「母さん。連れてきました」
フェイトに案内されて、シュウは薄暗い部屋に通されていた。部屋をぐるりと見回してみたが、テーブルといすがあるだけの少し広めの部屋だ。その部屋の奥に、黒いドレスのような衣服を着た女が立っていた。
フェイトはどこか緊張しているような面持ちだった。じっと、目の前の女の言葉を待つ。女がゆっくりと振り返ると、笑顔を見せることもなく淡々と告げる。
「何をしているの、フェイト。早く次のジュエルシードを探しに行きなさい」
はい、とフェイトが悲しげに眉を伏せ、そのまま何も言わず退室していった。後に残されたのはシュウただ一人。そのシュウを、女は興味深そうに見つめてきていた。
プレシア・テスタロッサ。フェイトの母親であり、ジュエルシード事件の重要人物とも言える。
「自己紹介が必要かしら」
ゆっくりとプレシアがこちらへと歩いてくる。しっかりとシュウを見据え、視線を逸らそうとは一切しない。対するシュウも、プレシアの目をずっと見ていた。
「プレシア・テスタロッサよ。魔導師というのは分かるかしら?」
シュウが黙ったまま頷くと、結構、とプレシアも頷いた。
「どうして貴方をここに呼んだのか。それは分かるかしら」
「僕たちがこの世界に来た時の魔力反応、ですよね」
「半分だけ正解ね」
シュウが眉をひそめる。他に理由などあるのだろうかと考えてみるが、思い浮かばない。プレシアはしばらくシュウの言葉を待っていたようだったが、答えられないことを察すると口を開いた。
「少し前に観測された魔力反応。一瞬だったけれど、途方もなく大きなものだったのよ。そう、ロストロギアに匹敵するほどに」
それを聞いたシュウは目を瞠った。何かしらの魔力反応はあっただろうと予想はしていたが、まさかそれほどまでに大きな反応が出ていたとは思いもしなかった。
「数日間、貴方たちの様子を見させてもらったわ。あの魔力反応が誰のものかまでは分からなかったから」
「僕を呼んだということは、僕が出した魔力という確証が得られたんですか」
「そうね。正直なところ、賭けに近いわ」
賭け? とシュウが首を傾げると、プレシアは頷いて答えてくれる。
「先日、貴方たち全員が魔法を使った日があったでしょう」
言われ、すぐに思い至った。一番大きな異変が起きた日。木の根が街の広範囲を襲った日だ。
「貴方たち五人のうち、四人の魔力はどれもあの時の魔力反応とは一致しなかった。最も、もう一人、底の知れない子がいたみたいだけど」
ユーリのことかな、と思いつつも、シュウはその点については黙っていた。なるほどと感心しながら、言う。
「それで残る一人の僕、なんですね。賭けってそういうことですか」
「ええ、そうよ。貴方のこと、教えてちょうだい。ここに来た時点で拒否権がないというのは、分かるわね?」
プレシアが酷薄な笑みを浮かべた。それを見て、シュウは薄く苦笑する。怪訝そうに眉をひそめるプレシアへと、シュウは冷たく告げた。
「ここには誰も助けに来れないから、大人しく従え、と。……僕が何の対策もなしにのこのこと来たと思っているんですか?」
「……どういうこと?」
「隠すつもりはないので言っちゃいますが、僕の中にはロストロギアがあります」
その言葉に対する反応は、片眉を少し持ち上げただけだった。シュウが続ける。
「そのロストロギアを暴走させて、この近辺を破壊し尽くす、なんてこともできます。助からないのなら、せめて一矢報いたいので」
もちろん、これはただのはったりだ。シュウは自分の意思でギフテッドの力を使うことはほとんどできない。当然、暴走させることもできない。プレシアにこのはったりがどこまで通用するかは分からないが、彼女なら少ない可能性でもそれは避けたいと思うはずだ。
「なるほど、それは困るわね」
プレシアの表情にさほど変化はない。シュウのはったりが看破されているかも分からない。
お互いに黙り込む。互いの目を見据え、相手の言葉をじっと待つ。その沈黙を先に破ったのは、シュウだった。
「貴方に、協力しても構いません」
「まるで私の目的を知っているみたいな口ぶりね」
「ええ、知っていますよ。子供を蘇らせたい、ですよね」
そこで初めて、プレシアの表情に大きな変化があった。目を大きく見開き、表情を凍らせてしまっている。プレシアの思考が止まっている間に、シュウは続けた。
「僕のロストロギアを教えます。僕が協力できることは協力します。ただし……。条件が、二つ」
「……何かしら」
「一つ目は僕の目的にも協力してください。二つ目は、フェイトにもう少し優しくしてあげてください」
プレシアがゆっくりと目を細める。何かおかしなものを見るかのような目だ。シュウがプレシアの言葉を待っていると、やがて、いいわ、と頷いた。
