【side:桐葉】
特別試験期間4日目の木曜日。
現在成立したペアは計87組と、早くも半数を越えた。そして我等がAクラスは既に39名全員がペアを成立させたので、後は試験当日までテスト勉強あるのみとなった。Cクラスのサポートをするという案もあったが人間の出来ている卍解ちゃんは、もう十分助けてもらったし後は自分達だけで頑張るとその申し出をやんわりと断った。
ここで試験に悪影響が出るくらい俺達を使い潰そうという発想が出てこないあたりが、リュンケルに甘ちゃん呼ばわりされる所以なんだろうなあ。というかそれでBクラスにトップを持ってかれたら本末転倒なんですけど、そこんとこわかってんのかいお嬢ちゃん達よう。
……いやまあ、俺の見立てでは順当に行けばトップは卍解ちゃん達Cクラスだから、別にいいんだけどね。
放課後。早くも有栖欠乏症に陥ってしまった俺は心に出来た隙間を埋めるため、癒しを求めて行きつけの施設に足を運んでいた。
植物庭園『ルビカンテ』。
学校1植物を愛してやまないと自負するこの俺が去年生徒会に掛け合い、多少のあぶく銭を寄付という形で学校側に返還する見返りとして設立してもらった我が楽園である。
本来の植物園は大学や研究機関等が植物学研究のために用いる植物を収集・分類・栽培し、それらの標本を保管するための施設なので、ただ多種多様な植物を集めて管理しているだけの施設であるここは厳密には植物園ではないのかもしれないが、他に言い表す単語も無いしまあ良いじゃないか植物園で。
入場料は100ポイントと格安だが遊びたい盛りの高校生がこんな地味な施設を好む筈も無く、また自習に利用するにしても図書館の方が適切であるため、基本的に常に閑古鳥が鳴いている。利用してるのはせいぜい生粋の植物愛好家たる俺と、人付き合いと人ごみが苦手な人間が集まったきよぽんグループくらいだろう。
監視カメラもついておらず、管理を任されている大人もそう頻繁に来ないので、悪巧みしたり密談するにはもってこいの場所……とはならない。何故ならよりにもよって『歩くプライバシーの侵害』と評判の俺が頻繁に通っているから、無条件で情報を抜き取られるリスクを抱える羽目になる。ましてや特別試験中にわざわざ訪れるような子は、2年生や3年生には誰1人としといないだろう。
「おやあ? 本条センパイじゃないですか~? こんな辺鄙な所で1人寂しく何してるのかにゃ~?」
……まあつまり、1年生なら訪れても不思議ではないということだよね。
日本各地から集められた珍しい植物達から大自然パワーを補給している俺に声をかけてきたのは、先日無事ケン坊とパートナーを組んだらしい1年Aクラスの天沢一夏ちゃん。通称─
「おや、チカちゃんⅡじゃないか。テスト期間だというのにサボりかい? ちょっと感心しないなあ」
「こうしてぬぼーっとしてるセンパイには言われたくないんですけどー? それにチカちゃんⅡって、もしかして私のこと?」
「もしかしなくても君のことだよ? 一夏だからチカちゃん。わかりやすいでしょ」
「ちょっと安直過ぎだし、なんで2世なのかな?」
「去年空手部幽霊部員だったときにお世話になった先輩に正親って先輩がいてね、その人が初代チカちゃんなんだ」
「幽霊部員なら大してお世話になってないんじゃないですかー?」
「おお、よくわかったね大正解。ご褒美にハッピーターンをあげよう」
「わーい」
俺からハッピーターンを受け取ると、チカちゃんⅡは即座に包みを剥がして完食した。ふむふむ、チカチャンⅡは最初にハッピーターンの粉を舐めとるタイプなんだね。
「んぐんぐ……それで話は戻るけどさ、本条センパイはこんなとこで何してたのかな?」
「俺の楽園をこんなとこ呼ばわりはやめてくんない? テスト前で有栖が全然構ってくれなくて淋しいし心細いから、大自然の力を借りて気を紛らわせてたのさ」
「有栖って、もしかして彼女さんかな? 先輩も隅におけないんだ。でも女々しいところは減点かなー? そんなことじゃその内愛想尽かされちゃうかもよ?」
「おいおい、『男は男らしく、女は女らしく』なんて考え今時流行らないよ? うちの妹も現在進行形で男前街道を邁進してるしね。聞いた話じゃ海水浴行ったとき、溺れかけた子をライフセーバーより迅速に救助したらしいよ?」
「それは確かに男前過ぎるね」
