ギフテッドAnother   作:龍翠

10 / 15
長めです。並の倍程度。


第九話

 

 時の庭園の最奥とも言える場所。大きなカプセルのある部屋にシュウは案内されていた。カプセルに収まっているのはフェイトによく似た女の子だ。この子がアリシアという少女なのだろう。事故で死んでしまったプレシアの実の娘だ。

「パスト、だったわね」

 プレシアがシュウを見つめながら聞いてくる。シュウが頷くのと同時、声が聞こえてきた。

『ちゃんといるよ。何を聞きたいんだい?』

「……ずいぶんと協力的ね」

 プレシアが疑わしげに目を細めると、パストが笑う気配が伝わってくる。

『ギブアンドテイク、だね。こちらも見返りを求める以上、あたしが答えられることは何でも答えてあげるよ』

 パストの言葉にプレシアがわずかに首を傾げた。シュウが補足として説明する。

「僕たちがもとの世界に帰るための方法です。少しでも手がかりが手に入ればと思って……」

「なるほどね……。私ももう少し調べておくわ。それよりも」

 まっすぐと睨み付けてくるように見つめてくる。シュウは引きつった笑いを浮かべながらも、プレシアの言葉を待つ。やがて口を開いたプレシアの問いは、ある意味では予想できたものだった。

「この子を、ギフテッドの力で生き返らせることは可能かしら」

 プレシアが示すのは目の前にある、アリシアが収まったカプセルだ。シュウがそれを見つめていると、パストの声が届く。どこか申し訳なさそうな声で、

『無理だね』

 そんな短い言葉だった。これにはシュウだけでなくプレシアも驚いたようで、何故、と声を震わせながら聞いてきた。

『シュウから聞いてないかな。ギフテッドは無から有を生み出すことはできない。人の命も例外じゃないよ』

「もちろん聞いているわ。でもここには体がある。それではだめなの?」

 納得いかないといった様子でプレシアが食い下がる。だがそんなプレシアに突きつけられたのは、残酷な言葉だった。

『体の話じゃないよ。いわゆる魂の話だ。空っぽな体しかないのに、生き返らせることなんてできないよ』

 プレシアが大きく目を見開き絶句する。無言で立ち尽くす姿はとてもではないが見ていられない。思わずシュウが顔を背けると、やがてプレシアが笑い始めた。最初は小さく、そして徐々に大きく、狂ったように。

「やはりアルハザードへ行くしかないようね……。他の方法を探すことそのものが間違いだった……。そうよ、アルハザードに行けば……」

 プレシアがカプセルへと歩み寄り、それに触れる。その表情は真剣そのものだ。

『行ったところで無駄だと思うがねえ……』

 パストのつぶやきが聞こえたのだろう、プレシアが勢いよく振り返った。目を細め、冷たい瞳でシュウを睨み付ける。一言も発していないシュウとしてはそんな瞳を向けられるのは心外なのだが、自分の中にパストがいる以上、受け入れるしかない。

「まるで行ったことがあるような口ぶりね」

『さてね……。どうだったかな? 気が遠くなるほど長い時間を旅しているからね』

 プレシアがゆっくりとシュウへと近づいてくる。逃げたい衝動に耐えながらシュウはじっと立ち続ける。やがてプレシアが目の前に立つと、言った。

「答えなさい。アルハザードに行ったの? その方法は?」

 その問いに対する答えは、無言。パストは何も答えず、ただ黙っている。プレシアも退く気はないのだろう、静かにパストの言葉を待っている。やがて、パストが大きなため息をついた。

『一つ聞くけど』

「なにかしら」

『もしここであたしがアルハザードなんてないって言ったら、あんたは信じるのかい?』

「……っ!」

 プレシアが目を見開き、押し黙る。パストが続ける。

『それと同じだね。あんたの計画では、簡単な方法ではないんだろう? そんな計画に、あたしみたいな曖昧な存在の言葉を、意見を取り入れるのかい?』

「…………」

 プレシアは黙ったまま、静かに首を振った。きびすを返し、カプセルの側へと戻る。それを見つめるプレシアの表情は、焦燥感はあるものの優しい表情だ。フェイトに向けるものとは真逆のものだ。

