女王の女王─2年生編─   作:アスランLS

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大変お待たせしました。
私の務めている会社がもっと大きな会社に買収されたりと、リアルが色々と大変ですが頑張って更新していきます


本条桐葉VS八神拓也(後編)

 

【side:八神拓也】

 

 

 一本目、ニ本目のダーツは既に20点のトリプルエリアに突き刺さっている。そしてこの手元に残った3本目を投擲すれば僕の第一セットは終わり本条に交代する。

 僕はダーツを握りセットアップに入る。グリップはオーソドックスなストロー持ちのスリーフィンガー。

 肘を中心に腕が扇形を描くようにテイクバックし、肘を固定したまま紙飛行機を飛ばすようにリリース……3本目も当然同じエリアに突き刺さる。

 もう何千何万回と繰り返したルーティンのようなものだ。ホワイトルームを出てここに来てからは一度も握っていなかったが、もう頭ではなく体が覚えてるレベルで染み付いている。正直外す方が難しいくらいだ。

 

「3本とも60点か、幸先良いスタートだね」

「本心でそれを言っているなら投了を勧めるよ。その程度なら残念ながら到底僕に挑むレベルに達していない」

「言うねえ」

 

 大方相手の土俵で捻じ伏せれば鼻っ柱もへし折れる、とか浅はかな考えで秀司から情報を半端に聞き出したんだろうけど、アンタは僕のダーツへの思い入れの強さを見誤った。

 

 綾小路清隆。

 

 その名前を知ったのは果たしていつだったか、正確な日付までは思い出せやしない。しかし、物心ついたときには記憶の中にはっきりと刻み込まれていた。

 ホワイトルーム関係者でその名前を知らない者はいない。特に1つ下の5期生である自分達は、奴の影響を最も強く受けた世代だろう。

 どれだけ過酷なカリキュラムをこなそうと、どれだけ非凡な成績を叩き出そうと、教官達は口を揃えて「1年前の綾小路清隆はもっと凄かった」と僕達の努力を認めようとしなかっと。同期の面々は一夏のように奴を崇拝するか、秀司のように自分とは違う生き物だと諦めるかのどちらかに別れた。

 なんて情けない話だろう。

 僕は違う。僕だけは違う。綾小路清隆より劣った人間だと、認めるなんて断じて許せない。そのことを認めてしまえば、血反吐を吐きながら研鑽を積んできた自分の存在意義は何なんだ。あれに抱くべき感情は崇拝でも諦観でもない……憎悪だ。自分に仇なす者敵だと強く憎むこの感情こそが、綾小路清隆を超える力になるんだ。

 だからこそ教官達から提示された、あの男が叩き出したという驚異的な成績の数々……その1つに初めて並ぶことができたあの日を、僕は片時も忘れたことは無い。

 勿論こんなレクリエーション1つ追いついただけで奴に並んだとは思わない。だがこの結果こそが綾小路清隆が決して追いすがることのできない怪物等ではなく、蹴落とすことができる相手であるという証明そのものだ。

 当然一度並んだだけで満足はせず、その後も研鑽に研鑽に研鑽に研鑽に研鑽を重ね、とうとう僕はコンスタントに満点を取れるほどダーツを極めるに至った。

 もはや相手が綾小路清隆だろうと負けはしない。ましてやこんな、何不自由無いぬるま湯のような環境でぬくぬくと育ったような奴に遅れを取る筈が──

 

「おいおい、いくらなんでも勝ち誇るのは気が早いんじゃないか八神君? ゲームはまだ始まったばかりだぜ」

 

 そう不敵に笑いながら、本条はボードからダーツを抜き取る。その表情からは焦りが微塵も伺えない。

 

 本条桐葉。

 

