第八話
「事情、ですか」
シュテルは目の前に立つリンディの様子をうかがいながら、どうしたものかと思考を巡らせる。アースラに行き、ジュエルシードに関することを伝えるまではいい。だが、まず間違いなく自分の素性を問われるだろう。それに答えたくもなければ、今はまだ顔を見られるわけにもいかない。
シュテルはその結論に達すると、リンディへと頭を下げた。
「すみませんが、それはちょっと」
「あら……。困ったわね」
リンディの瞳が油断なく細められる。どう考えても自分は得体の知れない存在だ。同行を拒めば敵対することになるのだろう。だが、全面的に争うつもりも毛頭ない。
「貴方たちの気配は何となく察していました」
シュテルがそう切り出し、リンディが眉をひそめる。シュテルは口角をほんのわずかに持ち上げ、言う。
「それでは、さらばです」
その言葉の直後、二人を囲むように突然に光の球がいくつも出現。それらは三種の反応を示す。目映く光り輝くもの、轟音を響かせるもの、真っ黒な煙幕を噴出するもの。シュテルはそれらに紛れて、その場を素早く離脱した。
「やられたわね……」
光と音、煙幕が薄くなってきた頃、リンディは苦笑とともにそうつぶやいた。彼女が反応を示したところから追跡と捕縛を行おうとしたのだが、どうやら彼女はこの事態を想定していたらしい。煙幕には魔力を遮断する効果があり、彼女を追跡することはできなかった。
リンディは小さくため息をつくが、すぐに気持ちを切り替える。もう一方へと向かったクロノへと通信を始めた。
かこん、とししおどしの音が響く。なのははその音を聞きながら、目の前に座る二人の話に耳を傾けていた。
一人は自分よりも少し年上の少年で、執務官という仕事をしているクロノ・ハラオウン。もう一方がここの艦長のリンディ・ハラオウンだ。自分の隣に座るのは人の姿のユーノ。ずっとフェレットだと思い込んでいたのでとても驚いたものだ。
先ほど、二人より後のジュエルシードの回収などはこちらでする、と言われたところだ。自分としてはこのまま終わりにしたくない、という気持ちが強い。それを察してくれたのだろう、リンディが、まずは今晩、ゆっくり考えてほしいと時間をくれた。
来た時と同じように、クロノに案内されて退室しようとした時に、
「ああ、そうだ。もう一つ聞いていいかしら」
リンディからの言葉。なのはがはい、と首を傾げる。
「少し離れた場所にもう一人、黒ずくめの魔導師がいたのだけれど、何か知ってる?」
「シュテルですか?」
答えてから、すぐにその発言を後悔した。今ここにシュテルがいないということは、シュテルはきっとここに来ることを拒んだのだろう。もしかすると、あまりこの人たちに関わりたくないのかもしれない。なら、可能な限りこの人たちに知られたくはないはずだ。
「知っているのね?」
リンディからの念押しに近い問いに、なのはははっと我に返った。答えてしまったものは仕方がないので、おずおずと頷く。
「はい……。でも、私も名前しか知りません。どこに住んでいるかも知りませんし……」
「ただジュエルシードを集めてはいないようです。以前一度持って行かれましたが、すぐに返してもらっていますし」
そう答えたのはユーノだ。それはシュテルをかばうような発言であり、ユーノは大丈夫となのはに頷いてくれた。
「なるほど……。できれば本人からも事情を聞きたいから、会う機会があればよろしく伝えてもらえるかしら」
「はい……。伝えておきます」
リンディに頭を下げて、部屋を退室する。電話をすればきっと今すぐにでも連絡が取れるのかもしれないが、それは黙っておくことにした。
「ただいま戻りました」
アパートの自室へとシュテルが入ると、中の三人の視線が一斉にシュテルを捉えた。シュテルが目を丸くすると、ディアーチェたちは揃って安堵のため息をつく。レヴィやユーリはともかく、ディアーチェまでそんな態度を取ることは珍しい。
「どうかしましたか?」
シュテルがそう聞くと、ディアーチェはばつが悪そうに顔を逸らした。
「いや……。管理局のものらしい魔力の気配があったからな。巻き込まれているかと思っていたのだが……」
「ああ……。リンディ艦長にはお会いしてきましたよ」
