都市伝説   作:水無飛沫

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「わたしメリーさん」





メリーさん

師匠から聞いた話だ。

 

 

大学2回生の晩秋のことだった。

弓使いを家に泊めて数日後。

なんとなく気まずくて、僕は師匠に会えずにいた。

このままじゃダメだと、ちょうどコロッケが安売りしていたので大量に購入して、師匠のボロアパートに寄ることにした。

 

コンコンと扉をノックして「師匠ー、いますかー」と問いかけると、

「入ってこい」と師匠の声が中から聞こえてきた。

中に入ると師匠はこちらを振り返ることもせずに、コタツの上に置かれた何かを凝視している。

「何してるんですか」

そう言って師匠の向かい側に座ってコタツに足を入れる。

そこにはボロッちい人形が置かれていた。

元は愛くるしいお人形さんだったんだろうが、ブロンドの長髪はボサボサになっていて、顔も服も泥だらけだ。

捨てられていたのをどこかから拾ってきた、そんな佇まいだった。

曰く付き……というほどの霊的な何かも感じない。

師匠が興味を持つようには思えなかった。

「ああ、呪いの人形を作ろうと思ってな」

今日の夕飯はムニエルだ、と同じ口調で師匠がさらっと口にする。

この人は、またそんな意味の分からないことをしようとしているのか。

「道路に花を添えるのとはわけが違うんですよ」

「あれの応用みたいなものだよ」

心底楽しそうに師匠が言う。

あの時師匠は()()()に幽霊を生み出した。

それは幽霊という定義が根本から捻じ曲げられるような恐ろしい実験であったけど、あんなことをまたしようと言うのか。

 

「なあ、メリーさんって知ってるか?」

師匠が人形を人差し指で小突く。

「ええ、あの『今あなたの後ろにいるの』ってやつですよね」

「そうだ。あれは人形に乗り移った霊とかではなく、人形自体に自我が宿った怪談だ。

お化けというよりは精霊に近いんだろう」

「付喪神、ですか」

師匠は頷くと

「夜になったら出かけるぞ」といって僕が買ってきたコロッケにかぶりついた。

 

 

師匠のボロ軽四に揺られること1時間くらい。

僕らは近場の山に来ていた。

夜だからイマイチ風情がないけど、昼間に来たら大層綺麗な紅葉狩りができるのだろう。

ちょっと残念に思っていると、師匠が窓からおもむろに人形を投げ捨てた。

それは道路から外れて斜面を下っていく。それから師匠は少し離れた場所に車を停めた。

「今日は仕上げをする日だ。運がいいな、お前」

真っ暗な中、懐中電灯を手に僕たちはさっき投げ捨てた人形を探して歩く。

デート気分も何もあったものじゃない。

ガードレールを乗り越えて、人形を探して山の斜面を下る。

よかった。急ではあるが、なんとか下れそうだ。

落ち葉に足を取られないように気を付けて下っていると、やがて紅葉にまみれた人形が見つかった。

 

「で、どうするんですか?」

「こいつを捨てた持ち主を捏造する」

「はい?」

「こいつはメリーさんだ。それが嘘でも本当でも、こいつはメリーさんになる。

たくさん可愛がってあげたし、その記憶も植え付けて、それだけのことを施した」

 

何を言ってるんだ、この人は……。

路上に花を置くだけじゃないんだぞ。

人形に()()()()()()()()()()()()()()

 

「あとは誰が彼女を可愛がったか、って情報だ」

師匠の言葉に空気が凍り付く。

とてつもなく嫌な予感がした。

全身に虫が這うような、ぞくぞくした嫌な感じがする。

 

「で、メリーさんには誰をつけ狙わせるんです」

僕はカラカラに乾いた喉で、やっとこのとで声を出す。

師匠が僕の目を真っすぐに見る。

バレてないとでも思っているのか?

目でそう言われているような気がして思わず恐縮してしまう。

いや、抱いてないですし。僕は加奈子さん一筋ですからね。

そう口に出せればどれだけ楽だったか。

その時の僕にはその甲斐性もなかった。

 

どうか僕ではありませんように。

師匠の目を見ながら、それだけを祈った。

 

 

 

「それは――――」

 

明日の天気は晴れ。とでもいうような調子で加奈子さんがとんでもないことを言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やたらと冷たい風が舞う。

公園の隅で薄手のジャンパーのチャックを首元まで上げて、小さなリュックを抱えて私は身を縮める。

秋ももう終わろうとしている。

昼間に日差しを浴びていれば寒さを感じないが、夜はそういうわけにもいかない。

ぐぅ、とお腹が鳴る。先日あの男に食べさせてもらったものを思い出して、思わず微笑みが漏れた。

 

ジリリリリリリ

 

近くの公衆電話が鳴る。

どうしたものか悩んだが、そこから漂う邪悪な雰囲気に受話器を取る。

 

「わたしメリーさん。

 今、山奥に居るの」

 

電話先から少女の声が聞こえる。

その声は悪意と憎悪にまみれていた。

 

「誰だ、お前は」

 

ツーツーツー

電話が切れる。

あの悪意は、私に向けられている。

無意識に弓を握り締める。

 

しばらくすると再び電話が鳴る。

 

「わたしメリーさん。

 今、〇×駅にいるの」

 

それは私の居る場所から最も近い駅の名前だった。

……速い。

どんなに近くの山からであっても、車や電車では到底不可能なほどの速さだ。

 