 器用全能、高育始まって以来の傑物との呼び声高い人物で……生物学上では僕の兄にあたる人物。

 だがこんなレベルの低い環境でトップの成績だとして、何の脅威も感じやしない。

 でもまあ、一夏を一蹴したことから並のホワイトルーム生では太刀打ちできないだろうから、綾小路を蹴落とす前の前哨戦としては悪くない相手か。

 効率良くダーツを回収できるよう僕がボードの横に移動すると、本条はスローラインに立ちダーツを構えた。

 さて、僕のスローイングを目の当たりにしながらも、大口を叩ける腕前はどれほどのものか……

 

「よっと」

 

 本条のグリップは僕と同じくストロー持ちのスリーフィンガー。肘を中心に腕が扇形を描くようにテイクバックし、肘を固定したまま紙飛行機を飛ばすようにリリース……そのまま20点のトリプルエリアに突き刺さった。

 

「……っ!」

 

 真正面からその一連の動作を目の当たりした僕は、衝撃を隠しきれない。

 完璧だった。ダーツを極めた僕だからわかる……本条のそれは一切ケチのつけようの無い、僕と何ら遜色の無い理想的なフォームだった。

 本条は続いて2本目、3本目のダーツを投擲するが、2本とも当然のごとく同じ箇所に命中した。それはそうだ、あのフォームを習得しているのなら当てようとしなくとも当たる。

 

「言ったろ? 勝ち誇んのは早いってさ」

「……生意気な」

 

 気に入らない……だが認めてやろう本条桐葉、お前は僕に挑む資格を有した敵だったようだ。

 だが─

 僕はダーツを回収してスローラインからダーツを投擲し、180ポイントが加算される。

 完璧なフォームなどあくまでスタートラインに過ぎない。僕は仮にもし綾小路とダーツで勝負する機会があれば、必ず勝利をもぎ取れるよう研鑽を重ねてきた。相手もフルスコアをマークしてくるなど想定内でしかない。

 

「……ねえヤガミン、もし8セットまで終了して2人とも1440点の場合どうしよっか?」

 

 ダーツを回収しながら本条がそう問いかけてくる。そのヘンテコなアダ名は正直いただけないが……

 

「当然スコアに差がつくまで繰り返すさ。僕に挑んだんだ、引き分けなんて興醒めな結果で終わらせはしないよ」

「まあ、そうなるよね。んー、でもな〜……」

 

 スローラインに立ったものの、何故か本条は頭をガシガシとかきつつうんざりしたように目を瞑り、投擲モーションに入ろうとしない。

 

「……何をしてるのさ? さっさと投─」

「飽きた」

「……………………は?」

 

 おそらく今の僕は初めて綾小路を実物で見たときと似たような表情をしているだろう。気がつけば両の拳を握りしめていた。 

 

「どういう、意味だ……?」

「見たところヤガミンは、ちょっとやそっとのことじゃあコントロールミスなんてしなさそうだ。そしてそれは俺も同じなんだよね。となれば、どちらかがミスるまで延々とダーツを投げ続けなきゃならないわけじゃん? 想像しただけでやる気が失せてきちゃった」

「それで勝負を投げると? アンタ、この勝負に負けるとどうなるかちゃんとわかっているのか?」

 

 そう言えばこいつ、他人の嘘を見抜ける目を持ってるんだったっけ。ならさっき僕が自殺教唆を仄めかしていたことは、たぶんブラフだと見抜いていたのだろう。

 だとしても、負ければ退学だということはなおさらちゃんとわかっている筈だ。そんな便利な目があるなら、僕が手心など加えないと見抜けなければおかしいからね。

 

「勿論そんなことはありえないよ。どんな内容であれ、勝負するからにはちゃんと勝たないとね。……だからここは俺のモチベーションを維持するため、ゲームに1つ要素を付け加えるよ」

 

 そう言いつつ本条は一歩分、スローラインから後ろへ下がり、その距離からダーツを投擲した。

 

「なっ……!?」

「これから先一セット毎に俺は、一歩ずつ後ろに下がりつつ投げることにするよ。こうすれば、ゲームが無制限に続くことはなくなるだろう?」

 

 続いて2本目のダーツも投擲。

 

