「落ち着くなあ……」
「そうですね……」
海鳴温泉の露天風呂。シュウとシュテルは二人並んで湯につかっていた。二人そろって寛ぐ姿を、周囲の幾人かの大人たちは微笑ましく見守っている。
シュウとシュテルたちは海鳴温泉へと来ていた。理由は単純、なのはたちが温泉に行くという話を聞いたためだ。情報源は、翠屋へと時折買い物に行っているユーリである。その情報を聞いたシュテルがディアーチェへと相談、せっかくだからと皆で来ることになった。
「温泉でも一戦交えた、という話を一度聞いたことがありますが……。さて、いつ頃からでしょうか」
「まあ、のんびり待とうよ。・せっかくだし美味しいものでも食べながら」
シュウの気の抜けた言葉にシュテルはわずかに微笑み、そうですねと頷いた。
二人があてがわれた部屋に戻ると、ディアーチェは窓辺で読書、レヴィとユーリは机のお菓子をつまんでいるところだった。戻ってきた二人に気づいたディアーチェが顔を上げ、言う。
「戻ったか。もうすぐ食事を運んでくるそうだ」
「分かりました。……レヴィ、ユーリ。あまり食べてはいけませんよ」
二人が口を動かしながら頷き、持っていたお菓子の袋を机に戻す。それを確認したシュテルは一度頷き、自分の荷物から本を取り出してディアーチェの対面へと座る。ディアーチェがわずかに眉を持ち上げ、しかし何も言わなかった。
シュウの方はと言えば、こちらは自分の荷物から預かっていたものを取り出した。紅い宝石で、シュテルのデバイスだ。先日、すずかの家から帰宅した後、シュウは三人のデバイスを順番にメンテナンスしていた。残すところはシュテルのルシフェリオンで、それも最後に確認するだけとなっている。
静かな時間が流れ、それぞれが思い思いに過ごす。一時間ほどして、太陽が完全に沈んだところで、シュウは満足そうに一度頷いた。
「シュテル。終わったよ」
そう言ってシュテルにメンテナンスを終えたルシフェリオンを差し出す。読書を中断してそれを受け取ったシュテルは、自身でも確認する。
「さすがです、シュウ。ありがとうございます」
「いやいや。僕はこれぐらいしかできないからね」
「そんなことありませんよ。……ところで、シュウ」
確認を続けていたシュテルがわずかに眉を寄せた。その理由を知っているシュウはシュテルから問いが発せられる前に一言告げる。何も聞かないで、と。シュテルは怪訝そうにしていたが、分かりましたと了承してくれた。
さらにしばらくして料理が運ばれ、五人がそれに舌鼓を打つ。その後もこれといって変わったことは起きない。ただ、なのはとフェイトの魔力はしっかりと感じてはいる。
「さて……」
シュテルは読んでいた本を閉じると、それを机の上に置いた。ディアーチェへと向き直り、言う。
「少し出かけてきます。念のために外で待機しますので、何かありましたら念話を」
「うむ。気をつけてな」
ディアーチェの言葉にシュテルは頷き、立ち上がる。そのまま出入り口へと向かうところで、
「あ、僕も行くよ」
シュウに声をかけられた。振り返り、怪訝そうにしながらもシュウの瞳をしっかりと見る。こちらを真剣に見つめ返してくるシュウの瞳からは、何も読み取ることができない。
「構いませんが……。私から離れないようにしてください」
「うん。了解」
そう笑顔で了承してくる。無理に詮索しても意味はないだろうと考え、シュテルはシュウと共に部屋を後にした。
後に残されたのはディアーチェとレヴィ、ユーリだ。レヴィとユーリは部屋のテレビを見て、何事か言葉を交わしている。ディアーチェはその様子を、目を細め眺めながら、やがて小さく、誰にも聞こえない程度のため息をついた。
できれば、シュウにはここにいてほしかったのだが。
ディアーチェはシュウからあることを相談されていた。そして自分は、それを了承している。故に、シュウがしばらく戻ってこないことも、知っている。
