今回はちょっと長め、なのです。
次回からは本編?と区別して、こちらは0時に予約、なのです。
海鳴市のとある公園の隅、木のテーブルといすのある休憩スペースにて、五人は揃って難しい顔をしていた。レヴィですら黙り込んで沈黙を守っている。
「まずは状況を……もう一度、整理だ」
ディアーチェの言葉に頷く四人。ディアーチェが続ける。
「我はリビングで昼寝をしていた。貴様らも同じだな?」
「はい。私の知る限りでは、誰かが起きて出かけたということもないはずです」
「そのはずなのに、起きたらこんなところにいましたね」
どういうことでしょう? とユーリが首を傾げる。その問いに答えられる者は誰もいない。
「何かあったのかとオリジナルに念話を送ってみたけど、繋がらなかったね」
「ナノハには伝わったようですが、どうやら空耳として受け取られたようです」
用事で返事ができない、などは今までもあったが、ああいった反応、変な声が聞こえる、という反応は初めてだった。まるで念話のことを知らないかのような反応だ。そのことに不思議に思っているところにもたらされたのが、ユーリがコンビニで見てきたという新聞の日付だ。
「新聞を信じれば、ここは我らがいた時間の二年前、ということになる。つまり……」
「私たちは過去の世界にいる、ということですね」
簡単には信じられませんが、と付け加え、全くだとディアーチェが同意を示した。
自分たちが過去の世界にいる。その仮定でもって周囲を調べると、それで間違いないように思えることばかりだった。なのはは未だ魔法を知らず、フェイトはこの周辺に来てすらいないらしい。アースラとも連絡は取れなかった。
自分たちの置かれている状況は朧気ながら理解できた。だが、なぜこうなったかの理由が分からない。帰り方も当然分からない。だが、発端となっていそうなものは分かる。四人は同時にシュウを見る。シュウは目を閉じ、じっと静かに座っていた。
四人が見守る中、シュウが目を開ける。シュテルと視線が合い、すぐに力なく首を振った。
「だめだ、やっぱりまだ寝てるみたいだよ」
「そうですか……」
シュウの中に存在する願いを叶えるロストロギア。リビングで言った自身の言葉、直接見ることができれば一番良い、というもの。シュウの中のロストロギアがその言葉に反応した、と五人の見解は一致している。真実はどうなのかとギフテッドの力を管理している存在に聞いてみようと思ったが、一切反応がないままだ。どうやらこのことに関してはもう少し独力で調べなければならないらしい。
「では、次の話だ」
ディアーチェがそう切り出すと、全員がディアーチェの方へと視線を送る。四人の視線を受けて、ディアーチェはさらに表情を険しくした。
「……今後の生活をどうするかだ」
今の自分たちには身分を示すものが何一つない。リンディたちアースラの者も来ていないので嘱託魔導師として活動するということもできない。せめてもの救いは、服のポケットに入れていた財布も一緒に持ち込めたことだろうか。
確認だ、とディアーチェが財布を取り出し、意図を察したシュテルとシュウが自分の財布を取り出す。レヴィとユーリは持っていなかったのでその三人の様子を黙って見守っていた。
「三人合わせて三万と少し、か」
「意外と多いと思っちゃうけど、これで生活となると心許ないね」
「うむ……。仕方ない、働くか」
え、とシュウが目を丸くする。レヴィとユーリも驚いたようにディアーチェをまじまじと見つめていた。それほど意外か、とディアーチェが苦笑する。シュテルだけはその言葉を予想していたのか、一度頷いただけだった。
「年齢を誤魔化す程度なら、簡単な変身魔法で事足ります。働くことそのものは可能ですよ」
「そ、そうなの? でも、ディアーチェが働くのか……。へえ……」
「待て、どういう意味だそれは」
目くじらを立てるディアーチェと視線を逸らすシュウ。話題を逸らすためにすぐに声を上げた。
「じゃあ、みんなは働くんだね。……僕はどうしよう?」
「ああ、それについてだが……」
この世界にシュウはいないのか。
ディアーチェの言葉に、シュウがぽかんと口を開けた。何を言っているのか、と言おうとして、すぐに言いたいことを理解する。この世界の、過去のシュウはいるのか、と。
「我らはこの時間はまだ闇の書の中だ。だがシュウ、貴様は違うだろう」
「そうだね……。明日、ちょっと学校に行ってみるよ」
「その方がいいでしょうね。ですがシュウ、鉢合わせはしないようにしてください。何が起こるか分かりません」
