【side:桐葉】
特別試験期間3日目の朝。
いつものように4時には起床し、朝食と花への水遣りを済ませた後、6時までひたすら勉学……と普段ならそうするところだが、特別試験が終わるまで勉強は1日3時間までという制限がついているため5時30までに短縮し、その分を肉体鍛練の時間に加算する。……そう遠くない内に成長期も収まり体も出来上がってくるだろうし、そろそろ筋力トレーニングを徐々に過酷さを引き上げていこうか。
やがて鍛練が終わると朝風呂で汗を洗い流し、身嗜みを整えてから制服に着替え寮を出る。普段ならロビーにて有栖と合流してから学校に向かうのだけど、今は敵同士であるため淋しさを押し殺して登校も時間をズラしている。本条家の人間は人一倍忍耐強いのだ。
……もし俺が勝っちゃったらこれがずっと続くの? うわあ、嫌だなあ……そうならないためにも有栖には是非とも俺を徹底的に捩じ伏せて欲しいものだが、同時に是が非でも負けたくないと思う自分もしっかりと存在している。ほんと我ながら面倒な性格だよまったく。
「……っと、8時になったからOAAも更新されたね」
携帯を取り出しアプリを起動させる。
現在成立したペアは計66組……その内、我ら2年Aクラスでペアが成立した生徒は計34名。Aクラスのブランド力、俺のスペシャルなパフォーマンス、そして学力D以下の弱者のみを積極的に引き入れる方針の3つが融合したが故の圧倒的進捗度だ。勝つときは圧倒的な力で蹂躙し、負けるときもただでは負けず何かしらの爪痕を遺す、それが有栖率いる2年Aクラスのやり方さ。
……それにしても、1年Dクラスはまだ誰1人としてペアが決まってないんだねえ。
不良品の集まりとされるDクラスだが決して劣等生ばかりではない。俺達の学年のDクラスもホリリン、幸村君、六助、王ちゃんといった学年でもトップクラスの成績の生徒が在籍しているし、今年の1年DクラスにもOAAでA判定を貰っている生徒だっている。そういう子達すらまだペアが決まってないのには、勿論それ相応のちゃんとした理由がある。
今回Cクラスのサポートに勤しんでるクラスメイト達の報告メールによると、1年Dクラスの学力優秀な生徒に声をかけたところ、ペアを組む条件としてなんと50万プライベートポイントを払えと吹っ掛けられたらしい。
俺からすれば端金だけど、大半の生徒にとっては大金も大金だ。ましてやどれだけ良い成績だろうと今回得られる報酬は最高でも11万ポイントなのだから、あまりにも割に合わな過ぎる。退学がかかってない分1年生の方が有利に交渉を進められるとはいえ、流石にこれはちょっと調子に乗り過ぎ……というよりむしろ、絶対にペアが決まらないような額を設定したとしか思えないなあ。
何が狙いかはまだ断定できないし、狙い通り上手くいくかどうかはまだわからないけど、中々愉快な試験への取り組み方じゃないか宝泉君よ。
……おや? あの鬱陶しい紫色の長髪と悪党面は─
「やあやあリュンケルじゃないか、ぐもーにん」
「……チッ、朝っぱらから面倒臭えのに遭遇しちまった」
「うわあ、実に正直な反応だね。桐葉君泣いちゃう」
「そういうテメェは息をするように嘘を吐きやがるな。一滴たりとも出てねぇだろ」
2年Bクラスのリーダー、
なんて失敬な奴だまったく許せんな。こんな無礼な奴の心情など汲み取ってやんな~い。しっかり肩を並べて旧来の親友かのように仲良く登校してやるぜい。
「うぜぇな、ついてくるんじゃねぇよ」
「ついてくも何も目的地一緒じゃん。そんなに俺と一緒に登校したくないなら走ればあ?」
興味本位とちょっとした悪戯心でわざと煽るように返したら、予想通りノータイムで裏拳が飛んできたので俺は予め準備していた、蓋を外した缶タイプのハンドクリームでそれを受け止める。ヌチャッ……と何だか嫌な効果音とともに、リュンケルの右手の甲にはクリームがベットリと付着。