こともなげにそう答えると、ディアーチェが、やはりかとため息を漏らした。
「管理局が本腰を入れて捜査をすれば、ここもいずれは見つかるだろう。少し考えねばならぬな」
「そうですね……。すみません」
シュテルは頭を下げると、ディアーチェは構わぬ、と手を振った。
マンションとは違うが、ここもそれなりに住み心地がいい。できれば離れたくはないと思っていたが、管理局の手が届く前に拠点を移した方がいいのだろう。仕方がないことではあるが、やはり残念にも思う。
「次の拠点の目星もつけてある。そろそろ移るべきだろうと思っていたところだ。気にする必要はないからな」
ディアーチェの言葉に、シュテルは黙って頷いた。自分を気遣ってくれているのがよく分かる。だからこそ、シュテルはディアーチェを敬愛している。
いつまでそこにおるつもりだ、とディアーチェに言われ、シュテルは部屋に上がろうとした。そこで、携帯電話が鳴り始める。ディアーチェたちがそろって怪訝そうに眉をひそめ、シュテルは無表情に表示されている名前を確認した。なのはだ。
「ナノハからです」
「そうか。構わぬ、出ろ」
ディアーチェの許しを得て、シュテルは電話の通話ボタンを押す。耳に当てると、聞き慣れた声が聞こえてきた。
『あ、もしもし……。シュテル?』
どこか緊張しているような声色にシュテルは首を傾げながらも、はい、と短く返事をした。
「一応聞いておきますが、なのは、今はどちらに?」
『自分の部屋。大丈夫、アースラじゃないよ』
どうやら、なのはは自分がアースラに関わりたくないことを察してくれているらしい。
「ありがとうございます、なのは」
そのことに対して礼を言うと、なのはは慌てたような声を出した。
『な、何もしてないよ! むしろシュテルの名前を教えちゃったし……』
「それぐらいは構いませんよ」
名前だけなら大して問題ではないだろう。そう判断したのだが、なのははそれでも申し訳なさそうに、ごめんね、という言葉を繰り返していた。
「気にしないように。それで、用件は以上ですか?」
どう声をかければいいのか分からずに話題の転換を図る。なのははそれにうまく誘導されてくれた。
「あ、えっとね……。リンディさん……。艦長さんなんだけど、できれば直接事情を聞きたいからって」
「……考えておきます」
いずれはこちらの事情を説明しなければならないだろう。だがそれは今ではないし、できれば闇の書の一件が終わってからが望ましい。もっとも、それまでに帰ることができれば最善なのだが。
「あと、ね……。もう一つ、相談があって……」
なのはの言葉が歯切れの悪いものになる。シュテルが首を傾げながらも続きの言葉を待っていると、しばらく言葉を探していたようだったが、やがて続きを話し始める。
「アースラの人たちがジュエルシードを探すことになって、最初は必要ないって言われたんだけど、どうしても手伝いたいって言ったら許してもらえて……」
なのはの説明はかなり大雑把なものだったが、筋は分かるので先を促す。
「手伝う間はアースラにいることが条件だって。それで家族に話さないといけないんだけど……。魔法のことは、言うべきかな?」
――それを私に聞きますか。
おそらくなのはは、自分の時はどうしたのか、ということを聞きたいのだろう。だが見当外れもいいところだ。シュテルはそんな心配をする必要などなかったのだから。もっとも、なのははそれを知らなくて当然故に、この質問は仕方がないとも言える。
シュテルは少し考えながら、自分たちの世界のなのはのことを思い出そうとする。だが、なのはにその時のことを聞いた覚えがない。どうしたものか、と考えていると、こちらを見ているディアーチェたちと目が合った。
レヴィとユーリは心配そうな瞳で、ディアーチェは態度には出さないがこちらを気遣わしげに見つめてくる。その三人の様子にシュテルは内心で微笑むと、電話の相手へと話し始めた。
「ナノハ。逆に問います」
「え? うん」
「貴方は何も知らない一般人だとします。家族か友人、まあどちらでも構いません。誰かが魔導師になったとします」
「えっと……。うん」