「貴方のロストロギアが私にとって価値のあるものなら、協力しましょう。お互いに。それでいいわね」
「はい」
「二つ目は、そうね……。善処するわ」
プレシアはそう言うと、きびすを返した。部屋の奥へと歩いて行く。
「何をしているの? 早く来なさい。ここだと落ち着いて話せないでしょう」
そう言って振り返るプレシア。シュウは慌ててプレシアの後を追った。
数日後、早朝。シュテルは海鳴市にある小さな公園で、簡易的な結界を張ってなのはと訓練をしていた。以前の世界では自分と同等以上の実力だったなのはだが、この世界ではデバイスの性能差もあり、自分の方が一歩も二歩も先にいる。魔法に触れたのがつい最近だと考えれば、当然と言えば当然なのだが。むしろこの短期間でここまでの使い手になっているのだから、やはりこの世界でもなのははなのはなのだろう。
ただ、やはり少々寂しくも感じる。シュテルにとって、なのはは超えるべきもの、良きライバルと思っていたためだ。もっとも、この成長速度ならこの世界のなのはもすぐに追いついてくるだろうが。
考え事をしていたシュテルだが、側のいすに置かれたなのはの携帯電話のアラームで我に返った。空にいるなのはは気づいていない。シュテルの、威力を最小まで抑えたパイロシューターを必死になって避けているところだ。
「あの……」
「分かっています」
足下のユーノの声に、シュテルは小さく頷いた。自分が展開していた魔法をすぐに消す。空のなのはが何事かと驚いていたが、シュテルが携帯電話を指さすとすぐに察したらしい。すぐに下りてきて、携帯電話のアラームを止めた。
「朝食の時間ですね。それでは、今日はここまでにしておきましょう」
「はい! ありがとうございました!」
なのはが元気よく頭を下げる。シュテルはそれには何も言わず、黙ってきびすを返した。
「あ、ま、待って! シュテル!」
「明日も同じ時間です。よろしいですね?」
なのはの制止の声を次の約束の相談だととらえ、先に言う。なのはは驚きながらも、うん、と小さく頷いた。
「では私はこれで」
「待って! もう少し!」
「……まだ何か?」
他に何か用があるのかと振り返ると、なのはは少し顔を赤くしながら、おずおずといった様子で言った。
「えっと、あの……。シュテルも一緒に、朝ご飯、どうかな……て……」
尻すぼみになっていくなのはの言葉。シュテルは怪訝そうに眉をひそめながら、すぐに首を振った。なのはが悲しげに目を伏せるのを見て、少し慌てて付け加える。
「勘違いしないでください。突然貴方の家に行けば迷惑がかかるでしょう。ただそれだけの理由です」
「あ、それは大丈夫! お母さんには一緒に散歩している子が来るかもって言ってあるから!」
「……そう、ですか」
どうやらなのはは最初から自分を誘うつもりだったらしい。母親に言ってあると聞くとここで断るのもかわいそうだと思ってしまう。シュテルは小さくため息をつくと、分かりましたと頷いた。
「では、せっかくなので今日だけお邪魔させていただきます」
「ほんとに? 良かった!」
なのはが顔を輝かせ、バリアジャケットを解除する。その様子を見ながら、シュテルもバリアジャケットを解除した。顔を見られないように黒のキャップを目深に被る。それでも、気づく人には気づかれそうではあるが。
案内するね、となのはが先に歩き始める。シュテルは念話で王に朝食がいらなくなったことを伝えながら、なのはの後を追った。
「ただいま!」
「なのはか。おかえり」
「もしかしてその子が?」
玄関の門をくぐった二人を出迎えたのは、なのはの兄と姉、恭也と美由希だ。二人の視線はシュテルへと注がれている。二人ともに、シュテルを見て眉をひそめていた。
「……何か?」
シュテルがそう声を出すと、二人はすぐに首を振った。
「いや、すまない。気にしないでくれ」
「うん。ごめんね、じろじろ見ちゃって」
そう言って、二人は家の方へと先に歩いて行く。シュテルは安堵のため息を小さくつき、なのはは不思議そうに首を傾げていた。
なのはに先導されて、シュテルは高町家へと上がった。自分が知っている高町家と同じで少しだけ安心できる。
「こっちだよ」
なのはに促され、シュテルはリビングへと通された。なのはの母、桃子が朝食の準備をしている。シュテルたちに気がついて、すぐに笑顔を向けてきた。
「おかえり、なのは。その子が話にあった?」
「うん。最近一緒に散歩してる子で……」
「シュテル、と申します。今日は突然お邪魔してすみません」
シュテルがそう言って丁寧に頭を下げると、桃子はわずかに驚き、すぐに困ったような笑顔を見せた。
「気にしなくていいのよ。さあ、シュテルちゃんは座って待っていてね。なのははちょっと手伝ってもらえる?」
「うん!」