 シュウはその様子をしばらく見つめ、やがて心の内で決心する。それを感じ取ったパストが、仕方がないねと苦笑した。反論はなかったので反対されているわけではないと判断して、シュウはプレシアへと口を開いた。

「プレシアさん」

 プレシアがゆっくりと振り返る。再び冷たい表情になっていた。

「僕からの要求ですけど」

「こちらが得られるものはなかったのだけれど。まあいいわ。少しだけでも調べて……」

「必要ありません」

 プレシアが怪訝そうに眉をひそめた。シュウが続ける。

「帰る方法は自分たちでどうにかします。その代わりに、一つお願いが」

「……何かしら」

「一日だけでも構いません。フェイトと一緒に過ごしてあげてください」

 シュウの言葉にプレシアが一瞬だけ驚き。次いで鼻で笑う。愚か者を見るかのように。

「ずいぶんとあの人形にご執心ね……」

「人形とは言ってほしくないですね。フェイトが人形なら、そこの子はどうなるんですか」

「……何が言いたいの?」

 怒気すら超えて、殺気すら感じられる声色。恐怖に身がすくみそうになるのを必死に堪え、シュウは気丈にもプレシアを睨み付けた。怒っているのはプレシアだけではない。友人を人形呼ばわりされて平気なほど、シュウは薄情な人間ではない。

「貴方はアリシアを蘇らせるためにフェイトを生んだ技術を使ったと聞いています。その技術で生まれたフェイトが人形なら、貴方の目的がそれで達していた場合、アリシアもただの人形と言えるんですか?」

 プレシアが息を呑み、目を見開く。次いで表情が憤怒に染まり、杖をシュウへと向けてきた。

「知ったような口をきかないで。あの子はアリシアの足下にも及ばない、代替品にすらならない失敗作。だから人形なのよ」

「アリシアとは別人なんですから代替品も何もないと思いますけどね」

 まあいいです、とシュウは吐き捨てるように言った。プレシアは未だ杖を向けたまま、シュウを睨み付けている。

「フェイトと一日、一緒に過ごしてください。その代わり、僕から提供するものがあります」

「期待はできないけど聞いてあげるわ」

「古代に作られたギフテッドから教わったデバイスの知識です。管理局の技術よりもずっと高度だと思いますよ」

 それを聞いたプレシアは、少しだけ驚いたように目を丸くして、すぐに口角を持ち上げた。おもしろいわね、とつぶやき、杖を軽く振ることで先を促してくる。

「貴方ならその知識からでも、他のことに活かせるのでは?」

 そこで言葉を切る。プレシアは何も言わない。お互いに無言のまま、視線だけを交錯させる。睨み合うようにそうしていたが、やがてプレシアが小さくため息をついた。

「一日だけでいいのね?」

 その言葉にシュウは顔を綻ばせる。笑顔で、はい、と頷くと、プレシアは苦虫を嚙み潰したような表情になった。分かったわ、ときびすを返しながら答えてくる。

「今晩フェイトに連絡を入れて呼び戻すわ。明日一日フェイトと過ごす。それでいいわね?」

「はい。あ、冷たい態度は取らないでくださいね」

「……善処するわ」

 シュウは満足そうに頷くと、ありがとうございますとその部屋を後にする。背後からプレシアが重たいため息をつき、さらにパストが忍び笑いをしている気配が伝わってきたが、シュウはそれら一切を無視した。

 

 

「え……? 今から、ですか?」

 突然の母親からの通信に、フェイトはぽかんと口を開いて呆けてしまった。隣では、アルフが警戒心を露わにした表情を浮かべている。

『ええ、そうよ。たまには休みも必要でしょう。一度戻ってきなさい』

 その言葉をゆっくりと理解して、フェイトの表情が嬉しそうに輝いた。はい、と元気よく返事をする。

「分かりました、母さん! 今すぐ戻ります!」

 そうして通信を終えて、フェイトはすぐに準備を始める。その様子を眺めながら、

「何を考えているんだい、あの鬼婆……」

 不信感を隠そうともせずに、そうつぶやいた。

 

