……ご都合通り越して無理矢理進ませた感がすごいです……。
アースラの食堂で、シュテルは食事を取っていた。なのはとフェイトが海上でぶつかってから、まだ数時間程度しか経っていない。今頃、なのはたちはリンディからお叱りを受けていることだろう。
あの後、シュテルはリンディとクロノから頭を下げられ、アースラへと来ていた。来る時の条件として提示したのは、好きな時に帰還できるようにすること。クロノは渋っていたようだったが、なのはを助けた直後ということもあり、リンディがそれで構わないと許しを与えてくれた。
アースラに来てすぐにブリッジへと案内されたのだが、なのはさんたちとお話があるから、とシュテルは待機となった。乗組員に食堂へと連れてこられている。せっかくなので食事を取らせてもらっていた。
「シュテル!」
食べ終わったところで、なのはの声が聞こえた。出入り口の方を見ると、なのはが嬉しそうに手を振っていた。その隣にはユーノがいて、そしてやはりリンディとクロノがいる。リンディは柔和な笑顔を浮かべているが、クロノは油断無くこちらの様子をうかがっていた。
「お待たせしました。それではお話を聞いてもいいかしら」
四人がシュテルの対面に立ち、リンディがそう切り出した。シュテルは少し考え、頷く。
「応えられる範囲でよろしければ」
「ええ、今回はそれで構わないわ」
リンディは頷くと、シュテルの真向かいに座った。クロノがその隣に座り、なのはは迷った結果、シュテルの隣へとやってくる。視線で問うてくるなのはに、シュテルはいすを引いてあげることで答えた。なのはが嬉しそうにそのいすへ座る。ユーノはさらにその隣だ。
「まずはお名前を聞かせてもらえる?」
リンディの最初に問いに、シュテルは簡潔に答える。シュテルです、と。
「ジュエルシードを集めることはしていないようだけど、この世界にはどういった目的で来たの?」
「言えません」
次の問いに、シュテルははっきりとそう告げた。もとより、この世界に来た目的などない。ただの事故なのだから。
リンディはその答えを聞いて、困ったように眉尻を下げた笑みを見せる。シュテル自身のことに関する質問はだめだと即座に察したのか、次の質問はまた違ったものだった。
「貴方は今回の件について、何か知っているのかしら」
予想外の問いにシュテルが怪訝そうに眉をひそめた。少し考え、口を開く。
「全てではありませんが、少しだけなら」
「本当に? それを教えてもらうことは?」
「できません」
シュテルの即答に、リンディは一瞬言葉に詰まるが、仕方ないわねと追求はされなかった。少しぐらい協力してもいいのかもしれないが、その結果としてプレシア側で何かしら動いているらしいシュウの邪魔になっては合わせる顔がなくなる。そのため、シュテルは今のところは協力するつもりはない。
その意思が伝わったのかは分からないが、クロノが眉をひそめながら口を開いた。
「何も答えるつもりがないなら、どうしてここに来たんだ?」
「貴方たちに呼ばれたため、ですが」
そう答えたシュテルに、クロノが難しい表情を見せ、リンディは苦笑した。
本当は少しだけなら目的がある。それはリンディたちと面識を持っておくことだ。ディアーチェは関わり合いになりたくないと考えているようだが、利用さえできれば管理局という存在は大きい。面識を持っておく程度なら構わないだろう。
無論そんな理由をリンディたちに話せるわけがない。シュテルはいつもの無表情で、質問をかわしていくだけだ。
「それじゃあ最後にもう一つ、聞いていい?」
リンディの言葉にシュテルが頷くと、
「この先、いずれ貴方の……貴方たちのことを話してもらうことはできる?」
シュテルがわずかに目を見開く。管理局はもとより、なのはたちにすらディアーチェやシュウといった家族のことは話していない。だがリンディの言い方は、こちらに幾人かの仲間がいると分かっているような口振りだ。
――ブラフかもしれませんが、まあ、いいでしょう。
「そうですね。いずれ必ず、とだけ言っておきます」
「それで構わないわ。ありがとう」
