こんなタイトルですがシリアスは0です。
【side:桐花】
「─それじゃあ3人に問題、Spring has come.を日本語に訳してみて」
「ハイわかった! バネを持ってこい、だろー?」
「ええと……バネは来る、かな?」
「二人ともバカねえ~。バネが来た、でしょ」
「とりあえずSpringは“春”と訳そうか」
交友会翌日の昼休み。1年Bクラスの教室にて、私はおバカ三人娘の勉強を教えていた。
本音を言えば一年ぶりに兄と勝負する訳だし自分の学業に専念したいところだけど、こいつらのやらかしが原因で六角先輩達が退学なんてことになったら流石に申し訳なさ過ぎるので、友人である私があれこれ世話を焼いている訳だが……正直しんどい。
たちの悪いことに、3人とも特別勉強を蔑ろにしているわけではないし、授業も滅茶苦茶熱心……というほどではないが、そこそこ真面目には受けているのだ。なのにできない。ほんとできない。とにかくできない。たぶん教師の立場からすれば一番扱いに困るタイプ。
しかしそこそこ優秀なBクラスに配属されただけあって、この3人にも決して無能な生徒ではない。その証拠にOAA評価では凪沙と杏奈は運動能力で、瑞穂は機転思考力で私を上回っている。今回のように学力がものを言う特別試験ではただのお荷物だが、この先きっと活躍する機会はある筈だ。……そう思い込まないとモチベーションの維持が困難になる。頑張れ私、負けるな私、全てはBクラスの明るい今後のためだ。
「た、大変だみんな! Dクラスの宝泉が2年生のフロアで揉めてるらしい!」
どうにかして自分に言い聞かせながら己を鼓舞していると、クラスメイトの1人がそんなことを叫びながら教室に駆け込んできた。宝泉……だと?
「すまんが3人とも、急用ができた。あとは自習だ」
「えっ。ちょ、桐花─」
この微妙に辛い地獄を切り上げる大義名分を手に入れた私はまさに水を得た魚、瑞穂が制止する間も無く私は教室を飛び出し、2年生のフロアへ全速力で駆け出し─廊下は走っちゃダメなので全速力の競歩で向かう。
「本条さん、待ってください!」
後ろから私と同じく競歩で追いかけてきたのは、可愛い系の顔立ちに私と同じからそれ以下の身長と、何とも女子受けの良さそうなクラスメイト……八神拓也君。
「何だい八神君」
「二年生のフロアへ向かうつもりですか?」
「ああ、そうだね」
「確かに宝泉君が先輩方と争いを起こすのは、今後のことを考えればあまり好ましいとは言えません。しかしだからと言って、無関係の僕達が積極的に介入するのも─」
「ああ違う違う。宝泉君が先輩達と争おうが私の知ったことじゃあないよ」
「え?」
八神君が懸念しているのはたぶん、宝泉君のせいで先輩達の私達1年生に対する心象が悪くなることについてだろう。今後も上級生と協力するような試験はあるだろうし、溝が深まるようなトラブルは避けるべきだ。
ただまあ先輩方もそんな短絡的な人達ではない。見るからにアウトロー一直線な宝泉君が好き放題暴れたところで、何も1年全体を敵視したり偏見を持ったりはしない筈。そもそも多感な若者なんだから喧嘩の1つや2つはそう珍しくもないし、一方的なイジメでないなら思う存分好きなだけ揉めるといいさ。
私が彼のもとへ向かう理由はただ1つ……
「ここで会ったが100年目。是が非でも入学式に突き飛ばした子達に謝らせてやる」
「ま、まだ諦めてなかったんですか……!?」
「当たり前だよ。本条家の辞書に『なあなあ』なんて言葉は載ってないからね」
彼が1年Dクラスに所属していることは知っていたが、私も色々と忙しかったし、空いた時間に教室に行ってもタイミングが悪く不在だったりと、なかなか接触する機会に恵まれなかったが、ようやく尻尾を掴んだぞ。
「……彼の気性の荒さは知っているでしょう? 謝れと言ったところで、素直に応じるとはとても思えませんよ」
「そんなこと関係ないね。応じる応じないじゃない、応じ
何やら八神君は私を引き止めようとしているみたいだが、生憎と頑固な私は一度決めたことを簡単に諦めたりはしない。
私達が押し問答を繰り返しながら2年フロアに辿りつくと、そこには先輩達に囲まれながらとショートカットの女子生徒を片手で締め上げながら、金髪ロングヘアのスタイルの良い女子生徒と睨みあっている宝泉君の姿が。……いや待って、どういう状況なの?