シュテルの突然の例え話に、なのははわずかに困惑した声を漏らす。だが相づちをうちはするが、シュテルの話を遮ることはしない。
「魔導師となった人が突然自分の知らないところで、訳の分からない事情で大けがをしました。貴方は納得できますか?」
「……それは……」
なのはが口を閉ざす。何かを考えるように。その間に、シュテルはさらに付け加える。
「貴方の知らないところで、大切な家族や友達が危険なことをしている。貴方はそれで良いと思いますか?」
シュテルの問いに、なのはは無言。しばらく待つと、やがて、
「できない……。納得できない。良しとしない!」
なのはの元気な声が届く。シュテルは満足そうに一度頷いた。
「ありがとうシュテル! 私、正直に話してくる!」
そうして電話が切れる。慌ただしい子だ、と苦笑するが悪い気はしない。時折シュウに、妹とはどういうものかと聞くこともあるが、なるほどこういうものなのかもしれない。
「ちび魔導師の問題は解決したのか?」
どこか笑いを堪えている様子のディアーチェに首を傾げながらも、シュテルはしっかりと頷いた。
『過去の世界ねえ……。多分あたしも原因の一つなんだろうけど、簡単には信じられないね』
頭の中に響くパストの声。ギフテッドを制御する意思。その声へとシュウは言う。
「でもプレシアさんが目の前にいたよね」
『ああ、そうだね。確か虚数空間に落ちたって話だったね。帰ってこられるとは思えないし、真実なんだろうねえ……。それにしても、そんな力があったなんてあたしも驚いたよ……』
本当にパストはギフテッドにそれほどの力があると思っていなかったのだろう、心底驚いているようだった。シュウはあてがわれた部屋のベッドに寝転がり、どうしたものかなと考える。
あの後。プレシアはパストの声を聞いてしばらく目を丸くして唖然としていたが、すぐにパストから情報を聞き出そうと話そうとした。それを遮ったのはパストで、まずはシュウと二人で話をする、あんたとは明日だ、と無理矢理に切り上げている。プレシアは何かを言いたそうにしていたが、素直に解放してくれたということは一応納得はしているのだろう。
パストが早く目覚めれば解決するかもしれない。確かにそう思っていたが、まさかこんなタイミングで目覚めるとは思っていなかった。起きることはまだ当分ないと思っていたのだが。
「聞いていいかな?」
『なんだい?』
「元の世界に、帰ることはできる?」
ここに来たのもおそらくはギフテッドが原因だ。ならばそれを制御するパストなら帰る手段が分かるのではと期待してそう聞いたのだが、パストは即座に、無理だと断言した。
「え……」
『今はまだ、だよ。帰り方さえ分かれば大丈夫だろうけど、生憎とあたしもそれを知らない』
予想外の答えにシュウはしばらく固まっていたが、やがて、そっか、と肩を落とした。
『ギフテッドが原因なら、もう少し調べれば何かしら分かるかもしれないんだけどね。あたしも無我夢中で作ったものだったから、あたしが知らないところもいくつかある』
「じゃあそれを調べれば……」
『分かるかもしれないけど、時間がかかるよ?』
構わない、とシュウは答えた。このままではどのみち帰る方法など分からないのだ、少しでも可能性があるものに頼ろう。
「プレシアさんにも調べてもらっていたから、あとでそれも聞いてみる?」
『へえ……。それは興味深いね。レポートとかもらえないか聞いておくれ』
「うん。了解。ただ、そのためにはパストにプレシアさんの質問を答えてもらわないといけないけど……」
仕方がないね、とパストが面倒くさそうにしながらも了承してくれる。
『あいつの経歴からしてろくなことを聞かれそうにないけど……。まあ、いいよ。解決に向かって努力しようじゃないか』
「うん。よろしくね、パスト」
パストが肯定の意思を送り、そして無言になった。ギフテッドを中から調べてくれているのかもしれない。話し相手がいなくなり、することもなくなったシュウは、小さく欠伸をして瞼を閉じた。
シュテるんの無自覚介入。
だがなのはと両親の会話シーンは描写しない。できない。
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ではでは。