フェイトはアースラであてがわれた部屋で、ベッドに座って思考を巡らせていた。思い出すのは母親のこと。母が最後にかけてくれた、あの優しい言葉。少しだけ見ることのできた、優しい微笑み。
「母さん……」
母の真意は分からない。今となっては知る術もなく、このことに関して自分はずっと考え続けていくのかもしれない。母がどういった想いで自分にあの言葉をかけたのか、どうしても知りたいのだが。
思考の海に沈んでいたので、その転移反応に気づくのに遅れてしまった。
「……えっ」
フェイトの目の前で、突然人が現れた。少年と少女が一人ずつで、少年の方は時の庭園で何度か顔を合わせている。
「シュウ?」
フェイトが呼ぶと、シュウはフェイトを見て、安堵のため息をついて照れくさそうに笑った。
「こんにちは、フェイト。お届け物だよ」
そう言いながら、シュウは折り畳まれた便箋を差し出してきた。フェイトは首を傾げながらそれを受け取る。シュウへと視線を向けると、シュウが笑顔で続ける。
「プレシアさんから」
フェイトが大きく目を見開いた。慌てて紙を開き、中の文章を読む。
そこには、今までの行いに対する謝罪と、これまでの簡単な経緯が書き記されていた。そして、何故虚数空間に落ちたのかも。
プレシアは違法な研究に手を出していた。管理局に調べられればそのことが露見し、大きな罪に問われるだろう。そしてそれに荷担していたフェイトも同様に見られる可能性がある。フェイト自身にも管理外世界への無断渡航という罪があるのだから。
それら全ての罪を被るために、プレシアは今回の選択をした。フェイトを強制的に従わせているとして、それを管理局に認識させ、さらにフェイトを突き放す。そうしてフェイトの罪を自分が受け持ったところで、その自分は研究を信じて、狂人として虚数空間に落ちる。真実は闇の中に葬られ、フェイトの罪は限りなく無に近くなるだろう。
これが、プレシアが選択したことだった。
「罪なんて……良かったのに……」
フェイトがぽつりと言葉を漏らす。手紙に涙を零しながら。
「私は、母さんと一緒にいたかった……!」
フェイトは手紙を抱きしめると、声を殺して静かに泣いた。
どれぐらいそうしていただろうか。涙を拭いて顔を上げると、困ったような表情をしているシュウと、呆れた表情の少女が立っているままだった。
「一応、最後まで読んでね」
言われ、フェイトは便箋に視線を戻す。便箋の最後、短い文章が残されていた。
『今まで貴方を縛り付けてごめんなさい。これからは、自分のために時間を使いなさい。愛しているわ。私のかわいいフェイト』
また泣き始めたフェイトを、シュウは黙って見守っていた。隣ではディアーチェが扉の方を警戒している。この部屋を映すカメラには先に細工を仕掛けダミー映像を流しているが、さすがに管理局の人間に目視されると誤魔化しようがない。ディアーチェはすでに帰るための転移魔法の準備も終えている。
やがてフェイトが落ち着きを取り戻したので、シュウはフェイトに渡した便箋を素早く回収した。驚くフェイトに、シュウは落ち着いた声で告げる。
「裁判はまだこれから、だよね」
突然その話かと怪訝そうにしながらもフェイトが頷く。シュウはそれを確認して、言葉を続けた。
「プレシアさんは自分が罪を背負うことを選んだ。彼女の遺志、尊重してあげてね。裁判で余計なことは言わないように」
それを聞いたフェイトは、反論をするべく口を開こうとしたが、すぐに何か思うところがあったのか、口を引き結ぶ。
「この手紙だけど、裁判が終わるまでは預かっておくね。必ず、返しにくるから」
「うん……。分かった。シュウを、信じる」
今度はしっかりと頷いたフェイトにシュウは満足そうに微笑んだ。きびすを返し、ディアーチェの元へ。そう言えば、とフェイトが口を開いたが、先にディアーチェの転移魔法が起動して目の前からフェイトが、アースラの景色が消え失せた。次に見えたのは、プレシアが遺してくれた離れの部屋だ。
「ありがとう、ディアーチェ」
「気にするな。この離れの礼だからな」
では調べ物の続きをするとしよう。ディアーチェはそう言うと、一階へと向かってしまう。シュウはプレシアの便箋を大切にしまい込むと、ディアーチェの背を慌てて追った。
夢か現か幻か。
プレシアは、誰もいない、生き物の気配すらしない大地にぽつんと一人で立っていた。ここはどこだと周囲を確認するが、建物もなければ人もいない。まさに、死の大地。ふとプレシアが背後を振り返ると、娘、アリシアの遺体が横たわっていた。彼女の体が収められていたカプセルは見当たらない。
プレシアはアリシアの遺体をゆっくり背負うと、どこか街がないかと歩き始める。そんな彼女に声がかけられた。
『無事にたどり着いたかな?』
聞き覚えのある女の声。プレシアが振り返ると、小さな光球が少し離れて浮かんでいた。声からこの光球の先にいるのが誰かを察して、口を開く。
「これは貴方の仕業かしら? パスト」
もちろん、とパストが笑う。余計なことを、と思うが、プレシアはそれ以上何も言わない。ただ静かに、パストの言葉を待つ。
『子供のために全てを捧げた、文字通り命すらも捧げたあんたに敬意を表して、ギフテッドの力で導いてあげたよ。あんたがここで何を成すか、あんた次第だ』
ようこそ、アルハザードへ。
プレシアが大きく目を見開く。パストがくつくつと楽しげに嗤う。
『ただし忘れないことだね。ここは虚数空間のど真ん中。当然、ほとんどの魔法は使えない。故にここから先の保証は何もない。だから、何を成すか、ではないね。何を、何かを成せるのか。楽しみにしているよ、プレシア・テスタロッサ』
残念限界だ、とパストは最後にそう言うと、光球は音もなく消滅した。喋る者がいなくなり、静かな世界にプレシアは一人取り残された。背負っているアリシアを一撫でして、プレシアはきびすを返した。
パストがどのようにしてここまで声を飛ばしてきたのかは分からないが、ここがアルハザードというのは真実なのだろう。ならば、今まで自分が求めてきたものがここにあるかもしれない。その期待を胸に秘め、プレシアはその世界での一歩を踏み出した。心の中で、もう一人の愛娘に別れを告げて。
その後の彼女を、彼女たちを知る者は、誰もいない。
それは夢か現か幻か……。
これにて無印編は終わりです。
プレシアさんのその後は皆様のご想像にお任せするということで。
都合のいい誰かの夢かもしれませんし、本当にアルハザードに行ったのかもしれませんし……。
次回からはA's編までの空白期……の予定……。
実は全くの手つかずです。一切何も書いていません。
いずれ書きたいなとは思いますが、しばらくは別のものを書きたいのですよー。
なので、明日にでも未完扱いにしておきます。いずれ必ず書きますよー!
誰も待たないとは思いますけども!
1年以内に更新できれば……いいなあ……。
誤字脱字の報告、感想などいただければ嬉しいです。
ではでは。