ドンブラザーズ×ウマ娘 俊足の残夢   作:ホシボシ

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ドン四話 バイバイのマホウ-1

 

設定にデータ完全削除を追加しました。

そのお知らせを見て、トレーナー名『バル』は首を傾げた。

要するにデータ連携をはじめとした、ありとあらゆるバックアップを含めてタップ一つで完全にウマ娘のデータを消去することができるのだ。

間違えて押してしまうと大変なことになる。

恐ろしいが、まあ設定はあまり開かない。

そもそも、タップしなければいいだけのことだ。それよりも早くイベント報酬をもらうために育成をしよう。今日は上手くいけそうな気がする。

そう思い、バルは、設定を開いた。

 

「?」

 

間違えた。育成をしよう。

そう思い、バルは画面をスクロールする。

 

「ちょい」

 

声が出た。

今日は、ぱかライブTVだ。酒もつまみも買ってある。

宴の時間まで育成をするんだ。

そう思ったバルの画面には、データ削除ボタンがある。

 

「ちょいッ! ちょ──」

 

指が、動く。

バルは叫んだ。

 

「待って! 違う!」

 

バルは全身に力を込めた。

なんだこれは。体が動かない。

いや、一部は動く。左手はガッチリとスマホを掴んでおり、右指は確実にデータを削除しようとしているのだ。

 

「があああああああああああ!」

 

バルは全身に力を込めて倒れた。

体がこたつに当たり、ビールが倒れる。

カーペットはビシャビシャになるが、バルはそれどころではない。

もがき苦しむように転げまわるが、腕だけは固められたようになっている。それでいて、指は画面に近づいていく。

 

「ぬああああああああああああああああああああああ!」

 

バルは叫んだ。

壁が殴られる。うるせぇと言われた気がしたが、かまわなかった。

バルの顔は真っ赤だ。腕が引きちぎれてもいいと本気で思った。

しかし指は確実に画面に近づいていく。

 

五分経った。

 

「あああああああああああああああ」

 

十分が経った。再び壁を殴られた。

だが一向に体の自由は効かない。

力みすぎたせいか、いつの間にか失禁していたが、かまわない。

 

「ッッ!」

 

バルの目に、ハサミが映った。

一瞬、想像する。

だがバルの心に巨大な恐怖が迫り、力が抜けてしまう。 

もともと疲労もあった。だからなのか、指が動く。

 

「マックイィイイイイイイイイイイイン!」

 

推しの名前を呼ぶ。声が掠れ、発音が歪む。

推しとの思い出が脳裏をよぎった。

数々の殿堂入り、信頼度はカンストしているが、それでも一番最初にもらった特別なチョコ。

共に歩んだ、ウマさんぽ。

 

「ずああああああああああああああああああ!」

 

バルは泣いていた。

指は、画面にぴったりとついていた。

データが完全削除されました。このままアンインストールしますか?

画面にはそう表示されている。ような。

 

 

 

 

「っし、きたきたぁ。来ましたかッとぉ」

 

トレーナー名は『マサキ』。

ミホノブルボンのフィギュアを取り出し、彼はしばし見惚れて、恍惚の笑みを浮かべた。

部屋にはウマ娘のタペストリーやポスターが見え、机の上にはアクリルスタンドが並んでいる。

棚にはブルーレイボックスもあるし、漫画やCDもある。

まさにここは楽園、ウマ娘部屋なのだ。

もちろん値はしたが、この多幸感に包まれるのであれば問題はない。

さて、たしか来月にはファインのフィギュアが発売するはずだ。

育成シナリオはよかったし、かわいいキャラクターだ。

 

「どれ、ここは仕事を頑張って、購入しますか!」

 

鬼の、笑い声が、聞こえた。

 

「ほぇ?」

 

ような。

 

「ふぇ? え!? ほ!?」

 

枯れ葉があった。

 

「ほぎゃあああああああああああああああ!」

 

マサキは倒れて白目をむいた。

部屋中に枯れ葉がある。

あふれんばかりあるが、逆に言えば、部屋にはそれしかなかった。

つまりウマ娘のグッズなど一つもない。

彼は、ただひたすらに枯れ葉を集めていたのである。その落ち葉の山をウマ娘グッズだと思い込んでいただけなのだ。

鬼の笑い声が、聞こえる。

とはいえ、その嘲笑からは大いなる『怒り』を感じた。

 

 

 

 

 

『ヨンジュゴ! バァーン!』

 

開店前。

 

「チェンジ全開」『ババババーン!』『ゼーン! カイザー!』

 

ジンクスがある。

たとえば、ゴミを拾ってから回すとか。

あるいは、トンカツを食べてから回すとか。

はたまた、早朝に回すとか。

 

『ジュエルを1500を使用して──』

 

そしてこの男は理解した。

ゼンカイザーブラックになったほうが、出ると。

 

「………」

 

テーテー♪ テーテッテッテテー♪

 

「………」

 

テェー、レーレレレーレー♪

 

「………」

 

カァンカァンカァンカァンカァン

カァンカァンカァンカァンギィン

 

「………」

 

ガチャン! アグネスタキオン!