「あっ、ヤガミンがどうするのかは君の自由だよ? 俺に張り合って下がっていくのもよし、余計なリスクを背負わず確実に勝ちに行くのもオーケーさ」

 

 3本目のダーツも投擲。規定の距離外から放たれた3本の矢は、ブレることなく1セット目と同じ位置に突き刺さった。

 

「…………」

 

 僕はダーツを回収しスローラインに立つと、僅かに逡巡してから規定の位置のまま投擲した。

 

「ありゃりゃ、つれないね」

「生憎と、アンタのくだらないお遊びに付き合ってやるほど酔狂じゃないんでね」

 

 愚かな男だ。ダーツにおける距離感とはフォーム、力加減、放すタイミングに並ぶ、成否を分かつ極めて重要な要素だというのに、1セット毎にそれを狂わせる? 勝負を捨てているとしか思えない。

 突然の奇行に多少面食らわせられたが何のことは無い、少し考えれば魂胆は予想できる。

 本条は8セット目が終了し両者がフルスコアだった場合の、どちらかがミスをするまで投げ合うサドンデスを勝ち切る自信が無かったのだろう。でなければ自分の人生を左右する勝負ごとの最中にこんなふざけたアプローチをしてくる筈が無い。

 大方僕が意地を張って応戦し乱戦に持ち込むことで勝機を見出そうとしたんだろうが、わざわざそちらから自滅してくれる以上そんな茶番に付き合う義理は無いね。

 僅かなミスさえ許されない重圧に、よもや挑戦する前から逃げ出すとは……どうやら僕の見込み違いだったようだな。実に無駄な時間を使わされたものだ。本当にくだらない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 僕は目の前の現実を受け入れるのに苦心している。はたして本当にこんなことが、あり得ていいのか……? 

 

「しょーい☆」

 

 現在6セット目。もう既に規定の距離とは倍近く離れた位置から、やはり気の抜けるような掛け声と共に放たれた3投目のダーツは、予定調和の如く20点トリプルエリアへと突き刺さった。

 理想とされるフォームからはもう随分とかけ離れた投げ方に変わっていっているのに、まるで磁力が内蔵されているかのように狙った位置に吸い付いてくる。

 何なんだこれは? 僕は綾小路に勝つためどんな状況下でも結果を出せるよう、ありとあらゆるプレッシャーを想定し耐える訓練も積んできた……けど、いくらなんでもこんな奇々怪々な状況は想定していない! 

 

「……? どしたのヤガミン、君の番だよー?」

「っ……!」

 

 本条に急かされ、僕は脳を過った何かを振り払うように乱暴にダーツを掴む。が……なんだこのダーツ、なんでこんなベタベタして……

 

 

 

 

 いや違う、ベタついているのは手の方─僕の手は、気づかぬ内に汗にまみれていた。

 何だこれは? よもや、プレッシャーに気圧されているとでも言うのか?僕が?この僕が?……ふざけるな! そんな事あってたまるものか! 

 

「チッ……!」

 

 そもそもこのくらいのイレギュラーで遅れを取る僕じゃあない! 焼けつくような炎天下だろうが、凍えるような寒冷下だろうが、いかなる環境でもベストスコアを出せるよう腕を磨いてきた僕に死角など無い! 

 

「7セット目も満点かー、いよいよ追い込まれちゃったかなー?」

 

 弱気な呟きとは裏腹に、本条は変わらず能天気そうな笑みを浮かべている。自分がミスをしないと確信していなければ取れない態度だ。

 

「……おやおや? 爽やかな見た目に反して随分と必死じゃないか」

 

 ムカつく軽口と共に懐からハンカチを取り出し、ダーツに付着した手汗を拭う本条。非常に苛つくが否定材料が無いためここは目を伏せ沈黙を保つ。

 

「ほいっと」

 