 フェイトが時の庭園に戻ると、最初に自分を出迎えたのは母ではなく、最近ここに住み始めた少年、シュウだった。

「おかえり、フェイト」

 シュウがにこやかな笑顔でそう言ってくる。フェイトは内心で驚きながらも、ただいま、と返事をした。フェイト自身がほとんど地球にいるため会話そのものの回数が少なく、どうしても硬い口調になってしまう。

「プレシアさんなら研究室にいるよ」

「分かった。ありがとう」

「いえいえ。ところでちょっと地球に買い物に行きたいんだけど、アルフを借りていっていいかな?」

 え、とフェイトが困惑する。母曰く時の庭園内でのある程度の自由は保障しているらしいが、さすがに地球に連れて行くのは問題だろう。母に念話で確認を、と思ったが、それを察したのかシュウが急いで付け加える。

「本当にただの買い物! 逃げたりとかはしないよ。アルフに来てほしいのも、僕の監視をしてほしいからだし!」

「自分で自分に監視をつけるのかい。変わった奴だね」

 指名を受けているアルフが思わず苦笑を漏らす。そしてすぐに、分かったよ、と頷いた。フェイトが驚きながらもアルフに念話を送る。

『アルフ? どうして……』

『大丈夫だよ、フェイト。あたしがしっかり監視しておくから。たまには息抜きさせてあげないと、気が滅入ると思うしね』

『そうれは……そうかもしれないけど……』

 プレシアに報告するべきか、黙認するべきか。フェイトの気持ちが揺れ動く。シュウはそんなフェイトへと深く頭を下げて、

「お願い。明日のために、どうしても必要なんだ」

 プレシアさんにばれないうちに戻ってくるから。シュウの真摯な態度に、フェイトはため息をついて、分かりました、と頷いた。

 地球へと転移するアルフとシュウを見送った後、フェイトは母の研究室に急いだ。いつもと違ってプレシアから促してきた帰還命令。休みを取れ、と。その言葉が、優しさがとても嬉しく、自然と足が軽くなる。

 だが、前回の恐怖があるからか。いざ研究室の前までたどり着くと、それまでの歩みを止め、立ち尽くしてしまった。ごくり、と音を立ててつばを飲み込む。その音が伝わったわけではないのだろうが、

「早く入りなさい」

 扉の奥から声が届いて、フェイトは跳び上がるほど驚いた。一度深呼吸して、扉の取っ手に手を掛ける。

「失礼します……」

 静かに扉を開け、室内へ。プレシアは部屋の中央に立っており、入ってきたフェイトを不機嫌そうに睨み付けた。

「……っ!」

 思わず身を竦ませてしまう。もしや何かいけないことをしてしまったのか、と恐怖に体を震わせると、プレシアが小さくため息をついた。

「フェイト」

「……はい」

 母の呼びかけに、フェイトは小さいながらも返事をしてプレシアを見る。プレシアはフェイトと目が合うと、どこか気まずそうに視線を逸らした。普段と違うその反応に首を傾げてしまう。

「明日は少し出かけるわ。付き合いなさい」

「え……? あ、えっと……。分かりました」

 自分の知る限り、ここ最近は時の庭園からほとんど出ていないはずだ。その母が出かけると言う。しかも自分を連れて。嬉しくもあるが、何か大切な用事でもあるのだろうかと疑問に思ってしまう。

「用件はそれだけよ。朝に出るから用意をしておきなさい。下がってよろしい」

 それだけ言うと、プレシアはフェイトに背を向けた。困惑しながらも、フェイトは一礼してからその部屋を後にする。どこに出かけるのかも分からないまま、フェイトは自室へと戻った。

 

 

「荷物持ちまでさせて悪いね」

 地球のスーパー。外のベンチにシュウは腰掛けていた。シュウの隣には三袋の大きな買い物袋。その向こう側にアルフが座っている。アルフはシュウが買ったビーフジャーキーを機嫌良さそうに頬張っていた。

