠が踵を返す。

それが誰に向かっての言葉で、どんな意味を持つものだったのか。その時の僕にはわかりようがなかった。

 

帰りの車の中では、お互いほとんど喋らずじまいだった。

 

 

 

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