アパートの一室。シュテルたちは自分たちの部屋で、レヴィとユーリが買ってきた弁当を食べていた。円を作るように座り、中央には海鳴市の地図とジュエルシードがある。現在は二つの案件について話し合いが行われている最中だ。
箸を置いたディアーチェは満足そうに吐息を一つ、そしてすぐに難しい表情を浮かべた。
「このジュエルシードについてはもう少し調べる必要があるな。結論はそれからで構わんだろう」
数日の間、シュテルが持ち帰ったジュエルシードをシュテルとディアーチェが調べているのだが、帰るための手がかりは掴めていない。確かに願いを叶えるロストロギアのようだが、今の状態では容易く暴走してしまうだろう。とてもではないが使えたものではない。
だが、せっかく手に入れたものだ。もう少し調べてみようということで落ち着いた。
「問題は、これだな」
ディアーチェが地図を一瞥する。そうですね、とシュテルも頷いた。
明日、ジュエルシードが暴走し、大規模な異変が起こるはずだ。以前読んだ資料に日付と共に記されていたこと。人の思いに反応したジュエルシードが暴走し、今まで以上の規模の異変が引き起こされる。
その異変は自分たちが何かをしなくても解決されるはずだ。だが、だからといって目と鼻の先で起こることを無視することもできない。せめて被害を抑えるぐらいはしてやろう、ということになっている。
「しかし、どこまでのことをするべきだ? いや、どこまでなら、いい?」
ディアーチェが発した疑問に答えられる者はいない。どこまでの介入ならばこの世界の流れを阻害せずに済むのか、判断がつかない。そう考えると、やはり手を出さずに静観するべきでは、と思ってしまう。
考え込むシュテルとディアーチェを横目で見ながら、シュウは自分の弁当を食べ進める。今日のシュウの弁当は牛丼だ。最後の一口を食べ終えて、しっかりと手を合わせる。その一連の行動を終えてから、シュウはディアーチェに向き直った。
「ねえ、ディアーチェ」
「む? どうした?」
「難しく考えすぎじゃない?」
シュウの言葉に、ディアーチェとシュテルは怪訝そうに眉をひそめた。シュウが続ける。
「何もしなくても解決することなんだよね。だったら下手に手伝うより、最低限のことだけでいいんじゃないかな?」
「ふむ。例えば、どうする?」
「例えば……。人命だけは助ける。物は無視。ひどいと思われるかもしれないけど、これで十分じゃないかな」
なるほどな、とディアーチェは頷いた。数分の間だけ何事かを考え込んでいたが、すぐに結論が出たのか、全員へと目配せをした。
「では今回はシュウの案を採用する。すまぬが、二人にも働いてもらうぞ」
声を掛けられたレヴィとユーリは、むしろ嬉しそうな笑顔になっている。がんばる、任せてください、とそれぞれ大きな声で返事をした。
「よし。詳細はシュテルと打ち合わせをしておく。うぬらは先に休んでおれ」
その一言で、今日の話し合いは終わりとなった。一先ず全員で就寝の準備をして、その後にディアーチェとシュテルは部屋を出て狭い廊下に陣取る。起きていても仕方がないと分かっているレヴィとユーリは、先に毛布をかぶって目を閉じた。
シュウはレヴィとユーリが眠るのを待ってから部屋を出る。シュウに気づいたシュテルとディアーチェがわずかに驚き、どうした、と聞いてきた。シュウはそれには答えずに、お茶を三人分用意して二人にも渡した。
「明日は僕も街に行きたいんだけど、いいかな?」
シュウの願いが予想外だったのだろう、シュテルとディアーチェは顔を見合わせていた。シュテルがシュウへ視線を戻す。
「明日は安全とは言えませんが、理由を聞いても?」
「ちょっと会ってみたい人がいてね……」
シュウが視線を逸らしながら答える。シュテルは無表情にシュウのことを見つめていたが、やがて、仕方のない方ですね、と、やれやれと首を振った。
「誰に、とは聞かないでおきます。ただし条件として、一人にはならないこと。よろしいですね?」
明日は何が起こるか分からない。シュテルが出した条件は当然のものだろう。つまりは、自分たちが守れる場所にいろ、ということだ。むしろこちらからお願いしたいことでもあるので、シュウはその条件で了承した。
