都市伝説   作:水無飛沫

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ヤマノケ

大学一回生の夏のことだ。

 

僕は師匠に頼まれて、京介さんをドライブに誘った。

「俺から頼まれたことは本人に言うなよ」と言われたが、そんなの当たり前じゃないか。

師匠から京介さんと同席したいって言うなんて、絶対面白いことになるに決まってる。

 

思い返せば二人は初対面の時から険悪だった。

僕は何かにつけて二人を(ケンカさせて楽しむために)引き合わせようとしているんだけど、どうにも二人とも会いたがらない。

同じオカルト分野の人たちなのに、専門が違うとそんなものなんだろうか。

かといってお互いに認め合われても、僕が面白くなくなってしまうんだけど。

 

待ち合わせ場所で待っていると、京介さんの青いインプレッサが颯爽と現れる。

「よう」と京介さんが出てきたところで、物陰に隠れていた師匠がすかさず手を挙げて現れた。

あからさまに不機嫌になった京介さんが、僕に目で説明を求めた。

「ちょっと行ったところに、幽霊が現れる峠があるらしい。一緒に行こうぜ」

京介さんの返事も聞かずに、師匠が後部座席に乗り込む。

師匠に罵声を浴びせる京介さんを横目に、「まあまあ」と言いながら僕も助手席に乗り込む。

僕らの強引さに負ける形で、京介さんも諦めて運転席に座った。

 

地図を見ながら京介さんを道案内していると、後ろから師匠が茶々を入れてくる。

「相変わらず狭いなぁ。おい、もっとシートを前に出せ」

「無理ですよ。これ以上前に出したら、僕がしんどいです」

嘘だ。本当は結構余裕がある。

「おい、この家は客にお茶も出さないのか」

「勝手に乗ってきて、客も何もないだろう。ってか家じゃない」

少し黙ってろ、とでも言うようにインプレッサのエンジンが呻る。

 

師匠は後部座席でふんぞり返ってぶつくさ文句を言っている。

嫌なら帰れ、という京介さんはメチャクチャ機嫌が悪そうだ。

指でトントンと苛立たし気にハンドルを叩き、運転がいつもよりも荒い。

急加速急ハンドルにさすがの師匠も口数が減っていく。

車内が静かになったので、僕は最近仕入れた怪談を披露するのだけど、

京介さんも師匠もどこか冷めた様子で、冷静にツッコみを入れてくる。

しまいには僕も喋るのが面倒くさくなり、運転席の方をチラチラ盗み見ることに意識を集中させた。

後ろの男がいなければデートなんだよなぁ。ため息が思わず口をついて出る。

 

「この辺りだな。おい、その辺で車を停めろ」

師匠に言われて京介さんが路側帯に車を停める。

「おい、そろそろ説明しろ」

言われてみればそうだ。

師匠は「幽霊がいる」と言っただけで、それがどんな幽霊なのかは言ってなかった。

「そもそも私は幽霊なんて信じてないからな」

そう言い放った京介さんに

「そうだな。幽霊が出るまで怪談でもするとしようか」

ニヤリと不気味に笑い、師匠が語り始める。

 

「昔深夜にこの付近で父親と娘がドライブしていたときに、運悪くエンストしちまってな。

携帯の電波も繋がらないし、通りがかる車もなさそうだ。

街も遠いし朝になるのを待ってから助けを求めに行こうと仮眠を取ることにしたんだ」

まさに今、似たような状況を作ったのだと言わんばかりに、師匠が声を潜めて怪談を語り続ける。

「初夏とは言え、夜はまだ寒い。父親は娘が風邪を引かないよう、気遣いながらシートを倒して横になる。

じきに、娘の規則正しい寝息が聞こえてきた。

安心した父親も眠ろうと瞳を閉じる。

車内は静かで、外も静かだ。聞こえるのは自分と娘の息遣いのみ。

いや、違う。何かが聞こえてくる。

 

 

トン、トン、トン……」

 

 

師匠が更に声を小さくして、耳を澄ませてみろと言わんばかりのジェスチャーをする。

 

「トン、トン、トン。草木を揺らしながら、何かがこちらにやってくる音が聞こえる」

 

トン、トン、トン。

師匠の声に合わせてそんな音が聞こえてくる錯覚に陥る。ガサガサと近くの茂みが揺れている。

心臓がドクンと跳ねる。

僕も京介さんも暗闇に目を凝らす。

 

トン、トン、トン。

茂みが揺れる。

それは少しずつ近づいてきていた。

 

「やがてそこに現れたのは一本足の……」

その先の説明は必要なかった。僕たちは怪談の中の父親と同じく、それを肉眼で見ることになったのだから。

 