常日頃から無自覚のイケメンムーブのおかげで同性から告白されたり、ラブレターを貰ったりも日常茶飯事だったなあ。その反面異性への免疫があまり無かったりと、実に弄り甲斐のあるキャラクターをしている。当然生粋のサディストである有栖も大のお気に入りであり、中学時代は散々玩具にしたせいで桐花ちゃんからは結構な苦手意識を持たれてたっけなあ。今回合理を優先しペアの申請を承認した辺り、そう深刻なことでもないんだろうけどさ。
……さてと。こうして会っちゃったことだし多少心苦しいけどちょっと切り込んでみるか。
「ところでさチカちゃんⅡ、1つ聞きたいんだけど」
「え、何々? 私のスリーサイズとか? 本条センパイのえっち」
「そんなのひと目見りゃわかるからもし気になってもいちいち聞かないよ。俺が聞きたいことってのはね─」
「いやちょっと待ってセンパイ。今聞き捨てならないこと言ったよね? 何ごく自然に話進めてんの」
「なんだよう、ちょっとばかし目が良過ぎるんだから仕方ないじゃんかよう」
「いや、そんな拗ねられても……」
チカちゃんⅡは何やら腑に落ちないのかブツブツと言ってるが、望んでもないのに勝手に情報が目に入ってくることに文句を言われる俺の身にもなってほしいなあ。
「話戻していーい? これ以上ゴネるなら俺もう帰っちゃうよ?」
「ああもう了解了解わかりました、今回は見逃してあげるよまったくもう。このセンパイあたしより勝手気ままだニャ~……」
「あっはっは、よく言われるよ。それで聞きたいことなんだけどね……
君ほんとに清隆君を退学に追い込む気あるの? ホワイトルームの刺客さん」
……ふむ、完全に虚を突いたのに表面上は平然としてるようだね。表面上だけとはいえ大した精神力だと感心しちゃう。そしてホワイトルーム生皆が皆清隆君みたいに心を閉ざせる訳じゃ無いんだね。
「清隆って、綾小路センパイのこと? なんであたしがあのセンパイを退学に追い込まなくちゃならないの? それに、ホワイトルーム? 刺客? 何言ってるか全然わかんないんだけど」
「ああ、そういうのいいから。残念だけど俺はもう君が
それでいい……と答える筈がないとわかっていながら、敢えてチカちゃんⅡに問いかける。俺をこのまま野放しにすれば、わざわざ彼の前でケン坊とペアを組んで警戒レベルを下げた意味が無くなるだろうからね。
自分がホワイトルーム生であることをまだ清隆君に告げ口されてないなら今ここで口封じしておくべきだし、実は既にされていたとしてもちゃんと俺の口から撤回させれば最悪の事態は回避できる。
清隆君はとてつもなく疑い深い人物だから特異な目を持つ俺からの情報だろうと、自分の目で決定的な証拠を掴まない限り白黒ハッキリつけたりしないが、黒に近いグレーと白に近いグレーでは今後選べる選択肢が大きく変わってくるだろう。
……まあつまりどちらにせよチカちゃんⅡは、今ここで俺を屈服させて言うことを聞かせなきゃならない訳だ。
チカチャンⅡはしばらく俺を怪訝な目で見つめていたが、やがて観念したように嘆息しつつ肩を竦める。
「マジでしらばっくれも無駄そうだね。……でもなんでわかったのかな? それらしいミスを犯した覚えなんて無いんだけどなー」
「理由としては3つかな。まず1つ目はシューちゃん─俺のペアの松任谷秀司君なんだけど、彼もホワイトルーム関係者だろ?」
「そうだけど、まさか秀司がゲロった……なんてことは流石にないよね?」
「うん、彼はまだ自分が見破られてることすら知らないと思うよ。ただ彼は俺とのちょっとした雑談の途中で、君とは何の接点も無いって言っちゃったんだ。嘘の通用しない俺に、ね」
ホワイトルーム生である彼と旧知の仲であるチカちゃんⅡも、同じくホワイトルーム生である可能性が極めて高い。お子様でもわかる単純なロジックだ。
「あんの落ちこぼれ……遅かれ早かれ覚悟だけはしてたけど、もう足を引っ張っちゃうのかー……」
「うわあ、ひっどい言われようだねシューちゃんも。……2つ目は、君の体かな」
「何だかやらしーですね」
「思春期だからそう聞こえるんだろうね。……肌つや、筋肉の付き方のバランス、姿勢、あとは歩いたときの重心移動がほぼ理想的だ。それらは全て清隆君にも共通する以上、同じくホワイトルーム出身の可能性が高い」
「なるほどー……でもその2つじゃ、まだ断定するには弱いよね? たまたまあたしが理想的な肉体なだけって線もあるし、秀司とはクラスメイトなんだから入学してから仲良くなっただけって可能性も無くはないんじゃない?」
「そうだね、だから決定的なのは3つ目の理由。さっきした質問にも関わってくるんだけど……君、清隆君に特別な感情を抱いてるでしょ。それも愛とか恋みたいなわかりやすいものじゃない、とってもおもた~い感情を」