「ビーフジャーキー代は働くよ」

 アルフの言葉にシュウは苦笑する。ビーフジャーキーぐらいならもう少し買ってあげてもいいかも、と思ってしまう。

「で、いつ帰るんだい?」

 アルフの問いに、もう少し、とシュウは答えた。アルフに頼み、今は人を待っている。待っている相手は、もちろん……。

「……っ!」

 アルフが立ち上がり、身構える。その反応にシュウはごめん、と謝った。突然結界が張られたのだから、アルフの反応は正しい。

「お待たせしました、シュウ」

 そして自分たちの目の前に下りてくるのは、黒衣の魔導師。アルフがうなり声を上げ、今にも攻撃しそうな反応を見せる。黒衣の魔導師はそんなアルフを一瞥しただけで、すぐにシュウへと視線を戻した。

「アルフ。この子は大丈夫。僕の友達で敵じゃないし、僕を連れ戻しに来たわけでもないから」

 アルフの疑いの眼差しがシュウへと突き刺さる。やはりまだ信用はされていないらしい。

「すぐに用件を終わらせるから。何かあったら、僕なら攻撃していいよ」

「……まあ、いいけどさ」

 そこまで言って、ようやくアルフが構えをといた。それでも視線は油断なく目の前の人物を睨み付けている。

「ごめんね、シュテル」

 シュウは黒衣の魔導師、シュテルへと走り寄る。構いません、とシュテルは首を振った。

「どう考えても、私は不審者ですから」

「あはは……。まあ、協力的な人なら顔を隠したりはしないよね」

 そういうことです、と言いながら、シュテルが手に持っていたバスケットを差し出してきた。それを受け取り、中身を確認する。小さな箱と、どこかでもらってきたのだろう保冷剤が入っていた。

「彼女たちの好みが分からないのでショートケーキにしておきました」

「うん。ありがとう、シュテル」

 この箱の中身はショートケーキだ。プレシアにフェイトと一日付き合うように頼んだ後、急いでシュテルに連絡した。きっとプレシアは何も用意しないだろう、と考えてのことだ。

「あとは魔力を」

 シュテルがシュウの手を握る。温かいものがシュウの中に流れ込んでくる。シュウはそれをしっかりと感じて、微笑んだ。ありがとう、と口を開く。

「僕からはこれも」

 シュテルの手にメモ用紙を握らせる。シュテルは訝しげに眉をひそめたが、特に何も言わなかった。

「ではシュウ。何かあればまたいつでもご連絡ください」

「うん。了解」

 お互いに小さく手を振り、シュテルは飛行魔法で飛んでいってしまう。そうしてしばらくしてから、結界も解除された。緊張を解いたアルフがゆっくりと息を吐き出す。

「それじゃあ帰ろう。アルフ」

 シュウが笑顔でそう言うと、アルフがやっとかい、とつぶやいて歩き出した。

 

 

 翌日、早朝。

「プレシアさん! 朝ですよ!」

 プレシアの寝室で叫ぶのはシュウ。その声を聞いた途端、プレシアは飛び起きてシュウを凝視する。なぜ、こいつがここにいるのか。どうやってここに入ってきたのかと。そのプレシアの心の内を察したのか、シュウが胸を張って答える。

「鍵とかもろもろはパストが解除してくれました!」

「…………」

 最早何も言うまい。プレシアは大きくため息をつくと、ベッドから出た。手早く着替え、時間を確認する。地球ではまだ深夜とも言える時間にプレシアは眉をひそめた。

「一体どういった用かしら?」

 怒気を隠そうともせずに言うが、シュウは笑顔でそれを受け流す。

「お弁当作ろう」

「……は?」

 シュウの楽しそうな声に、プレシアは頭痛を堪えるようにこめかみを押さえた。

 

 シュウに従う必要はない。だがわざわざ不況を買ってまで拒否する必要性もない。プレシアは億劫そうにキッチンへと向かう。自分がここを最後に使ったのは何年前だろうか。おそらく荒れてしまっていることだろうと思っていたが、しっかりと掃除や整頓がされていた。