「っ!? ……チッ、くだらねーことしやがって……!」
予想だにしなかった感触にリュンケルは反射的に手を引き戻し、嫌そうに顔をしかめながらポケットティッシュを取り出し付着したクリームを拭う。……というか普段からポケットティッシュ持ち歩いてるんだ。意外と女子力高いんだね君。
「まあまあ、朝っぱらからそうカリカリしなさんな。もう煽ったりしないから、世間話でもしながら一緒に行こうよ。例えば特別試験のこととか、さ」
「……チッ、勝手にしろ」
異存無いならいちいち舌打ちすんのやめてくんない? 傷つくんですけど。
しかし(読もうと思えば)空気も読める桐葉君はこれ以上のタイムロスを避けるため、いちいち指摘したりせずに登校を再開する。
「それでリュンケル、優秀な後輩達の収穫は順調かね? 橋本から聞いた話じゃ卍解ちゃん達Cクラスとバチバチやり合ってるらしいけど」
「ククッ、順調過ぎて退屈してるぜ。あの甘ちゃんクラスはプライベートポイントの扱い方が下手過ぎだ。今は拮抗してるが、いずれボロが出て勝手に自滅していくだろうな」
「……ふーん?」
「甘ちゃんと言えば、テメェらにもガッカリさせられたもんだぜ。まさか天下のAクラス様が、わざわざカス共を抱え込んで自分から脱落してくださるとはな」
「ノブリス・オブリージュってやつさ。か弱い後輩達に救いの手を差し伸べるのも、Aクラスの務めでしょ?」
「テメェや坂柳が弱者救済、だと? おいおい、腸が捩れるからやめてくれよ」
「おやおや随分な言われよう」
少なくとも俺は普段から助けを求められたら、極力手を差し伸べるようにしてるんだけどなあ。
あと有栖は疑いの余地の無いサディストだけど、意外と弱いもの苛めとかはしないんだよ? あの子が矛先を向けるのは自分の認めた強者と喧嘩を売ってきた奴、そして自分を強者と勘違いしていちびってる愚物だけさ。
「つまらねえ口八丁に付き合うつもりはねえ。てめえらが自衛のために一之瀬の甘さにつけ込んでるのなんざ読めてんだよ」
「おお流石リュンケル、ホリリンより鋭いね」
今の台詞から察するに、彼の推測は2/3正解している。残る1/3は俺と有栖の契約について詳しく知らなければわかる筈が無いことを考慮すれば、満点回答と言っていいかもしれない。……しかし、少しだけ妙だね。
「でも、だとしたらなんで妨害しなかったんだい? ホリリン達が傍観してたのはつい最近卍解ちゃん達との協力関係を打ち切ったばかりだから、ある程度予想はできても邪魔しづらかったからだろうけど……君達なら遠慮なく横槍を入れられた筈だよね?」
「ハッ、前提からして間違ってんだよ。坂柳は3クラスが結託することにさぞみっともなくビクビク震えてるんだろうが……お前らAクラスを引きずり下ろすなんざ、俺達だけで十分だ」
「へーえ? 大した自信だね」
現在のクラスポイント差から客観的に考えれば、リュンケルの考えは無謀そのもので論ずるに値しない……しかし、俺のあらゆる嘘や隠しごとを見抜く曇りなき目は、リュンケルが
「確かにテメエの能力は厄介極まりねぇ。下手すりゃ綾小路の野郎に匹敵するくらいな。……だがな、てめえだって決して無敵なんかじゃねぇ」
……あのねリュンケル、そんな当たり前のことをキメ顔で言われて、俺はどうリアクション取ればいいのさ。この世に無敵の奴なんているわけないでしょ。
「つけ入る隙なんざいくらでもある。例えば奇人変人のテメェでも……身内は大切だよなあ?」
「身内ってまさか……よりにもよって桐花ちゃんに手を出すつもり?」
「ククッ。さあて、何のことだかわからんが……もし大切ならちゃんと目を離さないこったな。あばよ」
そうこうしている内に学校についたので、いつもより2割増しで凶悪な笑みを浮かべながら去っていくリュンケルの背中を見届ける。
うーん、ハッタリかどうかは半々ってところだね。まだ桐花ちゃんを狙うかどうかは保留にしているみたいだけど、正直あまりお勧めできないなあ……。