なのはが元気よく返事をしてキッチンへと消える。一人残されたシュテルは、言われた通りにテーブルについた。しかし、どうにも何もせずに待っているというのは自分に合わない。シュテルはすぐに立ち上がると、キッチンへと向かった。
「手伝います」
そう言ってシュテルが顔をのぞかせると、なのはと桃子が同じような表情で驚いていた。やはり親子というべきか。
「朝食をいただくのですし、手伝いぐらいはさせてください。それに、何もせずに待っているというのは落ち着きません」
二人が何かを言う前にそう言うと、少し面食らったように呆けていたが、すぐに桃子が笑顔になった。それじゃあ、と周囲を少し見て、なのはの方を見て、一つ頷いた。
「なのはと一緒にお味噌汁を作ってもらえる?」
「はい。分かりました」
桃子の言葉に従い、なのはの隣に立つ。なのはは慌てながらも、嬉しそうにはにかんだ。
朝食を終えて、シュテルはなのはの部屋に来ていた。なのはが着替えている間、シュテルはユーノに今後の訓練の予定を告げていく。何かあれば指摘してください、と前置きして始めたものだったのだが、ユーノは感心するばかりで何も言ってはこなかった。
「ちゃんと理に適った計画だ……。僕から言うことは何もないよ」
「そうですか。貴方にそう言っていただけるのなら、大丈夫でしょう」
何か気になる点があればいつでも言ってください。最後にそう付け加えると、ユーノも真剣な表情で頷いた。
なのはの学校の準備が終わるまでの間、シュテルは先ほどの朝食のことを思い出す。なのはの家族から自己紹介を受け、自分も簡単な自己紹介をした。その後、なのはの父や兄から頻繁に視線を感じたので、もしかすると何かを察していたのかもしれない。そう考えると、やはりもうここには近づかない方がいいだろう。
「お待たせ!」
制服姿のなのはがシュテルの目の前に立った。いえ、とシュテルは首を振って立ち上がる。
「では、バス停までということで。よろしいですね?」
「うん。ありがとう、シュテル」
そう会話を交わし、二人は部屋を後にした。
バス停までの道のりの間、なのははシュテルを何度もうかがい見た。訓練中は自分も必死になっているためか、考え事をほとんどせずに集中して行えた。だが、それが終わってしまうと、どうしても他のいろいろなことを考えてしまう。例えば、先日の女の子のことなど。
なのはがうつむいて黙っていると、シュテルが小さくため息をついた。
「どうかしましたか? ナノハ」
「あ、えっと……。その……」
「あの時の子のことですか」
シュテルの言葉に、なのはは黙って頷いた。未だにどうすればいいのか分からない、というのが本音だ。この先もジュエルシードを探すなら、きっとあの子との戦いは避けては通れないのだろう。それを考えるだけで、気が重たくなる。
「私が正解を出すことができるものではありません。ですが、一つだけ」
「……うん」
「貴方のご学友二人……。どのようにして仲良くなったのですか?」
問われ、なのはは数年前の出来事を思い出す。アリサとすずとの出来事。それは、確か……。
「貴方ならきっと大丈夫です。だから」
がんばってください。
そのシュテルの言葉はとても小さく聞こえ、驚いて顔を上げると、いつの間にかバス停にたどり着いていた。
そして、シュテルの姿はもうどこにもなかった。
夜。シュテルはその戦いを静かに見守っていた。なのはとフェイトの戦いを。未だ勝つことは難しいだろうが、前回のような敗北もないだろう。それでも、念のためにとその戦闘を見守っていると、ルシフェリオンが淡く輝いた。自分の杖に視線を落とし、そっと目を閉じる。
『シュテル。聞こえる?』
届いたのは、シュウの声。シュテルはわずかに口元を綻ばせたが、すぐにそれを隠して淡々と答える。
「ええ、聞こえています。お元気そうで何より」
『うん。シュテルも。ちゃんとこれが機能して良かったよ』
シュウが言っているのは、ルシフェリオンのメンテナンス時に仕込んでいたらしいプログラムのことだ。シュウの持つ何かしらのものを介して念話のような通信ができる。長い通信はできないが、お互いの報告をするだけなら十分な時間だ。
『こちらは今のところ何もなし。シュテルは?』
「同じくです。今、ナノハとフェイトが戦闘をしていますが、大丈夫でしょう」
『そっか……。何かあったら言ってね。プレシアさんに見つかる前に、切るね』
「はい。お気を付けて、シュウ」
シュテルがその言葉を送る時には、すでに通信は切れていた。シュテルは苦笑を漏らし、目の前の戦闘へと意識を戻す。
その瞬間、目映い光が世界を覆った。
シュウが第一に考えることは帰る方法。
その次に、フェイトの待遇がよくなればいいなあ、という願望、です。
誤字脱字の報告、感想などいただければ嬉しいです。
ではでは。