【side:桐葉】
その後浮き足立つ1年生達と楽しくお喋りしたり特別試験のペア決めを進めていたりしている内に、交友会はお開きとなった。2年生達は大半が既に帰宅し、1年達も全員にこやかに見送ったことだし、俺は
「……お、お疲れさまです」
「お疲れー。1年生との親睦を深めるという意味では、とりあえず成功と言って良いんじゃないかな?」
「にゃはは、そうだね。特に本条君はあのサプライズのおかげで、1年生達に大人気だったねー。……でもヘリのチャーターなんてよく許可貰えたね? 使用料高かったんじゃ……?」
「あの手のサプライズは俺の人となりがあまり知られてない内が一番効果的だし、機会損失を避けられるなら安い出費だよ」
卍解ちゃん達は預かり知らないことだけど、俺の現在の残高は86,954,769ポイント。6桁の出費なんて俺からすればファミレスで外食する程度の感覚だ。
「そして特別試験の進捗に関しては4割方ってところかな。今回の交友会でうちのクラスは学力に不安を抱える後輩23人とペアを組んだし、今回参加しなかった子にもOAAから申請して構わないって伝えてくれるらしいし……2年Aクラスによる『おバカちゃん乱獲大☆作☆戦!』は順調だね」
「ちょっとその作戦名には物申したいなあっ!? 可愛い後輩達を何だと思ってるの!?」
「馬鹿な子ほど可愛いって先人が残した偉大な諺があるでしょうが。つまり可愛い後輩=バカ」
「極論過ぎる!」
卍解ちゃんが何やらギャーギャー喚いているが、作戦名には何ら偽りないので聞く耳持ちません。
俺達のクラスは学力C+以下が4名で、それ以外は全てB-以上と4クラスの中でも突出したアベレージを誇る。今回の試験でうちのクラスの学力B-以上の生徒、つまりペアを組めばほぼペナルティを回避できる優等生は、少なくとも学力Cより下の生徒とペアを組む縛りを課している。
卍解ちゃん達の代わりに勉強が苦手な1年生を救済することで、彼女等が気がねなく優秀な1年生を引き込めるようにというスタンスだ。決して気軽に近寄り易いとは言い難い上級生との交友会なんてものに参加してくるのは、上級生達からアプローチしてくる可能性の低い学力弱者達なので、それはもう入れ食いかってくらいトントン拍子にペア決めが進んでいった。
なんだか順調過ぎてつまらねーくらいだが……懸念事項というか、ちょっとだけ気になる点が1つだけある。
「……それにしても、1年Dクラスの生徒は誰も参加してなかったね。1番学力に不安がある子が多いのに大丈夫なのかな……?」
「んー、大丈夫じゃない? 40人もいるのに誰1人参加してないとなると、どう考えてもクラスによる戦略の一貫だろうし。向こうが助けを求めてないなら、手を差し伸べてもただの余計なお世話だよ」
「そう言われたら、そうなんだけど……」
卍解ちゃんは俺の意見に納得する一方で、見ず知らずの他人を想っては不安そうな表情になっている。心優しい彼女らしい反応だけど、今回に限っては多分杞憂に終わるだろう。
さっきの交友会でさりげなく引っ張り出した情報によると、今年の1年生クラスはクラスポイントが俺達のときより200低い800ポイントからスタートし、その代わりに俺達が5月1日まで伏せられていた情報含め色々としっかり教えられているらしい。だから入学して数日でクラスとしてまとまっていたり、絶対的なリーダーが存在しても何ら不思議じゃない。どちらにせよ今後クラス間で争う上でプライベートポイントが戦う武器にも、身を守る盾にもなり得ることには気づいている筈なので、みすみすポイントを凍結させたりはさせない筈だ。
「ともかく君達Cクラスは優秀な後輩を集めて1位を狙うことだけを考えなさい。俺達のクラスにこれだけバックアップさせて1位取れなかったら、有栖が何しでかすかわからないから。それじゃあしーゆーねくすとたいむ」
「失礼します……」
別れの挨拶を済ませ、俺は颯爽と体育館を去る。
さてと、それじゃあ俺もそろそろ帰宅して、特別試験のために勉学に励む……前にやっておくことがあと1つ残ってるね、うん。
「……本条君? どうしたのですか?」