「わたしメリーさん。

 今、あなたの居る公園に着いたわ」

 

まとわりつく嫌な気配と比例するかのように、空気が澄んで凍り付いていく。

電話が三度鳴る。

 

 

「わたしメリーさん。

 今、あなたの後ろに……」

 

私はすぐに振り向いて――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

冗談じゃないわよ。

私は小さな体で全力で疾走する。

あんなの敵うわけないじゃないのさ。

 

ヒュン

 

空気を裂く音。続いて正面の壁に当たって何かが弾けるような音がした。

 

(なんなのよ、あれ――)

 

肩越しに後ろ――追跡者――を見る。

彼女はまるで狩りを楽しんでいるかのように、悠々と私を追ってくる。

 

山田あすみが弓を引く動作をする。

するとそこに弓も矢もないのに、目に見えない矢が放たれるのだ。

 

わたしの元持ち主は規格外にもほどがあるでしょ!!

 

ヒュン

 

矢がわたしの頬を掠めて飛んでいく。

途端、力がごっそり持っていかれるのを感じた。

魔を打ち祓う目に見えない弓矢。あれはヤバい。わたしたちが決して触れてはならない人種だ。

 

逃げなきゃ、祓われる!!

 

誰か……助けて……

 

誰か、と頭を巡らせてもわたしは人間を三人しか知らない。

一人は山田あすみ。わたしを捨てた人間。

もう一人は加奈子と言ったか。わたしを拾い、わたしの存在を定義づけた人間。

だがあの女はダメだ。絶対に助けてくれそうにない。そういうのはわかる。

なら……

 

わたしは自身の能力の適用範囲をあの男に定める。

電話をかける。男が気だるそうに電話に出る。

わたしは必死に声を出す――

 

「わたしメリーさん。

 今、あいつに狙われてるの

 お願い、助けて……!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それからすぐに家のドアがドンドンと叩かれた。

待ち構えていた僕は間髪おかずにドアを開けて来訪者を招き入れる。

「ありがとう!!」

言うや否や、髪を振り乱した金髪の人形は隠れられそうなところを探して部屋の物色を始める。

衣装ダンスの下段を開けると、ためらいもせず男物の下着の中に飛び込んだ。

「はやく!! 閉めて!!」

僕がタンスを閉めてあげると、ちょうどそのタイミングで再びドアが叩かれる。

今度は少し控えめだ。

 

「あれが来たでしょ」

ドアを開けてると、開口一番彼女――山田あすみ――はそう言った。

「あの人形はもうあなたに危害を加えないですよ」

僕はなんとかこの場を丸く収められないか、考えながら話しかける。

犬神人としての彼女を説得するのは不可能な気がするけど、あの人形も師匠の実験の被害者だと考えるとどうしても冷酷にはなれない。

「あれは危険よ」

人形に芽生えた魂。山田あすみの世界で、それはどう映っているのだろう。

視力を失った目が、僕を捕らえる。

その殺気が今、僕に向いている。

「誰にも危害は加えさせません。約束します」

黙ったままの山田あすみの殺気が膨れていく。

僕の命もここまでだろうか。

「あの人形……()()()の匂いがした」

山田あすみが口にした言葉に、思わず動揺してしまう。

「き、気のせいじゃないですかね」

やばい。加奈子さんが山田あすみにメリーさんを仕掛けたのだとバレたら、もう手を組むどころの話ではなくなってしまう。

焦る僕を、山田あすみの片瞳が射抜く。

彼女に嘘は通用しない。下手に彼女を刺激するくらいなら、ここはあの時の『借り』を持ち出すべきだろう。

 

「あの……何か食べていきますか?」

場違いな僕の言葉に、ふっと山田あすみが笑う。

先ほどまでの殺気は消え、柔らかな笑顔だった。

「……気持ちだけ受け取っておこう。

お前も……変な勘違いはされたくないだろう。

私みたいな……となんて、なおさら……」

小さくなっていく言葉は最後まで聞き取れない。

じゃあせめて、と僕は彼女にあんパンを渡した。

「ありがとう」

そう言って彼女が踵を返す。

ふぅ、ひと段落。

僕はメリーさんをタンスから出してやる。

相当怖い思いをしたのだろう。メリーさんは僕にしがみついて、えんえんと泣いた。

涙は出てなかったけど。

 

 

 

 

 

 

「どうなったかな、あいつ」

数日後、すっかり忘れていたっぽい師匠がつぶやいた。

メリーさんが生成された地点で実験はすでに終わっているので、心底どうでもよさそうだ。

「あの可哀そうなメリーさんなら、僕の押し入れで眠ってますよ」

「なんだ、お前。そういう趣味なのか」

「そんなわけないでしょう」

僕は顛末を話した。

……僕と弓使いとのやりとりは伏せて。

「まぁ返り討ちに合うよな。可哀そうに」

「師匠のせいでしょう」

まったく、こっちは死ぬかと思ったんですからね。

そう愚痴ると、師匠は笑って

「悪かったよ。何か食っていくか?

 このあいだバイト代が入ったんだ」

金が入ってちょっと機嫌が良さそうだ。

「フクロウの涙だけどな」

そう言う師匠に「じゃあ遠慮なく」と僕はご同伴にあずかることにした。

 

 

 

 

 

 

 

それから僕とメリーさんの共同生活が始まった。

が、何かと口うるさいメリーさんが鬱陶しくなって、しばらくすると僕は彼女を夏雄の寺に預けた。

 

 


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