いやまあ確かに?血液の代わりに妹への愛情が流れていると言っても過言じゃない俺からしたら、彼女を人質にされたらそれはもう慌てふためいて無力な木偶になり下がる可能性も、まあ1億分の1くらいはあるだろうけど……リュンケルのような人間にとって、桐花ちゃんは致命的に相性が悪いと彼もすぐにわかるだろう。
厄介な俺をどうにかしたいのはわかるけど、そのためにもっと厄介な相手を狙うなんて本末転倒だよ。
【side:桐花】
昼休み、私は生徒会室に足を運んでいた。
理由は何の捻りもなく生徒会に入るためであり、特に波乱もなく生徒会長の
「本条、と呼ぶと2年のあいつとごっちゃになって紛らわしいよな。桐花と呼ばせてもらうぜ?」
「ええ、構いません」
王様よろしく優雅に頬杖をつき足を組みながら私の記入した書類に誤字等が無いか確認し終えた南雲先輩は、席を立ちこちらに歩み寄ったかと思えば右腕を差し出してきたので、私もそれに応え程々の力でそれを握り返した。
「ようこそ生徒会へ。今は特別試験期間中だからそっちに集中して構わないが、それ以降は遠慮なく役員として働いてもらうぜ桐花」
「ええ、任命されたからには最善を尽くす所存です」
……志望した理由はぶっちゃけ打算100%だが。
OAA導入に南雲先輩が大きく関わっていることからわかる通り、どうやらこの学校の生徒会は一般的な高校のそれとは逸脱した権限を有してるらしい。
采配に少々疑問の余地があるとはいえ優秀な順にクラスを分けただけあって、OAA総合力のクラス平均は私達BクラスよりAクラスの方が上だ。今後3年間で彼等を引きずり下ろしAクラスで卒業するためには、クラスメイト1人1人のスキルアップは当然として、それ以外にも何か別の武器を手に入れておきたい。そこで白羽の矢が立ったのが生徒会役員という肩書きというわけだ。
私はAクラスのみが受けられる恩恵などに興味は無いが、クラスメイトの多くがそれを欲しているならそれを叶えてやりたいし……何より望んでないとはいえこうして勝負の土俵に上がったのならば、全力を尽くすのが礼儀というものだ。
「しかし、それにしても……」
南雲先輩は何やら好奇心を宿した目で、頭の天辺から爪先まで私のことを品定めするように見回した。……なんかむず痒いな。
「……どうかしましたか?」
「おっと少しばかり不躾だったな。ただ、随分と橘先輩に似ていると思ってな。本条の妹とは聞いているが、あの人の妹って言われた方がしっくりくるくらいには」
「橘、先輩……卒業生の方ですか?」
「ああ。俺の1つ上の先輩で、書記として3年間堀北先輩を支え続けた人だ。あとお前の兄が一番慕っていた先輩でもある」
「兄が、ですか? ……呼び方は? 兄はその先輩を、何と呼んでいましたか?」
「呼び方? ……ああ、そういや最初らへんは茜先輩って呼んでたが、3学期あたりからいつの間にか茜“さん”呼びに変わってたな」
名前呼び……それは驚くべきことだ。
私や両親など身内は対象外として、あの人はその相手をどれだけ気に入ってるかに応じて、厳格に呼び方を区別している。親しくもないし興味も無い相手は名字と敬称、興味は無いがある程度親しい相手は名字で呼び捨て、一定以上の期待をしている相手は珍妙なアダ名呼び……そして下の名前で呼んで気安く接する相手は、あの人が心から認めた相手のみだ。そしてその最上位の位置にカテゴライズされたのは、私の知る限りでは有栖さんしかいない。
「なるほど……あの人はその先輩に、よほど入れ込んでいたんでしょうね」
「兄妹だけあって理解が深いな。ああそうだ、もし坂柳がいなければ惚れていたかも……とまで言っていたぜ」
「入れ違いで卒業してしまったのが惜しく思いますね。……やっぱりその人も何と言うか、非常にエキセントリックな性格を?」
