「なぁ、スピード狂は性欲が強いって話、知ってるか?」
心霊スポットからの帰り道、軽トラを運転する師匠がふいにそんな話を始めた。
「いや、知らないですし、男ふたりでする話じゃないですよね」
幸い、この車はベタ踏みしたところでスピードも大して出ない。
師匠の性欲の度合いを知らなくて済んだことに安堵していると、「まぁ聞けよ」と師匠が言葉を続ける。
「続くんですか、この話」
抗議してみるけど、師匠の表情はすでに変わっている。
(あぁ、これは昔を思い出している顔だ)
昔の話をする時、師匠は郷愁と絶望の入り混じったどうしようもなく悲しい表情をする。
――これは師匠から聞いた話だ。
峠の下り坂にて。
アクセルベタ踏みしながら、師匠が口笛を吹いている。
そんな彼女を横目に、僕は助手席のアシストグリップを握りながら必死に恐怖を噛み殺していた。
スピードメーターの示す数値は恐ろしくて目に入れたくもない。
ほとんど減速もせずにカーブに差し掛かると、師匠は「よっこらせっ〇す」などと軽口を叩きながらハンドルを回転させる。
僕の口からは酷い絶叫が漏れていたと思う。
なにせ車体の半分が浮いたのだ。こんな風に設計されてない車は絶対にこんな風に運転されるべきじゃない。
僕の抗議は言葉にならず、ただただ絶叫という形でその峠に響く。
「どうだ、楽しかっただろ?」
道中にある自販機が置いてあるだけのだだっ広い空間に車を止めると、缶コーヒーを買ってくれた師匠が笑いかけてくる。
助手席で魂の抜けている僕の頬に冷たい缶が押し当てられて、少しだけ生きている実感が帰ってきた。
「絶対死ぬと思いました」
未だにバクバクと鳴り続ける心臓を手で押さえながら言葉を返す。
「じゃあ、ドキドキしてるか?」
その質問の意味が解らずに、「ええ、まぁ。はい」などと曖昧な返事をした。
「このドキドキと性交渉におけるドキドキはほとんど一緒らしい」
師匠が僕の耳元で囁くように告げる。
エッッッッッッッッッッ!!
僕の頭にピンク色の光が差す。いや、ピンク色の後光が差しているのは師匠の方か!!
途端、この地獄のようなドライブが楽しく思えてしまうあたり、僕も現金な人間である。
「吊り橋効果における脳の錯覚ってのは、アドレナリンやらドーパミンあたりの興奮物質によるものだという」
「なんですか、それ……」
そんなの関係なしに、僕は師匠のことが……なんてことは言う勇気もないんだけど。
師匠は意気地のない僕を無視して続ける。
「さて、ここでもう一つ視野を広げよう」
一つ、と言いながら立てた人差し指を峠全体を指すようにして振り回す。
その指が巡り巡って僕にたどり着く。
「心霊体験や心霊スポット巡りも似たような興奮を伴ってないか?」
師匠の目は冷ややかで、僕の心を消沈させるには十分だった。
「私たちは、とっくに依存症なのかもしれないな」
「なんの――」と聞きかけて辞める。
それは流石に野暮ってものだろう。
僕は師匠と初めて出会った時のことを思い出していた――
百鬼夜行の主。生きているのか死んでいるのかわからない、幽玄の貌。
あの光景を僕は美しく、そして同じくらい悲しいと感じたのだった。
「じゃあ」
僕の口から知らず声が上がる。
「”知る”という行為に伴う興奮も、死の危険や――恋と――類いなんでしょうか?」
「言わずもがな、だな」
気取ったように答える師匠に、「じゃあ師匠はド変態ですね」と笑いながら返す。
デュクシ、と風を切る拳の音を口で表現しながら、師匠がゲンコツを飛ばしてくる。
「うるせぇ、殴るぞ」
「殴ってから言わないでくださいよ」
軽口の応酬に僕たちは笑いあう。
他愛のないやりとりに、彼女がちゃんと隣にいることを実感し、僕は心の底から安堵した。
「なぁ音響。お前は性欲が強いらしいぞ」
気だるげな顔をして、流れる風景を見ている後輩に告げる。
「は? なんですか、唐突に。マジでドン引きなんですけど」
後輩から力の籠ってないパンチが飛んでくる。
「悪かったよ。痛い痛い」
ハンドルを強く握りなら、片手で参ったというポーズを取る。
――たださ。
俺はいつか聞いた話を思い出しながら話を続ける。
「こんなに心霊スポットめぐりたがる女が普通なわけないだろ」
「それと性欲となんの関係があるんですか」
師匠、と尊敬の全く籠ってない、もはや蔑称とも取れる言葉とともに、再び俺を殴る。
「ワンチャン狙ってるんですか? きもっ!」
「まぁ聞け」
これ以上は本当に事故ってしまいかねない。
そのことに少しドキドキしながら俺は頭を切り替えて、話を始める。
――師匠から聞いた話だ。