「材料はここにたくさんあるから、何でも作ってください。あとついでに僕の分も欲しいかな!」

「……厚かましいわね」

 やはり拒否して研究なりするほうが良かったかと思うが、ここまで来たのだ、プレシアは諦めて調理を始めた。

 シュウはそれを、内心で安堵しながら見守っていた。

 シュウに見守られる中、調理を進め、やがて終わる。調理と言っても大したものは作っていない。ただのサンドイッチとおにぎりだ。おにぎりはシュウの要望で、ご飯もすでに炊かれていたため仕方なく追加で作ったものだ。

「渋々のわりにはたくさん作ってますね」

「……誰のせいよ」

 はて、誰のでしょう。とぼけるシュウに、プレシアはやれやれと首を振った。手を洗っていると、扉の開く音がする。振り返ると、フェイトが入ってきたところで、二人を見て驚いたような表情をしていた。

「母さん? こんなところで何を……」

「何でもいいでしょう。それより早く支度をしてきなさい」

 冷たい声でそう言うと、フェイトが慌ててキッチンを出て行く。ふとシュウを見れば、不満げな表情をしてプレシアを見ていた。

「優しくしてあげてくださいね?」

「……善処する、と言ったはずよ」

 そう告げて、プレシアもキッチンを後にした。

 

「荷物持った? ちゃんとお弁当ある? 本とかちょっとした暇つぶしも持った?」

 プレシアとフェイトの目の前で、シュウが矢継ぎ早に聞いてくる。フェイトは戸惑っているばかりだったが、プレシアはシュウの問いに問題ない、と逐一答えていく。全ての確認を終えたのか、シュウはよし、と満足そうに頷いた。

「じゃあプレシアさん。これもついでにどうぞ」

 そう言ってシュウがバスケットを渡してくる。中を確認すると、ショートケーキが収まっていた。いつの間に、と思うが、今のシュウなら何をやっても不思議ではないとさえ思える。

「あの、母さん……。今からどこへ……?」

 フェイトがおずおずといった様子で問うと、プレシアはフェイトを一瞥して、嘆息混じりに答える。

「ただの散策よ」

「ピクニックってやつだね」

「……そうとも言うかもしれないわね」

 シュウの割り込んできた声にプレシアは小さくため息をついた。シュウに背を向け、フェイトに冷たく言い放つ。

「分かったら早くしなさい」

「あ、は、はい!」

 間抜けな表情で呆けていたフェイトは、プレシアの冷たい言葉に我に返ると、プレシアの後を追った。

 

「僕ができるのはここまでだ。がんばれ、フェイト」

 シュウのそんなつぶやきを、留守番を言い渡されていたアルフが聞いて、怪訝そうに眉をひそめていた。

 

 

 プレシアとフェイトの二人が訪れたのは、小さな草原だ。地球にある公園の一つで、シュウの生まれ故郷の公園らしい。人が大勢訪れそうなものだが、なぜか今は自分たち以外に誰もいなかった。

「…………」

「……えっと、母さん……?」

 不安そうなフェイトの声。プレシアはフェイトを一瞥しただけで何も言わない。側の木の陰に入ると、プレシアはその場に座り込む。

「せっかくだから私は休むわ。貴方は適当に遊んできなさい」

「……はい……」

 フェイトが何かを言いたそうにしていたが、結局何も言えずに一人で歩いて行ってしまう。プレシアはその後ろ姿を不愉快そうに見つめながら、目を閉じた。

 

 

 夢の中。プレシアは宙に漂い、眼下の光景を見下ろしている。すぐに夢だと理解すると同時に、夢を見るなんて久しぶりだと驚きもする。プレシアが見守るのは草原の親子。若いプレシアと、娘であるアリシアだ。

 二人のやり取り、何よりもアリシアの笑顔にプレシアは胸が締め付けられるような想いだ。早く、直接この子の声が聞きたいと強く思う。こんな夢の中の、記憶の声ではなくて。

「アリシア、何か欲しいものはある?」

 若い自分の言葉に、こんなこともあったか、と少しだけ思い出す。アリシアは何と答えていただろうか。確か、とてもではないが用意できないもの……。

「妹が欲しい!」

 アリシアの声に、プレシアが大きく目を見開いた。

 