 

「………」

 

ガチャン! マチカネフクキタル!

 

「………」

 

ギィン!

 

「……!」

 

プリィンッッ!

 

「!!!!」

 

ポシュン……!

 

「!?」

 

デデデーン↓↓↓

 

「!?!?!?!!??!?!?」

 

灰色のゲートが金色になったと思ったら虹色になって、勝ちを確信したら、なぜか金色になって、また灰色になった。

何が起こったのか、ハッキリとはわからないが、ただ一つわかることがあるとするならマスターは今から横になるということだ。

 

 

 

 

苫田(とまた)トレーナーは可愛いものが好きだ。

なので自分も可愛くなろうと努力して、結果的には自分が一番可愛くなったと思っている。

だがそれでも地下アイドルを辞めたのは、可愛いだけでは魅力の研磨に限界があると悟ったからだ。

そしてもう一つ。

これが一番大きな理由だが、ライブを見に来た女の子が自分よりも可愛いと思ったからだ。

なので彼女は猛勉強し、トレーナーの資格を手にするとトレセン学園に行って、さっそくその子と契約を結んだ。

 

「ティプ様~」

 

「おはようございますトレーナーさん。起きれますか?」

 

「むりー。おこしてー」

 

「はいはい。お寝坊さんなんですから」

 

苫田はわざと寝坊をする。

そうすることで担当のウマ娘に起こしにきてもらうためだ。

 

ティップオブタン。

彼女はとても優しくて、母性に溢れて、可愛くて、美しい。

苫田が用意している間に、ティップは朝食を用意してくれていた。

彼女と過ごす時間はそれはそれはパーフェクトなもので、苫田は幸せの絶頂だった。

 

しかし、良いことばかりが人生ではない。

かなり困ったことが起きてしまった。

というのも、苫田には萌絵(もえ)という可愛がっている姪がいたのだが、まだ幼いながらにかなり重い病気を患ってしまったのだ。

どうにかこうにか手術の成功例のある医師に、担当してもらえることになったのだが、いかんせん失敗するケースも十分に考えられるらしく、なによりも萌絵自身が失敗するイメージにとりつかれてしまい、怖がって手術をしないと言い張るのだ。

 

「ねえ、萌絵ちゃん」

 

だから、つい。

 

「もし、今度のレースでお姉ちゃんが勝ったら、そしたら手術を受けてくれる?」

 

つい、こんなことを言ってしまった。

ティップも萌絵のことは知っているし、何度も遊んだことがある。

それになにより、萌絵がティップにとてもなついていたから、苫田としてもティップのいうことならば聞いてくれるのではないかと思っていたくらいだった。

しかし、いざ実際に手術を受けてほしいとティップがお願いしても、萌絵は渋った。

だからついダメ押しにと、こんな約束を取り付けてしまったのだ。

 

「………」

 

そして、それを聞いていたウマ娘がいた。

最終コーナー。

五位以上から追い抜くと速度を上げる。

それが得意の作戦だった。だから今回も速度を上げれば、それで勝利の方程式は完成する

しかし一つ、あの情報が大きなノイズとなり、ビワハヤヒデはむしろ減速してしまう。

 

「――ッ」

 

勝負の世界は、無情なものだ。

ありとあらゆる人間がそう口にしてきた。

だからこそスピードを上げるべきだという自分がいれば、それでいいのかと問いかける自分もいる。

ティップは、友人だった。幼くして病気で苦しんでいる知り合いがいるというのも知っていた。

 

「………」

 

ハヤヒデの脳裏に妹がよぎった。

勝ったのはティップだった。

 

「何か問題があったのか?」

 

備前(びぜん)トレーナーはメガネを整え、手元にあるメモを見ていた。

そこには事前にハヤヒデと作り上げた『理論』が掲載されている。各選手のデータや、コースの状態、そして今回のハヤヒデのプランと勝利への道筋が載っている。

 

「特にイレギュラーがあったようには見えなかったが」

 

「ああ。どこも痛めてはいないよ」

 