「やあやあ、随分と待たせちゃったね。隠れてないで出てきなよ」
俺が優しい声色でそう呼び掛けると、体育館の物陰から我が愛しの妹が姿を現し、顔を伏せながらゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。先程の交友会で俺がやっちゃったことと、長年の付き合いから今の桐花ちゃんが激おこ状態であることを察する。このままだと俺は間違いなく痛い目に遭うだろうけど、兄が妹を拒絶する訳にはいかないため、俺は温かく彼女を迎え入れるとしますか。
「久しぶりだね桐花ちゃん。この学校外部との関わりが徹底して遮断されてるから、こうして会うのは1年とちょっとぶりになるけど、とりあえず元気そうで何よりだぜ」
「そうですね、私もお兄様が元気に過ごしているのがわかって安心しました」
不気味なほど丁寧な敬語とともに、桐花ちゃんは俺の腰に手を回して熱い抱擁を交わす。
なんとまあ、いくつになっても甘えん坊な妹だなあ……とほんわかしていられたのはほんの一瞬。
「本当に……元気があり余ってるようだねぇこのバカ兄貴は……!」
早くも地が出始めた桐花ちゃんはそのままベアハッグに移行し、俺の胴を絞め殺さんばかりに締め上げ─痛い痛い痛い地味に痛い。
「ほ、本条君!? 体がミシミシ言ってますけど大丈夫ですか!?」
「もしもーし桐花ちゃん? 愛しのお兄様を絞め殺したいの?」
「いえいえ、そのようなことがあろう筈ございませんわ。ところで愛しのお兄様、何か私に言うことがあるのでは無いでしょうかね?」
「言うこと、か。んーとね……どんまい☆」
今回のサプライズは類を見ないほどの派手さということもあり、物凄いスピードで1年生全体に広まるだろう。今後「本条桐葉の妹」という立ち位置から逃れられない桐花ちゃんはきっと凄く苦労するだろうから、ここは敢えて神経を逆撫でして怒りを向ける人柱になってあげよう。
しかしそんな兄のさりげない気遣いはどうやら無下にされるようで、桐花ちゃんは深く深く嘆息しつつ俺を解放した。うん、知ってた。
「おや? ストレスの元凶が目の前にいるのに何もしないの? 膝蹴りの1つや2つ受けてもよかったんだよ?」
「その謎の上から目線むかつくからやめて。……私は暴力の虚しさを理解しているつもりだよ。怒りに任せて兄貴を私刑にかけて溜飲が下げられるほど、私はめでたい人間じゃないさ」
我が妹ながら相変わらず高潔な精神だね、かっくいー。能力面では何一つ俺に及ばないけど、人徳とかそういう面では桐花ちゃんの圧勝だろうよ。
「……それに冷静に考えればこれまでに兄貴がやらかしてきた数々の奇行の中じゃ、全然マシな方だからね。あの人気ぶりからして悪評にはならないだろうし、この程度で済んで良かったと割り切ることにするよ」
「おお、流石眼鏡をかけてるだけあって素晴らしい対応能力だね」
「眼鏡は関係ないでしょ。そして私の対応能力が上がってしまったのは、どっかの誰かさんに散々振り回されたせいなんだけどね?」
「ナヌ? そんな傍迷惑な輩がいるんだ? よし、ここは兄としてちょっとその子にガツンと言ってあげよう」
「アンタだよクソが!」
「口悪っ」
「ふ、二人とも、喧嘩しないでください……」
流石にそろそろ自重しないと桐花ちゃんがグレちゃうかもしれないし、おふざけはこの辺にしとこうかね。
「ところで桐花ちゃん、俺と同じ学校に進学するのパピーとマミーに止められなかったの?」
「……ああ、しつこいぐらい止められたよ。しかし私はもう義務教育を終えた以上、両親の言いなりではなく自分の意思で進路を決める権利がある。反対されようが知ったことじゃないね」
「え、えっと……それ、私が聞いていい話でしょうか……?」
この学校は合格さえすればたとえ保護者が出資しなかろうが問題なく3年間通えるため、桐花ちゃんが頑なに意思を貫いたのだとしたら、あの人達には殺してでも止めるくらいしか打つ手が無かっただろう。
しかし、随分と思いきったなあ。
「両親との関係悪化しちゃったっぽいけど良かったの? 俺は別に興味無いけど、お前にとってはかけがえのない肉親だろう?」