シュテルの言葉に、シュウは真剣な表情で頷いた。タイムパラドックス、というものが起こるかもしれない。その結果はどうなるかは分からないが。
「シュウのことだけでもありませんね。私たちという異分子がいる以上、歴史通りに時間が進むかも分かりません」
「ああ、確かにな……」
唸るように何事かを考え始めるディアーチェ。他四人が黙ってディアーチェの言葉を待っていると、やがて、よし決めた、とディアーチェが顔を上げた。そして明日からの予定が割り振られていく。
ディアーチェは職探し、レヴィは海鳴市以外での情報収集、ユーリは海鳴市での情報収集だ。シュウは学校を見に行くことになった。そしてシュテルは、監視役だ。
「いつジュエルシードというものが落ちてくるかは分からんが、我らの存在によって何があるか分からん。シュテル、すまぬが事件の監視を頼む」
「はい。分かりました」
ディアーチェの指示に、シュテルは静かに頷いていた。
その日の晩は小さな結界を張り、かつ五人で見張りを交代しつつ公園で就寝した。
翌日の早朝から五人はそれぞれ行動を始める。ディアーチェは変身魔法を用いて出かけていき、レヴィは隣町の、ユーリは海鳴市の図書館へ向かう。シュテルはジュエルシードが落ちてくる日付を知らないため、姿を隠しながら上空から静かに周囲を警戒していた。
そしてシュウは、学校へ向かう。自分が使う校門が見える場所で、人の流れを見続ける。ここで待っていれば、いずれこの時代のシュウも通るはずだ。
人の流れが増え始め、学生たちが校門を通っていく。なのはの姿も確認できたが、それも黙って見送った。
さらに時間が過ぎ、一時間目の時間となったところで、シュウは小さくため息をついてその場を後にした。結局、自分の姿は確認できていない。ならば次に向かうべきは、自分が住んでいたアパートだ。鉢合わせを危惧して避けていたのだが、直接見に行った方が早いだろう。
「……さすがに予想外だね」
アパートがあるべき場所へとたどり着き、シュウは思わず苦笑した。そこは何もない空き地になっていた。アパートどころか、本当に何もない。少し広めの空き地がそこにはあり、売り地、という看板も立っている。
「この世界に、僕はいないのかな?」
ならばこの世界は、単純に過去の世界、というわけでもないのだろう。似て非なる世界、一種のパラレルワールドと取るべきか。そこまで考えたところで、シュウは失笑を漏らした。今ここで考えても仕方がない、と。
「暇になったね……。散歩でも、しようかな?」
シュウは欠伸をしつつ、その場を後にした。
夜。シュテルはその小動物を見下ろしていた。赤い宝石を首から提げた、フェレットのような動物だ。地面に倒れ伏し、ぐったりとしている。
「助けるべきでは……ないのでしょうね……」
わずかに逡巡しつつも、シュテルは周囲を警戒しながらその場から静かに下がる。だが、さすがに完全に放置しようとも思えず、シュテルはフェレットに見つからない場所で見守り続けることにした。
最初に転移してきた公園で、ディアーチェとレヴィ、ユーリ、そしてシュウの四人が集まっていた。シュテルからは念話があり、事情は聞いている。この場にはいないが、必要なことは後ほどディアーチェが念話で知らせることになった。
「さて、それではそれぞれの報告だ」
ディアーチェの言葉に三人が頷く。まず我からだ、とディアーチェが前置きして、
「隣町の喫茶店の厨房で働くことになった」
その言葉にシュウが驚き、レヴィとユーリが羨望の眼差しを向ける。気のせいか、ディアーチェの表情も少々得意気に見える。
「厨房、ということは料理をするんだね。ディアーチェに向いてると思うよ」「
「ふむ、そうか? ……ついでにこれも報告だ。そこの店長に頼み込んで少しばかり工面してもらった。アパートを借りておいたから、今後はそこを拠点とする」
ユーリとレヴィが歓声を上げ、シュウも感嘆のため息をついた。工面してもらった、というのは金を借りたということだろう。よく貸してくれたものだと思う。そのために何か不利な条件を呑んでなければいいのだが、そうだとしてもディアーチェは教えてくれないだろう。
「ディアーチェ。ありがとう」
小声でそう言うと、ディアーチェはわずかに目を見開いた。すぐにそっぽを向き、こちらも小声で言う。気にするほどのものではなかった、と。それを聞いて、やっぱりかとシュウは苦笑した。
「次はボクたちだね! こっちの報告は簡単だよ」