そう言って、リンディが微笑む。ジュエルシードの件だけでも大変だろうに、と思いながらも表情には出さずにシュテルは席を立った。帰ろうとしていることを察したのだろう、クロノが送ろう、と続いて席を立つ。
「お話ありがとう、シュテルさん」
リンディの笑顔にシュテルは頭を下げて、アースラを後にした。
時の庭園。鞭を振るう音と少女の悲鳴が響き渡る。その部屋の扉をシュウは沈痛な表情で見つめていた。扉の脇にはアルフがいて、耳を押さえてうずくまっている。
「なんで……。なんで、こんな……!」
アルフの言葉にシュウは何も返せない。現在のプレシアの目的も知っているが、まさかここまでするとは思わなかった。鞭を振るっているプレシアは何を思っているのだろうか。
考えても分かるはずもなく。シュウは小さくため息をつくと、その場を離れた。この悲鳴が聞こえないところへと。
自室で少し時間を潰し、例の部屋へと戻る。すでに鞭の音も悲鳴も聞こえなくなっており、アルフもそこにはいなかった。フェイトの介抱でもしているのだろう。そう考えていると、その部屋の扉が開かれた。出てきたのはフェイトで、シュウに気がつくと虚ろな瞳でシュウを映す。
「アルフは……?」
一緒だと思っていたのだが。おそるおそる聞いてみると、フェイトは無言で首を振ってシュウの前から歩き去った。その背中はとても寂しげで、悲しげで……。声をかけることはできなかった。
シュウがプレシアの部屋を訪ねると、プレシアは空中に映し出される映像を食い入るように見つめていた。それを後ろからのぞき込むと、映像はアルフの姿を映していた。アルフの側にはアリサの姿がある。アリサはすぐにアルフを保護し、車へと戻っていった。
「シュウ。あの子のことは知っていて?」
プレシアの問いに、シュウが頷いて答える。
「アリサですね。犬好きの……友達、です。魔法とは無関係なので、アルフのことを大型犬と思って保護したんだと思いますよ」
シュウの答えに、プレシアが安堵のため息を漏らした。それなら大丈夫そうね、というつぶやきも聞こえてくる。
「あの子にはアルフが必要でしょう。ここで失うわけにはいかないわ」
「そう思うなら、追い出さなければいいのに……」
シュウが攻めるような口調でそう言うと、プレシアは苦笑して首を振った。それでは足りない、と。それを聞いたシュウはため息をつきながらも、それ以上は何も言わなかった。
シュテルはビルの屋上でおにぎりを食べながら、空を仰ぎ見て煩わしそうに顔をしかめた。そこには、管理局が放ったのだろうサーチャーがある。無論不可視のものではあるが、その魔力はしっかりと感じ取ることができる。もっとも、極微弱なものではあるが。
このサーチャーは、先日アースラから戻ってきた時にはすでにあったものだ。リンディが指示したものか、クロノの魔法か、それとも他の誰かの独断か。それは分からないが、監視されている限り拠点に戻ることはできない。ディアーチェに念話でそのことを伝えると、少し心配されているようだった。
思考の海に沈んでいると、不意に携帯電話が震え始めた。誰が、と思いながらも表示されている名前を確認する。なのはからだ。少し驚きながらも、シュテルは電話に出た。
「はい。どうかしましたか、ナノハ」
そう声を発すると、ナノハの嬉しそうな声が返ってくる。
『シュテル! ごめんね、ちょっと電話してみただけ』
「構いませんが……。今はどちらに?」
『学校。今はお昼休みで、アリサちゃんとすずかちゃんと一緒にお弁当を食べてるよ』
シュテルの表情が思わずわずかに引きつった。なぜこの少女は、魔法を知らない一般人がいるところで自分に電話をかけてきたのか。シュテルは頭痛を堪えるように額に手を当て、長いため息をついた。・
それが聞こえたのだろう、なのはが慌てるように言う。
「あ、今は私一人だよ。その……ちょっとおトイレに……」
「ああ……。なるほど」
どうやらなのはは今は一人らしい。そのことに安堵しつつ、言う。
「では早めに戻った方がよさそうですね。ナノハ、何かあるのでしたら、どうぞ」
『ふえっ! え、えっと……。その……』
