都市伝説   作:水無飛沫

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紫の鏡

 

 

大学1回生の夏だった。

 

「あー、なつかしい!! あったあったー!!」

kokoさんの部屋にみかっちさんの声が響く。

「そんなのありましたね」

僕も同意しながらビールを飲む。

例のオカルトフォーラムのメンバーで子どものころに流行ったオカルトを、みんなで懐かしんでいた時のことだった。

「紫の鏡」

それまで話題には入ってこなかったkokoさんが、僕を見つめいつもの抑揚のない調子で話題に乗ってきた。

「お、懐かしいな」

京介さんもビールを呷って僕を見た。

「……なんです?」

まさかと思い確認してみると、みかっちさんも僕を見ていた。

突然のモテ期に戸惑っていると、kokoさんが「まだ二十歳じゃないのは君だけ……」と言った。

あぁ、確かに。そういえばそうだ。

「なんだっけ? 二十歳に合わせ鏡の前に立つと、自分の死に際の姿が見えるんだっけ?」

みかっちさんが首をかしげて聞いてくる。

「色々混ざってますよ」

ツッコミを入れたけど、そういえばその言葉を二十歳までに忘れないとどうなるんだったか、僕もイマイチ覚えていなかった。

「何か面白いものが見えるかもよ」

kokoさんが無表情なまま、ぞっとするようなことを言ってくる。

「あんなのただの迷信でしょ……ははは」

以前この部屋であったことを思い出して、僕の口から乾いた笑いが出てくる。

……あまりkokoさんからはこういうことを言われたくない。

「なんだ、怖いのか?」

京介さんが挑発してくる。

べ、別に怖くなんてないし。そう言い放つと

「じゃあ来年、お前の誕生日前にまた思い出させてやるよ」

京介さんが楽しそうに笑った。

 

 

 

あれから一年が経った。

季節は梅雨が来る少し前。

あの人はもういない。

彼女との思い出を振り返っているうちに、紫の鏡のことを思い出した俺は、それを実行しようと秘かに決めていた。

 

これは十代の、まだ若かった自分との決別のようなものだ。

せっかくだからみかっちさんの言っていたように、合わせ鏡で自分の死に際を覗いてみよう。

確か大学にある一番大きいトイレの手洗い場が合わせ鏡だったはずだ。

 

誕生日前日の夕方、久しぶりに大学へ行くと、そのまま部室へと直行する。

他愛もない話をして時間を潰して、帰っていく後輩たちを見送る。

そのあとは深夜まで適当に羽を伸ばした。

もちろん、巡回の警備員に見つからないように部屋の電気は消したまま、だ。

息を殺して暗闇の中に潜んでいると、幼い頃に友人たちとやったかくれんぼを思い出す。

興奮と楽しさの入り乱れたあの感情だ。

 

深夜23時45分。

俺は部室棟を抜け出して、教室のある建物へと忍び込む。

どこの窓が開いてる、とかの情報はあらかじめ師匠から教わっていた。

懐中電灯は持っているものの、これはまだ使えない。

窓から差し込む月明かりを頼りに、忍び足でロビーにあるトイレへと向かう。

 

俺が二十歳になるまでにはまだあと数分ある。

男子トイレへと入り、手洗い場に立つ。

前と後ろでちゃんと合わせ鏡の造りになっている。

人が近くに居ないのを確認して、俺は懐中電灯のスイッチを入れた。

「あ、ダメだこれ」

気づく。確かに合わせ鏡にはなっているけど、自分の目線からは正面の自分しか見えない。

後ろの鏡に移った自分の姿を見ることができないのだ。

化粧台やもっと鏡を集めてやるべきだったか。

そんなことを思いながら、なおも鏡を眺めていると、首筋にチリチリとした感触がやってきた。

『何か面白いものが見えるかもよ』

あの日のkokoさんの言葉が思い出される。

あの人は予言めいたことを言うことがあるので、色々と怖い思いもしたものだった。

……だから、彼女の言葉は信用できた。

 

鏡から距離を取り、しゃがんだりして角度を付けて眺めてみる。

そこに何が映るのか、それは果たして紫の鏡なのか。

ドキドキしながら、俺は鏡を凝視する。

ぐわんぐわんと、自分の虚像を見ながら世界が揺れるのを感じる。

鏡は正面の自分だけではなく、後ろ向きの自分も映し、永遠に連続する鏡の虚像の中に、いつのまにか自分の姿も織り込まれている。

そこから目を離せない。

どこまでも続くループの中、俺は確かに見た。

幾人もの懐中電灯を照らす自分が、合わせ鏡の内側に映っている。

何枚も隔てたその先で、自分の顔が紫色の――死んだような――顔をしていた。

 

 

 

「何を見たか当ててやろうか?」

翌日、真っ青な顔をした俺が師匠にそのことを話そうとすると、得意げに口を挟んできた。

彼の言葉はそのまま、あの日俺が見た鏡に映った姿だった。

「なんでわかったんです?」と聞くと、

「鏡の透過率は97%とかだ。

何枚も反射させると……いや、夜だからその必要もない。

数枚後の自分は土気色の顔をしているってわけさ」

と師匠が得意げに解説する。

「なんだ。鏡の中の悪魔とか、死に際の姿とか、そんなんじゃなかったんですね」

お前も学ばないな。そう言って師匠が人を馬鹿にしたように笑った。

「……それに、もし危険なことが起きるようなら、あいつが止めてただろ」

知らんけど、そう言って師匠が興味なさそうに牛乳片手にメロンパンを齧る。

「元々紫の鏡は二十歳までに忘れないと不幸になるとか漠然とした怪談だったはずだ。

これは実は信憑性があってな……」

一度言葉を切り、師匠がまじまじと俺の顔を見る。

「二十歳にもなってそんなオカルトに飛びつくようなやつは、ろくな死に方しないだろうよ」

なんて、自分のことを棚に上げて言うのだった。

 

 

 

 

 

 

後日談、というよりは数年後。

 

「師匠ー!」

音響によって勢いよく下宿先のドアが開けらた時、俺は小さなクマのぬいぐるみと10分一本勝負のプロレスをしていた。

「うわ、キモっ」

半裸姿でクマちゃんに馬乗りになっている俺を見て音響がつぶやく。

後輩にあられもない姿を見られてしまったことにドキドキして、ノックぐらいしろよなと誤魔化しているとふと思い出す。

「そういやお前もそろそろ二十歳だっけ」

「なんです? プレゼントくれるんですか?」

「紫の鏡って知ってるか?」

俺を師匠と馬鹿にする(仰ぐ)彼女は、その誘惑に抗えない。

俺はニヤリと微笑んで、彼女にとっておきのプレゼントを差し出すのだった。

 

 

 

 

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