師匠から聞いた話だ。
連日猛暑の続く夏の日のことだった。
「おい、今週暇か」
師匠の家で昼ご飯をごちそうになった後、扇風機に声を当てて宇宙人の真似をしていると、
台所で洗い物をしている師匠に声をかけられた。
暇をアピールして交友関係が皆無なことを暴露するのも恥ずかしかったので、
僕は「時期にもよりますねー」などと無難な答えをした。
「依頼が入ってな。x市に泊りがけで出かけることになったんだが」
そこで師匠が言葉を区切る。
「厳しそうだな」
「行きます!!」
泊りがけだって!? 僕は食い気味で返事をした。
当日、県をまたいでの旅になるということで、僕たちは早朝から出発することになった。
案の定寝坊した加奈子さんを文字通りたたき起こして、彼女の運転する軽自動車で目的地へと向かう。
道中、依頼の詳細を聞かせてもらった。
「向かっているのは、ちょっといわくつきの家でね。
依頼人が海外に行く必要が出てきてしまったみたいで、その留守番として私に白羽の矢が立ったってわけさ」
師匠は小川調査事務所という名前の興信所で、界隈では『オバケ』案件と呼ばれる普通の事務所が断るような依頼を担当している。
つまり、今回もそういうことなのだろう。
師匠の語ったその家のいわくは、以下のようなものだった。
・その家を長期で人がいない状態にはしないこと
・改築してもいいが、庭にある古い井戸には手をつけないこと
・夜に何が起きても無視すること
うーん、具体的にどういう心霊現象が起きているのかが想像しにくい。
師匠にそう告げると、
「依頼人も人から譲り受けた物件だから、詳しくは知らないそうだ。
ただ、毎晩家の外で何かがうろつく物音がするんだと」との答えが返ってきた。
よくもまぁそんな怪しい物件を譲り受けるものだ。世の中には変な人間もいたものだ。
「要は依頼人が留守にするあいだ、家に住んでくれって話だ。楽勝だろ?」
「ええ、まぁ」
少なくとも依頼人が生きているのだから、命に害はなさそうだし。
「それと、あわよくば夜に起こる現象も探ってほしいそうだ」
師匠がニヤリと笑う。
それを解明できれば別報酬も貰えるそうで、師匠はやる気満々だ。
「期間はどれくらいなんですか?」
「あれ? 言ってなかったか?」
師匠が人差し指を立てて、一週間だ、と言う。
(それって、師匠と一週間も同じ屋根の下で暮らせるってことじゃないか!!)
ふたりの関係を前に進めるチャンスだと、僕も心の中でガッツポーズを取る。
アバンチュールで刺激的な夏の香りが、この先に待ち受けているであろう恐怖を上書きする。
師匠とふたりなら、どんな暗闇も歩いて行ける。
僕はそう信じている。
師匠とふたりなら……。
「あれ、絶対ヤバいやつですって!!!!」
その夜、僕は絶叫していた。