茂みが開かれると、そこには髪をボサボサに伸ばした幽霊がいた。

真っ暗な中でそれらしいシルエットしか見えないので、表情はわからない。

ただ、発している気配が重すぎて、僕たちは身じろぎすらできずに、その姿を見ていることしかできなかった。

本来二本あるべき足は、一本太いのが付いているだけで、ケンケンをするように体をくねらせるようにして飛ぶ。

そうして徐々に車に近づいてくる。

 

「テン……ソウ……メツ……」

どこからか、そんな言葉が聞こえてくる。

テープを早送りにしたときのような甲高い声だった。

全身が総毛立ち、息をすることも忘れて、体をこわばらせる。

やつが近づくたびに、この場から逃げ出したい気持ちが大きくなる。

 

「テン……ソウ……メツ……」

そいつは車の窓ガラス越しに僕らを覗き込む。ボサボサの髪が邪魔をして、そいつの顔は見えない。

恐怖を感じながらも、目を離してしまうと何か大変なことが起こってしまいそうで、目をそらせない。

それは京介さんも同じようで、ハンドルをギュッと握ったままの姿勢で硬直している。

そいつは車の周りを跳ね回りながら、何度も、何度も僕らを覗き込む。

まるで吟味しているかのようだ。

 

「テン……ソウ……メツ……」

 

「それで、その化け物は娘の前で立ち止まると」

化け物が京介さんを覗き込んでいるタイミングで師匠が怪談を続ける。

京介さんの体がビクンと強張る。そりゃそうだ。幽霊を見ながら怪談話をされるなんて反則だ。

 

「ニタニタとゲスな笑いを顔に浮かべながら娘を凝視していた――」

一本足の化け物の顔がガラス越しに浮かび上がる。

おぞましい表情を浮かべながら、京介さんを見ていた。

 

「やがて娘に乗り移った化け物は……」

 

 

『ハイレタ、ハイレタ、ハイレタ、ハイレタ』

 

 

師匠の声と少女の声が重なる。

この場に女性は一人しかいない。まさかと思って京介さんの顔を見ると、京介さんは「私じゃない」というように首を横に振った。

(じゃあ、誰が……)

振り向くと、師匠は相変わらず不気味な表情で笑っている。

辺りを見回してみると、化け物はすでに消えていた。

 

 

『ハイレタ、ハイレタ、ハイレタ、ハイレタ』

 

 

またあの声が聞こえてくる。

京介さんからではない。京介さんの後ろ……師匠の隣からだった。

そこには桐の箱に入ったフランス人形がいた。

「なんですか、それ」

と尋ねる僕に、「呪いの人形だよ」と師匠が答える。

 

 

『ハイレタ、ハイレタ、ハイレタ、ハイレタ』

 

 

未だ喋り続ける人形に、師匠は「うるせーな」と言いながら、蓋を閉めて黙らせる。

バッグからロープのようなものを取り出してぐるぐる巻きにすると、

「ここは本物だったな」ニヤリと師匠が笑う。

その顔に浮かぶ深い闇を抱えた表情に思わずゾクリとする。

 

「あの妖怪、相当な女好きらしくてな。

女を見つけては体を乗っ取って、好き放題やるんだと。

それに力も相当強くてな。一旦取り憑かれると、もうどうにもならないらしい」

ゴクリ、と京介さんの喉が鳴る。

「ヤマノケなんて呼ばれているが、山の怪と書くのが一般的らしい。

だが、お前ならわかるだろう」

と師匠が京介さんを見る。

「夜魔……インキュバスか」

「多分似たような性質の化け物なんだろうよ」

「私を連れてきたのは……」

京介さんが震える声で尋ねようとしたが、最後まで言葉はでなかった。

「女がいないとアレは出てこないだろう」

なるほど。それで京介さんを連れて来たのか。この人でなしが。

「お前……」

京介さんの声に恐怖以外の感情が乗ってくる。おそらく怒りだろう。

「けど、この人形を連れてきて正解だったな」

京介さんの怒りを無視して師匠が続ける。

「お前、あいつに女だと認識されなかったんじゃねーの」

ケタケタ笑いながら、「あいつもこの人形の方がタイプだったってさ」と師匠が人形の入った箱を指さす。

「もういい。帰るぞ」

心底疲れた、という声で京介さんがつぶやく。

僕も同意見だ。まだ手が震えている。

 

「あぁ、ちょっとションベンしてくるわ」

師匠が車を出て茂みに向かって小便を始める。

師匠の戻りを待つことなく、京介さんが車のエンジンをかけた。

「おい、待てよ」

師匠がハッとして大声をあげるが、出ているものはすぐには止められない。

慌てる師匠に「死ね!!!!」と言い放って京介さんは車を出発させた。

僕は呪いの人形と師匠の荷物を窓から投げ捨てた。

 

「幽霊は見たことないけど、悪魔なら見たことはあるよ」

帰りの車の中で、京介さんがどこか悲しそうにつぶやいた。

 

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