 

 目を覚ましたプレシアは勢いよく体を起こした。いつの間に横になっていたのだろうと思いながら、自分に掛けられていた毛布を見る。一体どこから、と疑問に思うが、自分の隣を見てすぐに思い至った。

 フェイトが自分の隣で、整った寝息を立てていた。おそらく庭園まで戻って取ってきたのだろう。この子は優しい子だから。

 プレシアがゆっくりと目を細める。先ほどまで見ていた夢の内容を思い出す。不思議とはっきりと思い出すことができた。アリシアがあの時望んだものは、妹だった。

 フェイトの寝顔を見る。性格などアリシアとは全く異なっているが、顔立ちはアリシアのそれと同じだ。まるで双子であるかのように。

 ――私は……何をしているの……?

 プレシアは、ゆっくりと長いため息をついた。

 次いで自嘲する。自分に対して。自分の全てに対して。

 そして最後に、フェイトの頬に触れて、とても柔らかに微笑んだ。

 

 

「いきなり寝るとは思わなかった……」

 時の庭園で、キッチンの後片付けをしながらシュウがつぶやく。自分の中から、パストが忍び笑いを漏らす気配が伝わってきた。

『過去の夢を見せる程度なら簡単だけど、あれでよかったんだね?』

「うん。無茶言ってごめんなさい」

 これぐらいは構わないよ、とパストが笑う。シュウは、先ほど一時的に戻ってきたフェイトの姿を思い出しながら、うまくいけばいいけど、と小さくつぶやいた。

 

 

 フェイトが目を覚まして最初に見たものは、母の呆れたような表情だった。いつの間にか自分まで眠ってしまっていたことに驚き、慌てながら起き上がる。すぐにごめんなさい、と口を開こうとしたところで、

「よく眠っていたわね。疲れているの?」

 そんな言葉。自分を気遣う母の声にフェイトは一瞬間の抜けた表情をして、すぐに大丈夫です、と首を振った。

「そう。そろそろ昼食にしましょうか」

 それを聞いて、すぐに用意をしようと立ち上がろうとしたところで、

「持ちなさい」

 そんな母の言葉。そして小さな箱が渡される。フェイトがそれを受け取って中を見ると、サンドイッチとおにぎりが入っていた。

「シュウからケーキももらっているわ。後でいただきましょう」

 プレシアがバスケットを持ちながらそう言ってくる。フェイトはしばらくそれをまじまじと見つめた後、笑顔で頷いた。

 

 昼食を終えて、ケーキを食べて、二人は公園をのんびりと歩いていた。フェイトが最近のことを、地球でのことを話し、プレシアはそれに、ぎこちないながらも相づちを打つ。母が自分の話に興味を持ってくれているのが嬉しくて、フェイトは話を続けていく。

 楽しい時間というものはあっという間に過ぎるものだ。いつの間にか、辺りは夕焼けに染まっていた。そろそろ帰りましょうか、というプレシアの言葉に、フェイトが名残惜しそうにしながらも頷いた。

 時の庭園に戻り、プレシアはすぐに研究室に向かおうとする。フェイトがそれを寂しげに見つめていると、

「フェイト」

 母が振り返って、自分をしっかりと見てきた。

「二時間後に食堂に来なさい。夕食を用意しておくわ」

 一緒に食べましょう、プレシアのその言葉にフェイトは大きく目を見開き、

「はい!」

 満面の笑顔で、嬉しそうに返事をした。

 

 

「おかえりなさい、プレシアさん」

 キッチンに入ったプレシアを出迎えたのは、シュウだった。プレシアの行動を予測して先回りしていたらしい。ということは、自分の心境の変化も気づいているのだろう。もしかすると、あの頃の夢を見たのもシュウの、もしくはパストの仕業なのかもしれない。

 プレシアはシュウを一瞥すると、残っている食材を確認していく。そんなプレシアの様子を見つめながら、シュウが口を開いた。

「これからどうするんですか?」

 何を、とは言わない。こちらも聞き返さない。プレシアは余っている食材から作るものを決めて、調理を始める。それでもシュウは何も言わず、じっとプレシアの言葉を待つ。

 どれぐらいそうしていただろうか、プレシアはため息をついて、シュウに告げた。

「今まで通り、ジュエルシードを集めるわ」

 