「なら、なぜ?」

 

「……じつは」

 

うんぬんかんぬんが、あったと。

 

「なるほどな」

 

「すまないトレーナーくん。私は……」

 

「いや、仕方ない。そういう時もあるさ。ましてやティップとは友人なんだ。今回は一人の少女の背中を押したと割り切ろう」

 

「すまない。彼女には私が電話を聞いてしまったことは黙っていてほしい」

 

「わかった。切り替えよう。次のレースではティップと同じチームだが……」

 

「ああ。大丈夫。そちらは問題ないよ」

 

二人は打ち合わせをするため、トレーナー室を目指した。

 

 

 

喫茶どんぶら。

はるかは今日、客として店に来ていた。

奥のほうの席で道具を広げて漫画をガリガリと描いている。

前の席では、奇しくも『オフ会』メンバーが集結していた。

 

「先日のウマちゃんパパの配信は見たか?」

 

帝坂は睨むようにコーヒーを見つめていた。

 

「ええ。でも何か、変でしたわね」

 

ウマちゃんパパは、飲酒をしながらライブ配信でガチャを引いたり育成をしたりするというスタイルの配信者である。

酔いながらのとんちんかんな発言などが人気なのだが、昨日はなにやら様子がおかしかった。

飲酒しながらウマ娘を配信するという内容は同じだったが、突如として彼は流れるようにデータを消していったのだ。

 

「データ連携してなかったみたいで。一応、復旧できないか問い合わせとかしてるみたいっすけども……」

 

「いくら酔っていたとはいえ、ありえるのか? わざとらしいな」

 

「ええ。再生数稼ぎにやったともとれますわね」

 

「で、でもあのっ、相当落ち込んでましたよ?」

 

「やっちゃった後で酔いが醒めたとかじゃないんすかね? まあもともと辞め時を探してたのかも」

 

「そういえばアップル帝さんも同じような報告してましたわよね?」

 

「そっちも心配ですよね! な、なんだかあの……!」

 

「死にたいとかほざいてたヤツか? 気にするなよ、あれはヤツのお家芸だ」

 

「そうですのよ瑛子さん。今月なんてもう9回目。気にするだけ無駄ですから」

 

だが他にもデータが消えてしまい、嘆きや萎えているなどの報告はちらほらとあった。

しかしなぜ消えたのか、どうやって消えたのかなど、詳細が語られていない奇妙な状況なのだ。

SNS界隈での盛り上がりはそれだけではない。

 

「ここ最近、アンチの皆様も活発ですわよね」

 

「千秋楽か」

 

イメ損とか言ってるみなさーん!

安心してくださーい! ウマ娘やってる時点でキモいですよー!

──というのが、固定されたツイートである。

 

アカウント名、千秋楽。

競馬ファンであり、ウマ娘アンチである彼は、偉大なる競走馬たちが美少女コンテンツとして消費されていくことそのものに激しい嫌悪感を抱いているようだった。

所謂にかわファンが増えることに嫌悪感を抱くタイプは珍しくないが、そこに所謂『原理主義』も併せ持った人間であった。

以前は一日に一度呟くかくらいの頻度だったのだが、今は睡眠以外は激しい批判コメントを呟き続けている現状である。

 

「あれじゃないっすか? ほら、前にウマ娘のモデルになった競走馬がいかに素晴らしいかを書き綴ったツイートがあったじゃないですか? あの反応がビキニ姿のAIイラストの百分の一にも満たなかったから壊れちゃったんすよ」

 

さらにここ最近勢いをつけてきたアンチ『月と鉄』も動きが活発になっている。

ウマ娘、擁護アカウント『ベルくん』との口論は日々、加速し、過激になっていっている。

その点にも違和感はあった。

こういう場合、普通はどちらかがブロックして終わりそうなものだが。

 

「アンパンも前は一人で呟いてるだけだったが、今は次々と他人に噛みついている。本人は怒りの神が背中を押したと言っていたが……」

 

「やっぱラモーヌからの三女神がアレだったんじゃないですか? 叩く隙を作っちゃったというのか」

 

「まあ、不満を発信すること自体はむしろゲームをよくする可能性もあるが……」

 

おかしくなっているのは否定派だけではない。

今、ちょっとした話題になっているのはショッピングモールで撮影された短い動画だ。ウマ娘オタクと思わしき男が、大音量でうまぴょい伝説を歌っている。

公共の場においては迷惑以外のなにものでもない。その異常性などが話題になっているのである。

他にも、最近話題になっている回転寿司屋をはじめとした飲食店で行われている数々の迷惑行為に、ウマ娘のバッジやグッズを身に着けたりしているものが数多く報告されている。