 能天気としか表現できない掛け声の後に、ダーツが突き刺さる音が耳に響く。ボードの方に視線を向けると、案の定ダーツは全て60点エリアに収まっていた。

 これで第7セットもお互いフルスコアで終了。次の第8セットも両者フルスコアなら─まず間違いなくそうなるだろうが─どちらかがミスをするまでのサドンデスに突入する。

 僕はボードからダーツを抜き取りセットポジションに赴く。

 

「…………ッ!」

 

 ……本条がこのままセットポジションから後退し続けるならば、いつかは確実に失敗する。もう既に勝敗の見えた圧倒的に僕が優位な状況……だというのに何故─

 

 

 

 

 握りしめたダーツが、こんなに重く感じるんだ? 

 

 

 

 

「…………おや? どしたのヤガミン、何かトラブルでもあったー?」

「っ、何でも無い!」

 

 認めない、認めない……この僕がこんな奴にプレッシャーを感じているなど、断じて認めてなるものか! 

 僕はどんな犠牲を払ってでも綾小路を倒さなくちゃならない……こんなところで、負けるわけにはいかないんだよ! 

 僕は手のひらが感じ取る強烈な違和感と、理性が訴えかけてくる警鐘を無視全部してダーツを構えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー……どんまい」

「……うるさい」

「やっぱり何かアクシデンツでもあったんじゃなーい? ルーティンも崩れてたし。……ちょっと気の毒だから振り直してもいいんだよ?」

「うるさいって言ってるだろ! さっさとセットポジションにつけよ!」

 

 8セット目の結果はそれぞれ20のダブル、1のトリプル、5のシングルの計48点。続いて本条のターンに入るが、残る3本のうち1つでも20のトリプルどころか真ん中のダブルブルに命中すれば逆転となる点差。

 投げる位置は既に本来の倍以上の距離からとなっているが、ダブルブルは20のトリプルよりもずっと狙いが定めやすく、ここまでノーミスの本条がそれを仕損じる可能性は極めて低い。

 ……プレッシャーに飲まれた無様な自分への怒りで頭が変になりそうだが、もはや認めざるを得ない……この勝負、僕の負けだ。

 

「……って、は? おい、何してるんだ……!?」

 

 屈辱感に身を震わせていると、何を思ったのか本条は突然壁に取り付けられたボードを外し、それを持ったままリビングから出ていった。慌てて追いかけると既に玄関で靴を履き替え始めているではないか。

 

「何の、つもりだ……?」

「この部屋窮屈だしちょっと興が乗ったから、外の広々としたとこで投げたい」

「はぁっ!?」

 

 意味がわからない。理屈が通らない。

 さっきまでの謎行動は勝つための布石……奇抜な行動を取ることで僕へプレッシャーをかけ、ミスを誘発する狙いだと理解できなくもない。僕が自発的にミスをする確率は極めて低く、それを見抜いたならば正攻法で戦えば不利だと判断できるからだ。

 ……だが勝利を目前にして、何故わざわざ自分が不利になるようなことを? この勝負は気心の知れた友人同士での他愛もないお遊びなどではなく、負ければ自分の将来を大きく歪めるリスクを抱えた真剣勝負だというのに。

 あまりに理解の及ばない奇行に若干恐怖を感じながら部屋の外に出た本条についていくと、

 

「はい、これ持ってそこで立ってて」

「は……?」

 

 玄関を出た先の廊下で本条は急に抱えていたボードを僕に預けて、そのまま僕から離れるように廊下を歩いていき、やがて踵を返し僕に向き直りダーツを構えた。

 

 その距離、およそ10メートル。

 通常の投擲距離の4倍以上。

 

「しょ、正気か……!?」

 

 ダーツの重さは平均20グラム弱ととても軽いため、風の影響をもろに受ける。屋外でダーツを狙った位置に刺すことは屋内と比べて遥かに難しい。ましてや10メートルなんて問題外。狙いがどうこう以前にボードに届かせることすら─

 

「よーく見てなよ、そして学ぶと良い。もし君が本気で清隆君を超えたいなら─

 