「両親のことは今でも大切に想っているし、ここまで育ててくれたことに感謝もしている。……だけど、あの人達の兄貴への接し方についてだけは納得できない。何か害されたわけでもないのに自分の子を恐れ疎んじるなど言語道断、許されざることだよ。……このまま考えを改めないつもりなら、たとえ家族の縁が切れることになっても致し方ない」
「俺の方も別に露骨にネグレクトされたり虐待された訳でもないし、放っておけばいいんじゃん」
「そういう問題じゃない」
相変わらず頭が固いなあ。個人的には人が人を恐れるのにちゃんとした理由なんていらないと思うけどね。怖いから怖い、怖いから避けたい、怖いから関わりたくない……実に真っ当な感性じゃないか。
というかこの話題やだ。俺の苦手なシリアスがやたらと強いし、そもそも果てしなくどうでもいい両親達の話なんかで俺の貴重な時間を割きたくない。強引に話題変えちゃえ。
「ところで桐花ちゃん、有栖とペア組んだらしいね」
「……ん?ああ。すごく唐突に申請が来たけど、あの人の学力を考えれば断る理由も無かったしね」
「今回の試験でちょっと勝負しない─」
「勝負、だと?」
おお、凄く食い気味に反応したね。相変わらず血気盛んだこと。
「10万程度の報酬なんて興味無かったから、物凄い適当にペアを選んだんだけどさ……愉快なことに無作為に選んだペア相手が、偶然にもお前とほぼ同じ学力の生徒だったんだよね」
「兄貴の偶然は偶然で片付けられないだろう……それで? だいたい察しはついたが、一応どういった勝負内容か聞いておくよ」
「たぶんお前の予想通りだよ。俺と有栖の成績は互角、ペアになる1年の成績もほぼ互角……となればお互いの合計点で勝負しようじゃないか。俺に勝てば報酬をあげる」
「……私が負けたら?」
「兄が妹のポイントを巻き上げる訳にはいかないから、敗者の十字架を背負うだけだよ」
「妙なところで律儀な人だな。……それで、私が勝ったら何ポイントくれるつもりなんだい? 5万か? 10万か?」
「2000万」
「にっ!?」
おお、流石に度肝抜かれたようだね。
この顔がみたかったんだよ。
「受け取れるかそんな大金! だいたいなんでそんな持ってるのさ!? 一ヶ月ごとにまるまる8万貯めていったとしても20年以上かかるだろう!」
「俺の財力は常識を超越するんだよ。一時期は2億以上あったし」
「アンタほんと何なん!?」
その後あーだこーだ揉めに揉めた結果、10分の1の200万で手を打つことに。せっかく有意義に減らすチャンスだと思ったのにくそう。
「……ふむ、結果は上々かな」
桐花ちゃんとも別れ、現在時刻は5時40分。卍解ちゃん達もとうに帰宅し、体育館周辺には既に
「想定以上だったよミキティ、まさかここまで誰も君の存在に気づかないとはね」
俺もとっとと帰って勉学に勤しみたいところではあるが、その前に今回最大功労者であるミキティこと山村美紀ちゃんに労いの言葉をかける。
「い、いえ……私はもとから影が薄いですし……」
「とはいえ、ここまで透明になったのは初めてなんじゃない? 卍解ちゃんも桐花ちゃんも、目の前にいるのにまったく気がつかなかったでしょ」
「それはまあ、はい……」
そう、俺がヘリから体育館前に着陸して以降、ミキティは誰にも気づかれることなく常に俺の側にいた。今回用いた突然咲き乱れる花のマジックのタネは至極単純……懐から出した花束を後ろ手にミキティへ手渡し、彼女が四方八方に放り投げていただけだ。俺の視界にはミキティが一生懸命花束をぶちまけるとってもシュールな光景が繰り広げられていたものだが、皆にはきっとまるで花が生きているかのように見えただろう。
ミキティの言う通り、彼女は元々極めて存在感の薄い人間だ。何故かは知らんし興味も無いが、この子は自分自身が大嫌いで、自己主張というものが欠片も無い。だから1人で過ごしていても誰も気がつかないし、かつて有栖は葛城派に潜り込んでスパイ活動をさせたが、あの用心深いランスにすら必要最低限の警戒しかされていなかったらしい。