「その……。収穫はなし、です」
レヴィとユーリに割り振られたものは情報収集だ。その情報とは、元の世界への帰り方。もっとも、これは簡単に見つかるものでもない。それ以前に、管理外世界でそんなものが分かるとも思えない。だが何もしないわけにもいかない、ということで割り振られた仕事だ。
ついでに他に役に立ちそうなものがあればそれも報告、ということになってはいたが、そういったものもそうそう無いだろう。
「ふむ。まあ急いでいるわけでもない。引き続きよろしく頼む」
「了解!」
「任せてください!」
二人の元気な返事に、ディアーチェは満足そうに頷いた。次いでシュウを見て、視線だけで言葉を促す。シュウは頷いて、口を開いた。
「ここに、この世界に僕はいなかったよ。だからこの世界は単純に過去の世界、というわけでもないと思う。似て非なる世界、だね」
「ふむ…パラレルワールド、ということか。それはまた厄介な……」
単純な過去なら、帰り方は未来へ行くだけだ。無論それとて現実的に考えて不可能に近い。その上パラレルワールドとなれば、未来へ行く上に自分の世界へ渡るということも加わる。
「これはやはり、お前の中のパストとやらが起きるのを待つしかないかもしれんな」
「いつ起きるか分からないのが問題だけど」
「ああ……。全くだ」
二人そろって重苦しいため息をつく。首を傾げるレヴィとユーリには、何でも無いと笑顔を向けておいた。
「では、とりあえずはアパートへ向かおう。シュテルにも連絡しておく」
ディアーチェはそう言うと立ち上がり、歩き始める。三人も慌ててその後を追った。
翌日。シュウはディアーチェたち三人を見送って、アパートの部屋の掃除を始めた。
アパートはシュウが以前住んでいたアパートと似通った造りだ。玄関からすぐに短い廊下があり、そこに流し等が備え付けられキッチンを兼ねている。小さな廊下の奥には六畳一間。奥の壁は大きな窓になっていて、小さなベランダがあった。部屋の場所は二階の二○一号室で、これもシュウの以前の部屋と同じ番号だ。
違う建物だと分かってはいても、何となく懐かしさがこみ上げてくる。もっとも、良い思い出などシュテルたちと過ごした日をのぞくと何もないのだが。それにこの建物は、シュウがいたところほど老朽化は進んでいない。他の部屋にもしっかりと居住者がいる。
「……懐かしむのは後にして、掃除しよう」
シュウは一つ頷くと、掃除道具の準備を始めた。
木の上から、シュテルはその様子をじっと見守っていた。なのはが走ってきて、フェレットを保護する。アリサとすずかと合流し、どこかへと駆けていった。少しだけ聞こえてきた会話内容から察するに、動物病院へと向かったらしい。
「あのお二人はこのような出会い方をしていたのですね」
まさか動物を保護する形となったこれが最初の出会いとは思わなかった。なのはも、ここで保護したフェレットが魔導師だとは思わなかったことだろう。妙な二人です、とシュテルはつぶやくと、自身も動物病院へ向かおうとして、
「…………」
途中で足を止めた。少し考え、進行方向を変える。すぐに戻れば大丈夫だろう、と自分を納得させてシュテルはその場を後にした。
「ただいま戻りました」
念話で聞いていたアパートにたどり着き、シュテルは自分たちの部屋の扉を開けた。出迎えてくれるのは、掃除をしていたらしいシュウだ。シュテルを見て驚いたように目を丸くしているシュウの手には、濡れた雑巾がある。
「おかえり、シュテル。監視は大丈夫なの?」
「ええ、今のところは。ですがすぐに戻ります」
「そっか。買い置きのパンならあるけど、食べる?」
いただきます、というシュテルの返事を聞いて、シュウは部屋の隅に無造作に置かれている少し大きめのビニール袋へと向かった。その袋を部屋の中央に置く。机などはまだ用意していないので、畳の上にそのままだ。
「好きなものを選んでね」
シュウの言葉を聞いて、シュテルがビニール袋からパンを選んでいく。その間にシュウはコップに水を入れて、シュテルへと差し出した。
「もう……えっと、ジュエルシードだったね。この世界に落ちてるんだよね?」
コップを受け取り水を飲んでいると、シュウが少し遠慮がちにそんなことを聞いてきた。シュテルは頷きで答える。そっか、とシュウは神妙な面持ちだ。
「もし不測の事態が起こったら……。少しだけ介入するんだよね」
「そうなりますね。手助け程度に留めるつもりではありますが」