……おやおや。正体を看過されてなお飄々としていたのに、いきなり能面のような表情になったね。そして溢れ出てくる強い負の感情……こいつは相当怒ってるようだ。
まあいいか、話を続けよう。
「ホリリン達と問答しているときも、常に君の意識は清隆君に向いていたよね。生まれてからここに来るまで施設に籠りきりで、こっちの世界の知り合いなんて1人としていなかったらしい彼に、何かしらの強い感情を抱いている新入生。これはもう疑いの余地の─おっと」
女子が繰り出したとは俄に信じ難い程鋭い拳が急に飛んできたので、何とか紙一重で避けて距離を取る。いきなり暴挙に出た本人は俺に向かってにこやかに微笑んでるが、その目はまったく笑ってないのでチョーこわい。
「あはは、『歩くプライバシーの侵害』なんて呼ばれてるだけあるじゃん。生まれて初めてだよ……ここまで不快に感じさせられたのはさっ!」
チカちゃんⅡは距離を一瞬で詰め、俺の胴めがけて鋭い蹴りを放ってくる。俺が右手で受けとめようとする直前─
「うお、あぶね」
股関節を内旋させることで軌道を変え俺の側頭部を狙ってきたので、俺も拳を振り上げて弾き飛ばす。
古武術の縮地にブラジリアンキックの複合技……天才を造る、なんて荒唐無稽な施設出身なだけのことはあるね。
「おいおい気に障ったなら謝るけど、いきなり暴力に訴えるのは野蛮なんじゃない?」
「センパイは一般人にしてはそこそこ優秀みたいだから、たぶんもう気づいてるんでしょ? あたしがホワイトルーム生だってことを綾小路センパイに告げ口されたら困るから、暴力で脅してでも口封じしなきゃならないってさ」
呑気に会話している間も、チカちゃんⅡの猛攻は絶えず続いている。対応を一手間違えれば常人なら病院送りになりかねない暴力の嵐を、残らず紙一重で捌いていく。
「みやびん先輩は多少の喧嘩をいちいち咎めたりしないけどさ、一方的に怪我を負わせたりしたら話は別だと思うよ? その辺の対策はちゃんと考えてるの?」
「まったく問題ないよ。センパイ2年生では一番優秀だって評判なんでしょ? そんな人が後輩の女の子にボコボコにされました~、助けてください~……なんて学校に泣きついたりできる?」
「なるほどねえ……確かに俺は今後も他クラスからの警戒を一身に集めるためにも、最強であると思わせ続けなきゃならない立場だ。もし君にやられちゃっても泣き寝入りするしかないね」
「そういうこと。まあ腕の一本くらいで勘弁したげるから、転んで怪我したとでも誤魔化しといて……ねっ!」
チカちゃんⅡの放った旋風脚を右手で受け止め、勢いを殺すため後方に跳ぶ。
しっかし重たいな……女の子の蹴りとは思えない威力だね。身体能力はマスミンや桐花ちゃんより遥かに高く、満足先輩に匹敵するかも。
それに多種多様の格闘技を違和感無く複合させていて、その1つ1つが極めて高いレベルに仕上がっている。はっきり言って戦闘技術は俺より明確に上だ。
加えてこの距離間と蹴りを主体とする戦い方は、まず間違いなく俺に不利を強いるためだけにチョイスしたのだろう。俺の空手は八極拳をベースにしているので、至近距離でないと十全に力を発揮できない。
まったく、中々厄介な相手だね。……これで全力なら本気で闘えば苦も無く無力化できるだろうけど、怪我させちゃったら可哀想だし、ちょっと搦め手を使おっか。
「あれれ? 本条センパイはとんでもなく強いって聞いてたのに、こんな小娘相手に防戦一方なのかな? 思ったより大したことないんだね」
「そだね。このままだとジリ貧だろうし、ここは秘密兵器を使っちゃおっかな」
何やらチカちゃんⅡはこちらを見下すようにせせら笑っているが、あいにくとそんな挑発に乗るような真っ当な感性は持ってないので、さっさと終わらせるべく懐に右手を忍ばせる。
「勝てないと見るや武器に頼るなんて、清々しいほどプライドが無いんだね。……でも残念、あの施設では武器を持った相手への対処法も叩き込まれたから、ナイフだろうと銃だろうとあたしには勝てないよ!」
凶悪な笑みを浮かべてチカちゃんⅡはこちらへ前進する。先ほどのように縮地を用いてないことから、無用心に見せかけてしっかり俺の右手に警戒している。
おそらくホワイトルームとやらは様々な知識、教養、技術だけでなく、ありとあらゆる局面への対処法も身に付けさせているんだろうね。どれだけ不意をついたところで、それが既知のものであれば問題なく処理するできるんだろう。だから俺は、