 

 

 

 

 常識を超越する必要があるってことを」

 

 混乱する僕の思考をぶった切りながら、本条は投擲準備に入る。その構えは彼の台詞に違わず、最早ダーツの正しい投げ方からはかけ離れた奇妙なものであった。

 こちらから背中が見えるほど大きく旋回する上半身。遠く離れているのにあたかもギチリギチリと聞こえてくるかのように筋肉が引き伸ばされていき、やがて限界まで引き伸ばされると静止し……

 

「 覇 ! 」

 

 先ほどまでとはまるで違う気を噴くような咆哮と共に、本条は力強い一歩を踏み出した。それに引っ張られるように連動して逆旋回する腕から、蓄えられたエネルギーが一気に解放される。

 

 

「───」

 

 

 風の影響など微塵も考慮する必要と無いとばかりに、投擲された一筋の矢はデタラメな速度を伴って飛来し、ボードのど真ん中を刺し貫いた。

 

「…………ッ」

 

 もし僕がこのボードを構えていなければ、このダーツは果たしてどこに突き刺さっていたのか─ついそんな不吉な仮想をしてしまい表情が引き攣りつつボードを確認してみると、案の定ダーツは中心……50点のダブルブルを射止めていた。

 

「残り2本は、まあもう投げなくていいよね。……俺の勝ちだ、拓也君」

 

 呆然とする僕のもとへ、不敵な笑みを浮かべ歩み寄ってくる本条。格下だと判断していた相手からの勝利宣言─さっきまでの僕なら憤死しかねないくらい屈辱を感じていただろうが、不思議とそんな感情は湧き上がってこなかった。

 勿論悔しくはあるのだが……あんな芸当を目の前で見せつけられては、負けを認めるしかないだろう。

 重ねて述べるが、この軽いダーツをあんな遠くからここまで折らずに届かせるだけでも至難の技であり、ましてや届かせられたとして狙った位置に着弾させるなんて、もう人間の領域から外れている。おそらくリリースタイミングや腕を振る角度がほんの僅か、たった1センチでも狂えば失敗するだろう。

 並外れた剛腕に自身の体重と遠心力をダーツに乗せる技術、そして雨水を針に通すが如き精密性がなければ実現しない神業だ。

 

 ……もしかしてこの人は、あの綾小路清隆さえ超えているのではないか? 

 

 そう感じるには十分過ぎる一投だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……それで本条先輩は、いや君のバックにいる坂柳先輩は僕に何を求めているんだ?」

「さあ?」

「…………」

 

 再び僕の部屋にて、勝負に負けた僕は約束に則りどんな要求を突きつけてくるのか本条に尋ねた。ホワイトルームを潰す……なんて大言壮語を宣うからには、さぞ難儀なことを押しつけられるのだろうと少々憂鬱気味だったのだが……本条の返答はこれだった。思わずズッコケそうになったが僕にもメンツがあるのでどうにか踏み止まる。

 

「えーとね、君をどうにかして味方につけるよう有栖から指示されるんだけど、方法は全部俺に一任されたのさ。で、シューちゃんから聞いた断片的な情報から推察して、どうも懐柔は難しそうだから手っ取り早くこういうルールにしたんだ。だから有栖には今君に求めてることは特に無いだろうし、俺は有栖がなぜ君を味方につけようとしたのか知りません、はい」

「はいじゃないよ。もう少し疑問を持て」

 

 なんでこの人はそんなあやふやで不透明な指示に、自分の未来を軽々しく賭けられるんだ? 何かやばい薬でもやってるんじゃないかと少し心配になる。

 

「有栖の回りくどい悪巧みなんて、別に珍しいことでもないからねぇ、そしてそういうときは詮索せず放っておいた方が一番楽しめるって歴史が証明しているんだなこれが。……ホワイトルームと事を構えるのもたぶんずっと先のことだろうし、君への要求は当面は保留。クラス一丸となってAクラスを目指すのも、清隆君を退学させようと裏工作しようと君の自由、好き放題学生生活を謳歌したまえ拓也君」