他にもファル子のコスプレをして女子小学生と追いかけっこしてみた。という名前の動画は、すぐに削除され、警察も動いているという話だ。

 

「あんまり触れちゃいけないところだと思うんだけどなぁ。ああいう人たちって」

 

「だがウマ娘の印象を落とす行為なのは間違いない。我々としても消えてもらったほうがありがたい」

 

「オレもウマメイドシリーズが最近好評なんで、同人誌も売れましたし、下手に界隈が燃えてはほしくないっすねぇ」

 

「でも先日のぱかライブTVのコメント欄も酷いものでしたわね」

 

「確かに。いつもより荒れていたな」

 

「声豚でもあったオレとしては声優さんに失礼なことを言うのは許せないっすよ!」

 

「制作や運営の方たちにもよ。本当によくあんな無礼なことを書き込めるものだわ。不満はわかりますけれど品がないったらありゃしない」

 

「でもあのルーレットはやらせっすよね? ね?」

 

「ルーレットくらい別にいい。意味がわからんのはあの途中でコメントを拾うコーナーだ」

 

「もうあれくらいいいじゃありませんの。せめて終わってから自分のSNSに書き込めばいいのに」

 

ふと、雲雀は、ガリガリと描いているはるかを見る。

 

「精が出ますわね」

 

「締め切りがあと三日しかないの!」

 

「はるか先生も二次創作に切り替えましょうよぉ」

 

「断る! わたしの描きたいものは、わたしの中にしかない!」

 

はるかは描き続けた。オフ会メンバーが帰っても描き続けた。

しかしどうにもこれはマズイ。このままペースならギリギリなのに、はるかは戦士だ。もしもドンブラザーズの招集があれば確実に落としてしまう。

たしかに平和を守るための活動は重要だとは思うが、それはそれ、これはこれである。

 

「ねえマスター、なんとかならない?」

 

「なるよ」

 

そういってマスターはノートPCをはるかに見せる。

その画面には見覚えがあった。"キビ・ポイント"である。

ドンブラザーズに選ばれたものの特権とでもいえばいいか。タロウを支援した評価によって与えられるそれを使えば、どんな願いも叶えることができる。

現在のはるかの所持ポイントならば、三日間の休暇くらいは余裕で支払うことができる。

 

「でも、そうなるとドンブラザーズはどうなるの?」

 

「代役が入る」

 

ドンブラザーズには加入や脱退というシステムがあり、現在のメンバーになるまでに約5000人の候補者が入れ替わっている。

今回は鬼頭はるかと数日の交代のため、現実世界に影響は及ぼさないらしい。

つまりドンブラザーズになる際に発生する『何かを失う』ということがないらしい。

 

「だったら、お願い!」

 

マスターは頷くと、はるかのポイントを消費して、代役を招集した。

ほどなくして『前田(まえだ)真利菜(まりな)』が店にやって来る。彼女がはるかの代役に選ばれたようだ。

記憶も取り戻しているようで、はるかがオニシスターだということは理解しているらしい。

 

「ごめんね真利菜さん! 危なくなったらすぐに逃げてもらって大丈夫だから」

 

「気にしないで。私も欲しいカメラがあったんだけど珍しくてなかなか見つからなくて。キビポイント貯められれば、見つかるかもしれないし」

 

「じゃあ、お願いします……!」

 

そう言うとはるかは席について、再び漫画を描き始めた。

邪魔をしては悪いので、真利菜はどんぶらを出る。

どこへ行こうかと考えていると、一つ思い当たる場所があった。

猿原の家だ。

 

 

 

 

「すまないな、真利菜」

 

「いいんです。でも、私がいない間はどうしてたのかしら?」

 

「散らかっていたのはたまたまだ。珍しい季語が載っている歳時記を探していたのだが、普段はあまり使わないので、どこにしまったのかと探している内にこうなった」

 

「だったらいいんですけれど……」

 

真里菜は猿原の家に行くと、散らかっている部屋を掃除して、お茶を淹れた。

金はないが、食料はある。猿原はお茶受けにとキュウリのぬか漬けを持ってきた。

二人はズゾゾゾとお茶を啜り、ポリポリと漬物を食べる。

 

「そういえば真一さん。さっき掃除をしている時に競馬雑誌を見かけたんですけどやるんですか? お金が嫌いなのに」

 

「実は雉野つよしに借りたスマホでウマ娘をプレイしたんだ」

 