翌日。五人は朝食を済ませると、早速行動を開始した。シュテルは異変の中心となる街へと一足先に向かい、ディアーチェとレヴィは姿を見られないように警戒しつつ、自分の目となるサーチャーをいくつも飛ばしていく。そしてシュウとユーリは、二人揃っての外出となった。
ユーリには他の三人と違い、オリジナルに当たる人間がいない。それ故にシュウと共に遠慮無く街を歩ける。ユーリに任せられたことは、目に見える範囲での人命の救助、そしてシュウを守ることだ。
そのユーリを連れて、シュウはサッカーの試合を見つめていた。その周辺には、見知った人影がいくつかある。ユーリはシュウがここに訪れたことに少なからず驚いていたが、何も言わず黙って見守っていた。
「そこの君、そんなところで何をしているんだい?」
道ばたでぼんやりと試合を見ていると、不意に前方から声をかけられた。声の主は高町士郎だ。シュウは少し考え、答える。
「楽しそうだなと思って、見ていました」
シュウの答えに、士郎はそうかと頷いた。そして笑顔になって手招きをしてくる。
「よければこっちへ来ないか? 近くで見た方がいいだろう?」
士郎の申し出を、シュウはありがとうございます、と受け入れた。士郎の側へと歩いて行く。そのすぐ後ろを、ユーリが遅れないようについてきた。
試合はまだ始まったばかりのようだ。ゆっくりと見ることができるだろう。
「あの……。初めまして」
不意に掛けられる声。それは、普段からよく聞く声と同じ声。シュウがそちらへと視線を投げる。そこにいたのは、高町なのはだ。
「高町なのはです。よろしくね」
笑顔でそう言ってくれるなのは。その笑顔を見て、シュウは思わず表情を曇らせていた。なのはが、どうしたの、と不安そうに問うてくる。
「いや、何でもないよ。僕は西崎秀一。シュウって呼ばれてる。よろしく」
シュウの自己紹介を聞いて、なのはは嬉しそうに微笑んだ。
せっかくだから、とシュウはなのはたちと試合を観戦していた。一緒にいるのは、アリサとすずかだ。この二人とも、先ほど自己紹介を済ませておいた。
――よく耐えられるなあ、シュテルは……。
試合を見るシュウは、しかし上の空だ。考えるのはシュテルのこと。分かってはいたのだが、仲の良かった少女に初めましてと言われ、少々寂しく感じてしまった。シュテルはなのはととても仲が良かったように思うが、どう感じたのだろうか。
「えっと、ユーリ、だっけ。サッカー、好きなの?」
アリサの声。ユーリはしどろもどろになりながら、それなりにです、と答えてシュウの影へと隠れてしまう。三人にはユーリのことを妹みたいなもの、と紹介してある。人見知りをするとも伝えておいた。それでも少しショックだったのか、アリサは肩を落としている。
「もしかして嫌われてる……?」
「いや、そんなことないよ。初めて会う人と話すのが緊張するらしいから」
本当は、距離感が計れていないのだろうと思う。この世界の人と、どのように接すればいいのか分からないのだろう。そのために自然と避けてしまっているのだと思える。
それを知らないアリサはシュウの言葉に一応の納得はしたようだ。無理に話しかけるよりはと、サッカーの応援に戻っていった。
数十分後。もうすぐ試合が終わる頃になって、シュウは士郎に頭を下げる。おもしろかったです、と。もう少しで終わりなのに、と士郎は驚いていたが、シュウが用事があると伝えると、残念そうにしながらも気をつけて、と言ってくれた。
「僕たちはそろそろ行くね」
その場を離れる前になのはたちにも声を掛けておく。三人揃って驚き、なのが言う。
「もうすぐ終わりだよ? 見ていかないの?」
「うん。満足したし、用事もあるからね」
そう言って、なのはの言葉を待たずにきびすを返した。なのはが驚く気配が伝わってくるが、気にせず歩く。途中で振り返って、
「またね、なのは。アリサ。すずか」
笑顔でそう告げると、三人も笑顔で手を振ってくれた。
しばらくして。シュウとユーリは小さな公園のベンチに腰掛けていた。二人で黙々と本を読んでいる、サッカーの試合が終わってから、もうずいぶんと時間が流れている。いつ異変が起きてもおかしくはないだろう。
