これは私と京子が『霊魂さま』をした時の話。
第二理科室での黒魔術騒ぎが派手にバレた頃だった。
黒魔術と言えば聞こえがいいが、実際は信者たちの血液を集めての実験のようなものだった。
……少なくとも私はそう認識している。
あの女は――間崎京子は、きっとこの世界で何かになりたかったのだ。今にしてそう思う。
あの後生活指導の先生に呼び出され、私たちは大目玉を喰らって停学処分となった。
当時、異様に貧血の生徒が多かったことへの懸念や、どうやら噂を聞いた親たちの圧力もあったらしい。
私は間崎京子が部長を務める生物部に籍を置いてなかったこともあり、数日の謹慎で済んだ。
(まぁ完全に冤罪なのだから当たり前なのだけど)
だが、京子は私より長いこと停学を喰らってしまったようだ。
もっとも、そのことに関して私は彼女を弁護する気にはならなかったけど。
謹慎が解けてしばらくは私も京子のクラスには近寄らなかったのだけど、彼女の復帰の噂を聞いて数日が経ってから、私は彼女の教室へと足を運んだ。
昼休みだった。
彼女の周りにはいつだって占い好きの女子が集っていたのだったが、例の事件のせいだろう、今や彼女はひとりぼっちになっていた。
取り巻きがいなくなり一人になった京子だったが、孤独などどこ吹く風のように涼しい顔をしている。
私の姿を目にすると「あら、山中さん。なにかしら?」などと、人を見下したように冷ややかな笑みを浮かべる。
いつもの様子に不本意ながら安心してしまう。
「心配して様子を見に来た」なんて言えるはずもなく。
「別に」とぶっきらぼうに返して彼女の向かいの席に座る。
「そう。最後だからひとつ、お遊びをしましょう」
最後、という言葉が気にかかったが、どうせいつもの言葉の綾だろう。
こいつの言葉をいちいち鵜呑みにしていたら命がいくつあっても足りない。
続きを促すと、彼女は机の中から一枚の紙を出した。
それは、まるでこうなることをわかっていて用意していたようだった。
京子の出した紙には五十音に数字にアルファベット……それら全ての記号が順番なんてお構いなしにてんでバラバラに書かれている。
「なんだよ、これ」
思わず出てしまった言葉に
あら、知らないの? と京子が感情のない声でつぶやく。
「霊魂さまくらい私だって知ってる。だけど、これは……」
並んだ文字列に規則性は見られなかったけど、なんとなくそれすらも意味のあるように思える。
小学生の頃にお遊びでやったそれとは似ても似つかないほどのデザインで、その統一感のなさがかえって厳かな感じがした。
「こっくりさん、よ」
念を押すように京子が言う。
「呼び方なんて、なんだっていいだろ」それに、この高校では霊魂さま、という言い方がメジャーだ。
「これで今度は本物の悪魔でも召喚するつもりか?」
最大限の嫌味も、彼女の嗜虐心をつついただけのようで、
――そうなったら楽しいわね
といって、京子が十円玉をその紙の上に置いた。
「あなた、こっくりさんのことをどれだけ知っているのかしら?」
「霊を呼び出して、それにあれやこれや質問するんだろう?」
そうね、と京子が頷いて右手の人差し指を紙上の十円玉に乗せた。
漆黒の瞳が私にも同じようにしろ、と言ってきていた。
「じゃあ、どうしてキツネとムジナとタヌキなのかは?」
……こいつがこんなに喋るなんて珍しい。
「ムジナじゃなくてイヌだろ?」
それともなんだ、くじら座とかなんとかと一緒で、またこいつのいた世界の話だろうか。
京子は私の考えを読んだかのように首を振ると
「普通はイヌを使って『狐狗狸』と書くのだけれど、ムジナの漢字を使って、「狐狢狸」とも書くのよ」
――だからなんだって言うんだよ。
目線でそう告げる。
「イヌは人をだまさないけれど、キツネもムジナもタヌキも、どれも人を化かす獣なのよ」
「お前は女狐だものな」思わず悪態を吐く。
「どうかしら。ムジナの方かもしれないわよ?」
彼女の瞳が細められる。
女の私でもゾッとするような美しさだ。
キツネやタヌキと違って、ムジナは人を殺すために人を化かすのだと知ったのはもっと後の話だ。
それを知った時も、やっぱり私は彼女は女狐だと思ったのだった。
「こっくりさん、こっくりさん。おいでください……」
京子が文言を唱える。何度か繰り返されて彼女の言葉に意識を集中していると、気づくと指が動き出していた。
昼休みの短い時間のことだったし、その頃には本格的に西洋占星術を勉強していたからさして興味もなくて、その時占ったことなんてほとんど覚えてない。
まぁ私の男運は最悪だとか、そういう結果だったことはなんとなく覚えている。
そういえば京子の男運はどうだっただろうか。
昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴ると、京子が何ごとかを唱えて儀式が終了する。
席を立とうとすると「これ、あなたが使って」と京子が紙の上の十円玉を指さした。
「まぁいいけど」
「帰ってくるのが楽しみね」
涼しげな顔で笑う京子に
「十円なんてそれこそ幾らだってあるんだから、わからないじゃないか」そう返した。
「だから、こうするのよ」
机の中からコンパスを取り出すと、京子は十円玉を削り始めた。
「おいおい」
さすがにちょっと焦ったが、そこに彫られた文字にはもっと驚かされた。
「ほら、これで戻ってきたらわかるでしょう?」
そこにはK&Cと彫られていた。
苦笑しながら、私はそれを受け取った。
当時霊魂さまで使った十円玉はすぐに使わなきゃ呪われる、みたいな言い伝えがあったのだ。
もしその十円玉が手元に帰ってたらもう手遅れだ。みたいな話もあった。
あまりいい気分はしなかったので、帰り道にパン屋でジュースを買うのに使った。
――友達だったんだ。
十円玉を夜の海へと投げ捨てる。
もう二度と私の手元には戻ってこないだろう。
京子は孤独で、孤高で、誰よりも強かった。
そして何かになりたがっていた。変化を強く求めていた。
「この世界には、変わろうとする人間と、変わろうとしない人間しかいない」
彼女の言葉だ。
彼女はいつだって真実をはぐらかしていたけれど、それは本当にそうだったのか?
本当は在りのままに答えていたんじゃないのか?
最近はよくそんなことを思う。
「私が友達になってあげる」
そう言ってくれた彼女を、私が理解しようとしなかったのだ。
結局のところ、私は彼女の抱えているもの――孤独――に気づかないふりをしていた。
私が彼女を孤高へと追いやっていたのだ。
だからこの十円玉も、私なんかじゃなくて、あの女の手元へ行くべきだったのだ。
あの日あの時、私たちが一緒にいた証に。
きっともうこの十円玉は帰ってこない。
高校生の頃、あの夏の夜に始まった私の悪夢はようやっと終わったのだ。
今は少し、寂しさすらある。
……この街を出ようと思う。
あいつみたいに、いつまでも捕らわれているわけにはいかない。
私たちの一緒に歩んだ道も、別々に進んだ道も……
「
きっとこの言葉を使うのもこれで最後。
さようなら。