懐から取り出したシレネの花を一輪、彼女の目の前にふわりと放り投げた。
「──」
おそらくホワイトルームでも教わらなかったであろう未知の一手に、チカちゃんⅡはほんの一瞬……時間にして0コンマ数秒ほど思考を停止させ、本人の意思とは無関係に空を漂う紫の花に視線を奪われた。ほんの少し先の未来が視える俺に対して、それは致命的な隙となる。
その隙に俺は意趣返しも兼ねて先ほど彼女の用いた縮地を見よう見まねで模倣し、生じた彼女の盲点を抉るように通り過ぎる。
そしてすれ違い様に彼女の両手両足に、4本の細いワイヤーが巻き付いた。
「っ─あぅ!?」
肉にワイヤーが食い込む感触にチカちゃんⅡは我に返るがもう遅い……俺は振り返りながら4本のワイヤーを巧みに操り彼女の四肢を拘束し、最後の仕上げに足払いで転ばせた。
「あっれぇ……ちょっと予想外」
「俺の眼についてもたぶん理事長代理から聞いていたんだろうけど……どの程度なのかは実際に体験してみないとわからないよね」
ふむ……俺の目を通してでなくとも動揺が隠せてないね。どうやらプライドを深く傷つけちゃったみたいだ。なんかごめんね。
「あたしが、綾小路センパイならまだしも、外の人間に……」
「身体能力は高い、戦闘技術は超一流、対人経験も申し分無い。……でもその程度じゃ、清隆君には手も足も出ないだろうね。彼の敵にならないのは、賢明な判断だよ」
コンプラ的に女の子をこんなボンレスハムみたいな格好のままにしておく訳にもいかないので、すぐにほどいてあげたが彼女はまだ茫然自失していて再び襲いかかっては来なかった。
「心配しなくても彼には黙っておいてあげるってば。俺ネタバレは嫌いだし、人にされて嫌なことはせず、人にされて嬉しいことは進んでやるのが本条家の家訓だからね」
ことあるごとに花を配ったり、エンタメでサプライズを与えたりするのもその一貫だ。
放心状態から戻らないチカちゃんⅡを放置し、俺は『ルビカンテ』を後にした。
……チカちゃんⅡはシューちゃんのことを落ちこぼれ呼ばわりしていたことから、彼の実力はチカチャンⅡより劣ると判断していいだろう。
2人を俺や清隆君を退学に追い込むために送り込んだとしたら、あまりに無謀な挑戦だ。つまりあの2人はフェイクかスペアで、本命のホワイトルーム生が少なくともあと1人いるんだろうね。
翌日の金曜日。ウチのクラスは皆既にペアを成立させてしまったこともあってこれといったイベントも無く終了し、その次の日の土曜日は1日中勉強に没頭した。平日は3時間までだけど休日は学校が無い分3倍の9時間まで。ただでさえ時間が足りない分、一秒たりとも無駄にしない心構えで使い切った。
そして日曜日。この日も朝から晩まで寝食は惜しまない程度に机に没頭していたのだが、10時を過ぎた辺りで携帯からメールの着信音が鳴り響く。
ストップウォッチを一旦止めて携帯を起動させると、差し出し人不明のメールが1通。
「どれどれ……なんだこりゃ?」
102287732
↓
3586017379
↓
91434395443
A=1
誰が送ってきたかが謎なら、送られてきたメール内容も謎めいていた。意味不明な数字の羅列……暗号か何かかな?
「……………………ああ、そういうことね。どこの誰だかしらないけど、面倒なもの作りおってからに」
俺はノートを広げ暗号を解読するため計算式を書き出していく。暗号の解き方はさほど難しくはないが、手順が面倒な上暗算で行うには少々ハードルが高い。有栖ならもしかしたら暗算でも解けるかもしれないが、残念ながら俺の演算能力ではちょっとしんどい。
「……よし、計算終わり。あとは置き換えたやつに1つ1つ当て嵌めてっと……解いたら解いたで厄介な内容だね」
とはいえわざわざ苦労して暗号を解いておいてノータッチってのもアレだよね。
俺はジャージから外出用のスーツに着替え、お馴染みストーカー御用達機能こと位置情報サービスで彼の居場所を調べる……仮にもテスト期間中にこんなとこで何してんのさまったく。
綾小路以外はすべからく格下!……とイキりにイキりまくっていた天沢さんでしたが、桐葉式ワイヤー術の前にあえなく撃沈。流石のホワイトルームでも未来が視える奴や戦闘中に花で注意を逸らそうとする奴との経験は得られなかったようです。
綾小路「得られてたまるか」
最後に送られてきた暗号ですが、計算に自信がある方は是非ともチャレンジしてみてください。ヒントはコンピューターです。