「ここで待機でいいんですか?」
そうユーリが聞いて、シュウが答える。
「うん。あとはシュテルたちの計画通りに」
「分かりました」
ユーリがまた本へと視線を落とす。シュウはそんなユーリの様子に頬を緩めながら、静かに異変が起こるのを待つ。
「あれ? シュウ?」
異変ではなく、届いたのはアリサの声。シュウが驚いて声のした方向を見て、隣ではユーリが目を丸くして身をすくませた。
「用事があるんじゃなかったの?」
そう言ってこちらへと歩いてくる。シュウは混乱してしまいそうな思考を必死に働かせつつ、困ったような笑顔を浮かべて答える。
「一応終わったよ。まだこの後もあるんだけどね。アリサは?」
「あたしはこれから出かけるところよ」
そう答えるアリサの表情はとても嬉しそうだ。もしかすると、両親と出かけたりするのかもしれない。アリサの家は両親がとても忙しいと聞いたことがあったので、それならこの嬉しそうな表情にも納得がいく。
ただ、それならば早急に海鳴市から離れた方が良かっただろうに。
「シュウ……」
ユーリがシュウの袖を引っ張る。それが何を意味するかシュウはすぐに察して、思わず舌打ちをしてしまった。それが聞こえてしまったのだろう、アリサの表情が険しくなる。
「何よ?」
「あ、いや……。ねえ、アリサ。とりあえずは、ここにいてね」
「はい?」
アリサが怪訝そうに眉をひそめる。そしてその直後に、それは起こった。
巨大な木の根が、あらゆるところから突然生えてきた。木の根は人を襲うようなことはしなかったが、建物や車にぶつかり惨事を引き起こしていく。
「な、なにこれ……!」
アリサが激しく狼狽する。そのアリサへと、木の根によってなぎ払われた公園の遊具が落ちてくる。それを認識した瞬間、アリサは叫ぶことも忘れて唖然としていた。
「……っ!」
目をつぶるアリサ。そのアリサの元へと駆け寄るのは、シュウとユーリだ。
「じっとしててね」
シュウがアリサへと優しく語りかける。アリサがおそるおそると目を開ける。そして、ぽかんと口を開けてしまった。シュウも苦笑しながら振り返る。ユーリが魄翼で飛来してくるものを叩き落としているところだった。
一通り終えて、ユーリが振り返る。アリサを不安げな瞳で一瞬だけ見たが、すぐにシュウへと視線を移した。
「大丈夫ですか?」
「うん。こっちは平気。ユーリは……聞くまでもないか」
「もちろん大丈夫です」
どことなく嬉しそうに答えるユーリに、シュウは微笑を送る。さて、と立ち上がってアリサへと向き直った。
「ごめんね、アリサ。しばらくはじっとしててね」
シュウの隣でユーリが手をアリサへと向ける。その途端、半透明の膜がアリサを覆った。簡易的な結界だ。しばらくはこれで大丈夫だろう。
「それじゃあ、行こうか。ユーリ」
「はい」
きびすを返し、立ち去るために歩き始める。そのシュウの背へと、アリサの声が掛けられた。
「ちょっと! 説明ぐらいしなさいよ! 一体何なのよこれ!」
ほとんど叫んでいるような声だった。シュウは苦笑しながら振り返り、少し考えてから答えた。
「こっちの問題、だよ。じきに治まるから、もう少し待っててね」
「……何者なのよ、あんたたち」
その問いに、シュウは言葉を詰まらせた。答えを迷い、しかしすぐに首を振る。そして、もう一度笑顔を浮かべ、楽しげに答える。
「魔法使い」
そしてアリサへと背を向ける。まだ何度か声を掛けられたが、今度こそシュウはその場を立ち去った。
ディアーチェとレヴィが遠隔操作している魔法によって、人的被害はかなり抑えられていた。シュテルは周辺の木の根の動きを封じてから、さらに場所を移動する。なのはの封印を待つ間は被害を抑えるために木の根を封じて回ることにしていた。
それにしても、とシュテルは思う。遅い、と。なのははどこにいるのだろうと周辺を探し、そしてすぐに見つけた。少し高いビルの屋上に、杖を構えたなのはがいた。これから砲撃による封印だろうと考え、現在の作業を中断して空高く舞い上がる。結末を見守るために。そしてシュテルが見守る中、なのはの砲撃が放たれ、騒動の原因となったジュエルシードは封印された。