自分たちが手伝えば、ジュエルシードの回収ペースは上がるだろう。事件解決もかなり早くなるはずだ。だがそうなると、なのはたちの成長の妨げになる。それに、なのはとフェイトはこの事件を通して親友となると聞いている。下手に手を出すべきではないだろう。
それ故に何かしらの不測の事態があった時に手助けをするだけになる。その旨をシュウに伝えるが、シュウの難しい表情は変わらなかった。
「手助けする時は、やっぱり姿を見られるんだよね」
「まあ……。おそらくは」
答えながら、シュウが何を言おうとしているかに見当がついてきた。シュウが心配していることは、自分たちの姿のことだろう。そしてその予想はやはり当たっていた。
「その、気を悪くしたらごめん。この世界のなのはたちに姿を見せるなら、せめて顔とかだけでも隠した方がいいと思う。やっぱり、向こうも困惑するだろうし」
確かにその通りだとシュテルも思う。まだ闇の書についても何も知らないのだ。突然自分とうり二つの人間が目の前に現れたら警戒しかされないだろう。やはり何か考えておかなければならない。
「ありがとうございます、シュウ。考えておきます」
「うん。ごめんね、差し出がましいこと言って」
シュウの言葉に、シュテルはそんなことはありませんと首を振った。表情を和らげ、言う。
「私たちだけではどうしても知識や思考に偏りがあります。シュウがいてくれて、とても助かりますよ」
「そ、そうかな?」
「ええ、もちろんです」
ですから、自分を卑下しないでください。最後に付け加えられたその言葉に、シュウは目を瞠る。次に、敵わないな、と漏らして苦笑した。
再び監視へと向かったシュテルを見送った後、シュウは部屋で横になった。シュテルとの会話を思い出し、やっぱり敵わない、と自嘲気味に笑う。
昨夜から思っていたことだ。自分は、この世界では何の役にも立てない。帰れるかも分からないこの状況で、しかし自分は足手まといだ。それを考えるだけで、自己嫌悪に陥りそうになる。シュテルはそんなシュウの心境を感じ取ったのだろう。
「何かできること、探そうかな」
シュウはそうつぶやき、体を起こした。一先ず掃除を終わらせて、それから考えることにする。幸い、時間だけはあるのだから。
夜の街に轟音が響く。追うのは黒い毛玉のような化け物、そして追われるのは自分のオリジナルとも言える少女。シュテルはその様子を、ただ静かに見守っていた。自身の周囲にパイロシューターを待機させ、いつでも助けられる準備はしている。
――何かおかしいですね。
この逃走劇が聞いていたよりも長い。そろそろどこかに隠れてレイジングハートを発動させなければならない。でなければ、なのはの体力の方が保たないだろう。実際、すでになのはは体力の限界が近いのか、走るペースが徐々に落ちているような気もする。その表情は、恐怖一色だ。
この世界は自分たちの世界とは差異がある。その差異は、なにもシュウの存在の有無だけではないのだろう。歴史そのものが違うのかもしれない。そう、例えば。なのはがレイジングハートを発動させることすらできず、このまま……。
――それは……嫌、ですね。
例えこの世界の歴史の正しい流れがそうだとしても、シュテルがそれに従う必要はないだろう。目の前で、大切な友人を失うことの方が嫌だ。例えここでは面識がない他人だとしても。
「仕方がありませんね」
シュテルはバリアジャケットを一枚多く展開した。それはかつて見た、ある少女のバリアジャケットそのままのデザインだ。フードつきの黒いローブ。
――借りますよ、文花。
シュウの妹、西崎文花のバリアジャケットのデザインだ。姿を隠すにはうってつけだろう。最も、怪しさが倍増することが欠点ではあるが。
次にルシフェリオンは黒い布で覆い尽くす。そして、おもむろに人差し指をまっすぐに地面へと振り下ろした。
「きゃああああ!」
なのはの悲鳴が響く。黒い毛玉がなのはへと迫る。フェレットが魔法陣を展開しようとするが、魔力が回復していないのかすぐに発動することができない。その一組と一匹の間へと、小さな火球はまっすぐに落ちた。
火球に驚き、後退する黒毛玉。唖然とするなのはとユーノ。シュテルはその間へと、なのはの目の前へと、悠然と降り立った。
「助太刀いたします」
シュテルの声にユーノが驚く。なのははまだぽかんと呆けたままだ。
「時間稼ぎぐらいはしましょう。その間に契約を」
シュテルに促され、真っ先にユーノが我に返った。なのはへと顔を向け、だがすぐにシュテルへと視線を向けてくる。