「シュウなら大丈夫だろうとは思うが……」
そう思いながらも、どうにも不安が拭いきれなかった。
シュテルはシュウと共に旅館のロビーに来ていた。幾人かの客が売店などで買い物をしたり休憩所で寛いだりしている。シュテルは持ってきていた黒いキャップを目深に被り、周囲を見回した。探している人物、というよりは今はまだ会いたくない人物がいないことを確認して、売店へと足を向ける。
「シュテル。誰か探してるの?」
シュウがそう問いかけてくる。シュテルは土産物のコーナーを眺めながら、いいえと首を振った。
「その逆ですね。これからおそらくナノハとフェイトが戦うことになると思います。できれば、今はまだそのお二人に会いたくないと思っているだけです」
「なるほど。……じゃあ、今は?」
「ただの暇つぶしですよ。何かあればすぐに対処ができるように」
そう答えたところで、シュテルはその反応を感じ取った。ジュエルシードと大きな二つの魔力。シュテルの目が細められたことで察したのか、シュウは、早いねと苦笑を漏らす。
「では行きましょうか、シュウ」
「うん」
二人はうなずき合うと、ロビーを後にした。
魔力と魔力のぶつかり合い、空中と地上、少し離れたところでそれぞれ起こっていた。シュテルとシュウは少し距離を置いてそれを見守っている。結界内に入る時にユーノに気づかれているだろうが、問題はないだろう。
シュテルはサーチャーを飛ばし、それぞれの戦いの映像を自分たちに送る。空中がなのはとフェイト、地上がユーノとアルフの組み合わせのようだ。
「なんだか複雑だよ」
シュウが漏らした言葉にシュテルが首を傾げる。
「友達同士で戦ってるのを見ると、ちょっとね……」
「シュウ……」
シュウの心情が心配になり、声をかける。戻りますか、と。しかしシュウは首を振って、大丈夫だよと微笑んだ。
「今はまだ、友達じゃないから仕方ないよね」
「はい……。全てが終われば、きっと大丈夫ですよ」
「でのその頃には、フェイトの家族は……」
資料を思い出したのだろう、シュウの目が悲しげに伏せられる。シュテルはそんなシュウへ掛ける言葉を見つけられない。夜の静寂が二人を包み、そして、魔力のぶつかり合いが一つ減った。
「あ……」
「フェイトが勝ったようですね」
映像を見て、シュテルが言う。
「では私は少し行ってきますが、シュウはどうしますか?」
「うん。ここで待ってるよ。気をつけてね」
「分かりました。何かあれば呼んでください」
了解、というシュウの言葉を背で聞きながら、シュテルはなのはの元へと向かった。
勝てなかった。
地上に降りたなのはは、気落ちしたように項垂れ、その場に座り込んだ。結局目的を知ることもできなければ、名前を聞くことすらできなかった。自分がここまで無力だとは思いもしなかった。ゆっくりと大きなため息をついたところで、
「お疲れ様でした、ナノハ」
上空からの声。なのはが顔を上げると、シュテルがそこにいた。そのことに驚きはしない。きっとどこかで見守ってくれているだろうとは思っていた。
「泣いているのですか?」
「え……?」
問われ、初めて気がついた。どうやら自分は泣いていたらしい。情けないところを見られたと袖で顔を拭うが、しかし涙は止まらない。
「悔しいのですか?」
シュテルの続けての問いに、なのはは小さく頷いた。それを受け、何故? と理由を聞いてくる。なのはは顔を拭うのを諦め、顔を見られないようにうつむいて答える。
「あの子の目的を、知りたかった……。名前を、知りたかった……」
「……なるほど」
「ちゃんと話し合うことができれは、もしかしたら、お手伝いできたかもしれない、のに……!」
あそこまで必死になってジュエルシードを集めるのだ。きっと何か、譲れない理由があるはずだと思う。だがそれも、言ってもらえなければ分からない。分からなければ、譲れない。自分にも、ユーノを手伝うという大事な理由があるのだから。