封印を終えて、なのはは大きなため息をついた。そして、その場にへたり込んでしまう。
取り返しようのない失敗だ。自分は、今回の騒動の発端となったのだろうジュエルシードを見つけていた、それを見逃したのは間違いなく自分であり、今回の事件が起こった原因の一端は自分にある。
異変が起こった当初はその絶望感からただ立ち尽くしてしまった。何もすることもできず、呆然としていた。そんな中、なのはを目覚めさせてくれたのはあの黒い魔導師だ。
レイジングハートから送られてきた映像に、シュテルの姿が映っていた。たった一人で街を飛び回り、危険な動きをしている木の根を封じてくれていた。それを見て、憧れにも似た感情を抱く相手が孤軍奮闘しているのに自分が呆けてはいられない、と立ち上がることができた。
立ち直ってからは早かった。ユーノからのアドバイスを受け、まずはジュエルシードの位置を特定する。特定後は離れた場所にあったため、初めての試みだが遠隔での封印を行った。この一連の流れにユーノは相当驚いていたことが少々不思議ではある。
「素晴らしい。初の砲撃魔法であの威力と精度とは」
頭上の声に、なのはは天を仰ぐ。黒い少女が、シュテルがこちらを見つめている。
「異変も治まったようですね」
シュテルの言葉で街の様子を見てみると、いつの間にか木の根は消滅していた。だが、街中に残された破壊の爪痕が今回の被害の大きさを物語っている。それを自覚して、なのはは情けなくて、がんばってくれていたシュテルに申し訳なくて、うつむくしかできなかった。
「どうかしたのですか?」
シュテルの声に、しかしなのはは返事ができない。しばらく無言の時間が流れ、やがてシュテルがなのはの前に降り立った。
「ジュエルシードを見つけていたのに、でしょうか」
その言葉を聞いて、なのはは勢いよく顔を上げた。何故、どうして知っているのか。まだユーノにしか言っていないというのに。なのはの視線からその問いを察したのだろう、シュテルが口を開く。
「すみません。貴方が疑問に思っていることにはお答えできません」
そこで一度言葉を区切り、しかしすぐに続ける。
「貴方は、今後どうするのですか?」
シュテルの言葉から、なのはは考える。その言葉の意味と、そしてこれからのことを。考えがうまく纏まらない中、ふと街へと視線を下ろすと、一組の少年少女が歩いていた。サッカーの試合にいた少年と、マネージャーの少女だ。ジュエルシードを発動させてしまった本人たちで、少年は少女の肩を借りて歩いている。
なのははレイジングハートを握りしめ、シュテルへと視線を戻した。
「続けるよ。これからはユーノ君のお手伝いだけじゃなくて自分の意思で。全力で。二度とこんなことが起きないように」
そのなのはの言葉を聞いて、シュテルは一度頷く。そして、
うっすらとだが、微笑を浮かべた。
「がんばってください、ナノハ」
わずかにだったが、初めて見たシュテルの微笑になのはの体は固まってしまった。唖然としているなのはの前で、シュテルはすぐにいつもの無表情に戻ってしまう。なのはに背を向け、
「ではまたいずれ。さらばです、ナノハ」
なのはが我に返った時には、すでにシュテルの姿は見えなくなってしまっていた。
破壊された街並みを歩きながら、シュウは心を痛めていた。前回、まだ魔法を知らなかった時にもこの事件には遭遇している。あの時は本当に怖かったものだ。その恐怖を知っているからには起こらないように対処するべきだったのだろうが、結局流れに任せてしまった。
「僕は間違っているかな……」
そんなことをつぶやく。それに答えられるものは誰もいない。後ろを歩くユーリも、答えることができず黙って歩いていた。
「お帰りなさい、シュウ」
シュウの視線の先、シュテルがシュウを待っていた。シュウの表情を、泣きそうな表情を見て、何かしらを察したのだろう、しかしそれでもシュテルは何も言わず、ただそっと手をさしのべてくれた。
「さあ、帰りましょう」
「……うん」
シュテルの手を取り、家路につく。シュテルの手はとても温かく感じられた。
影響を強く受けてるなと改めて実感。
誤字脱字の報告、感想などいただければ嬉しいです。
ではでは。