なのはが言葉に詰まり、シュテルはなるほどと得心したように頷いた。どうやら本当に何も用件がなかったらしい。シュテルは、仕方のない子ですね、とため息交じりにつぶやく。それが聞こえてしまったのか、ごめんね、というなのはのか細い声が届いてきた。
「責めているわけではありません。お気になさらずに」
『うん……』
「……私も貴方の元気な声が聞けて良かったと思っていますから」
シュテルのその声を聞いた途端、電話の相手が元気になったような、そんな気配が伝わってきた。
「そろそろ戻らないとご学友が心配されるでしょう。切りますよ」
『うん……。ありがとう、シュテル!』
元気良くお礼を言ってくる。少し会話をしただけなのだが、と思うが、もしかすると何か思うところがあったのかもしれない。ならばもう少し相手をしてあげるべきだっただろうか。
そこまで考えて、そう言えば、と思い出す。なのはが一時帰宅をしているのなら、もうすぐフェイトとの決戦が待っている。本人ももしかすると、無意識にそれを気にしているのかもしれない。
「ナノハ」
呼びかけると、うん、と短い返事が返ってくる。シュテルはしばらく言葉に迷っていたが、やがて短い言葉を告げた。
「私はいつでも貴方の味方です。応援していますので、がんばってください」
自分らしくないと思いつつも、そう言い終える。相手の反応を知りたくなく、シュテルはそれだけ言い終えると早々に電話を切ってしまった。
早朝。なのはは自宅を出ると、そのまま走り出した。共に行くのは魔法と出会うきっかけになった少年、ユーノ。途中で合流するのは、これから戦うであろう少女の使い魔、アルフ。
そして彼女を見守っているであろう、黒衣の魔導師、シュテル。いつものことながら姿は見えないが、この近くに『いる』ということだけは分かる。魔力を感知しているわけでもなく、漠然とそう思うだけだ。それが正しいのかは分からないが、なのはは間違いないと思っている。
そして、たどり着くのは臨海公園。なのはが呼ぶと、フェイトがその姿を現した。
「始めよう、最初で最後の、本気の勝負!」
なのはの声が届く。シュテルは離れた建物の屋上で、彼女たちの姿を見つめていた。なのはたちからかなり距離を取っており、なのはの声はサーチャーが拾ったものだ。距離を取り過ぎかとも思うが、記憶が確かならばなのははここであの魔法を使うはずだ。用心に越したことはない。
シュテルはただただ静かに、始まったなのはとフェイトの勝負を見守っていた。
軽い足音が室内に響く。その足音は自分の側まで来ると、立ち止まって聞こえなくなった。足音の主が自分の横から、モニターに映し出される映像を興味深そうにのぞき込む。
「そんなに遠慮しなくても、見せてあげるわ」
プレシアがそう言って体を横にずらすと、シュウは苦笑して短く礼を言った。
映像に映し出されるのはなのはとフェイトの二人の少女。彼女たちの勝負は、まだ始まったばかりだ。なのはが放つ魔法が、ビル群を貫いていく。
「これって、危険じゃないんですか?」
その光景にシュウの頬が引きつっていた。その問いにプレシアは内心で驚きつつも、頷いて淡々と答える。
「二人とも非殺傷設定だから、魔法で怪我をすることはないでしょう」
「な、なんだか含みのある言い方ですね……」
「少なくない衝撃は当然あるわ。それで気を失ったりして地面に落ちたりした場合は、危険ね」
さらりとそう言うと、シュウが蒼白になる。予想通りの反応ではある。
「止めなくていいんですか?」
プレシアは、どうして? と聞き返し、続ける。
「貴方の記憶では、二人とも無事なのでしょう?」
「…………」
シュウがわずかに目を見開き、渋々といった様子で頷いた。教えなければ良かった、とシュウが小声でつぶやくが、聞こえなかった振りをする。
プレシアはシュウから今回の騒動の結末を聞いている。この勝負がどうなるかも、そして最後に、自分がどうなるかも。
「ふふ……」
娘の勝負を見守りながら、プレシアは柔らかく微笑んだ。
それはまさしく、娘を見守る母の笑顔だった。
今のうちにもう一度言っておきましょう。
誰も救いません。文字通りの意味。
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ではでは。