「ああ。私もCMで存在は知ってます。マスターに聞いたんですけど、今、世界が融合しているとかいないとか……」

 

「うむ。私もはじめは欲望渦巻く世界だろうと嫌悪していたが、その裏にあるエピソードを調べてみると、これがなかなか趣深くてね。正岡子規がたびたび口にしていたのも納得というものだ」

 

「へぇ、そうなんですか」

 

真利菜は雑誌をパラパラとめくってみるが、たしかに関わっている人間の数は多い。

彼ら一人一人にエピソードがあり、もちろん走っている馬そのものにも同じことが言えるだろう。

聞けば、レースの中で命を落とした馬もいるという。

命を懸けた戦いの果てに生まれるのはそれはさぞ重たいものなのだろうと真利菜にも想像はできた。

 

夏草や兵どもが夢の跡。

猿原はそう呟いた。

真利菜は部屋から見える庭を見る。なんてことはない庭だが、はるか昔、ここでは信念をぶつけ合った戦いがあったのかもしれない。

語るものがいなければ歴史は終わる。

しかし競走馬たちは観測者がいる。語り部がいる。

これは今も続く、魂の物語なのだ。

 

「それだけではない。ウマ娘のプレイヤーの中には、競走馬の歴史を知らぬものも多いだろう。とすれば、人々の目に映るものは個々で違ってくる」

 

ウマ娘はゲームだ。

全く知らないにわかが、歴史を知り尽くした人間よりにチャンミで勝ったり、イラストで人気を博したり、目当てのウマ娘が当たったり。

あるいは、ウマ娘という存在のせいで生まれなくていい争いが生まれたり、はたまた希望が生まれたり、それはまるで一つの『川』のようにも思える。

 

「儚いものだとは思わないか?」

 

「なるほど……」

 

「ちょうどいい。パトロールがてら、あちらの世界に吟行に赴こう。キミはどうする?」

 

「私も興味が湧いてきました。世界が分離してしまう前に、一度ウマ娘さんたちを見てみたいし」

 

「よろしい、そうと決まれば出発だ」

 

猿原は立ち上がると、帽子を取りに行った。

 

 

一方、そのウマ娘界では一人の男が真っ青になって走っていた。

 

「なんだってんだクソ!」

 

サクラバクシンオーの担当である瀬戸内トレーナーは路地に逃げ込み、周囲の様子を伺う。

人影はない。撒いたのかと一瞬、安堵したが、すぐに怒号が聞こえてきた。

 

「いたぞ! こっちだ!」

 

「やッッべ!」

 

明らかにガラの悪い集団が瀬戸内を見つけるやいなや鬼のような形相で走ってくる。

見れば中には鉄パイプを持っている男までいるじゃないか。

あれはもう確実に殴るために使うものだろうというのがわかる。

 

(なんだ? 見覚えはねぇが……!)

 

たしかによく嘘はつくが、あんな連中に恨みを買うようなことをした覚えはない。

例えばあれがバクシンオーのファンであればまあ納得ではあるが、だからと言って断罪される覚えはない。

何が悪い。短距離三本は長距離でいいだろうがと。

 

「やべ!」

 

考え事をしていたからか注意力が散漫になり、足元にあったブロックにひっかかってバランスを崩してしまった。

そうしているとあっという間に男たちに追いつかれてしまう。

 

「待て待て待て! オレが何したってんだ!」

 

「目障りなんだよ! お前はなァ!」

 

「おいいいいいいい! マジか!!」

 

やはりというべきか、鉄パイプが振り下ろされた。

なんとか最初の一撃は体を反らして回避したが、次の払いは確実に避けられない。

覚悟を決めるとかと思った時、黄色い光弾が飛んできて鉄パイプに直撃した。

 

「うがぁ!」

 

衝撃と共に男の手から鉄パイプが離れる。

さらに男たちの足元に次々と光弾が飛んできて、地面に当たって火花を散らす。

 

「やめなさい! 貴方たち!」

 

飛び出したのはオニシスターだ。

さらにその頭上をサルブラザーが飛び越える。

 

「ひらりと跳んで!」

 

「なッ! お前は!」

 

驚く男たちを掴み、サルブラザーは次々と投げ飛ばしていく。

 

「なぜだ! 何の真似だ!?」

 

「それはこちらのセリフだ。引くぞ真利菜!」

 

「はい!」

 

サルブラザーは瀬戸内を抱えてレイヤー世界にあるジャンプ台に飛び乗って、一気に空高く舞い上がった。

オニシスターもそこに続き、二人は男たちの前から姿を消した。

 

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