「お前が兄のことをどう思っているのかはわかったが、あいつや坂柳とは比べ物にならないほどまともな人だったぞ。1つ年上とは思えないほど子供っぽくて庇護欲をかきたてるような……ああ、そういうところはお前と似てないな。むしろ……」
一旦そこで言葉を切ると、南雲先輩はおもむろに私に近付いてきた。……? いったい何を─
「そのクールな表情と、そしてそれと相反するように情熱を秘めた目は堀北先輩の面影を感じるな。橘先輩よりも好ましく感じるぞ、桐花」
南雲先輩は右手を私の顎に添えたかと思えば、そのまはまさらに踏み込んで自身の顔を私の顔に寄せた。結果、私と南雲先輩は超々至近距離で見つめ合うことに─
「─っづわあぁあっ!?」
年頃の乙女が出しちゃダメであろう叫び声と共に、私は大きく後退りしてしまった。
「っ……おいおい桐花、そんな反応されると流石に少し傷つくぞ?」
「いいいいいきなり何をするんですかっ!? 生徒会長ともあろう方がコ、コンプライアンスがなってないんじゃないですか!?」
「いやすまんすまん、ちょっとからかっただけだ。……それにしても随分と初々しい反応だな、やっぱ本条の妹とは思えねぇよ」
「あんな知らないうちに羞恥心を溝に捨ててきたような兄と一緒にしないでください!」
全身が焼けるように熱くなり、心臓の動悸が収まらない。……これほど動揺している以上説得力に欠けてしまうかもしれないが、別に南雲先輩に懸想している訳ではない。今日初めてあったばかりだしね。
ではどうしてかと問われると、単純に私の異性に対する免疫がとてつもなく弱いからと答えるしかない。
先輩後輩の関係、あるいは男友達程度の距離感までなら何の支障もなく接することができるけど、それよりも近く……率直に言えば異性を意識してしまうと、どうも平常心を保てなくなってしまう。将来的に足枷がなることがわかっているので何とか改善したいのだが、悲しいことに何の目処も立っていない……。
それにしても、まさかあんな強引なやり方で意識させられるとは……そこらのチャラ男に同じことをされても寒いだけだから平然と対処できるだろうから、流石は生徒会長と言うべきか……いやいや、褒めちゃダメだろうしっかりしろ私。今のでわかったがこの先輩は間違いなくスケコマシだ、女の敵だ。今後は常に一定の警戒を持って接していくべきだ
「……決めた。絶対手に入れてやる」
「……? 何か言いましたか?」
「いや、中々からかい甲斐のある奴が入って来たと思ってな」
「いい加減怒りますよ?」
「はいはいわかった。悪かったって。そうカリカリすんな」
元凶である筈の南雲先輩は、聞き分けの無い子供を注意するかのトーンでそんなことを宣いやがった。……なんかこの人、兄のイラっとする部分だけをかき集めたような性格してるな。無性に殴りたくなる。
「それじゃ詫び代わりに1つ面白い逸話を教えてやるよ。歴代の生徒会長は皆最初に所属しているクラスに関係なく、必ずAクラスで卒業している。そのことを覚えた上で高みを目指すんだな」
……南雲先輩の言いたいことは、私に生徒会長を務めるだけの器があるということと、現状Bクラスに甘んじていることへの発破だろうか。勿論多少のリップサービスも含んでいるだろうが、少なからず期待してくれているのは確かだろう。……ならば当面の目標はとりあえず決まったな。
私はいずれ生徒会長となり、Aクラスでこの学校を卒業する。
完全に個人的な偏見ですが、同じヤンキーでも宝泉君はトイレで手を洗った後ズボンで拭くor洗わないのに対し、龍園君はちゃんと持参したハンカチでしっかり手を拭くタイプ。
よう実1女にだらしないと評判の南雲会長に、桐花さんがロックオンされました。……美人で優秀でどことなく堀北先輩の面影のある女子とか、そりゃ狙われますわ。
桐花さんは異性よりも同性にモテるタイプで、彼女に好意を持つ人が出てきてもその度に一部の過激派にブロックされてきました。そのせいで恋愛経験値はzeroのおぼこです。