そんな彼女の資質に興味を持った有栖の指示で俺が手品の基本、ミスディレクションと視線誘導の技術を仕込んだところ……彼女の才能は開花した。
「でもあれって端から見たらイジメの現場みたいだったよね。辛いなら辛いってちゃんと言いなよ?」
「いえ、全然大丈夫です。むしろずっとこのままでいたいくらいです」
「どんだけ自分のこと嫌いなの君」
俺や有栖といった、日頃から人一倍存在感を放っている人物と行動を共にしている場合に限り、この子の隠密能力は異常なまでに引き上げられる。特に今回のように俺の存在感が極限までに高まっているときは、もう透明人間と言って差し支えないレベルにまで昇華されるらしい。……いや、透明人間とはまた勝手が違うな。実際に姿が消えてる訳ではなく、誰も彼女の存在に意識を割くことができなくなる。ドラえもんの道具で例えると石ころ帽子。
大きくリードされたクラスポイントを縮めるためにも、今年度から各クラスの俺への警戒はさらに強まるだろうけど、それに比例してこの子の価値は跳ね上がる。この子は影……光が強ければ強いほど力を増していき、やがては俺にさえ匹敵する『女王の影』へと昇華される。
「ともかく、今後ともよろしくねミキティ。君が影であり続けている内は、有栖に見限られることは無いからね」
「は、はい……こんな私ですが、精一杯頑張ります」
有栖の名前を出した途端、ミキティは前のめりになり(彼女にしては)やる気十分な返事で応えた。
……しかしこの子、ほんと有栖に心酔してるなあ。どうやってたらし込まれたんだろう。ごくり。
「さてと、それじゃあ始めますかね」
寮へと帰宅し夕食と入浴を済ませた俺は、ようやく試験勉強に臨むべく机に向かう。
さあ教材を取り出しひたすら刻苦勉励……の前に、俺は「1時間18分」と表示されたストップウォッチを取り出し、
「ポチっとな」
スイッチを押して再起動させる。
今回の俺と有栖の勝負の際に取り決められたルール……1日に費やする勉強時間はお互い3時間まで。
もしこのルールを知った人の中には、どれだけの時間を勉学に打ち込めるかがテスト勝負の肝なのではないのか?と疑問に思う子もいるだろうが、残念ながら俺と有栖では肉体強度が違い過ぎる。
たかだか2週間寝食を削って勉学に励んだところで俺の肉体には何の支障も無いけど、体の弱い有栖だとそういう訳にもいかないのは言うまでもない。
それではフェアではない。対等な条件であの娘に勝たなければ何の意味も無いし、ましてや俺と有栖の神聖な知恵比べにフィジカルの差が介入するなんて許される訳がない。
そうした理由から定められたのが、この勉強時間有限ルールだ。テストを受けるとき限られた時間を効率良く使うことが重要なら、限られた時間で効率良く学力を高めることだって重要な筈だ。
……おっと。ただでさえ時間は有限なのに、こんなしょうもないことに思考を巡らせている場合じゃなかった。
俺は山のように積まれた教材からまずは数学の本……高校生が決して手に取ることのないような専門書を開く。
今回の試験用に慌てて買い揃えたものではなく、
今頃有栖も真剣に机に向かっているだろうが、あの子なら俺と同じく事前に準備してあるだろう。そしてあの子もネタバレが嫌いだから同じく手付かずだろうね。
2週間という短い期間で、それも1日3時間程度の勉強でこれら大学、大学院レベルを完全に身に付けるのは、いくら俺達でもどう考えても不可能……俺と有栖、どちらの知性が優れているかを決めるにはうってつけの条件だ。
「有栖の下から離れるなんて凄く嫌なんだけど、だからって負けるのも嫌なんだよなあ……後悔するとわかっていながら地獄の門を開けようとするなんて、我ながら難儀な性分だよまったく」
キャラ同士の会話中にいくつかある、不自然な空白をドラッグしてみてください。山村さんがこっそり隠れています。
主人公が天帝の眼持ちなんだから、影が薄い子がいたらついつい幻のシックスマンへと覚醒させちゃいますよね。
今後山村さんの出番がちょっと増えると思われますが、今回のようなスーパーステルスモードはそうそうできることどはありません。