「俺に意見するとは、偉くなったな七瀬」
「先輩方が先ほどから監視カメラを気になされてることからして、ここで暴れても何の得にもなりません」
「ンなことぁわかってんだよ。その上で遊んでるのさ」
「わかってるなら尚更やめてください。これ以上続けるなら、この場でアレを周知させることも視野に入れます」
七瀬と呼ばれた女子の度胸ある啖呵に、宝泉は退屈そうにしながらショートカットの女子生徒から手を放す。
……アレってなんだろう? 宝泉君の恥ずかしい秘密でも握ってるのかな? だとしたら可愛い顔してなかなかやり手だね七瀬さん。
「上等じゃねぇか七瀬。だが俺の期待を裏切ったら、女でも容赦しないぜ?」
「そのときは受けて立ちます」
おお、宝泉君に凄まれても一歩も引いてないよあの子。七瀬、という名字からOAAで検索してみる。あったあった、
どの項目も高水準でまとまっていて、総合力も私に匹敵する数値を叩き出している。なんで瑞穂達がBクラスでこの子がDクラスなんだろうか?
ちなみに宝泉君はというと……学力B+!? 君ってそんな「暴力万歳!」な見た目とキャラしといて七瀬さんより勉強できるの!?
人を見かけで判断しちゃ駄目ってこういうことなんだなぁ……と私が感心していると、
「興が冷めた。目的も果たしたことだし、さっさと帰るぞ七瀬」
「ええ、それが賢明です」
彼等のゴタゴタが一段落付いたようだ。これで気兼ねなくこちらの用件を果たせるというものだ。
フロアから去ろうとしている彼等を阻むように真正面に立つと、宝仙君は片眉を吊り上げた。
「お前、入学式んときの……たしか本条っつったか?」
「覚えててくれて何よりだね」
あと先輩方、名字を聞いただけでザワザワしないでください。正直鬱陶しいです。そしてもげろバカ兄貴。
「俺に噛みついてくるようなバカ女はそうそういないからな、そう簡単には忘れようがねえ。……で、俺に何か用か? 今度はパイセン達と揉めたことに文句を言いにわざわざ来たか?」
「そっちはどうだっていい。入学式に君が突き飛ばした彼等に、今日こそ謝ってもらいに来たまでだ」
私の宣言を聞いた宝泉は、不快そうに顔を歪めた。なんだいその不服そうな表情は。
「まだ言ってたのかテメェ。しつこい女だな」
「ああそうだ、こういうとき私はしつこいんだ。君がちゃんと詫びを入れるまで、猟犬のように食い下がってやろうじゃないか」
「うっぜぇな……だいたい謝れって誰にだ? 俺ぁ女に庇われてたカス共の面なんて、いちいち覚えちゃいねぇんだ」
「なっ……!?」
嘲るように宝泉君は口を歪めて嗤うが、私は衝撃のあまり瞠目してそれどころじゃない。な、なんてことだ……完全に想定外の事態だ!