なのはは顔を上げる。シュテルを見る。自分の憧れであり、理想の魔法少女。自分だけのヒーローを。
「シュテル……」
それまで黙ってなのはの独白を聞いていたシュテルが、わずかに眉を持ち上げた。シュテルの目をしっかりと見て、告げる。
「私に、戦い方を教えて……!」
なのはの言葉に、シュテルは黙り込む。気まずい沈黙が流れたが、しばらくしてからシュテルは頷いてくれた。仕方がないですね、と。
「お互いに都合が良い時間があれば。私で良ければ、私の技術を提供しましょう」
まさか本当に引き受けてくれるとは、正直思っていなかった。なのはは驚きで目を丸くしていたが、すぐに表情を綻ばせる。よろしくお願いします、と頭を下げた。
なのはとの訓練は二日後の早朝と約束し、シュテルはシュウが待つ場所に戻った。しかしそこにシュウはいない。怪訝そうに眉をひそめながら、シュテルは周囲に視線を巡らせる。しかしやはりどこにもいない。
「シュウ……?」
名前を呼んでみるが、返事はない。心の中で焦燥感が募る。
「シュウ!」
大声で呼んでみても、返事が返ってくることはなかった。
シュウは考える。この世界に来る前に見た資料から受けたプレシアのイメージ。目的のためなら手段を選ばないという印象だ。フェイトは否定するかもしれないが、それがシュウの素直な感想だった。
そんな人が、自分たちのことに気づかないはずがない、とシュウは考える。シュウは魔力を感じることができないので詳しいことは分からないが、シュテルたちの魔力は一般的な魔導師よりも多いと聞いている。そんな魔導師が突如として四人も現れたのだ。気づかないとは思えない。
明らかに怪しい、異分子の自分たちを放置し続けるだろうか。
シュウは一度振り返り、シュテルが去って行った方向を見る。この世界に来てから、今まで自分は誰かと常に一緒に行動していた。誰かがそれを、警戒していたとすれば。
「すみません」
故に。目の前に見知った少女が降り立っても、シュウは驚きはしなかった。黒を基調としたバリアジャケット。フェイトだ。
「あの……。母さんが、貴方に来てほしいと……。できれば、一緒に来ていただけませんか?」
「うん。分かった」
「もちろん拒否するだろうことは……。……え?」
ぽかんと、間の抜けた表情をするフェイト。どこか堅い表情のように思えたが、そこにはシュウのよく知る表情のフェイトがいた。唖然としたままのフェイトへと、シュウが続ける。
「僕も会いたいと思ってたんだ。案内してくれるかな?」
笑顔で、言う。フェイトはしばらく警戒していたようだったが、やがて、分かりましたと頷いた。
「ディアーチェ」
部屋に戻るなり、王へと声をかけるシュテル。出る前と同じ場所、同じ体勢で本を読んでいたディアーチェは、シュテルが次の言葉を紡ぐ前に口を開いた。
「シュウならおそらく時の庭園だ」
「……やはりそうですか」
シュテルは小さくため息をつく。サーチャーを使ってまで探したのだが、シュウの姿は確認できなかった。シュウは魔法を使えないため、どこかへと転移することはできない。見つけられないということは、誰かと共に転移したということだ。それに、シュウはしばらく別行動を取るかもしれないと言っていたではないか。
だが、とシュテルは思う。せめて私にも相談してほしかったものです、と。
「まあ、あやつのことだ。うまくやるであろうよ」
「そうですね……」
理解はできたが納得はしない。それでもシュテルはゆっくりと息をすって、無理矢理気持ちを抑えつける。シュウを信じて待とう、とシュテルも頷き、ゆっくりと息を吐いた。
さあ時の庭園に殴り込みだ! プレシアを力尽くで止めるんだ!
シュウ「無理」
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ではでは。