 

 言うだけ言うと本条は僕の部屋から出ていこうとするも、どうしても気になっていることが1つ残っているので引き留める。

 

「ちょっと待て本条先輩、何故僕を下の名前で呼ぶ。アンタの他人の呼び方の法則は理事長代理から聞かされているが、今日のやりとりのどこで僕を認めたんだ?」

「えー、そんなことまでペラペラ話したのあの人。この学校の大人ってコンプラがなってないとなれないのかなー?」

「いいから、答えてよ」

「んーとね……正攻法で勝負してたら勝敗がわからなかったのと、あと最後の一投で君が真摯に勝負を受けてくれたこと、かな」

「真摯に? どういうことだ」

「あれだけ負けることを屈辱に思ってたのに、君はボードを構えた位置から少しもずらさなかったでしょ。ちょっとうっかり傾けるだけで狙いを外してただろうに」

「当たり前だ。勝つために必要ならイカサマも別に躊躇わないが、そんな無様な反則は己の価値を下げるだけだろう」

 

 勝利につながらないイカサマなどただ見苦しいだけだ。あれを外したとして本条にはあと2本残っていたのだから、僕からボードを取り上げてその辺の壁にでも貼り付けたらそれでゲームセットだろうに。

 

「ふむ……それを聞いてちょっと安心したよ。次は正々堂々フェアな条件で戦いたいぜ」

「は? いったいどういう─っと」

 

 玄関から出る際、本条は突然3本のダーツを僕に投げ渡してきた。咄嗟だったがどうにかキャッチすることに成功したものの、その間に本条はドアを閉めて去っていった。

 

「……そういうことか。あの野郎、味な真似を……!」

 

 手に収まった3本のダーツは、最終セットでなぜ僕がコントロールを乱したのかの答えを示していた。

 このダーツ……1〜7セット目に使用していたものに比べて10グラムほど重くなっている。

 たかが10グラムと思うなかれ。これだけ重さが違えば重心も、投げる際のリリースタイミングも何もかもが変わってくる。

 いくら僕でも30グラムのダーツを20グラムと勘違いして投げたりしたら、当然コントロールなど狂いまくる。

 クソが、奴の重圧に当てられてダーツが重く感じたと思ったら、実際に重量が変わってたとは……入れ替わったタイミングはおそらく7セット目、思い返せばあのタイミングで僕は本条から注意を逸らしていた。あれだけ無防備ならすり替え放題だったろう……

 

「ちくしょう、すべて奴の思う壺じゃないか! 僕ともあろうものが不覚を取った!」

 

 怒りに任せてダーツをゴミ箱に叩き込む。

 何が腹立つって、奴が負けを恐れてこんなイカサマをしたんじゃないって理解できることだ。あんな常識外れな芸当ができる奴がプレッシャーに負けてつまらないミスをする筈が無い。きっとあいつはサドンデスで時間を取られるのが面倒でこんな舐めた真似をしやがったのだ。

 

「……ふふふ、ははははは。上等だよ本条先輩。現場を押さえ損ねた以上、負けは負けだ。当面は仲良しこよしでやっていこうじゃないか。……いずれ綾小路共々地に這いつくばらせてやるけどな!」

 

 ……ついでに盗めるものは盗ませてもらおうじゃないか。アンタを解析すれば、打倒綾小路のヒントになり得るだろうからね。

 

 

 

 

 せいぜい僕の糧になってくれよ……兄貴。

 

 

 

 

 

 

 




はい、激戦の末桐葉君が後輩相手に大人げなくイカサマを炸裂させて勝利を収めました。
そして八神君ですが、本人は自覚してませんが相当脳を焼かれちゃいました。……その他大勢の有象無象にちょっかいかける気が無くなるくらいに。

※ダーツを野球投げで投擲する行為は結構なマナー違反なので真似しないでください
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