「お、おおお覚えてないだと……!? どうするんだバカ野郎! 私だってあの後八神君達と色々ゴタゴタしたせいで全く覚えてないんだぞ! そ、それじゃ私はいったい君を誰に謝らせればいいんだ!?」
「知らねぇよ!?」
私の痛恨の嘆きに宝泉君は逆ギレし、七瀬さんは不可解そうに目を見開き、そして心配そうに成り行きを見守っていた周囲の先輩達がどういう訳か脱力していく……おい待てそこの紫ロン毛の先輩、なんだその「クク、間違いなく本条の妹だな」って呟きは。先輩と言えど聞き捨てならないぞ。
宝仙君は眉間に手をやりながら深く嘆息すると、何か呆れたような表情を私に向けてきた。えっ、何そのバカを見るような目。ムカつくんだけど。
「……じゃあつまり何か? お前は俺が突き飛ばした奴が誰かも知らないで、俺に謝らせようと突っかかって来たのか?」
「ああ、てっきり君は覚えてるものだと……くっ、あてが外れた……!」
「一丁前に悔しそうにしてんじゃねぇ。どこの世界に謝罪させようとしている奴をあてにする正義の味方がいやがんだよ」
「せ、正義の味方なんてちょっと照れくさいな……」
「褒めてねぇよこのバカ女!」
「誰がバカ女だ!? 撤回しろこの悪党面! なんで突き飛ばした本人が覚えてないんだ、使えない男だな君は!」
「てめぇマジでぶっ殺されてぇのか!?」
私と宝泉君が醜い言い争いを繰り広げていると、先輩達をかき分けてDクラス担任の司馬先生が慌てて駆け寄ってきた。
「何をしている宝泉。浮き足立つのはいいが、学校のルールは耳に胼胝ができるほど言い聞かせた筈だ。喧嘩は往来でするものではない」
「んだよ司馬、こんなもん喧嘩ですらねぇよ。それじゃあまたな、堀北」
「お騒がせしました」
宝泉君はそう鼻で笑うとポケットに両手を突っ込み、何故か2年Dクラスの堀北先輩を名指ししてから去っていく。七瀬さんは軽く頭を下げた後、何故か綾小路先輩をちらりと見てから宝泉君に追従し─いや待て待て待て。
「何勝手に終わった感じになっているんだ。私の話はまだ終わってな─」
「はいストップです本条さん。ここは空気を読みましょう」
ええいまた君か八神君! 毎度毎度私の邪魔をしおってからに! ……とはいえ今の私に何も打つ手立ては無いので、遺憾ながらここは見逃すしかあるまい。しかし困ったな……誰も被害者を覚えてないのであれば、彼に謝罪させることは現状不可能になる。
……こうなったら多少面倒ではあるが、1年生一人一人に聞き込みをして確かめるしか無いか……なんで無関係の私がこんなに苦労しなきゃならんのだ、まったくあのあんぽんたんめ。
「すまなかったなお前達。俺のクラスの生徒が迷惑をかけた。1年Dクラスを受け持つ司馬克典だ。この学校に着任したばかりの若輩だが、以後よろしくたのむ」
軽く自己紹介を行ってから、司馬先生は宝泉君の後を追っていった。そして入れ替わるように八神君は、先輩達に対して頭を下げる。
「宝泉君が先輩方を困らせてしまったことを、1年を代表して謝罪します」
「まあ彼も触れるもの全てを傷つけたくなるお年頃しょうし、先輩方もどうか広い心で接してあげてください」
「このどこか気が抜ける感じ、本条の妹だけあってあいつにそっく─」
「先輩? 言っていいことと悪いことがありますよ」
「ひっ!? ご、ごめん……」
見た目からしてお調子者そうな先輩を軽く咎めてから私達も一年フロアに戻ろうとしたところ、ちょうどお昼から戻ってきた4人の女子生徒を見た八神君が、何やら驚いた表情を浮かべた。どうしたの? 誰かに一目惚れでもしたかい?
「あの……もしかして櫛田先輩、ですか?」
「え?」
八神君はそう声をかけると4人の内の1人、茶髪のショートカットのこれまたスタイルの良い女性が反応する。なんだ、知り合いだったのか……
「えっと……君は?」
と思いきや、どうやら櫛田先輩とやらは八神君に見覚えがないご様子。どういうことだ?