 

 数日後。海鳴市の海の上。フェイトは結界の中で、魔力を高めていた。

 あの時の夕食は母の手作りだったらしい。それがとても嬉しくて、美味しくて。柔らかい笑顔を浮かべる母に自分の今の気持ちを、感謝の気持ちをたくさん伝えた。

 その翌日には、すでに母は普段の調子に戻っていた。冷たい声で、休みは終わり、ジュエルシードを集めてきなさいと命じられている。フェイトも、これ以上母の期待を裏切るわけにはいかないと、最後の手段に出ようとしていた。

 

 

 その様子をシュウはプレシアと共に時の庭園で見守っていた。モニターをじっと食い入るように見つめているのは、プレシアだ。フェイトに対して取っていたあの冷たい態度はどこへやら、今は心配そうにモニターを見つめている。

「プレシアさん」

 そんなプレシアに声をかける。プレシアが振り返ってシュウを見る。

「考え直しませんか?」

 シュウが問うのは先日の一件。プレシアがシュウに明かした、今後の目的について。プレシアは、くどい、とばかりに首を振った。

「私の考えは変わらないわ。ジュエルシードを集める。そして、私はアリシアと共にアルハザードへ向かう」

 そこから先の言葉は、もう言ってはくれない。今のプレシアが心に決めたことを。

「……分かりました。もう、何も言いません。貴方の決意を尊重します」

 シュウはため息交じりにそう言うと、モニターへと視線を戻した。

 

 

 シュテルは少し離れた場所でその様子を見守っていた。なのはとフェイトが同時に魔法を放ち、残りのジュエルシードを封印したところだ。なのはがフェイトへと何か言葉を投げかけている。おそらく、友達になりたいといったところか。

 なにはが口を閉じ、フェイトが口を開こうとしたところで、

「……っ」

 シュテルは思わず顔をしかめていた。感じるのは大きな魔力。その魔力が雷となってなのはたちを襲う。二人を引き離すかのように、二人の真ん中へと落ちる。

「フェイトちゃん!」

 なのはの叫びが聞こえてくる。フェイトは直撃は免れたものの、その衝撃で気を失ってしまったらしい。海へと落ちていくところで、

「フェイト!」

 アルフがそれを助け出した。それを見たなのはがほっと安堵のため息をつく。

 自身も魔力の制御が乱れたのか、海へと落ちていっているというのに。

「……人の心配をしている場合ですか」

 そのなのはの体をシュテルは受け止めた。わ、となのはが驚きの声を上げ、すぐにシュテルの姿を認めて恥ずかしそうに微笑む。

「来てくれると思ったから」

「……来なければよかったと思いました」

 シュテルが小さくため息をつく。

 その直後に何かがぶつかり合う大きな音。見ると、ジュエルシードに手を伸ばしたアルフをクロノが止めていたところだった。アルフが怒りの声を上げ、クロノをはじき飛ばす。

「クロノくん!」

 なのはの叫びに応えるかのようにクロノは体勢を立て直し、その手を掲げてみせる。ジュエルシードが三個、しっかりと保持されていた。アルフの目の前に残されたのは二つだけだ。

 確か聞いた話では、三個ずつの六個だったはずだ。それを考えて、しかしシュテルはすぐに否定した。そのうちの一つは自分がすでに回収してしまっていたはずだ。

 アルフが怒りの声を上げ、そしてフェイトを連れてその場を離脱する。

「エイミィ! 追跡は……!」

「だめ! さっきの雷でこっちのシステムが……!」

 くそ、とクロノが悪態をつく。なのははシュテルの腕の中で、フェイトたちが去った方向をじっと見守っていた。

 

 シュテルだけはいつもの無表情で空を仰ぎ、ただ小さくため息をついていた。

 




ご都合展開の始まりだー!
……ごめんなさい。

誤字脱字の報告、感想などいただければ嬉しいです。
ではでは。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。