「……私が手伝うのは時間稼ぎのみです。それ以上助ける義理はありません。封印は貴方たちで行ってください」
ユーノの視線の意図を察したシュテルの言葉に、ユーノは残念そうにしながらも分かりました、と頷いた。改めてなのはに向き直り、早口で説明を始めていく。
「さて……。少し相手をして差し上げます」
シュテルは黒毛玉へと、まっすぐにルシフェリオンを向けた。
目の前で、黒いローブの少女と黒毛玉の化け物の戦闘が始まる。黒毛玉は体当たりや触手での攻撃を試みているが、少女はそれをたやすく避け、時折攻撃を加えていく。その動きからは余裕すら感じられ、どこか踊っているようにも見える。
――すごい……。
素人目でも、少女が戦い慣れていることがよく分かる。その姿に強い憧れを抱いてしまう。呆けた様子でその戦いを見守っていると、
「あの、聞いていますか……?」
足下からの声。その声でなのはは我に返った。すぐにフェレットへと視線を戻す。
「だ、大丈夫! 復唱すればいいんだよね!」
「はい。そうです。では、始めますね」
ユーノから渡された赤い宝石をその胸に抱くように握り、ユーノが言う起動の言葉を復唱していく。この契約で、自分も魔法使いとなるらしい。そうなれば、今も目の前で戦っている少女のようになれるのだろうか。
かっこいいな……。
何者なのか分からない。敵か味方かすらも分からない。だがそれでも、なのはは目の前の魔法少女に憧れた。自分もあのようになりたい、と。
「レイジングハート、セットアップ!」
なのはの叫び声。そして、目映い光が立ち上った。
背後からの強い魔力の反応に、シュテルはかすかに笑みをこぼした。可能性の一つとしてこの世界のなのはは魔法に適正がないことも考えていたが、どうやら杞憂に終わったらしい。やはりなのははなのはであり、彼女の魔法の才能は群を抜いているようだ。
「あの! 封印します!」
なのはの声に、シュテルは背後へと振り返る。なのはがこちらへと、正確には黒毛玉へと杖を向けていた。その姿を確認して、シュテルは大きく身を翻し、距離を取る。その際に、もう少しだけ協力しておこう、とパイロシューターを黒毛玉に数発打ち込んでおく。それだけで黒毛玉は動かなくなった。
そして、なのはの杖から目映い光が放たれた。光は黒毛玉に命中し、そしてその光が消えると小さな宝石だけが残された。その宝石はふわりと浮かび上がると、なのはの持つレイジングハードへと吸い込まれていく。
そこまで見届けたところで、シュテルはなのはの目の前に降り立った。
「お疲れ様でした」
シュテルの言葉に、なのはがびくりと体を震わせる。シュテルを見て、何度か口を開けては閉じてを繰り返している。どうしたのだろうかと首を傾げているシュテルの前で、なのははどこか焦りを感じさせる表情を見せていた。
言葉が出てこない。封印というものを無事に済ませられ、ようやくこの少女と話ができると思っていたのだが、いざ対面すると何を言っていいのか分からなくなってしまった。
「……では、私は行きますね」
少女はそう言うと、きびすを返してしまう。暗い路地の向こう側へと歩いて行こうとする。
「ま、待って!」
なのはの言葉で、少女が足を止めた。ゆっくりと振り返る少女の顔はフードで分からないが、しっかりとこちらを見てくれていることは分かる。自分の言葉を待ってくれている。
「な、名前……。お名前、教えてください!」
なのはのその言葉に、少女が訝しげに眉をひそめた。自分でも突然すぎたかと少し後悔してしまったが、今更言葉を取り消すこともできない。相手の返答をじっと待っていると、
「シュテルです」
短いが、確かに答えてくれた。思わず笑みがこぼれてしまう。
「私はなのはです! 高町なのは」
「……ナノハ、ですね。ええ、覚えましたよ」
それを聞いて、なのはが嬉しそうに表情を綻ばす。シュテルと名乗った少女はそんななのはの様子をしばらく見ていたようだったが、やがてきびすを返した。
「では、縁があればまたどこかでお目にかかりましょう」
さらばです、と告げて、シュテルは今度こそ夜闇の中へと姿を消した。なのははその姿が見えなくなるまで見送り、そして、
「……やっぱり、同じ声だ……」
フェレットはぽつりとそうつぶやいた。
とある方の素晴らしい小説に影響されていないとは言えません。
……というよりむしろものすごく影響されています。
影響されてこの程度というのが悲しい限り、ですが。
続き、まだかな……。
誤字脱字の報告、感想などいただければ嬉しいです。
ではでは。