「僕です、八神拓也です」
「八神……あっ! え、あの八神君!?」
「そうです、その八神です。お久しぶりですね」
どの八神だ。
何やら盛り上がっている2人に、ギャルっぽい先輩が不思議そうにおずおずと訪ねる。
「知り合いなの?」
「うん。と言っても学年が違ったから挨拶くらいしかしたことは無かったんだけどね」
つまりほぼ他人ってことじゃないか。
「憧れだった櫛田先輩と、またこうして同じ学校になれるなんてラッキーですよ」
「そうな、憧れだなんて……」
どうやら八神君は櫛田先輩に特別な感情を抱いているらしく、しかもそのことを隠そうともしていない。可愛らしい顔とは裏腹に意外と肉食系なのかな?
「いきなりですが櫛田先輩、今度の特別試験で僕とパートナーを組んでもらえませんか?」
「えっ……私なんかでいいの? 八神君って確か凄く頭良かったよね? もっと勉強の出来る人と組んだ方がいいんじゃ……」
「僕達1年生は、まだ特別試験というものをよく理解できていません。それなら信頼のおける人をパートナーにしたいですね」
一応櫛田先輩についてOAAで調べてみる。
「えっと、少しだけ考えさせてくれる、かな……?」
「もちろんです。僕はしばらく誰とも組まずに、櫛田先輩の返事を待つことにします」
やけにグイグイ来る彼に警戒したのか判断を保留にする櫛田先輩だが、八神君はあくまで彼女と組みたいらしい。
うんうん、青春だね。
「すみません本条さん。特別試験でクラスでの勝利を目指すなら、より学力の高い先輩と組むべきなのはわかっているのですが……」
Bクラスの教室へと戻る途中、八神君は急にそんなことを謝罪してきた。なんか今日謝ってばっかりだね君。
まあ確かに1年次席の八神君はペア相手を好きに選べる立場なので、学力A以上の相手と組んだ方が合理的かもしれないが……
「なあに、別に構わないさ。今回の特別試験、得られるクラスポイントにさほど大きな差は発生しない。ならば目先の利益ではなく、今後に備えて上級生と信頼関係を深めておくことも間違っちゃいない筈だよ。……もっとも、八神君は信頼関係以外にも深めたいものがあるみたいだけど」
「も、もうっ! からかわないでくださいよ!」
恥ずかしそうに私から顔を背ける八神君。今どんな表情をしているかとても気になるが、流石にここで踏み込むのはデリカシーに欠けるだろう。
「……ところで本条さん。今後も今日のように宝泉君に突っかかって行くつもりですか?」
しばらくしてからようやく顔を向けた八神君は、とてもとても真剣な表情をしていた。
「ああ、勿論だ。誰も宝泉君にやられた生徒が誰か覚えてないのは我ながら痛恨の失敗だが、1年生1人1人洗っていけばきっと見つかる筈さ」
「そういうことではなくてですね……やはり宝泉君は女性だからと言って容赦するタイプではありません。今回はおとなしく引き下がってくれましたが、しつこく突っかかるあなたを目障りに思い、力づくで排除にしにかかってもおかしくありません」
「だろうね」
「だろうねって……何か彼の暴力に対抗する手立てや策はあるのですか?」
「残念ながら何も無いよ。殴り合いに持ち込まれたらまるで打つ手無し」
入学式でのいざこざで判断できたが、彼の肉体強度は常軌を逸している。私の知る限りでは、彼と真っ正面から闘って勝てそうなのは兄以外に1人もいない。
「だったら何故……?」
「なんだい、心配でもしてくれてるの?」
「当たり前です。僕達は同じBクラス……今後3年間一蓮托生の仲間でしょう?」
「仲間……か。私の仲間だと言うなら覚えておくといい。相手の方が強いとか、有効な手立てが何も無いとか……そんな些末なこと、諦める理由にはならないよ」
「っ─」
何か思うところがあったのか歩みを止める八神君に対し、私は構わず先行する。
「相手が自分より凄いからって、人には戦わなくちゃならないときはある。そう思わないかい?」
「……ええ、そうですね。それには深く同意します」
…………? 何か今の八神君、随分と感情が籠っていたような……気のせいかな。
マズイな……桐花さんしっかりしてそうで以外とポンコツなことが、賢明な読者様に早くもバレてしまうかもしれない……。
さりげなく八神君からの好感度がアップしました。何かしらシンパシーを感じたのでしょう。